街のお花屋さん   作:坂ノ下

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第18話 街のお巡りさん

 茶色の髪を一本結びに縛った女性警官。目一杯自転車を漕いできたにもかかわらず、息一つ切らさず天葉たちの前に躍り出た。

 

「……って、天葉様とくすみん!」

「あはは、相変わらず元気だねえ」

 

 オーバーな仕草で驚く警官へ、天葉は気さくに声を掛けた。

 高須賀月詩(たかすがつくし)。百合ヶ丘卒業後に警察学校へ入り、ここ鎌倉で警察官となった元アールヴヘイムの一員である。

 

「月詩ちゃん、この子」

「おお! その子が迷子ちゃんだね!」

 

 月詩の幼馴染で同輩である樟美が迷子の女の子を託す。

 いきなり現れて大音量を発する月詩を前に、女の子は完全に固まってしまった。無理もない。たとえ大人でも、初めて出会った人間は呆気に取られることだろう。

 

「こんにちはー! いや、もう『こんばんは』かな? こんばんはー!」

 

 月詩が膝を折って女の子と目線を合わせ、元気よく挨拶をする。

 やはりと言うか、女の子は硬直したまま。その上、プルプルと震え始めた。月詩の勢いとテンションに怯えているのは明らか。

 

「ねえ、お姉ちゃんと一緒にお母さん捜そうね~」

「んっ……」

「大丈夫だよぉ。お姉ちゃんお巡りさんだから。お母さんすぐに見つかるよー」

 

 反応が芳しくなくても、へこたれずぐいぐいと相手の懐へ向かっていく。こういうところはリリィ時代から変わっていない。

 縮こまる子供に対してこれは逆効果ではないか。そう思わないでもないが、しかし天葉は黙って見守っている。

 

「お姉ちゃんとお話しようよ。お姉ちゃん面白い話いっぱい知ってるんだ。お化けのお話!」

「お化け、いやっ」

「嫌かー、そっかー。じゃあ、喉渇いてない? お外に居たからジュース欲しいよねえ」

 

 月詩が朗らかに話し掛け続ける内に、ちょっとだけ会話が成立するようになった。恐らくは、狙ってのことではないのだろう。だがそれはそれで大したものである。

 

「あっ、そうだ! ラッシーがいいよ! お腹も空いてるでしょうから、ちょうどいい。署に戻ったら作ってあげるね!」

「警察署で何やってるの」

 

 すかさず突っ込む樟美。月詩のあの様子だと、いつも作ってそうだ。

 

「……らっしーって何? チャーミーリリィに出てくるの?」

 

 女の子が興味を持った。

 言うまでもないが、ラッシーは女児向けアニメの登場キャラクターなどではない。語感はそれっぽいが。

 

「ラッシーはねえ、ヨーグルトとミルクとお砂糖を混ぜたジュースで、とっても甘くて美味しいの。そこにバナナやマンゴーや桃も入れちゃったりして」

「お姉ちゃん、作れるの?」

「作れるよ。お姉ちゃんのお姉ちゃんが作るの上手で、みっちり特訓したからね」

「……欲しい、らっしー」

 

 女の子のか細い声を月詩は聞き逃さなかったようで、ライトに灯りが灯ったかのようにパッと明るい笑顔になる。

 それと時を同じくして、現場にもう一人女性の警察官が到着する。こちらは月詩と違い、多少は息が上がっているようだ。

 

「まっ、待って、高須賀さん……」

「迷子発見、保護しました! これより署に帰還します!」

 

 今度は子供が一緒なので、自転車で爆走することはないはず。あれに比べれば、まだ30㎞の速度制限が課せられる原付の方が安全かもしれない。

 

「それでは天葉様! くすみん!」

「うんうん、お仕事ご苦労様。あとは親御さんに来てもらうだけだね」

「帰るまで事故しないでね、月詩ちゃん」

「大丈夫、自転車押して帰るから」

 

 市民がお巡りさんの心配をするなんて、おかしな話である。けれどもかつてのアールヴヘイムにとっては、極々当たり前の光景だった。

 

「はぁ……。自転車は私が二台とも持って帰るから、高須賀さんはその子をしっかり見てあげて」

「はい、了解です!」

 

 月詩の同僚、というより先輩なのだろう。彼女に促され、月詩は女の子の手を取って歩き出す。

 取りあえずは、一安心。

 

 天葉たちが中央区に着いた時から、既にそこそこの時間が過ぎていた。辺りも薄暗く、歩道に立ち並ぶ街灯の灯も目立つようになってきている。

 ところが今更ながら、二人は本来の目的を果たせていないことを思い出す。

 

「天葉姉様、ケーキ、売り切れてるかも」

「あっ」

 

 結局、樟美の包丁は手に入ったが、ケーキは数少ない売れ残りから選ばざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷子の身元はその日の内に判明し、すぐさま両親が警察署まで迎えに来ることとなった。

 女の子が署に留まった時間は僅か。それでも彼女にとって、そこでの一時は濃密だったらしい。

 

「わたし、お姉ちゃんのお嫁さんになるっ!」

「だ、駄目だよぉ。お姉ちゃんもう、お嫁さんに貰ってくれる人がいるんだよ?」

「やだ! お嫁さんになるのー!」

 

 当初の怯えはどこへやら。女の子は月詩にべったりで、署内でまた一波乱あったとか。

 しかし、どうあれ無事に解決したのは何より。ケーキ屋訪問が遅れただけのことはあった。

 

 ところで、天葉がその後の顛末を知れたのは、人伝に話を聞かされたから。天葉に教えてくれた人物は今、天野家のリビングでソファに腰を下ろしている。今日は店がお休みなので、家主の天葉もテーブル越しに向かい合って座る。ただ、樟美は非番の月詩と一緒に買い物中につき、残念ながら不在であった。

 

「ふふっ、ふふふふふっ。月詩らしいね」

「笑い事じゃないわよ、ソラ」

「将来のお嫁さんを取られないように気を付けないと」

「まったく、他人事(ひとごと)だと思って……」

 

 話を聞いて笑い声を漏らす天葉と、溜め息を吐く天葉の旧友――――渡邉茜(わたなべあかね)。艶のあるセミロングの黒髪と、前髪の合間から覗く憂いを宿した瞳が、より一層彼女の大人っぽさを引き立てる。現在大学生である茜は月詩と一つ違いだが、それ以上に歳の差があるように見えた。

 

「心配性と言うか、過保護と言うか。茜って昔はもっと大らかな教育方針じゃなかった?」

 

 茜と月詩は樟美や壱と幼馴染であると同時に、百合ヶ丘時代にシュッツエンゲルの契りを結んだ擬似姉妹でもあった。ガーデンを卒業した今でも懇意にしており、一つ屋根の下で生活を共にしているぐらいだ。

 

「やっぱりガーデンに居た頃とは事情が違うのよ。私が傍でフォローしてあげることもできないし」

「うーん。見た感じだと、上手くお巡りさんやれてると思うんだよね。まあ、大分個性的ではあるけれど」

「一見すると、そう感じるかもしれないわね。だけど結局あの子、警察学校の寮でも散らかし癖が完全に治らなかったみたいなの」

 

 百合ヶ丘時代から、月詩の汚部屋は有名だった。事あるごとに茜や樟美が片付けを手伝っていた。

 当然ながら、警察の寮にまで茜が手助けしに行くことは不可能。そこで矯正できないならば、今後も難しいと言わざるを得ない。

 

「敢えて距離を取ってみたけど、甘かったわ」

「せっかく心を鬼にしたのにねえ。と言うか、茜の方が『心配で心配で堪らない』って感じだったような」

「弁解しようもありません」

 

 過去の話を持ち出され、茜は神妙な様子で天葉の指摘を認めた。

 月詩が警察官を志したのは、元を正せば茜の勧めによるもの。月詩の生活態度に良い影響があればという思惑もあったが、勿論それが主ではない。体を動かし人と接する仕事が、彼女に適していると思ったが故に勧めたのだ。

 実際、月詩にとって警察官の仕事は性に合っていたらしい。若干危なっかしい面もあるが、評判はよろしいのだとか。

 しかしそれとは別に、茜が何か気を揉んでいるように天葉の目には映った。

 

「紅茶のお代わり、要る?」

「いいえ、遠慮しておく。ありがとう」

「はぁ~樟美はまだ帰って来ないしなー」

 

 天葉は茜へ直接尋ねる真似はせず、取り留めの無い話を始める。

 

「茜も夢結みたいになっちゃって」

「そうね。夢結には立派な姉ぶったところばかり見せてた気がする。それがこんな有様じゃあ、ね……」

「でも、それでいいと思う。シュッツエンゲルって言ったって、一つしか違わないわけだし。私だって今では樟美が居ないと生きていけないしね!」

「堂々と言うのもどうなの」

 

 茜が呆れつつも、目を細めてくすくすと笑う。それからカップを手に取り、残り少なくなった紅茶を飲み切った。

 そうしている内に踏ん切りでも付いたのか。茜は緩んでいた表情を引き締めて、天葉と正面から目を合わせた。

 

「何が本当に月詩のためになるのか、悩んでて」

「それって、警察官になったこと?」

「そうではないの。……ソラはあの子が生活安全課に配属されてること、知ってたわよね?」

「うん。迷子の保護とか未成年犯罪の対策とか、地域社会への啓発とかやるんでしょ? 天職じゃない」

 

 実際の職務はもう少し多岐に渡るのだが、何にせよ月詩の性格を考えたら適材適所に思えた。

 

「それがね、府警では月詩を警備部に転属させようと考えているみたいで」

「警備部?」

「それも、警備部の機動隊」

 

 天葉は予想外のことで、一瞬言葉に詰まった。交通課や広報ならまだともかく、機動隊とは思いも寄らなかった。

 しかし、よくよく考えてみると、ガーデン時代に体力の錬成や集団行動、上意下達を叩き込まれた元リリィにはお誂え向きかもしれない。月詩は元々運動神経も抜きん出ていたので尚更だ。

 

「確かにびっくりしたけど……。茜は反対なんだ」

「ただの機動隊員ならここまで悩んでないわ。だけど」

 

 茜は一呼吸置いてから、言葉を続ける。

 

「鎌倉府警は東京の警視庁に倣って、女性機動隊を新設する予定なの。それで将来の隊長候補に月詩が挙がってるのよ」

「隊長って、そんな簡単になれないでしょ」

「ええ、勿論。だからまず、管区警察学校に入らないといけないわ」

「普通の警察学校とは違うのね」

「管区の方は、新人じゃなくて現任の警察官が通う訓練校よ」

 

 話を聞く内に、天葉は茜の悩みに合点がいった。勉強が苦手な月詩をもう一度学校へ、幹部候補の養成所へ送ることを躊躇しているのだろう。

 確かに月詩はお嬢様学校の百合ヶ丘を無事卒業できただけあって、一般的なラインより学力はある。そもそも、ノインヴェルトを始めとした集団戦術やチャームの整備などは無学な者には難しい。あくまで百合ヶ丘の中では勉学が不得手というだけである。

 しかしながら、月詩本人が勉強を嫌っているのも事実。出来る・出来ないと、好悪はまた別の問題なのだ。

 

「月詩の望み通りに、自由にさせてあげたい。でもあの子が評価されてもっと上に行けるのなら、後押しすべきかもしれない。どちらが本当に、あの子のためになるのかしら」

 

 天葉へ答えを求めているのか、はたまた自問自答か。茜は静かに問い掛けた。

 リリィとしての茜は、年少者にとって良き相談相手だった。そんな彼女自身の悩みを聞くのは専らレギオン内で同学年の天葉と依奈の役目であった。

 もっとも、実際に茜の力になれたかは甚だ疑問である。現に今も、天葉はそれらしい答えが浮かんでこない。

 

 両者沈黙して静寂の時が流れる。

 その中で、天葉は空気を変える意味も込めて、先程から気になっていた違和感について触れる。

 

「ちょっと待って。さっきから、やけに話が具体的なんだけど」

 

 一応、茜は部外者のはず。その彼女がどうして人事に関わる内部事情を知り得たのだろう。

 

「これは、ここだけの話よ。ソラだから話すの」

「うん」

「実は……府警の(かた)からそれとなく話をされたの」

「直接? 茜に?」

「そう、直接」

 

 今度こそ、天葉は心底から驚いた。

 茜はただの大学生。難関と言われる鎌倉府庁職員を志望し、学力面と人格面と百合ヶ丘卒業生という経歴面から内定確実とされていても、現状ではただの大学生に過ぎない。そんな茜に、府警も随分と思い切ったことをしたものだ。

 

「そもそも、警察組織は警察官の結婚前の同棲を良しとしていないわ。捜査情報の漏洩を防ぐためにね。例外は、相手が信頼できる人間の場合。警察官同士のカップルぐらい」

「つまり茜と月詩の関係が認められてるのは、茜を身内同然と見做してるってことか」

 

 ガーデンは教育機関であると同時に軍事養成機関でもある。故に、元リリィであること自体が身元の保証となり、学力や体力を裏付ける要素となる。

 ガーデンと関係が微妙な軍が元リリィをほとんと採用しない一方で、地方政府や警察は積極的に勧誘を掛けていた。そこには公然の秘密として、地元の有力ガーデンと友好を深めたい意図が存在する。鎌倉府警の茜たちへの対応も、そういった事情が関わっているのだろう。

 もっとも、ガーデンの影響力を快く思わない者からは、地方公共団体とガーデンの結び付きはしばしば「軍閥化」と槍玉に上げられてしまうのだが。

 

「警察って、面子や体裁に五月蠅いだろうに」

「府警はそれをかなぐり捨ててきた。だから、私も月詩も真剣に向き合わないと」

「ちょっと大袈裟だなあ。断ったらクビってわけでもないでしょう」

「そうかしら? 何にせよ、いざという時は私があの子を一生養っていくつもりだけど」

「覚悟が決まり過ぎてる……」

 

 旧友の意思を知って、天葉は畏敬にも似た思いを抱く。改めて、自分と樟美が職場を共にしていることの幸福を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま帰りました」

「帰りましたー!」

 

 控えめな声と威勢の良い声が天野家の玄関に響く。

 随分と長い買い物だった。既に昼の3時に達しつつあった。

 

「ごめんなさい。月詩ちゃんが、おやつ中々決められなくて」

「だってー、くすみんが二つだけって言うんだもん」

「おやつなら、うちで作るのに」

「くすみんの手作りとお店のものは別腹なのだ」

 

 二人が玄関からリビングへと歩いてくる。子供時代のような応酬を繰り広げながら。

 月詩に対して口を尖らせる樟美は左肩から大きなトートバッグを提げている。買ってきた品物の詰まったそのバッグが下ろされるより早く、天葉は正面から樟美の体を包み込んだ。

 

「天葉姉様?」

「何か茜に負けた気がして」

「はあ……」

 

 抱き締めて、頬ずりして、満足げな天葉。

 一方の樟美は訳が分からないといった様子でキョトンとする。しかし全く抵抗する素振りもなく、天葉の好きにさせていた。

 そしてそんな二人を物欲しそうな目で眺める者が。

 

「あかねえ、あかねえ」

「駄目よ。ああいうのは家に帰ってからね」

「でも天葉様はやってるよ!」

「ここはソラたちの家でしょう?」

「あっ、そっかぁ……」

 

 形の違う二組のカップルは、夕日が赤く染まる頃まで語り明かすのだった。

 

 

 

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