街のお花屋さん   作:坂ノ下

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第14話 硝子きらめく中で

 広大で開放的な空間。その空間全てを漏れなく照らさんばかりに、天井から煌びやかな照明が明かりを放つ。

 十分な間合いを取って、そこかしこに円形のパーティーテーブルが置かれていた。机上に並ぶのは絢爛豪華な洋風料理。市井では手を出すのに躊躇しそうなその饗膳は、頭上の照明にも負けないぐらいの輝きを宿している。

 そして、そんな天井と机上の煌めきの合間合間に、大勢の人。美しく凛々しく着飾った彼ら彼女らもまた、この場に華を添える輝きであった。

 

 ここは東京、赤坂。

 とあるホテルの中のパーティー会場での出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、その夜、田中壱は複雑な内心を隠し、眼前に広がる華やかな光景を眺めていた。

 壱の瞳に映る周りの景色は本当に眩しい。眩し過ぎて、思わず目を伏せてしまいそうなほど。勿論そんな真似、実際にはしないのだが。

 かく言う壱自身も本日はめかし込んでいる。スカートの裾が足の()()()()まで隠す、黒一色のシックなパーティードレスに身を包み。ロングヘアを短くシニヨンに纏め、気品と落ち着きを際立たせる装いだった。

 

「本日は私どもの祝賀会にお越し頂き、誠にありがとうございます。御父上にはどうぞよろしくお伝えください」

「こちらこそ、お招き頂いて光栄に存じます。若輩者ですが、父に代わって御礼申し上げます」

 

 タキシードのスーツに蝶ネクタイを締めた初老の男性が壱と挨拶を交わした。彼はこのパーティーの主催者。与党に属する有力議員の一人である。

 この日この場所に壱が立っているのは、父の名代として、田中の一人娘として。家を背負ってここに居るのだ。

 現役のリリィだった時は社交の場と無縁でいられたのだが。しかし、今はそうも言っていられない。たとえガーデンの教導官を目指していようとも、家の事情と全く無関係とはいかなかった。

 

(それにしても、本当に気合入ってるわね)

 

 主催者が他の来賓へ挨拶回りに向かった後、壱は改めて周囲に目をやった。

 一昔前ならば、これ程のパーティーを開こうものなら「不謹慎だ」と叩かれること間違いなし。ところが現在は少しばかり事情が変わっている。このように派手で華やかな催し物は、戦災復興の景気付けとして容認される空気があった。

 

「あの、壱さん。お久しぶりです」

「壱さん、今は大学に通いながら教導官のについて学ばれているとか。中々お会いできないわけですわ」

 

 数人の女の子がやって来て、壱を中心に半円状の輪を作る。彼女らもまた壱と同様、良家の子女だ。ドレスにも会場の空気にも上手く馴染んでいるように見えた。少なくとも、壱よりは。

 

 当たり前だが、壱はあらかじめ列席するお歴々の名に目を通している。その中で思ったのは、「幾ら父の名代とはいえ自分が顔を出すのは場違いではないか」ということだった。

 流石に大臣こそ居ないものの、政務官クラスがちらほらと見受けられた。また複数国の大使館からは幹部職員たる参事官が出席している。礼服に付けた勲章の金色が目立つのは、防衛軍と在日米軍の高級将校たち。

 そして今回、最も壱を驚かせたのは、台湾外交部が外交部次長という大物を送り込んできたという事実。表向きは、別件で来日していた()()()とのことだが、無論額面通りに受け取る者はいないだろう。その別件とやらのために、色々と顔を繋いでおきたいのではないか。

 

「今日は皆さん、ご立派な方々ばかりですね。私などは気後れしてしまいます」

「あら、何を仰いますの。お父様は政府閣僚の一員、叔父様は警察庁の長官。そんな田中家を代表しているのですから、委縮する必要などございません」

「それに、壱さんご自身も、幾つものヒュージネストを討って日本を救われたお方。この場の誰よりも尊敬されるべきだと思います」

 

 周りの令嬢たちが口々に壱をフォローする。

 これらの言葉を、おべっかなどではなく、素直な褒め言葉と受け取れるだけの自負が壱にはあった。正しくは、自分を含めたアールヴヘイムに対する褒め言葉として。

 

「もしもガーデン卒業から早々にご結婚されていなければ、今頃縁談の話で持ち切りだったことでしょう」

「ところで壱さん、その奥様……パートナーの方がまだお見えでないようですが」

 

 ご令嬢の一人が疑問を口にすると、他の者たちも次々に頷く。本当は先程から気になっていたのだが、話の流れで自然に聞けるまで待っていたのだろう。

 

「ええ、少々遅れていまして。直に参ります」

 

 困惑の念を伏せて壱が答える。本来なら隣にあるべき依奈の姿が見当たらないのには、訳があったのだ。

 

 別々に、少し遅れて出て頂くというのはどうでしょう――――

 

 それは主催者からの提案だった。場を盛り上げるための、ちょっとした演出だという。

 初め、その意図を何となく理解した壱は賛同しかねた。だが結局はこうして提案通りにしている。当事者の依奈が乗り気だったからだ。

 

 噂をすれば影が差す。

 会場の出入り口、豪奢な扉が開かれて、壱を憂鬱にさせていた演出がスタートする。

 あちこちから聞こえていた歓談が、一瞬途絶えた。

 桔梗色の長い髪をサイドテールにした上で、三つ編みに編んで纏めている。その髪色とよく似た薄紫のドレスが大人らしさを上品に引き上げている。

 コツコツと床を叩くヒールの音は決して大きくはなかったが、周囲の静寂のせいで実際以上によく響く。やがて音は壱のすぐ傍まで来て止まった。

 

「ほう」

 

 彼女の姿を遠巻きに見ていた大人たちは、一言感嘆の声を上げる。こんな場所に集まるような人物だけあって、じろじろと無遠慮に視線を送る真似はしない。その内、元々していた歓談や雑談を再開し始めた。

 

「台湾の件について、未だ世論の反応は半々のようで」

「それに関しては外務省に腹案があるようですよ」

「大体の察しはつくけれども……。さて、劇薬にならなければいいが」

 

 どうやら大人たちは大人の話で忙しいらしい。

 だがその一方、ご令嬢たちは彼女に釘付けとなっていた。優雅な足取りでやって来て、たおやかな微笑を浮かべる彼女に対し、お喋りも忘れて熱視線を注ぎ続ける。

 

(あまりじーっと見るんじゃないわよ! 減る! 減る!)

 

 そのような益体も無いことを、壱が心の中で盛んに訴える。周りの人間に通じはしない。そもそも声はおろか表情にも出していないのだから、伝わるはずがない。

 不意に、壱の左腕が柔らかい感触に包まれた。横から近寄ってきた彼女が腕を組んできたのだ。

 

「どうもー、田中の妻です」

 

 先程まで纏っていた雅な雰囲気から一転、茶目っ気を見せる。

 すると周りの空気が緩んでいく。ある種の緊張状態だったものが、ほどけて自然体へと還る。

 壱を囲んでいた女の子たちが再び姦しく話し掛けてきた。これも彼女、依奈の親しみやすい気質が持てる業だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「機嫌直った?」

 

 隣の依奈が壱にそんなことを聞いてきた。声色と目がどこか楽しそうなのは、壱の気のせいではないだろう。

 

「別に、機嫌が悪かったわけじゃないです」

「そう」

 

 返ってきた答えに異を唱えるでもなく、依奈は右手でワイングラスを小さく揺らしつつ、中で水面が波打つのを見つめている。

 ちなみに二人は既に歓談の輪から抜け出し済み。壁際の、他に人の居ないスペースまで移動していた。

 

「ただ、教導官になるのにこんなことしてもしょうがないとは思いますけど」

「それを不機嫌って言うんじゃない」

 

 すかさず依奈に突っ込まれ、壱は本当に不機嫌になる。

 しかし不機嫌にさせた当人はどこ吹く風と、グラスを一口傾けた。場所が場所だけあって、流石に量はセーブしているようだ。

 

「じゃあ、折角だからプラスに考えましょう」

 

 飲み始めたと思ったら、今度は突然の提案。

 

「将来、壱が教導官を円満に引退して、その後政界に入って。運良く総理になれたとする。そうすれば私はファーストレディってわけ」

「えぇ……」

「パーティーに出るのはそのための布石だとすれば、有意義に思えてくるでしょ」

「それプラスになってるの、依奈様ですよね?」

「まあね」

 

 依奈が胸を張って堂々と言い切るものだから、壱はおかしくなってクスクスと笑い声を漏らす。意識することなく、自然と顔が綻んでいた。

 壱の様子を見た依奈もまた、満足そうに笑みを浮かべる。

 

「うん、やっぱりそっちの方がいい」

 

 そう言って壱の両頬を、両手で挟むように包み込む。

 

「お澄まししてるより、そうやって笑ってた方が壱には似合ってる」

「……急におかしなこと言わないでください」

「あ、ヘソを曲げてる顔もいいわねえ」

 

 壱が口をへの字に曲げると、依奈がぐにぐにと頬を撫で回してくる。首を左右に振って払い除けようとすると、依奈はあっさり手を離す。

 

「他の子とばかり話してて悪かったわよ」

「仕方ないです。依奈様は人気者ですから」

「なーに言ってるのよ。先に女の子を一杯侍らせてたのは壱じゃないの」

「はっ、侍らせてなんていません!」

 

 ムキになって否定する。

 すると依奈はくすくすと笑い出し、くるりと向きを変えて壱に背を向けた。

 揶揄われたのだ。冷静になって考えればすぐに分かりそうなものだが。

 またしても、してやられた壱。依奈の背中から感じられる余裕綽々の態度。壱はだんだん腹が立ってきた。腹が立ったので、やり返すことにした。

 

「ちょっ、何!?」

 

 無防備な依奈の背中へ肉薄し、彼女の肩の上から両腕を回して抱き締める。華奢な依奈の体は、パズルのピースがはまるかの如く壱の中に綺麗に収まった。

 力はあまり入れてない。それにもかかわらず、壱は体から汗が噴き出す感覚に陥る。

 二人が居るのは広い会場の隅、人の輪から離れた壁際だ。しかしそれでもご令嬢たちは二人を遠巻きに窺っていたようで。ちょっとしたざわめきが起こり、先程よりも熱を増し湿り気を帯びた視線が降り注いでくる。

 

「ばかっ。何考えてるのよ、こんな所でっ」

 

 首だけ振り向いた依奈が小声で必死に抗議してきた。壱は聞こえないフリをした。

 赤くなっている依奈の横顔に気付き、心の中で「しめた」と笑みを浮かべる。そんな壱の方はと言うと、耳まで真っ赤に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所が場所だけあって、流石に大人たちは眉を顰めるのではないか。

 やってしまった後で憂慮する壱。だがそれは要らぬ心配になりそうだった。

 

「先日、娘から『もう中等部に上がるからチャーミーリリィなんて見ない』と言われてしまって」

「それは、何とも……」

「せっかく娘が喜ぶと思って、主題歌と振り付けまで覚えたというのに」

「ご愁傷様です」

「しかし弱った。今度のライブショー、気になっていたのに。中年の男一人でアニメキャラのショーは、流石にきつい」

「ふぅむ、そういうことなら私がお供いたしましょう」

「男二人で、チャーミーリリィを?」

「はい」

「問題の解決になっていないのでは?」

「では、お一人でチャーミー・サイリウムを振りに行きますか?」

「むむむむむっ……背に腹は変えられんか」

 

 どうやら大人たちは大人の話で忙しいらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、樟美ー。ちょっとこれ見てよー」

 

 花咲き誇るお店の中に、天葉の快活な声が響く。

 開店前の朝。今日は市場へ花の調達に行く日ではないため、比較的ゆったりとした時間が流れていた。

 そんな中、カウンターの上を拭き掃除する樟美の傍へ、天葉が携帯片手に歩み寄る。

 

「これは、依奈様から?」

「そうそう。昨日の夜、壱と一緒にパーティーだって言ってたでしょ」

 

 携帯のディスプレイには、どこぞのパーティー会場の風景が映し出されていた。まさか参加者がパシャパシャと撮るわけにはいかないので、会場スタッフが撮ったものをデータで貰ったのだろう。それを今朝になって、天葉の携帯へメールに添付して送ってきたわけだ。

 写真越しでも伝わってくる煌びやかな空間。その中で薄紫のドレスに身を包んだ依奈が微笑を湛えて佇んでいる。

 

「依奈様、お姫様みたい」

「これは猫かぶってるところだねえ。社交界だから仕方ないかな」

「……あっ、こっちの写真」

 

 切り替わっていく画像の一つに樟美が反応する。それは依奈と壱が腕を組んでいる場面だった。静止画でありながら、ぐいぐいと引っ張ろうとする依奈と困惑する壱の姿がありありと感じられる。そんな躍動感溢れる写真。同じ笑みでも、こちらは弾けるような笑顔であった。

 写真に釣られるかのように、天葉と樟美も眦を下げて顔を綻ばせる。

 

「それにしても。うわ~やっぱりいいもの食べてるなあ」

 

 再び画像を切り替える。

 天葉が感慨深い声を上げたのは、テーブルの上に並べられた数々のご馳走を目にしたから。洋風であるところも彼女の好みに合致する。ただ一つ、一つだけだが致命的な不足点を述べるなら、それは「樟美の手料理ではない」という部分であろう。

 一方、樟美は開店の準備のため店の奥へ入っていく。あと残っている作業と言えば、消耗品の在庫チェックぐらいだろうか。それとて今すぐ急ぐことではない。

 

 一人になった天葉はカウンターの上に肘を突き、携帯のディスプレイを眺め続ける。依奈が送ってきた写真は結構な数だった。ここまでくると、微笑ましさを通り過ぎて「自慢か!」と突っ込みたくなってくる。

 そんな時だ。奥の事務室に行ったはずの樟美が戻ってきたのは。

 

「天葉姉様、これ……」

 

 そわそわと落ち着かない様子の樟美が持ってきたのはタブレット端末だった。店の業務管理は大体これを使ってやっている。

 発注ミスか何か見つけたのか。最初はそう考えた天葉だが、どうも違うらしい。

 タブレットには帳簿の類ではなく、ニュースの映像が映し出されていた。国営放送に加え、民放でも急遽番組が変更されて特番が組まれたとか。それ程の大事が発生したということだ。

 

「結梨さんが言ってた待機任務って、このためだったんだ」

 

 天葉は先月に自宅で結梨と交わしたやり取りを思い出す。その時は百合ヶ丘が忙しくなるという話だったが、実際は百合ヶ丘どころか関東全体に関わってくる事態であった。

 

「姉様」

「大丈夫。きっと大丈夫だから」

 

 タブレットの画面を覗き込みながら天葉の腕を縋るように掴む樟美。彼女の小さな手を、反対側の手で包み込む天葉。しかしそんな天葉自身の顔も、硬さが抜けていなかった。

 百合ヶ丘自体に課せられたのは、本当に待機任務だった。ただし外征任務を請け負った近隣ガーデンの戦力低下を補うべく、平常時より活動範囲を広げている。

 ガーデンは違えど、その武運を祈らずにはいられない。天葉も樟美もリリィだったから。ガーデン間の垣根も現役・退役の別も、彼女らにとっては小事なのだ。

 

 二人はタブレットが流す音声を、原稿を読み上げるアナウンサーの言葉を、一句たりとも逃すまいと固唾を呑んで聞き入るのだった。

 

「番組の途中ですが、予定を変更して緊急速報をお伝えしております。昨日の隠岐ネスト並びに出雲ネスト撃破により、九州・中国ガーデンは中国地方解放を完遂したと宣言しました。これを受けて本日早朝、日本政府はかねてから検討していた台湾の陥落指定地域奪還作戦『海峡作戦』への支援を正式に発表。既に日本国内7つのガーデンから12隊のレギオンが参加を表明しています。なお本件に関しては、北海道東端、小笠原諸島、南西諸島など、依然としてヒュージネストが健在な国内地域を差し置いての海外遠征という点から、一部の野党が激しく反発。内閣不信任案提出も辞さない構えを見せており、今後は政局の混迷が予想されるでしょう」

 

 

 

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