道中で周囲の学生から注目を受けたシンジとアスカの仲良しカップルは、特に嗾けられたりするなど面倒ごとに巻き込まれずに目的地である中学校に到着した。到着するとアスカは前からの在校生であるから自分の教室へ向かい、シンジは諸手続きと確認作業があるため職員室で待機となった。朝の登校時間の間にクラスの委員長経由でアスカから新しく転校生が来ることが告げられ、クラスメイトは誰が来るのかと盛り上がり始めた。ただし、一部は時期的な問題があって、真反対の思いを抱いた。
それはさておき、朝の時間で残っていた手続きと確認作業を終えたシンジは、朝の会の時間に初登場を果たす。
「碇シンジです。えっと、つい最近、この第三新東京市に引っ越してきたので、分からないことが多いです。皆には助けてもらうことが多いかもしれないので、その時はよろしくお願いします」
パチパチパチパチ…
クラスメイトが増えることは少なくとも悪いことではないから、元からのクラスメンバーは拍手で歓迎した。特に女子は男子生徒ということで喜んでいた。碇シンジ君の顔立ちは美麗ではないが、程よく整っている。変に整いすぎておらず、いかにも優しい性格を示していた。丁寧な言動からも彼の優しさが窺い知れるだろう。シンジはメンタル面の脆弱性が注目されがちだが、1人の人間としては非常に良くできている。誰よりも優しく、誰よりも悲しみを理解できる。辛い過去から時偶に暴走することがあるが、常人よりかは遥かに苦労しているのだから、可哀想でやむを得ないと労うべきだ。
「碇は…アスカの隣に座りなさい」
「はい」
分かってはいたが、シンジはアスカの隣の席となった。これは予定調和でしかない。色々と事情があるのだから、2人を常に近づけておいた方が好ましい。もちろん、彼女直々の希望もあった。担任は生徒に比べ、2人のことを比較的に知っているため素直に認めてくれた。朝の会が終了すれば、当然のことながら各授業となる。よって、シンジとの交流は限られてしまった。また、先生方が彼に説明することもあったため、クラスメイトが関わる機会はお昼休みに持ち越しとなる。
この中学校には給食制度がないため、やって来る購買かお弁当を持参して昼食をとる。アスカとシンジは同棲している都合上、2人分のお弁当を作るのが楽ちんである。隣同士であるから机を引っ付けてお弁当を仲良く食べようとしている。しかし、周囲のクラスメイトが許すはずがない。案の定で女子生徒がワラワラと寄って来て、あっという間に囲まれてることになった。どこぞのティ〇ァールも真っ青な「あっという間に」である。男子はと言いたくなるが、男子は例の(アスカと彼の仲良しに対する)僻みがあって一定距離をとる政策を採用していた。それが賢明である。
「ねぇねぇ。噂で聞いたんだけど、アスカとシンジ君って一緒に暮らしているの?」
「あ、それ聞いた~。手を繋いで登校してたんでしょ~?」
恐ろしく速い情報の伝達速度。2人じゃなきゃ聞き逃しちゃうね。今朝のことが僅か数時間で行き渡って、浸透しているではないか。流石にシンジは苦笑いを浮かべるしかない。アスカは自慢するかのように、誇るかのようにニンマリ笑顔を浮かべている。ただ、質問に答えないことは失礼の極みであるから、代表してアスカが答えた。元々女子クラスメイトの中でも人気のある彼女が答えた方が確実性が高くて説得力がある。
「答える順番が逆になるけど、今朝は一緒に手をつないで登校していたのは事実で間違いないわ。そして、シンジと一緒に暮らしているのか。それもまた、狂いの無い事実よ」
「「「「おぉ~」」」」
囲んでいた女子は一様に感嘆の声をあげた。学校内でも特に美しく、全体的に強い少女のボーイフレンドが彼である。男子的には面白くもなんともない事実であるが、女子からすれば身近でノンフィクションなラブストーリー。もう最高の娯楽だ。美男美女カップルは至高である。なお、この反応を受けて、男子諸君はシンジへ怨嗟の目を向けてたことは明白であろう。
「もしかしてなんだけどぉ。そのお弁当ってぇ」
「あぁ。これは僕とアスカで作ったんだ。良ければ、皆も食べる?」
「「「「えっ!?」」」」
この驚きはシンジの気遣いに対応したものである。机の上にめざとく置かれていた、風呂敷に包まれた弁当容器が彼から差し出される。彼が蓋をパカっと開けると、中には甘くないだし巻き卵やタコさん赤ウィンナー(再生肉)、ゴロゴロ温野菜が敷き詰められていた。至って庶民的なラインナップであるが、むしろその方が良い。下手に豪華で仰々しい料理よりも、このような家庭的な物の方が心が温まって、ほっこりな幸せを覚えるだろう。料理の本質は「愛」だ。お高い高級食材を使って、素晴らしい調理法を使えば最高だろうか。そんな馬鹿な話があるわけがない。心がこもった、愛にあふれる料理こそが至高だろうに。シンジの手料理はまさに「愛」だった。
「美味しい!すごいね、シンジ君」
「そうでもないよ。本当の料理人と比べれば全然」
「少しは自分に自信を持ちなさい。シンジに足りない物は『誇り』。誇りを持たないと、これからやっていけないわ」
「アスカは手厳しいなぁ」
謙遜して必要以上に自分を下げてしまう彼をアスカは叱った。確かに彼女の言う通りであり、彼は自分の誇りを持っていない。傲慢にならないため、彼なりの信念があるかもしれないが、自分に誇りを持たせることは悪いことばかりではない。誇りを胸に秘めることで耐えられることもあるし、ここぞの場面で力を発揮することができる。世界を見回しても、極めて素質のあるエヴァパイロットなんだから。誰よりも誇りを胸に秘めていても、誰も彼を責められない。彼のおかげで人類は存続できている事実があるのだぞ。
この夫婦漫才を見て、シンジ特製の料理を頬張る者たちは、心の中でため息を吐かざるを得なかった。見事なまでのラブラブっぷりには手も足も出ない。羨ましい気持ちを飛び越えて、もはや諦めるしかない。その諦めはドロドロとして後味が悪いものではない。吹っ切れたような、サッパリとサラサラとした感情であった。それだけ、この2人はお似合いでしかない。何と言うか、凹と凸がガッチリはまっている。腕っぷしが強くて男子にも劣らないアスカに対して、寛容さをこれでもかと放出する穏やかなシンジの組み合わせ。もう、何も言えない。
このお昼休みの間、カップルから女子生徒が離れることは無かった。良い意味で手軽に恋愛ドラマを見れるような感じで、日々のストレスによる心の穴を塞いでくれる気がする。初日から上手くやれているので、これからの中学校生活はトラブルなく済みそうだ。
そう信じたい。
続く