今日は非常におめでたい日だった。相応に天気は良くて雲が散り散りに撒かれ、太陽は今日の者を輝かせる。絶妙な塩梅からは自然が彼を心から祝福していることが否が応でも理解させられた。
その主役はと言うと。
「はい、お口開けてね」
「あ~ん」
大きくあんぐりと口を開けると甘味がお届けされた。口を閉じれば程よい甘さが広がって、生きていることの素晴らしさを教えてくれる。遥か古来から祝う時には特別な料理が鉄板だ。特に誰かの生まれた日を祝うのであれば、甘~いお菓子が定石としか言いようがないだろう。
本日、めでたく神の子として誕生した碇シンジは自宅で天使に祝福されている。彼の前にはホールケーキが鎮座しており、テーブル上で圧倒的な存在感を誇った。ホールケーキのことに嘘偽りはないが、大きさは小さめの4号サイズで3人で食べるには不足感が否めない。正直なことを言うと、大きなホールケーキは一回で食べきれず後に回すことが考えれて好ましくない。よって、余裕をもって食べきれる4号を選んだ。若い3人ならばあっという間に消え去る。しかし、一口一口に拘りを持たせたため、食べきるまでの時間は意外と要してくれた。
「シンプルなイチゴのショートケーキ。シンプルだからこそ至高」
「穴場の駅前店は見事にビンゴ。流石だねシンジの目は」
「そうでもないよ。どれも綺麗だったから」
彼らが買ってきたケーキは毎日行列ができる大きな有名人気店ではなく、個人経営の小さな洋菓子屋だった。この時期には珍しく看板に「洋菓子屋」と掲げており、これは穴場の当たりではないかと思ってお店に入ってみれば大正解を見事に掴んだ。ショーケースに並ぶケーキは豪華とは言い難いオーソドックスな物が多い。その中でも、本人が最も惹かれたケーキは至って普通で定番中の定番である「イチゴのショートケーキ」だった。有無を言わさぬド定番は定番となるだけの力を秘めることを意味する。伊達に長い間主力を務めているわけではなかった。
「あ、ほっぺにクリームが」
「しょうがないなぁ」
限られた時間を無駄に使うわけにもいかず、各々で食べ進めていると単調に飽きたアスカが呟いた。呟いた割にはわざとらしく、シンジも察して彼女に乗ってあげた。アスカの右頬にはちょぴっとクリームが立ち、そこへシンジの顔が迫り行く。
「アスカ…隙ありだよ」
「!?」
「…」(ジェラシー)
確かにシンジは右頬のクリームを狙っていた。それは間違いのないことだったが、隠していた片手とティッシュでふき取り、もう片方の手でアスカの左頬を捕まえる。そして、ティッシュを置いてフリーになった手で右頬を抑えて動けなくした。土台を作り上げてから野性的に襲い掛かってフィニッシュを決めた。僅かな時間を以て華麗に完遂する手際の良さは職人そのもの。
若干一名がジェラシーMAXを発していることは触れずにおき、この一連の流れは左程驚くものではなかった。言わずもがな、彼らの関係では日常茶飯事と称して差し支えない。ただ、あくまでも、ここまではだった。
「ん、ん!」
「アスカの負け。碇君へ安易に罠を敷くと返り討ちに遭う。とっても羨ましい」
シンジとアスカが真なるゼロ距離で触れあっていることはお分かりいただけると思う。注目すべき点は触れ合いが開始されてから結構な時間が経っていることだ。最初は襲われた側のアスカは受け入れて絡みつき、長時間になればなるほどに喜びを
増した。だが、同時に空気の残量が減少し、やむを得ない補給が必要となった。
「っぷはぁ!シンジ…強すぎ」
「僕は強くなったんだ。昔とは違う」
アスカも常人と比べれば強靭な肉体を誇ったが、残念なことに人を超越した大いなる少年には及ばなかった。彼がワザと引っかかってくれるとは言え、少々彼を見くびっていたらしい。彼女の呼吸は荒くて空気の急速な供給を欲しており、これぞ開いた口が塞がらない。開いた口からは両者が絡み合っていたことを証明するように液体が垂れた。
「碇君」
「ほら、レイ様がご所望よ」
振り返るとレイも頬にクリームがついていた。シンジはクスっと笑って平等を示すべく動いた。碇シンジは何よりも公平と平等を意識しており、何よりも一点集中を嫌う。全てに全力を注ぎこむ清き潔き優しきの紳士たれ。今回は罠でも何でもないため頬をペロリし流れてゼロ距離触れ合いに入った。なんとまぁ、シンジの優しきことか。世界が彼の優しさに包まれればよろしいのに。
ガタッ
「いけないなぁ…僕に押し倒されて抑え込まれることを装うなんて」
「バレてる」
「まったく、レイは狡猾な手を好むわねぇ」
自ら望んだレイはシンジと触れ合うも重心をずらすことで彼に押し倒された風を作り上げた。彼らの関係を知らない赤の他人が客観すれば、彼が私欲に身を任せたかのように見えただろうが、この場にはシンジとレイ、アスカの3名しかいない。互いに互いの奥底まで知り合った面々だから効果は無い。それにしてもレイの技は良い意味で狡猾である。
「はいはい、茶番はこれでお終い。気持ちも胃も落ち着かせるためにお茶でも飲みましょ。新しく淹れるから」
「じゃぁ、僕が淹れるよ。熱湯を使うと危ないよ」
シンジは立ち直してキッチンに向かった。常備している茶筒から茶を摘まんで急須に入れ、高速湯沸かしポットの熱湯を注ぐ。お茶を淹れることに特段の工夫は施さない。甘い物を食べた後には茶を飲むと気持ちが落ち着く。どうも甘い物を食べたら幸福感が災いして気分の良さが毒になるかける。ここはクールダウンだ。
「おまたせ」
お盆に3人分の湯飲みを乗せて戻る。倒れたレイと鬼の不動のアスカは椅子に座り直してお行儀が良かった。出されたお茶の温度を湯飲みで確かめ、猫舌でも飲めることを確認してから啜る。
「ほっと一息」
「この舌を傷つけない温かさ。やっぱシンジは私たちのことが大好き」
「何を今更。2人ことは大好きじゃなくて『愛してる』だよ」
シンジのお茶の入れ方から愛の度合いを測るとは恐れ入った。いやはや、この3人の関係性は簡単には表現できない。広辞苑を総動員しても数日は要することが予想された。
ケーキを平らげ、茶番に興じて、お茶で気分も身体も落ち着かせた後は特に用もなため自由に時間を過ごすつもりだった。では、どのように残りの1日を過ごすことになろうかと疑問は浮かべないで欲しい。
なぜなら、その疑問は野暮だから。
「フフッ…今日のために用意したのよ」
「アスカには負けないから」
天使たちは互いに負けじとシンジを魅了する。だが、忘れることなかれ、碇シンジは平等を重んじる優しい紳士だった。
「選り好みなんてしない。2人ともじっくりと味合わせてもらうね」
3人は寝室に向かった。
青春はいつまでも続く。