冬月、シンジ、アスカ、レイが司令官の執務室に集合した。いつもの机に冬月は座って、その前に置かれた客人用のソファにパイロット3人が座った。ただ、シンジについては特異な状況と言えよう。両隣にレイとアスカが座り、女子2人に挟まれる羨ましい立場にあったからだ。さらに、アスカとレイに腕を絡まれ、且つ両肩に頭を乗せられてもいる。それを目の前にして老眼鏡をかけて小さな文字が並べられた報告書を読んでいる冬月の精神力には感嘆するべきだった。
「今回のNERV本部に送り込まれた刺客は身元不明の者達だった。おそらく、その道のプロで雇われた面々。気になる点はどこの誰が送って来たかだが、証拠と言う証拠も何も得られなかった」
「じゃぁ、あの報復は何なの?」
「まぁまぁ、老人を急かすでない。証拠は無くてもこんなことをして来る組織は相場が決まっているものだよ。あの報復はちゃんと裏をとった上で行っている」
「あぁ、加持さんがか」
彼らを襲った刺客たちから逆探知で雇い主を突き止めることはできなかった。しかし、裏工作などの表には出せない活動に精通している人物が逆襲に転じ、非合法と表現できない方法で突き止めることに成功する。その人物から上がって来た報告を受け、直ちにNERVは人員を派遣して報復を行った。素晴らしいことに、その組織は報復を受けて委縮せざるを得なくなってくれたらしい。
「彼は言われた通りに動いてくれた。ちゃんと報酬を出してあるから、君が気にすることは無い。それより、随分とシンジ君は人間を超えたようだね。なに、いいことだ」
「でしょ?ネブカドネザルの鍵は適性のある者が使ってこそよ」
「その気になれば、碇君は使徒さえも上回る。人間を捨てて、神と同等の存在になろうとした彼の美しい姿が」
少しばかり時間は遡ってしまうが、彼は全てを知っているアスカ監修のもとでネブカドネザルの鍵を使用していた。鍵はどこから切り取っても、総じて難解な物のため説明は不可能だが、とりあえず言えることはただ一つ。使用すれば人間を捨てて、限りなく神に近い存在になれるということ。
「本命の1本は初号機に使用され、予備の1本が君に使われた。さぞかし、気分がよいことだろう」
「使用した時は辛かったですが、アスカの献身のおかげで事なきを得ました。適応してしまえば、僕は僕でないように、今までの自分が嘘のように思えます」
「やはり…神の子として生まれた以上、シンジ君の才は遺憾なく発揮されていると見よう。それなら使徒戦も楽になりそうでよろしい。申し訳ないが、まだ使徒は数体ほど残っている」
何かと苦労の絶えない日々を送っている彼らだが、主な目標は全ての使徒の殲滅である。使徒を全て殲滅しなければ、人類の平和が訪れることは絶対に無い。全て殲滅した先に一時の平和が訪れても、再び戦乱が始まるかもしれないが、それは一旦置いておこう。
彼らがエヴァを以てして使徒を殲滅するのは言うまでもない。その殲滅の方法は必ずしも正攻法とは限らなかった。真っ正面から戦って勝とうとするより、定石や常識を逸脱した方が簡単なことがあった。どのようにするかはパイロットに最大限の裁量が認められているため、一定の制約はあっても彼らの好きなように戦うことが出来る。
「そうそう、第九の使徒だけど。私の好きにやっちゃっていいのね?」
「もちろん、君の好きなようにすればいい。エヴァンゲリオン参号機は不要だから機体は気にせんで構わん。第九の使徒は必要だが、その方法の如何は一切問わない」
使徒は殲滅しなければならないが、倒したらポイっとするとは一言も言っていない。実際に第五の使徒を撃破した後、通常であれば特殊な方法で滅却処理するはずの残骸を回収し、NERV本部が誇る技術部で使徒の器官の徹底分析をしている。辛うじて解析して得られたデータはこれからのエヴァ開発や改造に活かされた。使徒を忌み嫌って捨てたくなる気持ちはよく分かるが、再利用しないことは勿体無かった。
「でも、第九の使徒の前に第八の使徒があるわ」
「あぁ、そうだった。いや、誠に申し訳ないが、第八の使徒が出現する頃に私は孤独な出張に行っているはずだ。一応、葛城君に臨時で権限を委譲するから、君たちには彼女の下で戦ってもらいたい。とは言え、シンジ君は人を捨ててからまだ間もない。決して、無理はしないように」
「はい。十分に気を付けます」
「出張先は白い月?」
「その通り。白い月で使者と会わねばならん。彼と話し合い、予定を詰める必要があってね。彼は自らの身を犠牲にし、計画における一種の触媒の役割を果たしてくれると約束してくれた。感謝を伝えればならないかもしれないよ」
古来より地球と共にあった月は今も存在している。しかし、月も月で変わってしまっていた。いや、ある出来事を境にして化粧が剥がれ、月の本来の姿が明るみになったと言うべきかもしれない。本来の姿となった月ではNERVではない、どこぞの組織が事実上掌握し、1人の少女の計画の一端を担っていた。では少女が行くべきだが、諸々の都合があって地球を離れることは出来なかった。そこで、腹心のお爺さんにお使いを頼んでいる。
「この老体で宇宙に飛ぶことになるとは思わなかったが。おや、シンジ君はやけに眠たそうだな」
「すいません、ちょっと疲れていて」
「無理もない。精神的にも肉体的にも極度の疲労が溜まっているはずだ。休憩の名目で宿泊所を使いなさい」
レイとアスカが寄り掛かっているのはいつもの甘えかと思っていたが、どうやらシンジ君が倒れないようにするストッパーの役割をしていたらしい。シンジ君は目が虚ろで意識が少々沈みかけている。このまま長ったらしい面談を続けていると彼が潰れてしまうため、早々に切り上げて休むことを提案した。少女2名に肩を持たれながら碇シンジ君は退室した。その足取りはふらついていて、彼の身を案じるしかなかった。
執務室で一人になった冬月は机の中から、小さな箱とマッチを取り出した。
「久し振りに煙草を吸うとするか」
大昔はよく吸っていた煙草を、今になって再び吸いたくなったことは何故だろうか。
「はぁ…」
火を点けて一吸いしてから、紫煙を吐き出す。そして呟いた。
「あと、どれだけ生きられるかな…ユイ君」
続く