「あ、あの」
「な~に?」
「近い気がするのは…」
エヴァに乗る決意を決めたシンジは、少女から更に詳細な説明を受けてから、実際に乗り込むことになった。もちろん制服姿でそのまま乗り込むわけがなく、専用のプラグスーツなる服を着させられている。曰く、これは耐衝撃性能が高くて、物理的に身体を防護する役割を持ち、同時に緊急時におけるパイロットの生命維持の役割をも有したスーパー・ハイテクなものらしい。着用した方が圧倒的に良いので着るしかなかった。
そして、プラグと呼ばれるコックピット的な物に入ったのだが、なぜか例の少女こと惣流(式波)も一緒である。確かに彼女は「一緒」と言っていたが、このような形で一緒になるとは思っていなかった。内部が狭いため、実際に動かす少年のすぐ近く、ゼロ距離に彼女がいる。至近距離の極みたる状況において、まだ若いシンジは動揺せざるを得ない。対極的にアスカはニコニコのリラックスでいる。
「仕方ないでしょ?あなたは初めてエヴァに乗るんだから、誰かが一緒に乗って、手取り足取り教えることが必要。じゃあ、同じパイロットの私しかいないじゃない。大丈夫、私がいるからさ」
アスカは意図的に最後の言葉は彼の耳元で囁いて、両手で優しく彼の頬を撫でた。同じ年齢とは思えない動きに震える。傍から見れば、この光景は不純性でしかないが、意図的に外部からの不必要な連絡はシャットアウトしてある。よって、両名の交わりが外に漏れることは絶対に無い。
発進準備が進む中で時折彼を驚かせることが起こるが、その度にアスカが懇切丁寧な説明をして彼を安心させた。ただ、その毎回に何かしらの触れ合いがあったのは言うまでもないだろう。特にすごかったのは、プラグ内に液体が満たされた際に、溺れることを恐れたシンジを安心させるため、彼を後ろから抱きしめたことだろう。初対面にしては恐ろしく積極的だ。神の視力を持っていなければ見逃してしまう。
さて、説明をして/受けている間に全ての発進準備が完了した。特段の障害は発生しなかったが、細かい点では幾つかあり、一つにエヴァと搭乗者の繋がりの強さを示すシンクロ率がやや低いことが挙げられる。本来であれば、エヴァは単座式で搭乗者1名を想定していたので、複数名が乗るとシンクロを邪魔をしてしまう。ただし、あくまでも細かい点であり、戦闘に支障は無いと判断されている。あとは、エヴァで使徒を倒すだけである。
そして、待望の時が、人類の大逆転の時が訪れた。
初めての共同作業の時が来た。
「地上への射出は頑張って耐えて。きつい重力がかかるから」
電磁カタパルトにロックされたエヴァは、まっすぐ前を向いている。地上に出た際、使徒と対面するよう配慮がされていた。そんな配慮があっても、パイロットは極度の緊張にある。同乗者のサポートがあるとはいえ、初めてのことなのだ。下手をすれば死ぬ危険性すらある仕事を、なんとか上手くやれるだろうか。
「まずは動くことを優先に。エヴァはシンジが思うことを体現してくれる。動けと思えば、動いてくれる。あの使徒を倒せと思えば、エヴァは応えてくれる」
「わかった」
NERV本部の指揮所にいるであろう、道案内の人、葛城ミサトの一声で試合開始となる。基本的にはミサトが戦闘指揮を執ることになっているので、彼女が言うことを聞き逃してはならない。心臓の鼓動を高めながら、耳を澄ませる。
その時。
(発進!)
二文字が響いた時には既に、脅威的な速度で上へ運ばれる感覚が襲って来る。現在進行形でカタパルトによる地上射出が進められているようだ。凄まじい重力を数秒間耐えたら、急に目の前の視界が明るく広がった。
「いた。あれが…」
「そう、使徒。人類の敵で、私たちの幸せを邪魔する敵でもある。とにかく、まずは動くことを最優先。歩いたり、走ったりね」
シンジは言われた通り、歩くことを念じた。すると、彼が乗るエヴァが歩き出す。なるほど、確かに念じるだけで動いてくれた。この調子ならもっと発展させることが出来るだろう。しかし、敵前で訓練をしている暇はない。使徒は新たに出現した脅威に対応すべく、行動を開始して来た。
「さすがに待ってくれないか。一緒にアイツを倒すの。ここで死ぬわけにはいかないからね」
後ろで見守っていたアスカは、想定より早い使徒の行動に彼が満足に対応できないと判断し、無理矢理だが補助に入った。思考のシグナルを彼に合わせ、優しく両腕を胸に回した。最後の詰めとして、耳元で囁くように指示を飛ばす。普段であれば、彼はアワアワするだろうが、今回ばかりは全く違った。目の前には怪物がいて、自分は戦う運命にある。戦わないと人類が滅ぶ。逃げの一手は端から消え去っており、戦う以外の選択肢は無い。また、その戦い方も素人の自分だ。手慣れている少女から囁かれる指示に従ってに動くしかない。
「大丈夫。私はシンジの動きに合わせられる。今、私たちは一緒になっているから」
すごく神秘的な、スピリチュアルなことを言い出したが気に留める暇がない。シンジは驚異的な集中力を発揮し、先までとは見間違えてしまうような、もう素晴らしい動きを見せる。この変わりようには、様々事情が重なり合ったためだが、大きな要素として間違いなくアスカの献身がある。使徒は攻撃を仕掛けてくるが、ビルやマンションを縫って避ける。通常兵器には無類の強さを誇っていた使徒でも、エヴァ相手では分が悪くも良くもないようだ。今のところは互角である。
「仕掛けるっ!」
「乗った」
シンジはええいままよと、一気に決着を付けんと回避から攻撃に移った。些か性急だが、少女はゴーサインを出した。彼は埒が明かないことによる焦燥感に支配されているから、少しでも落ち着かせることが得策と思われた。しかし、彼女には彼女なりの考えがあった。
「エヴァはパイロットに応えてくれる。この初号機は特に…私とシンジの気持ちに応えてくれる。私たちの前にはATフィールドでさえ無力」
「うわぁぁぁぁぁぁ」
雄たけびをのせて、初号機は使徒へ原始的にもショルダータックルを見舞う。まさかの反転攻勢に対応が遅れた使徒は盛大に吹っ飛ばされ、奥の方にある大きなビルに叩きつけられた。エヴァが誇る凄まじいパワーを見せつけてやったぞ。これで終わるわけがない。すぐに追撃に入ろうとし、助走をつけて思い切り殴り掛かろうとした。
その時。
「何が!?」
「やっぱり、ATフィールド。深呼吸して…あれはウエハースのように脆い壁よ。2人なら簡単に破れる」
ややオレンジ色をした壁が阻んだ。突破しようにも非常に硬くてカチカチ。これこそが、人類の使徒への反逆を絶対不可にしてきた元凶であった。その名もATフィールド。その原理は不明だが、とにかく硬いことこの上ない。破る方策が幾つも考えられたが、まず既存の通常兵器では無理である。戦略自衛隊が掠り傷すら与えられなかったのはATフィールドのせいだ。ではエヴァでも破れない最強の防壁なのか。いいや、そんなことはない。矛盾という古語を使徒に教えてやらねばなるまいて。
シンジとアスカは深呼吸する。思考までも行動までもが全部ピッタリんこであるのは微笑ましい。
2人が全部の波長を合わせて、まさしく一心同体の状態でエヴァを動かすとどうなるだろうか?
あれよあれよと、瞬く間に無敵の壁が崩れ去るではないか。
そう、使徒が無敵たる所以は破られた。
「終わりよ」
頼りの綱だったATフィールドを破られた使徒は、絶体絶命、袋のネズミでしかない。後ろは壊れたビル、横はマンションやビルなどの建物が群集している。正面には人類の刺客エヴァが立っている。逃げ場なんてものはなかった。つまり、チェスで言うチェックメイト、将棋で言う王手を打たれていた。
肩部から携帯格闘兵装のプログレッシブナイフを取り出し、ご丁寧にも両手でしっかりと柄を握る。後は簡単。思いっきりナイフを突き刺すだけ。妙に浮いている赤い球体目指して勢いよく下ろされた鋭利な刃物は突き刺さり、まるでガラスが割るように球体を破壊した。直後、使徒は一気に膨張して大爆発を引き起こす。爆心地からは、光の十字架が形成された。
使徒が消え去った後、その光景は異様でしかなかった。
「パターン青…完全に消失。使徒の撃破確実!」
NERV本部の指揮所では外の光景とメインコンピューターの報告とをすり合わせた総合的な結果として、使徒の撃滅が100%の確実であることを叩き出した。
「一時はどうなるかと思ったが、まぁこれで良いか。初号機のダメージは少なく、2人とも無事。さて、私はシンジ君とアスカ君が困らぬよう、表向きの片づけと裏の汚れ仕事をするとしようか」
老人は表情こそ変えなかったが、内心はほくそ笑んでいた。
たっぷりと仕事が待っていようとも、これからが愉快で楽しみで堪らない。
続く