街のお花屋さん   作:坂ノ下

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第12話 小さな恋路

 百合ヶ丘女学院嘱託職員の肩書を持つ結梨は、学院内の職員寮に一人で暮らしていた。鎌倉の市街に家を持つ保護者たちから離れたのも、彼女の冒険心から来るもの。それと同時に、新婚二人に気を遣ってのことでもあった。

 

 自宅のベッドの上で、結梨は考える。お店で出会った女の子、佐々木藍のことを。

 

『まずは結梨さん一人で、じっくり考えてみようか』

 

 天葉からは、そう言われていた。なので自宅の天井を仰ぎながら結梨は考える。気になる女の子にどうアプローチするべきか。

 とは言っても、全くの独力では思い付きそうにない。そこで、まず初めに身近な人物で想像してみる。

 

 

 

 

 

「あのっ! 好きです!」

「梨璃……」

「お姉様……」

「梨璃……」

「お姉様……」

「梨璃♪」

「お姉様ぁ♪」

 

 

 

 

 

(駄目だ、参考にならないよ)

 

 結梨は気落ちするものの、今度は別の組で想像し直す。

 

 

 

 

 

「樟美」

「天葉姉様」

「くすみ♪」

「姉様♪」

「くーすーみー♪」

「姉様ぁ♪」

 

 

 

 

 

(あれぇ? おかしいな、あまり変わらないや)

 

 結梨の頭の中のイメージは、答えを教えてはくれない。この二組の場合、既に出来上がった関係なので無理もないのだが。

 結局、何度試しても同じだったので、その内結梨はまどろみに負けることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言い付け通りに一人で考えても分からなかった。であるならば、他の誰かに助力を求めなければならないだろう。言うまでもなく、その道に詳しい人間が望ましい。

 翌日のお昼休み、結梨はお店の近所の喫茶店で携帯電話を手に取った。掛ける相手は、ついこの間鎌倉に遊びに来ていた旧友だ。

 

「もしもし。亜羅椰お姉さん」

「あらぁ? 結梨から掛けてくるなんて、珍しいわねえ」

「今、お話しできる?」

「長くなるのかしら」

「うーん、長くなるかも」

「それじゃあ、ちょっと待ってて」

 

 亜羅椰が断りを入れると、一旦声が途切れる。だがすぐに電話の向こうから小さな話し声が聞こえてきた。話し相手は、控えめだが澄んだ声。やはりと言うべきか、女性であるようだ。

 

「……ごめんなさい。それでお話しというのは?」

「うん。昨日会った女の子のことが気になってて」

 

 結梨は一部始終を包み隠さず伝えた。その間、亜羅椰は興味津々といった声色で、話の合間合間に相槌を打ってくる。

 昨日の今日なので話す内容は少ない。時間にしてもそう経ってはいないはず。更に結梨自身にとっては、実際の時間以上にあっという間に話し終えた感覚がする。

 

「成る程ね。つまり、結梨はその子と付き合ってみたい、と」

「そう、なるのかな?」

「迷っているなら、そうすべきよ」

 

 自信ある亜羅椰の言葉に、結梨もだんだんとその気になってくる。

 そうすると次に思案すべきは具体的な手段である。そちらの方が、より難問に思えた。

 

「取りあえず、その子の特徴を教えてちょうだい。見た目とか性格とか」

「見た目……」

「可愛い子? 綺麗な子?」

「顔は可愛いと思う。でも、目はキラキラ輝いてて綺麗だった」

「じゃあ性格は?」

「んーっと、悪戯が好きみたいで。だけどちょっと大人っぽい雰囲気もあって、ドキドキすることもあった。あっ、でもやっぱり子供っぽいかも」

「……つまりはミステリアス系ね」

 

 いまいち要領を得ない結梨の説明を聞いて、亜羅椰が大よその見当を付ける。

 

「その子、鎌倉には三泊だけ泊まっていくのよね?」

「うん。ただ、その間は時間あるんだって。観光しようか買い物しようか、特に決めてないって」

「そう。だったら映画に誘いなさい」

「映画?」

 

 予想外の単語が出てきて、結梨の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

 映画鑑賞などしていては、二人で話す機会が大幅に減ってしまう。初めてのお誘いで、これから仲良くしようという相手に対し、悪手ではないか。恋愛経験の無い結梨でもそれぐらいの懸念はできた。

 しかしそんな結梨の疑問はお見通しなのか、亜羅椰が話の先を続ける。

 

「話を聞く限り、その子も貴方に興味がある。だから焦る必要はないわ。最初は軽く様子見も兼ねて、顔合わせ程度に考えなさい。鎌倉と東京、そこそこ離れているけど、どうにもならないって程の距離でもない」

「そういうものなんだ……。それで、映画って何の映画?」

「結梨の好きなものではいいわよ、最初はね。変に肩肘張ったものではなく、直感で選んで構わないわ」

 

 正直な所、結梨には亜羅椰の話が半分近く理解できなかった。

 だがそれでも、普段より抑揚を落とした亜羅椰の語りには、人の身を引き締める力が籠っているようで。深く深く思考する内、彼女の案に乗ってみても良いのではないかと思えてきた。

 電話の先の相手には見えないにもかかわらず、結梨はその場で大きく頷く。

 

「分かった、ありがとう。でも二回目からはどうしよう」

「二回目は、何をするにも相手の好みに合わせてあげなさい。何ならストレートに聞いてみてもいいから。恐らく、その子は気を悪くせず答えてくれるはずよ」

「交代制かな」

「ま、そんなところ。あと忘れちゃいけないのが、ある程度親しくなったら好意は素直に伝えなさい。結梨ならその辺り、心配要らないと思うけど」

 

 亜羅椰の助言に、結梨はまたしても疑問を覚える。

 

「えっ? でも、女の子に興味ない素振りをした方がモテるって、何かの本に書いてあったような」

「……それは、余程のお金持ちでもない限り、一生恋人ができないパターンだから。結梨はそうなっては駄目よ?」

「うん、それは嫌」

「魚心あれば水心って言うでしょう。自ら何もアプローチしないのに他人から好かれたいだなんて、虫が良すぎる話。無償の愛を注いでくれるのは、自分のお母様とお父様ぐらいのものよ」

 

 結梨は素直に亜羅椰の言葉を信じる。ここまでくれば、疑うはずもない。初めて聞くようなことばかりで衝撃的だったが、面白いと感じさせる弁舌が伴っていたからだ。

 亜羅椰がモテる理由が何となく分かる気がした。

 

「ありがとう、亜羅椰お姉さん」

「どういたしまして。吉報を期待しているわ」

 

 そうして結梨はこの後、早くも電話で佐々木藍と約束を取り付けた。

 初陣は翌日。戦場は助言に従い、鎌倉市街の映画館である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇー、それじゃあ今日の朝からデートしてきたんだね」

 

 天野家の食卓。結梨の報告を聞いた天葉が感心して相槌を打つ。その行動力を称賛してのことだ。

 お盆のバイト期間は昨日の時点で終わっていたが、せっかくなので結梨を夕食に招待していた。

 本日のメニューは冷しゃぶ。皿一杯に敷かれたレタスの更に上、半月状に切られたトマトに囲まれ、サッと火を通された薄切り豚肉が食欲を掻き立てる。

 以前のカレーの時よりも、結梨の箸は動きが良い。天葉と樟美に概要を話し終えた途端、豚肉と野菜とご飯を順繰りに慌ただしく口の中へ入れている。

 お行儀が悪い。だがそれを窘めようとする意思より、結梨の晴れやかな顔を見て和む気持ちの方が勝る天葉であった。

 

「今後はどうするの?」

「今度は、私の方が東京に遊びに行くことになったよ。美味しいお菓子のお店、連れてってくれるって」

 

 結梨の咀嚼が一段落したところで、天葉は会話を再開させる。やはりお相手の子についても、もう少し聞いてみたい。

 

「その子が良い子みたいで良かったよ」

「えーっとね、藍って普段は普通だけど、興奮すると自分のこと『らん』って名前で呼ぶんだ。子供っぽいよねえ」

「そうかな? でも結梨さんだって、ちょっと前まで同じだった気がするけど」

「えぇー、同じだったかなぁ」

 

 満更でもなさそうに、はにかんで笑う結梨。

 天葉にとって、このような初々しい恋模様を間近で見るのは懐かしいことだった。高等部時代、アールヴヘイムの後輩である弥宙(みそら)辰姫(たつき)の交際が発覚した時以来だろうか。本当に懐かしく、こそばゆい。

 もっとも、端から見たら新婚同然の天野家も大して変わらないのだが。自分自身のことは中々客観的に判別できないものである。

 

「ちなみに、一緒に見たのはどんな映画?」

「外国の、昔の映画でね――――」

 

 樟美に尋ねられると、結梨はそのタイトルと簡単なあらすじを紹介した。

 それはガンアクションが売りの洋画だった。妻と別居中の、いまいち冴えない中年刑事が、高層ビルや空港を舞台にテロリスト集団と死闘を演じるという内容である。

 

「デートにしては、渋いチョイス……」

「でも藍も楽しんでた」

 

 どうやらお相手の女の子は、言動だけでなく趣向もエキセントリックらしい。やはり結梨とは合いそうだ、と天葉は思う。

 

「ところで今日の映画館デートは誰の発案なのかな」

「亜羅椰お姉さん」

 

 天葉の質問に、あっさりと答えが返ってきた。その名前が出てくるのは少しばかり予想外。高等部の頃も卒業後も確かに交流はあったが、まさか恋愛相談をするほど仲良くなっていたとは思わなかったのだ。

 

(たまたま相性が良かったんでしょ。そういうこともあるよね)

 

 天葉の場合はそう納得して済んだ。

 だが一方で樟美は訝しむように目を細める。あからさまな懐疑の念を宿して。

 

「不安……。適役だけど、不安……」

「大丈夫だよー」

「結梨さん、何かおかしなこと言われなかった?」

「別に何も。『好意を素直に伝えなさい』とか、『自分の自慢話ばかりしたら駄目』とか。そんなこと言われただけ」

 

 至極真っ当なアドバイス。そのまま世間一般でも通用するに違いない。

 普段の素行からは想像し難いが、亜羅椰は哲学論議が好きだった。時折、レギオンのミーティングルームで語っている姿が見られた。亜羅椰の恋愛観は、そんな彼女の哲学に基づいたものなのかもしれない。

 

『恋愛をすると馬鹿になるってよく言うけど、本当に馬鹿になるんじゃないわよ。目的達成のためには戦略的に考えないと』

 

 亜羅椰のそんな台詞を思い出し、天葉はくすりと笑う。いかにも直感に従って生きてそうな彼女が持つ意外な面が表われている。

 アールヴヘイムにも、亜羅椰の持論を真面目に聞く者が居れば、話半分に聞く者も居た。その正誤は天葉からは何とも言い難い。しかし少なくとも、今日の結梨にとっては正解だったらしい。

 

 会話を中断し、結梨が再び卓上の夕食に集中し始めた。

 天葉もメインディッシュの冷しゃぶを頂こうと、平皿に向けて箸を伸ばす。

 薄切りの豚肉でレタスの一束を包み、小皿に満たされたタレに浸けて口の中に放り込む。シャキシャキと小気味良いレタスの食感と、あっさりとした豚肉の食味。それら二つに加え、醤油と砂糖と酢から成るタレによって甘辛い刺激が天葉の口内に広がっていく。

 咀嚼し、飲み込んで。間髪入れずに今度はご飯を箸ですくって口へと運ぶ。ほかほかの白米に、未だ口の中に残ったタレが染み込んで、この上ない調味料として機能する。

 

「天葉姉様、電話」

 

 樟美の指摘を受け、天葉の箸が止まる。本来なら豚肉を摘まむはずの二本の棒は、直前で宙に静止した。

 気付いていた、樟美に言われなくとも。ただ本能が「もっと寄越せ」と箸を持つ手を急かしていたのだ。

 

「はいはい、今出ますよー……っと、梨璃さんからだ」

 

 仕方なく箸を置いて携帯の所に向かった天葉はディスプレイから相手の名前を確認した。

 通話ボタンを押す。すると、申し訳なさそうな、同時に焦っているような女の子の声が天葉の耳に飛び込んでくる。

 

「あのっ、夜分にすみません天葉様」

「梨璃さん、どうしたの?」

「えっと、ですね……。あの、その、結梨ちゃんに、恋人さんができたって本当なんですか……?」

 

 梨璃に質問された途端、天葉は無言で樟美に視線を送る。

 天葉と目を合わせた樟美は黙って首を左右に振った。やはり彼女が話したわけではないようだ。

 一体どこから聞いてきたのか。疑問ではあるが、電話の向こうの梨璃が不安に駆られてはいけないので、天葉はすぐに気を取り直して対応する。

 

「うん、まあ、恋人というかガールフレンドというか……」

 

 若干言葉を濁しながらも、天葉は事実関係を認めた。認めてしまったのだ。

 この時、梨璃に正直に明かすかどうか、当事者の結梨に確認を取るべきだった。もはや過ぎた話だが。

 

「やっぱり、本当だったんだ……。お姉様、お姉様ぁー! どうしましょう!? ……そうだ、お赤飯。お赤飯炊かなきゃ!」

「落ちちゅきっ、落ち着きなさい梨璃! まずは相手のご家族にご挨拶よ」

「そうでした。……あの、不束な娘ですが、よろしくお願いしますっ」

「天葉に挨拶してどうするの!」

 

 電波を通して愉快なやり取りが伝わってくる。

 天葉が苦笑しながら結梨の方に顔を向けると、彼女は眉間に皺を寄せてご飯を掻き込むように食べ始めた。

 結梨に冒険心のみならず、独立心まで芽生えるわけだ。天葉はそんな白井家の家庭の事情を察してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食後、キッチンに並んで立つ天葉と結梨。料理を拵えた樟美に代わって二人で後片付けに勤しんでいた。シンクの前で天葉が食器を水洗いし、それを受け取った結梨が乾拭きして水切りラックに並べるという按排で。

 

「天葉お姉さん、もしかしたら来月はバイトに来れないかも」

 

 隣に立つ結梨が皿を拭きながらそんなことを言ってきた。

 

「もうお盆も終わりだから、うちは大丈夫だけど。どうかした?」

「もうちょっとしたら忙しくなるんだって。百合ヶ丘が」

 

 天葉は表情こそ変えなかったものの、考え込む。結梨のガーデンにおける役割とは、一つは工廠科での新装備試験。そしてもう一つが重要な作戦へ予備戦力として参加すること。色々と規格外である彼女はガーデンにとってのスーパーサブと言えた。

 

 その結梨が忙しくなる――――

 

 それは百合ヶ丘にとって歓迎できない事態に陥ったということではないか。

 天葉の考え過ぎかもしれないが、しかしあり得ない話ではない。日本における戦況は確かに優勢ではあるが、いつ何が起きるか分からないのがヒュージとの戦いだ。

 

「そっか。どこか遠くに行くの?」

「まだ分かんない。取りあえずはガーデンの中に待機かな」

 

 詳細は職員である結梨にも未だ知らされていない。ならば、今や部外者となった天葉に知る術は無いだろう。どうやら本当に、大掛かりな作戦か何かが控えているらしい。

 そこまで考えて、天葉はハタと気が付いた。部外者の自分が随分気にしているものだ、と。

 しかし気になるものは気になるのだから仕方がない。無関係な職に就いても、縁が切れたわけではないのだから。隣の結梨という存在が、その縁の最たる例だ。

 

「結梨さん、話せる範囲でいいから何かあったら電話してね」

「うん」

「あっ、勿論、何もなくても電話していいからね」

「うん、分かってるよ」

 

 願わくば、縁ある者の壮健を。

 それはリリィたちにとって、片時も忘れたことのない願いだった。

 

 

 

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