街のお花屋さん   作:坂ノ下

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第19話 新時代の力

 内陸深くを湾曲しながら外洋に向けて河川が流れる。河の両岸には屋根を丸ごと剥ぎ取られた家屋や、ひび割れて緑の蔦にデコレーションされたコンクリートの構造物。かつて人の居た痕跡こそ顕著だが、今現在の人の営みは微塵も感じられない。それは正しく廃墟であった。

 

 そんな朽ち果てた街の跡に、場違いな岩石が幾つも鎮座している。街の只中を走る道路の上に、列を成すように。

 否、それはただの岩の塊などではない。全体が鈍い銀灰色で、巨大な二本の腕と太く短い三本足を生やし、不気味に瞬く青の単眼を備えている。そして何より、緩慢ながら動いているのだ。アスファルトの舗装の上に亀裂を増やしながら。

 

 ヒュージ――――人類に代わってこの台北の街に君臨する存在。その中でもミドル級のバスター種、トリスケリオン型と呼ばれるタイプだ。

 

 陥落指定地域にヒュージの群れが存在するのは何も不思議なことではない。

 不思議なのは、彼らの様子だった。道路に沿って移動しながらも、時折建物と建物の狭間で立ち止まったり、一体ずつ列から分離して脇道を窺ったり。まるで何かを警戒するかのような動きを見せていた。ここは彼らのテリトリーのはずだというのに。

 

 やがて、ヒュージの不可解な行動の理由が判明する。突然、列の最後尾を進んでいたトリスケリオン型から爆炎が噴き出したのだ。次の瞬間には、大きく無骨な右腕が地響きと共に路上へ落ちた。

 群れは一斉に進軍を止めて辺りを警戒する。山型の三角形をした単眼を左右に走らせ、同属の仇を捜す。

 そうしている内、今度は列の先頭で爆発音。三本あるトリスケリオンの頑健な足が、三本同時に弾け飛んだ。支えてくれるものを失ったことで、全高5mの体躯が重力に従い落下する。

 最後尾と先頭の脱落は、もはやヒュージたちに安全な場所など無いことを意味していた。完全に袋の鼠と化したのだ。

 

 群れのあちこちで爆炎が吹き荒ぶ中、ヒュージにとっての阿鼻叫喚を生み出した元凶が姿を現す。廃墟の空を翔ける鋭角的な金属片たち。その先端が煌めくと、白色の光線がヒュージの装甲を貫いた。

 トリスケリオンも剛腕を振り回し、小さな襲撃者を叩き落とそうとする。だが不規則な軌道で高速を以って舞うそれらを、鈍重な化け物が捉えることはできなかった。

 さながらミニマムサイズの戦闘機。

 そんな戦闘機群を操る者たちも、遅れて戦場に姿を見せる。河の対岸の、そのまた向こう。過去の台北の繁栄を偲ばせる高層ビルの天辺に、複数の人影があった。

 

「ヴェズルフェルニルの編隊を組み直して。個別戦闘から編隊戦闘に移行するわ」

 

 青の制服を身に纏った御台場女学校のリリィたち。彼女らの内、四人は腰の回りに鋭角的な金属パーツを五つ装着している。これこそが、ヒュージを攻撃した物体の親機と呼ぶべき装置。一つの主機と四つの副機で構成されたチャームなのだ。

 敵に気付いたヒュージ側も手をこまねいたりはしない。岩山の如き胴体を真ん中から上下に開き、体内に格納していた砲を突き付ける。バスター種と呼ばれる所以(ゆえん)、高出力レーザー砲。黒ずんだ砲身が螺旋状に渦を巻くその凶器は、戦車の正面装甲さえ一撃で破壊する。

 トリスケリオン自慢の砲に高濃度のマギが集まっていく。標的は無論、遥か遠方に陣取るリリィである。

 その時、チャームの子機の内の一部が編隊から離脱して、トリスケリオンの眼前を掠めるように飛んだ。子機は先端から光線を撃ち出す代わりに光の刃を放出していた。

 数舜の後に、ビルの天辺目掛けて仰角を上げていた砲が爆発する。

 続いて、子機からの一斉掃射により、生き残っていたヒュージの隊列が忽ちビーム弾幕に包まれた。

 横薙ぎに降り注ぐ光の雨が止んだ時、川沿いの大通りに展開していたヒュージは路上に散乱する残骸と化していた。

 

「ヴェズルフェルニルは上空で警戒。AZ(アタッキングゾーン)TZ(タクティカルゾーン)は残敵を確認してちょうだい」

 

 主将の指示により、前衛と中衛のリリィたちが河を跳び越え、敵の隊列があった場所に展開する。そこで、数回の発砲音が鳴り響いた。しかしそれ以上の問題は起きず、御台場のレギオンは戦闘態勢から警戒態勢へと移行した。

 

「お姉様、大同区の制圧、完了しました。隣接する中山区も台湾のレギオンが確保しつつあります」

「そう。この辺りでの戦闘も、終わりね」

 

 チャームの子機を周囲に分散させたまま、主将のリリィが後輩から報告を受ける。

 報告の内容自体は喜ばしいものだった。何せ勝っているのだから。しかしレギオン内には不満を抱く者も居るようで。

 

「はーっ……。結局、ほとんどBZ(バックゾーン)だけで片付いたじゃないですか」

「仕方ないでしょう、ミドル級ばかりなんだから。それより覚悟しておくのね。河を北上して海に近付くにつれ、大物が増えてくるわよ」

「ははっ。それでこそ、私ら御台場の舞台に相応しいでしょ」

 

 制服の上に羽織った濃紺の外套をはためかせ、御台場の戦乙女が次の戦地に向かう。

 街を取り戻すための戦いは佳境に入ろうとしていた。

 その中で、海を渡ってやって来た異質なチャームは敵の風を打ち消し、味方にとっての追い風となっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇー、やっぱり実戦で見るとまた凄いねえ」

 

 リビングの椅子の上で、天葉が薄型テレビの映し出す映像に感嘆の声を上げた。

 天葉の隣に樟美が居るのは当然として、テーブルの向かい側には依奈と壱が。ここは依奈たちが暮らすマンションの部屋である。今晩は天葉と樟美の方が、夕飯のご相伴に与ったというわけだ。

 四人が見入っていたのは台北での市街戦を撮った記録映像である。実際は既に台北は勿論、金門島まで奪還済みなのだが、機密上の理由からニュースで公開されたのはこれが初めてだった。

 

「GC-30 ヴェズルフェルニル。史上初の制式量産された第4世代チャームですね」

「アレを思い出すようで懐かしいわー。……と言うか、正にアレの後継機なんだけど」

 

 壱が映像の中のチャームについて触れると、依奈は感慨深そうに大きく頷いた。

 

「ああ、百由(もゆ)と一緒に色々と無茶してたよね」

「文字通り、血反吐はいてたわ。あの頃は私も意地っ張りだったから。今、同じぐらいの無茶しろって言われても、できっこない」

「後悔してる?」

「まさか。あの時の……エインヘリャルの経験があったからこそ、第4世代の普及があるんじゃない」

 

 天葉からの試すような問いに、依奈は明確な否定を示す。

 過去に依奈が携わった第4世代実験機のテスト。その延長上に、先程テレビで見た戦勝があると言っても過言ではないだろう。

 

「依奈様のエインヘリャル、ちょっとだけ見たことあるけど。今のチャームとはやっぱり違うね」

「そうね。魔力負荷の強かったエインヘリャルと違って、ヴェズルフェルニルはマギクリスタルコアのAIに子機(ビット)操作の多くを補助させているの。だから強化リリィでなくとも、精神へのダメージを負わずに扱えるってわけ」

 

 樟美の言葉を肯定した壱が詳細を説明する。流石に教導官を目指しているだけあって、現行機の情報にも耳聡い。

 

「テレビに出てた御台場のレギオン、四人のBZ全員にあれを装備させてたね。あんなのが16機も襲ってきたら、ミドル級以下は一溜まりもないよ」

「強豪ガーデンは軒並みヴェズルフェルニルを採用しています。間違いなく、リリィの死傷者が激減した理由の一つですよ。海外のガーデンも導入し始めてるみたいだし」

「壱だったらどう使う?」

「そうですね……。手堅く小型ヒュージの漸減に使います。随伴する小物を遠距離から安全に殲滅できれば、大物へのノインヴェルト戦術が楽に実行できますから」

 

 天葉は壱へ、教導官として戦術にどう活かすか尋ねてみた。

 映像を見て分かる通り、この新型チャームの利点は操作するリリィを矢面に立てる必要が無いこと。そして単独でも高い殲滅力を発揮できること。

 大型のヒュージ相手だと、こうも上手くはいかないだろう。それでも取り巻きの数を減らせる意義は大きい。物量こそ、ヒュージの最も厄介な点の一つである。

 

「ビットを標準で4機かぁ。私のエインヘリャルの時は、円環の御手を利用して5機が一杯一杯だったわ」

「ヴェズルフェルニルも適性があれば5機とか6機とかに増やせるんでしょ? 若い頃の依奈なら8機とかいけたんじゃない?」

「うーん、AI操作と円環の御手は噛み合わないと思うのだけど。あと、私は今も若い」

 

 依奈が過去の自分と比較し始めたので、天葉は彼女を励まそうとフォローする。いまいちフォローになっていないフォローだ。しかし「依奈にはこのぐらいがちょうど良いだろう」と思ってのことだった。

 そんな天葉の思いが功を奏したのかどうかは定かでないが、依奈はいつも通りの呆気らかんとした態度になる。

 

「まあ何にせよ、やっぱりあの二人は天才ってことね。色んな意味で」

 

 尊敬と呆れの入り混じったような、複雑なニュアンスを感じられる依奈の物言い。ヴェズルフェルニルはその二人による共同開発だった。依奈が手放しで褒めようとしないのは、やはりかつての実験において()()とあったからだろう。

 

「我らが聖学工房の魔術師と、天津の御令嬢か。随分と懐かしい気がするね」

 

 湯呑から食後の緑茶を頂きつつ、天葉は彼女らの顔を思い浮かべる。

 天葉も依奈も二人とは友人同士だった。それだけでなく、当時のアールヴヘイム自体が二人と関りがあった。中でも印象的なのは、新潟外征での共闘である。

 天葉が「懐かしい」と言ったのは彼女らの事情に原因があった。前者は大学を早期卒業後、母校の百合ヶ丘女学院に研究者として所属していた。チャーム開発は勿論、マギやヒュージ関連の研究にも携わり、学生時代から変わらず多忙を極めている。

 後者は実家のチャームメーカーの開発部に身を置きながらも、各地を渡り歩いて現場を直に見ているのだとか。

 要するに、二人と会う機会が中々得られないのだ。特に流浪人同然の後者とは。

 

「あっ、百由様なら昨日お会いしましたよ」

「本当? もー、たまには顔を出すように言っといてよ」

「いえ、廊下ですれ違っただけなんですけど。百合ヶ丘で開かれたマギ応用理論の講演会に行った時に」

 

 膨れる依奈に対し、壱がすぐさま訂正する。講演を聞きに来た者と、講演の壇上に立つ者。講演の前後で鉢合わせしただけならば、「会った」と称するには少々無理があるだろう。

 

「ちなみに、今日は百由様、京都のガーデンでヒュージ分類学の講演だそうです」

「京都って……」

 

 これには依奈も言葉を失った。どうやらそう簡単に同窓会というわけにはいかないらしい。

 無論、天葉とて残念ではある。しかし予想がつくことではあった。

 

「仕方ないよ、依奈。昔から百由って引っ張りダコだったでしょ」

「引っ張りダコというか、自分から首突っ込んでたというか……。ほら、他校の子が珍しいチャーム使ってたら、よく食いついてたし」

「ああ……言われてみれば、合同訓練の時も――――」

 

 天葉たちは在りし日に思いを馳せ、昔話に花を咲かせる。言うほど昔でもないのだが、リリィとして戦ってきた日々は毎日が濃密で。従って、平和な今の彼女たちからすると、当時のことはそれなりに昔のように感じられたのだ。

 

「でもまあ、百由は仕方ないとしても麻嶺(まれい)には顔を見せてもらわないと。うちの後輩たちを預けてるんだから」

 

 再び愚痴っぽくなる依奈。もう一人の天才は他校の出身ではあるが、天葉と依奈の戦友と呼べる人物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある昼下がり。どんよりと鉛色をした曇り空の下、花屋の仕事は変わらず続く。

 店内では天葉が花の茎から傷んだ葉や花弁を取り除き、商品の手入れに励んでいた。除去したものは、ひとまずビニール袋の中へ纏めている。店中の花を手入れしていたので、結構な量が集まった。

 地道で細かな作業が好きかと問われると、そうでもない。しかし大好きな花や土いじりに関しては例外だ。作業が膨大でも苦にならないと、天葉は自信を持って言えた。

 

 店の中の作業机で集中していると、店先から話し声が聞こえてきた。外では、樟美が外に陳列している鉢植えを手入れしているはず。来客があったのだろう。

 

「店員さん、ミントはあるかしら?」

「はい。どのようなミントでしょう……」

 

 聞き覚えのある女性の声だった。直後、樟美の声が不自然に止まった点から考えて、天葉の予想通りの人物らしい。

 樟美から呼び掛けられた時には既に、天葉は店先に向かって歩き出していた。

 

 そこに立っていたのは、銀髪ロングの長身の女性。白いシャツブラウスに包まれた体のラインと黒いスカートから伸びる二本の脚が、スタイルの良さを物語っている。

 案の定、天津麻嶺(あまつまれい)だった。

 

「おひさ」

「本当、久し振りだよ。連絡も寄越さず、いきなり来るんだもん」

「その方が感動も()()()()でしょう」

「こんなことで感動させなくてもいいって」

 

 麻嶺は切れ長の瞳を更に細め、不敵な笑みを浮かべる。

 彼女こそ真島百由(ましまもゆ)に並ぶチャーム開発技術者であり、世界有数のチャームメイカー天津重工の総帥令嬢である。

 

「さすらい人が鎌倉に居るってことは、やっぱりチャーム目当て?」

「ご名答。そのついでに寄ったのよ」

「ついでって、はっきり言うなあ」

 

 依然と変わらぬ直球な物言いに、天葉はちょっぴり嬉しくなってきた。

 

「あとで依奈のとこにも顔出すつもりだけど。どう? 寂しがってた?」

「うんうん、寂しがってたよ。もう泣いちゃうぐらい」

「それは私も、罪なことをしてしまったわね」

 

 二人して、依奈本人が聞いたら断固抗議してきそうな与太話をする。実際、天葉よりも依奈の方が麻嶺との付き合いは長いのだが。

 

「で、買い物してたんでしょ」

「そうだった。樟美さん、ミントをくださる?」

「はい。ミントは観賞用でしょうか? 料理やハーブティーにも使われるのなら、こちらのペパーミントがお勧めですが」

「そうか。香り目的だったけど、お茶にするのもいいわねえ」

 

 樟美が麻嶺に示したポリポットには、小さな花と大きな葉を付けたミントの苗が収まっていた。

 ミントはそこいらに生えている雑草以上の繁殖力を持つ。しかし下手に自宅の庭へ植えようものなら、忽ちミントに他の植物を駆逐され占拠されてしまう。それに強い香りは虫も沢山呼び寄せることだろう。故に花屋で買い求める需要が存在するのだ。

 

「そうね、じゃあペパーミントと、あとは――――」

 

 麻嶺は居並ぶ苗の列を吟味するように覗き込む。

 ところが不意に、視線を持ち上げて天葉へと向き直った。

 

「いけない、あの子たち連れて来てるんだった」

「あの子たち?」

 

 麻嶺の言葉に天葉は首を傾げた。だがすぐに、心当たりに気が付く。

 ちょうどその時、店前に伸びる歩道の先から、人影が二つアマノに向かって駆け寄ってきた。

 

 

 

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