私の朝はアラームに始まります。
私の部屋はヴンダーの中でも中央の区画に置かれました。よって、外の景色を眺められる窓が一切ありません。朝のご来光を眺めることができないので、その日の勤務形態に応じ、アラームをセットしています。時には夜勤で夜中を起きることもありますが、全ては私の想う人を救い出すためであり、苦痛に感じることは一度もありません。
「おはようございます。碇さんはお元気ですか?」
朝起きて必ずやることがあります。それはコルクボードに張った写真の碇シンジさんに挨拶することです。あの時は拙策による強引が過ぎました。私は理解していたつもりが、寄り添うことの欠片も無かったことは反省です。
「今日は午前中が医療班の仕事を進めて、午後に式波さんと真希波さんとのミーティングがある」
私はヴンダーの医療班とエヴァ・パイロットを兼任しました。前者が主たる仕事であり、後者は予備扱いになります。原則として、医療班の日々を送りました。体調不良者の診察や船外作業で発生した事故の対応などを行います。そんな医療の仕事のために自室の棚は本が占め、真希波さんがおっしゃる通りで「本は知恵の泉」なんです。
後者は、あくまでも、予備人員の扱いになります。それもそのはず、私は適正の薄い一般人です。適正が薄いにもかかわらず、エヴァパイロットを務められることは、私の執念の勝利と誇りました。もちろん、ベタニア・ベースの伍号機や式波さんと真希波さんのご協力を賜っています。
それでも、根幹にあることは揺るぎませんよ。
「待っていてくださいね。私が迎えに行きますから」
これだけで1日を頑張れます。
午前中の医療班の仕事を終えました。私は昼食を持って式波さんと真希波さんの部屋に向かいます。私とお二方はそもそもの職務が違うため、互いの部屋は区画から隔てられました。
「どうぞ~」
「失礼します」
お二方は、専業のエヴァパイロットです。エヴァは、良くも悪くも、この世を変える力を秘めました。したがって、葛城大佐は「アスカとマリは厳重な監視下に置く」と宣言しています。式波さんは「仕方ない」と受け入れ、真希波さんは「当然でしょ」と賛成されて、とてもご立派でした。
私は予備人員であること、医療班の仕事を主とすること、等々から監視から逃れています。その代わりと言ってはなんですが、式波特務少佐と真希波特務少佐、ヴンダーの職員を繋ぎます。お二方と皆さんを繋ぐ連絡官に抜擢されました。
「お昼の時間から始めたいと思いまして」
「時間は有限だからね~」
「ランチミーティングってことかしら」
お昼ご飯と言ってもです。簡素な携行食料が当たり前な生活を送ります。元の世界で慣れて特段何も思いません。そして、昼休みの時間からミーティングを始めました。私達の時間が限られていることは、言うまでもありません。さらに、NERVのフォースとフィフス(アディショナルかも?)までに救出しなければなりません。そのためには1秒も惜しいのです。
「Mk-4の攻撃が落ち着いて妙に静かなこと。フォースの発動が近いわね」
「本部の地下に眠っている『黒い月』を完全に顕現させること。それがフォースの目的で正しいのでしょうか」
「それがわからないから困る。なんせ、向こうには私のオリジナル、第一の使徒が付いた」
碇さん奪還作戦の時にNERVは量産型のエヴァMk-4を惜しげもなく投入した。しかし、昨今はパタリと攻撃が止んでいる。NERVはMk-4をフォース発動まで温存している。フォース・インパクトの発動が近いことを予想できます。
もし、フォースが元の世界と共通しているならです。NERVは「魂の浄化」と称して『黒い月』の完全な顕現を目論みました。世界には2つの月が存在しています。人類にとって一般的な月を『白い月』と呼びました。
真逆に地球に秘匿された方を『黒い月』としました。フィフス(アディショナル?)の発動にはフォースによって『黒い月』を完全顕現させる必要があります。私達はフォースを「黒い月を完全顕現させる儀式」と理解します。
しかし、NERVには式波さんのオリジナルの『アスカ』、及び第一の使徒『タブリス』こと『渚カヲル』がいる。この世界を引っ繰り返した張本人です。相手が奇手奇策に打って出る蓋然性は非常に高い。
「新型のエヴァの完成は確実でしょう。新型はリリスが残した結界を破るために存在する。純潔な魂を並列に2個用意して、ようやく、結界を突破できた。儀礼用のエヴァと考えれば、然したる脅威にはならないはず」
「そんなことがありますか。絶対に碇さんを乗せて、いえ、縛り付けているに違いありません!」
「まぁまぁ、落ち着きなさんな。そうやって、カッカすると、救いたい人を救えないよ」
「し、失礼しました」
「ほい、あったかいコーヒー淹れたから」
真希波さんが宥めてくれます。私に温かいコーヒーを淹れてくれました。ヒートアップしたことは反省ですね。
NERVの新型エヴァは最重要事項に挙がります。新型はフォースの発動に必要な儀礼用と見ていますが、私には碇さんを狭い世界に閉じ込める棺桶に思えてなりません。
そして、フォースを起こす場所は、サードの爆心地である『セントラルドグマ』と相場が決まっています。ここにサードを起こした第二の使徒リリスの骸が残され、絶望と希望の槍が1本ずつの計2本が突き刺さった。
その槍がインパクトの鍵になる。
「あ、ごめんなさい」
「いいの、いいの。はい、どうぞ」
ポケットからメモ帳が落ちる。
真希波さんが拾ってくれます。
「本当にワンコ君が好きなんだねぇ」
「サクラの愛は本物よ」
「そ、そんな。式波特務少佐と真希波特務少佐には及びません」
私のメモ帳は機能性を重視して使い勝手に優れました。
しかし、お二方は私のメモ帳を見て表情が僅かに引き攣らせている。
(無意識なのがね。サクラのいいところだと思う)
(何事も良い方向に捉えること。それがストレスなく生きる秘訣にゃ)
「どうか…されました?」
「いいえ。頭の中で新型エヴァの対策を練っているだけ」
(危ない、危ない)
ポケットから落ちないよう、奥の方まで押し込みます。メモ帳に大事な内容を書き込んでいることはもちろんですが、何よりも碇さんの写真を張っているため、メモ帳を粗雑に扱うと、間接的に痛めつることになりました。
ランチから始まったミーティングを充実させました。お二方と別れたら医療班のタスクを確認します。幸いにも、今日は特に体調不良者は出ず、事故も起こらず、平和です。
一足先に自室に戻らせていただきました。
「今日もお疲れ様です。碇さんはどうでしたか?」
部屋に戻ると、朝と同様に碇さんに挨拶します。私の一日は碇さんに始まって、碇さんに終わるのです。それから制服から私服に着替えて夕食になります。夕食も貴重な食料と水を節約するため、簡単なエナジーバーで済ませますが、ひもじい思いをすることは碇さんに失礼ですからね。
「私も大人の女性なので、式波さん、真希波さんに負けません」
私だって「大人の女性」という矜持があります。式波さんのフレッシュさ、真希波さんの大人の魅力に勝ち目が無い。そんなことは言わせませんよ。お二方と同じ土俵で戦って負けることは理解できます。よって、私だけの土俵で碇さんにアタックを仕掛ける。
ほんまに私が救わないといけないんです!
だから!
「待っていてくださいね。私だけの碇さん」
続く