そして、本話であの男の真相が明らかになります。
日が落ちてから数時間経って、もう深夜と言える時間帯に一際輝いている窓がある。その窓を覗いてみれば、中で成人男性が前時代的なコンピューターと書きなぐられた書類と格闘している。時折湯気が上がるほど熱いホットコーヒーを口へ運んで、苦みと熱さで襲って来る眠気を打ち消していた。素直に寝ればいいものを。
「ユイっ…必ず私が救ってみせる!」
男性の表情は極めて険しいもので、歯を食いしばっているのが分かる。本人の嗜好なのか、外はとっくに暗くなっているのにも関わらずサングラスをかけていた。それをよく見れば、サングラス越しの両目の様子がいとも簡単に分かってしまっているではないか。これではサングラスの機能の一つが潰れているに等しい。と言うか、ここは室内なのだ。別にサングラスを着用する必要性は感じない。中々に不思議な人なのだろう。
すると、ギギッと嫌な音を出して部屋のドアが開かれた。
「こんな時間まで、例の極初期型エヴァンゲリオンのサルベージ計画を練っているか。お前は変わらずの勤勉だな」
「冬月先生ですか。先生こそ、こんな時間まで何を…」
「碇…お前に緊急の用があって、わざわざ家まで来たんだよ。それも、私だけじゃない。この彼女と共にね」
玄関口にいた初老の人が横へスライドすると、ひょっこりと少女が姿を現した。まるでマジックショーのように、空気だけの空間から少女が出現する。夜遅くまで起きていることによる目や脳の疲労によって、自分は幻覚を見ているのかと己の感覚を疑いそうになった。
「ユイっ…ではないか。綾波シリーズの試作品」
「と思うだろう。確かに彼女は綾波・レイだが、綾波・レイではない。まぁ、それはどうでもいいことだ。別に私も彼女もこのままずっと、お前の家に居座るつもりはない。ただ単に、お前に質問したくてね」
「なんだ。私は忙しいから、早くしてくれ」
この少女は自分が手掛けて来た計画におけるクローンの一体であった。とある人物の生前の情報を基にして、かの男の狂気が作り出したクローンである。彼女は自分のエゴの果てへの道の道中にある道の駅と言えよう。ただ、自分で作成を主導しておきながら、複雑な感情を抱いていた。愛する人を取り戻すため、少しでも面影を感じるために創った肉体と命。これが出来た当時は喜んだものの、あっという間のすぐに冷めてしまった。彼女はレイであって、ユイではないと。
それを思い出したことで、ただでさえイライラして、悲しんでいる状態に伴う人格変化に拍車をかける。先までの礼儀正しい言葉遣いはどこかへ消えてしまい、ぶっきらぼうな言い方がやって来た。
「お前はシンジ君をどうするつもりなんだ。随分と前に彼を捨てたと聞いたが」
「あぁ。シンジは私の道具に過ぎない。元々親の愛を知らぬ私が、ユイ無しで育てることは出来ない。それに、ユイを取り戻すと決めた私は、必要な犠牲として子への愛はとっくに捨てている。私にあるのはユイへの愛だけだ」
「シンジ君を授かったことで、私はお前は一人の父親になると思っていたよ。やれやれ、それは私の読み違いだったようだな。お前が提唱するシナリオの中で、幼い彼に苦しみを与えると言うのか。お前が負って来た悲しみと苦しみをそのまま与えると言うのか!碇っ!」
碇と呼ばれる男性は少しだけたじろいだ。肩を震わせて怒気を込めて言い放った初老が、ここまで怒ることを見たことが無い。この人もヒトである以上、多少なりとも怒ることはあるだろう。だが、その怒りの中でも特にで、今回は経験上最大級の怒りだと思われた。
「当たり前だ。それが親として私が出来る数少ない教育。それがシンジのためになる」
「本当にそうかね?それでユイ君が納得するか?私はそう思わん。ここでお前が父親としての姿を見せてくれれば、結末は良い方向へ向かっただろうに。残念だよ。やはり、人は簡単には変わらぬと言うことだな。君の出番だ。レイ君」
怒りの感情から一種の哀しみと落胆へと変わり、分かり易く肩を落とした。そして、簡潔な指示を彼女に飛ばした。
「彼女はお前が思うような綾波・レイではない。私に感謝するといい。せめてもの、お前の教育者としての心遣いだ。碇・ゲンドウは安らかなる、甘美なる死を迎えるのだからな。受け入れろ」
「な、何を」
威勢が良かった男は、一転して動揺を隠せなかった。まさか、自分が死を迎えるなんて。そんな馬鹿らしい話があって堪るか。自分にはやらなければならないことがある。この世界を創り直し、最愛の人を取り戻して永遠を生きなければならない。それが、自分の生きる唯一の希望であり願いなのだ。願いが断たれることは許されない。ユイが許さない。
皮肉だ。実に皮肉だった。そのユイと呼ばれる女性が基になった少女の手によって、この男に引導が渡される。
皮肉であり、喜劇であり、悲劇であって、何よりもそれは愉快だった。
「碇君を苦しめた罰…さようなら。碇司令」
少女が綺麗な両手で男の頬を撫でようとした。逃げたくても逃げられない男は追い詰められ、遂に両手が頬を撫でる。その瞬間、瞳孔が最小サイズにまで縮小し、内から湧き上がるものに耐えられなくなった。
そして最期に…。
肉体の維持が不可能になって、オレンジ色の液体に還元された。
男が来ていた上下セットの制服らしきものに液体が塗れている。
周囲には同じ液体が散らばって、着用していたサングラスが床に置かれている。
哀れなのか何なのか。適当な言葉が見つからない、この男の最期を冷徹な目で見ていた下手人。その下手人を送った初老は、己の下へ戻って来た少女の頭を軽く撫でて、にこりと優しく微笑んだ。頭を撫でてもらった少女はコクリと頷くだけで、特に何も言わなかった。
「すまんね。君に汚れ仕事を請け負わせてしまって。本当なら私が責任を以て執行すべきなことを」
「構わない。碇君を不幸にする人は嫌い。私はあの男から散々利用されて、碇君を苦しめてしまった。それは絶対に繰り返さないと決めた。そして、アスカに託した」
「そうだな。それが良いだろう。私も同じだ。私は彼女の願いに、自分の願いを重ねたよ」
目線を少女から服へと移した。
「碇…お前はユイ君に会えたのか?」
そう言い残して2人は去って行った。
次回は一旦学校を挟んで、序の最後のラミエル戦に入ります。