初めての実戦を華麗なる勝利で納めた少年と少女は、地下の本拠地に帰るなり、ケージで待機していた医療班に連れられた。2人とも目立った外傷は見られず、体の内面は軽度の疲労があるぐらい。いくらなんでも、それは心配性が過ぎと思われたが、そうもいかないのがエヴァンゲリオンだ。恐ろしく複雑で特殊な機構を用いるため、乗って動かすだけでもパイロットに悪影響が出かねない。もちろん、事前のテストで安全性は確認されていたが、「念には念を入れよ」と格言が残されている。ここは従う方が吉と判断するべき。特にシンジは数多もの健康診断を受けることになっていた。見たことがない、えらくゴツイ機械で体中隅々まで調べられる。また、解放されても、お医者様からの問診や看護士さんによるチェックを受ける。とてもだが、「嫌」と一言を挟む隙は無い。それ以前にスタッフから口答えを一切許さない覇気を感じた。抵抗は無駄だと諦め、素直に言うことを聞くだけの時間を過ごす。
長い時間を医療設備に囲まれて過ごし、やっと解放された。本部に戻ろうとすると、例の少女が仁王立ちしている。自分を待っていたらしい彼女から、極僅かな黒いナニカを感じるのは気のせいだろうか。気にしたら負けかもしれない。
「お疲れ様。本当なら研修とか受けてもらうんだけど、今日はこれでお終い。さて、気になることがあるでしょ?自分はどこで過ごすのかを」
コクコクと頷いて肯定の意を示す。そう、彼は帰るのだが、どこに帰ればいいのか。複雑な家庭事情を持っている彼は、確固たる安住の地を得られていない。一応、住についてはNERVに用意してもらことが約束されていた。
「その答えは、とっても素晴らしい。なんせ、この私と2人きりの同居生活だからね。一応言うけど、ただの冗談じゃない。ちゃんとした理由があるわ」
彼女から語られた理由を一つ一つ聞いていくと、確かにその通りで至極当然のことだった。ぐうの音も出ない正論で固められ、反発する気なんぞ起こるはずがない。その中でも特にの理由として、警備面の効率化があった。使徒と戦えるエヴァパイロットの両名は、私生活でもNERVの下にあって、いつでも緊急保護に移れるよう体制が築かれている。もちろんながらプライベートは限りなく配慮しているので、相当なことが無い限り介入されない。ただし、負傷で動けない1名を含んだ3名に各自バラバラに動かれては、如何せん手間がかかってしまう。そこで、2名を同じ屋根の下で過ごさせる。これなら、警備にかかるコスト・人員を削減することが可能だ。
これ以外にも理由が挙げられたが、長くなるので割愛する。
「じゃあ、えっと…」
「ア・ス・カ。ちゃんと名前で呼ばない…全力で袈裟固めするわよ」
なんで柔道技なのか突っ込みたいが、それはおくびにも出さないで悟られないよう尽力する。
「アスカ。これでいい?」
「そう、それがよろしい。さ、私たちの家(愛の巣)に帰るわよ。大丈夫。ここから徒歩でいける」
2人は病院を後にした。
地上に出た瞬間に、まさに間髪を入れず、少女は少年の手をギッチリと握る。途切れることを知らぬ、一切ぶれることが無い彼女の積極攻勢には脱帽するしかない。今までボディタッチは挨拶の握手ぐらいしかなかった。
「何よ。不満?」
「い、嫌じゃないよ。その、びっくりしてさ。アスカがやけに優しいから」
「あぁ」と少女は納得したかのように大きく頷いた。確かに彼女の行動を振り返ってみると、初対面にしては非常に馴れ馴れしくて、極めて親切であった。彼が説明も訓練も碌に受けていない素人だからと言っても、ちょっと度が過ぎるように思われた。かと言ってありがた迷惑や余計なお世話ではない。嬉しいか嫌か問われたら。その答えは嬉しいしかないだろう。
「だって、あなたは辛いことを経験し過ぎたって聞いたんだ。シンジの過去を冬月先生から聞いたの」
「そうなんだ…だから」
彼女の言う通りで、シンジは幼少期から辛いことを経験し過ぎている。長い人生から抽出すると、母親を原因不明の事故で失い、愛する妻を失った父親は動転したのか、突如として冷酷になった。しかも一人で生きていけない彼を情け容赦なく捨てた。その後の父親の消息は一切不明であり、彼は全く掴めていない。長期間経過しても、小さな断片でさえも掴めなかった。よって、やむを得ず家庭裁判所に特別の代理人から申し入れをして、失踪宣告を出してもらった。失踪宣告に伴い、彼は浮いた存在となる。窮地に陥るかというタイミングで、とある人物が手厚い援助をしてくれた。その人のおかげで今まで生き延びている。
そして、アスカはこの彼の過去を知っている。だからこそ、彼が今何を必要としているのかを理解している。彼が一番必要としているものとは何か。それは、『人の温もり』であろう。人の温もりを彼女は彼に惜しげもなく与えたい。仲間としても、友人としても、家族としても、彼の妻としても。その思いから(歪んだ愛を多分に含んだ)行動に打って出ていたのだ。
シンジはアスカの態度が自分の過去を踏まえた、純粋な優しさに満ちた想いであることを知った。そして、今までの己の動揺を恥じる。彼女の素直な優しさを訝しく思ってしまった己を恥じる以外に何をすると言うのだ。恥じない者がいれば、それは「恥を知れ〇物!」と言われても文句は言えない。
「なんか、しんみりしちゃった。切り替えて、さっさと帰ろう。家に帰ったら、君の荷物のセッティングがある。時間は有限なのよ」
「うん。そうだね」
先までの空気は吹き飛ばし、2人手をつないで歩く。見るからに仲良くした姿で家へ急ぐ。家にはシンジの荷物が置かれており、段ボールから物を出してセッティングする作業をしなければならない。それもあって、今日は研修を受けない早帰りをしている。彼らの家までは駅から歩いて10分もかからない、NERV本部へのアクセスが良好な場所に建っているマンションだ。
マンションにおける一つの家自体が全部2人だけの家となっていることについて、彼は驚きを隠せなかった。自分の引っ越し荷物(段ボール)が搬出されていたことを忘れてしまう程に。ちなみに、アスカはしてやったりと何故かニタニタ笑っていた。ひとしきり驚いたり笑ったりしたら、段ボールを開けて中の荷物を部屋に置いていく。または、各収納スペースに収納していく。彼は1人だけで生きて来たためか段ボールの数は少なく、その中の物の量も少ない。大きな家具類は新調したこともあって、最低限のセッティングは小一時間で完了した。
しかし、そのセッティングの中で彼は今日一番の電撃が走ることがある。
それは…
「気づいちゃった?」
「…」
「だんまりか…まぁいいわ。私とシンジは一緒の部屋で、そして一緒のベッドで寝るからね。エヴァパイロットは協調性が命。よって、全ての生活を一緒に過ごすこと。それが協調性(愛)の一番の養い方!」
そう、自分が諸々の生活活動をするであろう私室は彼女と共用だった。しかも、寝るためのベッドは2つではなく、大きいサイズが1個だけである。これを鑑みるに、彼と彼女は基本的に一緒の部屋で過ごして、一緒のベッドで寝ることになる。別に、いやらしい意味ではないことに注意が必要である。
間違えたら?
その時は、もれなくNN爆雷が投下される。可能な限り、お気を付けていただきたい。
さて、衝撃のことを告げられたシンジは、今回ばかりはすぐに諦めることが出来なかった。これからどうなることか、また違う方面で不安にならざるを得なかった。楽しくなることを切に願いたかった。まぁ、彼が何を願おうとも。彼女がいるから、楽しくならないわけがない。
続く