シンジは私のもの   作:5の名のつくもの

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弱肉強食の理

悶え苦しむ参号機は異様だが容赦なく零号機と弐号機は挟撃を仕掛けた。外から把握することは不可能でも何となくで理解できるだろう。テストパイロットを買って出た碇シンジ君は内なる敵の使徒を撃滅すべく戦っていた。人間の免疫反応のように蝕む存在に対し徹底抗戦を貫いては脆き人間の矜持を見せつける。

 

(荒療治だが多少のダメージはやむを得ん。パイロットの負傷は想定範囲内とするが存分にやりなさい。強硬手段は排除せんよ)

 

「承知!」

 

使徒は想像以上の抵抗に苦戦を余儀なくされた。単純な力では人間なんて弱小に過ぎず風の前の塵に同じだった。しかし、心の強さというのは必ずしも腕っぷしとは連結していない。一見して弱そうな人間で相応に気弱でも非常時には誰もが驚くような魂を発揮する者は存在した。

 

碇シンジは己を犠牲にしてまで可能な範囲で周囲を巻き込まないよう配慮しているが、何も全部自分で抱え込もうとはせずきっと誰かが助けてくれると信じ続ける。だからこそ彼は弱くても負けはしないと言わんばかりに戦った。

 

「駄々っ子の相手は嫌いなんだけどぉ!」

 

レイの零号機が巧みに陽動を仕掛ける。参号機の操作系統は大半を握られてしまっているため救出を阻もうと蝕まれた身体が動いた。驚くべきことにエヴァを吸収し同化した使徒は己の身体を成して追加の腕をニョキっと出現させる。更には伸縮性のある腕は器用に零号機を掴みかかった。これも浸蝕と同化の恐れがあると判断したレイは上手く建物を挟んで回避する。

 

その間に迂回した弐号機が背後から飛びついた。下手にとりつくと汚染されかねないため参号機本体を掴み、両手に持ったプログレッシブナイフの斬撃を使徒腕に与え伐採し零号機への危険を排除する。無生物であるナイフは侵されることなく切れ味を保った。突如として奇襲を被った使徒は実質的な包囲網が形成されたことを理解する。あまりにもちっぽけな人間風情が抵抗するため視野が狭くなっていた。むざむざ撃滅されるような愚は犯さない。

 

「急激な縮小…」

 

「何をする気なの…」

 

使徒は戦術を大転換して外からの救援阻止とパイロット浸蝕の両立を諦めた。その代わりに後者の目標に総力を挙げるべく無駄を省き始める。あれだけ暴れ回る動きはあっという間に萎み縮んでしまった。

 

思わずアスカもレイも素っ頓狂な声を上げる。

 

使徒の狙いは死なば諸共だった。

 

~精神世界~

 

特異な環境で瓜二つどころか全く同一の碇シンジ2人が対面する。

 

「いい加減に諦めたらどうだい。神となるべき僕には通用しないんだ」

 

「そうは言われても簡単には引き下がれない」

 

2人は白い砂が広がり赤い海が押し寄せる砂浜で向かい合う形で対話を続けた。当初は猛然と襲い掛かった碇シンジに碇シンジが立ち向かい激闘を演じる。肉弾戦と言うべき戦いに勝者はいなかった。お互いに物理的にも精神的にも食らい付き合って泥仕合を演じる。途中で不毛と分かり対話を望んだが案の定で平行線が引かれた。

 

「どうやら、僕の天使たちが取り付くことに成功したみたい。もう王手だよ」

 

「そうかもしれない。そうだ、僕は負けたか」

 

これには碇シンジは眉をひそめる。使徒が模倣する自分は先までと打って変わって弱気である。しかし、使徒特有の超常的な力は健在であり奥の手を隠していると警戒した。

 

「でも降伏はしない。使徒である以上は敗北は許されなかった」

 

「…」

 

「負けでもない、勝ちでもない。最も不毛で理不尽な終わり方を選ぶよ」

 

「っち!」

 

冷静なシンジを焦らせる。

 

「耐えがたい苦痛と喪失感に襲われるがいいさ!」

 

瞬発的に後ろ飛びし態勢の立て直しを図ったが漏れなく全身を嫌悪感に包み込まれる。同時に終わることのない苦痛の円環に突き落とされた。ここは碇シンジの精神世界のため物理的なダメージは無いように思われるが、使徒の狙いは彼を無効化するべく廃人に変えようと試みたのである。傷を伴わない苦痛であるがゆえに質が悪くあり治療や緩和の手段は無く外部からの救援も届かなかった。

 

「君だけでも連れて行く!」

 

~現実世界~

 

(シンジの精神状態がっ!)

 

NERV本部の地下司令室は彼の戦いが終わったかどうか判断しかねる。よって、現場の弐号機と零号機に任せ戦闘配置は解かなった。冬月は現場主義の人間でありアスカとレイの分析を信じるが共有されるデータに目を見開き叫んだ。

 

「いかん!使徒は彼を心身ともに滅ぼそうとしている!」

 

「直ちに緊急搬送の準備!」

 

最小限の人員でも精鋭ぞろいなだけはあった。冬月の叫びから汲み取っては適切な指示を飛ばす。その叫びが意味するのは使徒がシンジ君を死なば諸共で破滅に導こうとしていることだ。幸いなことに、レイとアスカが直ぐに勘付き荒療治として汚染覚悟で参号機のプラグを2人がかりで切断し引き抜いた。使徒がシンジに寄生した以上は操作系統を彼に依存する。つまり、プラグが無理やりにでも切断されれば参号機は行動不能に陥った。もっとも、それでは不安が残るため零号機と弐号機が離脱次第にNN巡航ミサイル5発を撃ち込んでは滅却処理を図る。

 

極一部だが汚染を受けた両機は独断でシンクロを遮断した。これによってフィードバック及び神経のダメージを自身と切り離した。それから汚染部分を自ら切り落とすことで損傷を最小限に抑え込んでいる。そのパーツは一か所に集められてNN地雷で滅却処理される。これは別段気にすることではなくNERVは汚染された碇シンジ君の一点に収束した。回収時点で精神までも侵されていることは明白なため本部の最深部たる機密の詰まった区画に収容された。

 

それからして、彼のことを愛する天使2人は冬月コウゾウと面会する。

 

「これは私の不手際だ。誠に申し訳ない」

 

「別にお爺ちゃんが謝らなくていいじゃない。紆余曲折あったけど、シンジは使徒の力を奪うことに成功したんだし」

 

「どう治療するの?」

 

「そう、問題はそこじゃない」

 

「そうだな。結論から言うと肉体を捨て彼の魂だけを神の器に移植する。ネブカドネザルの予備を注入してた器を用意してある。下手なクローンではなくワンオフの彼しか入ることの許されない神たる肉体だ」

 

「流石は神の摂政ね」

 

「これぐらいはな。前世の罪滅ぼしにはならんのだよ」

 

精神が侵されたと雖も高潔なる魂までもは侵されなかった。神の子にして次の統治者となるべき少年を舐めないでもらいたい。魂さえ残って入れば肉体を移し替えることで十分に対応可能である。もちろん、次の肉体は最高峰の物が用意された。冬月コウゾウが前世より培った技術と経験から生み出した神の器が備えられる。

 

「まぁ、老婆心とでも言わせてもらおうか。私も長くはないから若い子供たちのためには何肌でも脱ぐつもりであるよ。大人は子ども達のために身を粉にして働くものだが、どうも最近の大人たちは自分の益ばかり追求している。いかんなぁ」

 

「そんなこと言わないでよ。せめて、立派な墓標を建てなくちゃ」

 

「いやぁ、そんな墓はいらん。名も無き墓標で構わない…私はそれでいい」

 

「欲がないなぁ」

 

ポーカーフェイスだが内心は安堵しているレイは心配が勝って質問した。

 

「いつぐらいには目覚めるの?」

 

「う~む…難しい質問だ。私の見立てでは彼が完全に吸収し切るまで数日を要する。それから魂の移植を行うから…ざっと一週間から二週間の間と幅をもたせてもらう。本当に申し訳ないが、こればかりは彼の好き好みによるから何とも言えない」

 

「わかりました。私とアスカで寄り添います」

 

「すまん。こんなしわがれた老人より君たちの方が遥かにマシだろう。頼んだ」

 

たとえ相手が少女であろうと誠心誠意を以て頭を下げる老人は立派だった。

 

続く


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