バチン!
一瞬だけ眩く感じたが直ぐに順応している。暗闇の中に光がふりかけられた。隣には(失礼な言い方だけど便宜的に)本物のアスカが立つ。アスカと手を握っていると、少し遅れて正面の上段部も光がふりかけられた。
そこには懐かしい人が立っている。
「久方ぶりだな。シンジ君」
「冬月先生…ですよね。だいぶ、お年を召られたように」
「押し寄せる老化の波は止められない。君や彼女と違って、私は人に変わりなく、執行官に過ぎないんだ。それより、よく帰って来たよ。お帰りなさい」
「ただいま、戻りました」
冬月コウゾウ先生は、失礼ながら、かなりお年を召された。一番最新の記憶と比べても、一回り小さくなっている。それでも、全身からあふれ出る気概のオーラだけは一段と増した。
「さて、色々と積もる話はあるが、私は下準備で非常に忙しい。よって、なんだ、彼女と一緒に見て回るがいいだろう。記憶の欠片を回収するのが早く慣れるコツだな」
「14年も待ち焦がれていたのよ」
「やっぱり、14年が経っているのか」
ミサトさんやリツコさん、偽物のアスカが言うには、僕が第十の使徒と戦ってから14年が経過している。つまり、僕は初号機の中で14年間も寝ていた。皆が大きく年齢を重ねて当然に思われる。年を重ねることは自然の摂理であり、何ら疑いを挟む余地のないことだ。
ただ、僕は初号機内部に溶け込んでいる。だから、14年間は身体的と精神的に空白として存在した。薄い患者着は誤魔化しが効かない。僕自身の身体が成長していない事実は受け入れざるを得なかった。
気になるのは、アスカが成長していることになる。
「私の方が先に大人になったみたい」
(アスカも初号機にいたはずじゃ…)
「そういうのは後で説明するからね。大人のお姉さんも…悪くないでしょ」
そう、アスカは正当に14年を経ていた。背は高くなって、胸も大きく育った。弐号機から降りた時の再会は、正直言って、喜びよりも驚きが勝っている。アスカも僕の格好に驚いた。ここまで年齢差が出るとお互いに反応に困る。だけど、アスカは僕のことを優しく抱きしめてくれた。そして、彼女は一足先に大人になったことを謝罪する。それを言うなら僕もだ。僕だって「一緒に年齢を重ねられなくてごめん」と謝った。
「葛城大佐や別世界からの介入者で疲れている。今日は2人でゆっくりと休むことを命令する。いいかな、命令だよ」
「はい。ありがとうございます」
命令であれば拒否は許されない。しかし、命令の内容は休養だった。僕を働かせることも不可能に陥る。これは冬月先生なりの立場を活かした気遣いが染み入った。命令と雖も気遣いなので、深くお辞儀して感謝を示す。
「それとだが、NERVは新しい仲間を加えている。彼だ」
バチン!
再び大きな音と一緒に灯りがふりかけられた。そこには綾波と同質な少年が立っている。お人形みたいで美の感覚を刺激された。その前に僕を愛おしく見る目に心が奪われる。
「時が来たら、私の方から正式に命を下す。それまでは身体も心も休むことに注力せよ。以上だ」
そう言うと照明が二つ消えた。この場に残ったのは僕とアスカだけになる。アスカと目線を合わせたい。そのためには顔を上げなければならなかった。14年前は同じ高さだったのに、今は顔を上げることになって、僕の目線は豊かな胸に泊まる。
「まだまだ男の子だね。向こうの女とは一味も二味も違うから」
グッとくる欲情を懸命に堪えた。
「シンジは私と一緒の部屋だからさ。見ての通り、NERV本部はニアサーとサードで丸ごと吹っ飛んでいる。必要最低限の設備だけ動かしても発電は安定しなかった。居住区も壊滅状態にある。だから、私の部屋といっても、適当な区画にテントを張った」
ここまで来る道中でわかっている。NERV本部の酷い状況はどこを見ても理解した。そこら中が破損しており、非常階段までボロボロである。そして、僅かなスペースを除いて赤く染められた。天井も大半が取り除かれている。清々しい青空が見えた。NERVから地上まかなりの距離があって、何重にも分厚い特殊装甲板が張られる。どうやら、皆が言うニアサーとサードが大工事をしたようだ。
「先に大人になったこと。それは捉え方次第じゃない?」
「そうだね。僕は子どもでアスカは大人になった。これは絶対に覆せない」
アスカは胸を張った。
「いっぱい、私に甘えてね。私だけのシンちゃん」
この後の事はとても人には話せない。
アスカに1日中埋もれて14年越しの愛を誓い合った。
強いて言うなら、童心に帰ってちゅぱちゅぱしたよ。
「エヴァンゲリオン第壱拾参号機か。本来は第一の使徒である君と彼が乗るはずだった」
「今更、何も言うことはありません。僕が脱するべき円環の理を彼女が崩している。第一の使徒が不甲斐ないばかりにこうなった。言い訳をする余地もございません」
「驕ることなく、謙虚であること。そこは人間らしい。さすがは人類と使徒の橋渡し役の渚カヲル君だ」
巨大なドームの前に老人と少年が立つ。14年を経て老化は進んでいるが、背筋はピシッと伸びた。その者は14年もの間に渡ってNERVを維持している。NERVに反旗を翻した組織の攻撃や妨害に屈しなかった。そして、淡々とシナリオの計画の通りに進めている。
「それにしても、冬月コウゾウの手腕もお見事です。Willeを相手に絶妙な調整を施した。無人機のエヴァMk-Ⅳの集中投入により、勝ち星に等しい負けを重ね続け、フォースまでの時間を稼いでみせた。更には、初号機のプラグからシンジ君を残し、彼女だけを抽出している」
「最初は綾波レイも抽出する予定だった。彼女が自ら殿と初号機を守ることを希望している。オリジナルの彼女だけを抽出すること。それは流石の私でも大変に骨が折れた」
「ご苦労様です」
エヴァンゲリオン初号機は、ニア・サード・インパクトの首謀者と封印された。そのプラグの中には碇シンジがおり、初号機が吸収した弐号機パイロットのアスカ、および零号機パイロットのレイもいる。第十の使徒戦において、両者は初号機の覚醒の糧となった。なぜ、初号機が吸収したのかに関する理由は定かでない。一般的には、心を通わせた戦友で愛する者を守り通すと言われた。
NERVが封印した初号機を反乱軍のWillwが強奪した。初号機のサルベージを敢行するが、残念ながら、シンジの一人しか抽出できていない。本来はアスカとレイも出て来るはずが欠片も存在しなかった。もし、技術が追いついていない場合は、シンジの抽出に失敗する。
実は初号機を封印する前にNERVはアスカのサルベージに成功した。つまり、封印された時にはシンジとレイの2名に絞られる。そのレイは自らを初号機の守護者とすることを希望した。自らの魂を諸共に初号機へ溶け込ませている。
なるほど、これではシンジしか出てこなくて当然だ。
「さて、君には悪いがエヴァンゲリオン四号機に乗ってもらう」
「えぇ、自爆して北米の支部を消滅させた曰く付きは任せてください。四号機も司令がディラックの海から回収している」
「あれは君の助力があってこそだ。私は単に拾い上げたに過ぎないよ」
もはや、国連も政府も地方行政も機能していなかった。エヴァの保有数を制限する『バチカン条約』は自然消滅する。したがって、NERVは大手を振ってエヴァを運用でき、特に単騎の性能を抑えた代わり、生産性を高めた量産型を大量投入した。
「まぁ、茶化しを含めた世辞はここまでにします。例の別世界からの介入者による歴史の修正はどうされますか」
「なに、やることは変わらんよ。SEELEのお墨付きを得た以上は彼と彼女の望むように」
「SEELEの老人たちはサードさえ遂行されれば満足しました。後は良くも悪くも好き勝手できてしまう」
「その時が来るまで、君も好きなようにしなさい。私は下準備を進めるが、気にしないでおきなさい」
その時に何が始まる。
続く