第五の使徒の殲滅がなされた翌日、例のエヴァカップルは病室にいた。これについての説明は不要だ。使徒戦で負傷したことで入院を余儀なくされている碇シンジの看病のために、相棒であって戦友であって事実上の恋人であるアスカがつきっきりである。世界最高峰の技術力を誇るNERV本部の医療設備は素晴らしいの一言に尽き、その日のうちに彼は普通に生活できる状態に回復していた。しかし、蓄積された疲労を取り除くことまではできない。それに加えて、経過観察が必要とお医者様が判断したことにより、しばらくの入院生活を送ることになっていた。そうとなれば、必然的に彼女が出張ることになる。
「はい、口開けて」
真っ白な清潔感溢れるベッドに置かされているシンジは、真横にいるアスカから食べやすい、小さくカットされたリンゴを差し出される。口を開けるように言われるのは「食べろ」と言うことであるため、素直に言うことを聞く。開いた口にリンゴが放り込まれたのを確認すると、口を閉じてモシャモシャと咀嚼する。口の中いっぱいに瑞々しく、自然の優しい甘さが広がる。古来から人間を癒してきた甘さは偉大だ。
「どう?美味しい?」
「うん。甘いよ」
あれだけ使徒に対しては鬼神の如き戦いを見せるアスカでも、シンジの前ではまさに形無しである。指揮所で戦いを見守っていた職員は、回収された直後に病院へ向かった彼女の話を聞いて、誰もが苦笑いを浮かべることしかできなかった。彼女が彼を想っていることは既に周知の事実に昇華されていたが、それを裏付けるに足りることを聞かされては笑うことしかできない。また、その病院で入院している彼の光景はカメラで常時確認されているので、その気になれば2人(厳密にはアスカの一方的だが)の交わりを見知ることが可能だった。百聞は一見に如かずであるから、実際を見せられてはぐうの音も出ない。念のために申し上げておくが、ちゃんとした、非常に健全な付き合いである。これを邪推することは2人の関係を馬鹿にすることと等しいので厳禁。
「ごめんね。アスカに迷惑をかけちゃって」
「何を言うかと思ったら、そんなこと?謝るなら私だってそうよ。あの時シンジの救援に入れなかった。そのせいで、危険に陥れてしまった。これは私の責任。だから、私はシンジの看病をして償なうつもり」
互いが互いに謝罪した。シンジ側としては、自分のために彼女が看病をしてくれることが申し訳なかった。なぜなら、ただでさえ忙しくて、少ない彼女のフリータイムを看病で奪ってしまうからである。彼女の自由時間は彼女自身のために使ってほしい。自分よりも彼女のために。しかし、現実では看病を最優先として動いている。そんなアスカも、彼に対して責任を感じていた。挟撃を画策して実行に移した際、もっと早く自分が仕掛けていれば彼は痛みを負うことは無かったかもしれない。しかも、もっとサクサクッと簡単に倒せたかもしれない。思い返せば反省点しか見つからない。しかし、もう終わったことであるから、先を歩むしかなかった。
「シンジのことだから余計に心配するかもしれないけど、安心しなさい。本部は弐号機と零号機の2機体制を維持しているから、急な使徒出現でも十分に対応できる。冬月先生も戦術に工夫を凝らして戦いやすくなるようしてくれてる。だから、シンジがやるべきこと。それは、ここでゆっくり休むこと」
「で…」
「今、でもって言おうとしたぁ?」
通常時は見られない、ニタニタした悪い笑顔で覗きこんでくる。その距離は最短で、ゼロ距離と言っても差し支えない。そのド至近距離で覗きこまれては尻込みする以外に採るべき行動はない。ベッドの背中側ギリギリまで後退するが、すかさずにじり寄って来て追撃された。
「『はい』か『いいえ』で答えなさい」
「はい」
恐ろしく早い返答。アスカでなければ見逃してしまうね。
「あのね。いくら治っていると言っても、けが人はけが人なのよ?気持ちは分かるけど、ドクターに言われたことを無視するわけ?」
お医者様ことドクターからは安静を言い伝えられている。疲労を取り除く一番の方法は休むこと。ただ大人しくしていれば、勝手に疲労は抜けてくれる。まさかだが、市販の胡散臭いドリンクを飲ませるわけがない。休むための安静についてはシンジもよく理解しているが、自分だけが動けないのは辛かった。そんな彼の意思は、残念ながらドクターの判断よりかは弱い。
「…」
「よ~し。わかった。シンジがその気なら、とことん付き合うからね。入院生活の全部を私が管理してあげる。当然、異論は無し」
アスカの心に火をつけて且つガソリンを絶えず投下した結果、シンジは入院生活のしばらくの間生活の全てを彼女に掌握されることになった。ただ全てと言っても、大抵は病院の監修がされる。よって、彼女による彼の監禁や軟禁には至らない。単純に彼女が24時間体制で彼を監視するだけだ。まぁ、普段から一緒に生活して、仲良く一つのベッドで寝ているから苦痛ではないはず(?)だ。彼のことを可哀想だと思うかもしれないが、流石に今回は彼の自業自得に尽きた。
「看護士さんを介してミサトに頼んで、生活物資を支給してもらうかな」
「あの」
「な~に~?」
「一緒にいてくれるのは嬉しいけど、アスカの私生活はどうするの?まだ食事はいいとしても、お風呂とか」
彼の心配は尤もであった。一緒に生活するとしても、ここは病院である。決してホテルではない。もちろん、入院者向けのトイレやシャワー室及び浴室も設けられている。だから、患者は清潔な体を維持することは可能だった。頼めば患者に限らず、彼女でも使わせてくれるはず。病院は何処よりも衛生を保たないといけないのだから、清潔を保つための頼みを拒否することは本末転倒だろうに。
「そりゃぁ、シンジと一緒に入るわよ。片時も目を離さない以上はねぇ…覚悟しなさいよ」
「えっ」
病室に爆弾発言が響く。
なんだか、今日の夜は何かが起こりそうだ。
灰皿に押し付けられて、拉げた煙草から紫煙が揺らいでいる。煙が充満しないよう排気がきちんとしている部屋で、2名の大人の女性が話し合っていた。
「本当に伝えなくていいの?シンジ君に実の父親のことを」
「時が来るまでは教えないって冬月司令が言ってたでしょ。それに、私もあなたも、あの碇ゲンドウの多く知らない。私たちが彼に教えられることは無いわ」
「そうだけど…子供としては、父親のことを知りたいじゃない」
缶コーヒーを片手にしているのは、実質的な戦闘指揮を執る葛城ミサト三佐だ。彼女に対面して煙草を片手にしているのは、エヴァなどの技術関係を司る赤木リツコ博士だった。両名の話題は専ら噂の少年、碇シンジ君である。今回はその彼が知らぬことについてを話していた。
「NERV創設に関わった人らしく、一応司令ともある程度の交友があった。しかし、ある時を境にして行方不明になる。特例措置として家庭裁判所は異例中の異例な失踪宣告を出して、死亡と同等の扱いにしたと」
「いくらなんでも、きな臭過ぎる。いやな感じ」
彼女らが把握できていたその人物の情報を下から上から横からの全周囲から見てもツッコミどころしかない。NERV創設に関わっているだけで「おや?」となるのだが、変なタイミングで行方不明になっているのだからそれに拍車がかかる。しかも、その人物の実の息子が第三の少年である、エヴァ初号機パイロットの碇シンジ君ときている。もう何か裏があるとしか思えなかった。
そう、何かが。
続く
投稿後追記
次回はお風呂タイムです。乞うご期待?