街のお花屋さん   作:坂ノ下

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第2話 繋がり

 鎌倉の街の小さなお花屋、フラワーショップ『アマノ』。いつもそこそこにお客が入り、そこそこに花が売れていくこの店が、何やら妙に騒々しい。

 店に居る客は三人の若い男。三人が三人とも見上げるほどの長身で、筋骨隆々とした肉体を作業着の中に押し込めている。

 彼らは各々お目当てのブツを手に、カウンターに立つ樟美へと詰め寄った。双方の体格差は歴然。正しく『大人と子供』という言葉そのものである。

 

「ヒャッハッーーー! 新鮮なチューリップの苗だぁ! 水ぅ! 水をくれてやる!」

「おうおう店員さんよぉ! 人数分のお花を包んでもらおうか! ペーパーは赤と黄色とオレンジだぜぇ」

「母の日のメッセージカードも添えてくれよなー。頼むよー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お客様、店内ではお静かに願います」

「ヒャハ……」

「すんません……」

「ごめんなさいでした……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 樟美に窘められたものの、買い物を無事に済ませた三人は意気揚々と店を後にした。

 そんなお客の後ろ姿を店前で見送る樟美のもとへ、配達を終えて車を家に戻してきた天葉がやって来る。

 

「あれっ、あの三兄弟また来てたんだ」

「えっ、ご兄弟だったんですか?」

「桃園の誓いを立てたとか何とか言ってたから、兄弟みたいなものでしょ」

「ふーん……。百合ヶ丘のノルンみたいですね」

「いやー、それはどうかなあ」

 

 軽く雑談を交わしながら、二人は店内へ入っていく。母の日の夕方とあって、これからまだまだ来店が見込めることだろう。

 だがその間にも、樟美の思考は別件へ傾けられていた。

 

(天葉姉様に悪い虫が付かないよう、気を付けないと)

 

 容姿端麗・明朗闊達な天葉は男女問わず人から好かれ易かった。ガーデン在学中もそうなのだが、大人になってお店を始めて以降、樟美はその事実を余計に認識するようになっていた。

 

(特に、週末に最低一度は訪ねてくる女子高生のグループ。あれは絶対、姉様狙い。女子高生が毎週毎週お花屋に来るわけない)

 

 そんな花屋としてあるまじきことを考える。どこから虫が飛んで来るか定かでないので、樟美もおいそれと気が抜けないのだ。

 もっとも、先程の件に関して言えば、大して危機感は抱いていなかった。

 

「……あの三人は大丈夫かな」

「樟美、何か言った?」

「何でもありません」

 

 中等部時代の体験から、樟美は他人の心の機微に敏感になっていた。その彼女から見て、あの三兄弟は天葉に全く下心を持っていない。仕事での取引以外で男性が花屋を利用するのは既婚者かそうなる予定の者がほとんどだろうが、違うのならば珍しい話である。ああ見えて所帯持ちの可能性も、あり得なくはないが。

 ただ敢えて言うなら、天葉や樟美相手にはなくとも、花に対する執着は大いにあるようだった。

 

「じゃあ、もうちょっと頑張ろうか。母の日、せっかくの書き入れ時だしね」

「はい、姉様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、書き入れ時を過ぎた『アマノ』に馴染の客の姿があった。それも個人客ではなく、大口の契約先である。

 

「注文書わざわざ持って来てくれたの? メールで良かったのにー」

「あっ、いえ! 街に用事がありましたから。それに天葉様と樟美さんにも会いたかったので」

「そっか。まあちょっと座ってよ。狭い所だけど」

 

 開店時間の10時までは、まだ少し時間があった。そんなお店の裏手、バックヤードと隣り合った事務室で、セミショートの桃色髪を伸ばした女性が丸椅子に腰を下ろす。

 樟美と同じく少女とも呼べる顔立ちの女性だった。ただし樟美とは対照的に、お日様のように朗らかに笑う女性である。身に纏っているのはゆったりとした黒のレディーススーツ。彼女は天葉たちの母校である百合ヶ丘女学院の職員だった。そして同時に、同校卒業の元リリィでもある。

 

「やっぱり凄いです、天葉様! ご自分のお店を持てるなんて!」

「あはは、現状維持で精一杯だけどね。梨璃(りり)さんこそ、一年生寮の寮母さんになったんだって?」

「はい。けどリリィのまとめ役は寮長さんの仕事なので。私はただの雑用係なんですけどね」

 

 梨璃の台詞も全くの謙遜というわけではない。百合ヶ丘の学生寮では現役のリリィから選出された寮長が生徒の生活指導を行なうため、職員から選ばれる寮母は施設管理者の面が強かった。

 とは言え、寮母に選ばれるのはリリィからもガーデン側からも信頼されている証なので、20歳の新米職員が抜擢されたのは大したものである。

 

「でも! 後輩リリィのためですから! それに大学出立ての新米にも、できることはあります!」

 

 そう力強く宣言できるのは、希望に満ち溢れた若人の特権か。もっとも梨璃の場合はそれだけでなく、彼女自身の気質でもあった。

 なお梨璃が出たのは二年制の短期大学である。彼女に限らず、ガーデン卒業後に短大を進路に選ぶリリィは少なからず居た。

 かつて、学歴社会化により一時は廃れた短大。今はそれも見直されている。対ヒュージ戦争がもたらした荒廃のために人手を欲する現代社会にとって、少しでも早く働き手を育ててくれる短大は有り難い存在なのだ。

 

「相変わらずの頑張り屋さんだねえ。でも無茶はしないでね。夢結(ゆゆ)が心配するから」

「はい、気を付けます」

「そう言えば、その夢結も元気してる?」

「お姉様も変わりありません。よく『体がなまってしまう』って漏らしてます」

「ははっ、本当に変わりないね」

 

 梨璃もまた、かつてのシュッツエンゲル――擬似姉妹――をお姉様と呼び続けていた。喧嘩別れしたわけでも疎遠になったわけでもないのなら、むしろそちらの方が主流なのかもしれない。

 話題に挙がった白井夢結(しらいゆゆ)は梨璃より一年早く母校の百合ヶ丘に務めていた。立場は梨璃と同じくガーデン事務職員。その中でも教務課に属して試験の運営や講義時間割の作成等に携わっている。体がなまると言っているのは、屋内業務中心のため。それでも経理課などよりはマシだろう。

 

「生え抜きの子ならともかく、梨璃さんみたいな高等部編入の子がここまで関われるなんて、実際凄いと思うよ」

「そうでしょうか?」

「うん。いくらガーデン教職員が、元リリィの受け皿と言ってもね」

「自分ではよく分かりません。リリィじゃなくなっても、リリィへの憧れはなくなってなくて。ただその気持ちのままで、やってきただけなんです」

 

 さも当たり前かの如く言ってしまう梨璃に対し、天葉は眩しさで目を細める。大人になっても立場が変わっても、梨璃は梨璃なのだと。ガーデンに残った者、ガーデンを去って市井に溶け込む者、様々な生き方があるが、天葉と同じように感じる者は少なくないだろう。

 

「あっ、お店あるのに長居しちゃいました。これ、注文書です」

「はい、確かにお預かりしました。寮と霊園に飾る花の換えだね」

「お願いします。私、樟美さんにご挨拶してお暇しますね」

 

 梨璃から紙の注文書を受け取った天葉は内容をざっと確認した。

 それから慌てた様子で椅子から立ち上がった梨璃を見て、「ゆっくりしていけばいいよ」と軽く引き留めようかと口を開く。

 ところが天葉が声を掛けるより先に、店の陳列スペースから樟美が戻ってきた。

 

「天葉姉様、お花の切り戻し終わりました」

「樟美さん! ごきげんよう」

「梨璃さん、ごきげんよう。もしかして注文ですか?」

「はい。お二人に会いたくて来ちゃいました」

 

 一度は立ち去る態勢を取った梨璃が樟美とのお喋りに花を咲かせる。

 こういうところも変わっていない。そう思いながら、天葉は口元を持ち上げ静かに笑みを浮かべる。

 

「でも本当、婦婦(ふーふ)でお店なんて憧れちゃいます!」

 

 樟美との会話の中、興奮気味にそう主張する。そんな彼女の左手薬指では、指輪が柔らかな光を反射していた。

 彼女は白井梨璃(しらいりり)。アマノの大手取引先、百合ヶ丘女学院との窓口であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽が落ちて辺りの街灯が爛々と目立ち出した頃、アマノは店頭の鉢植えを中にしまってシャッターを下ろす。

 樟美が花瓶の水の交換や傷んだ花のチェックに勤しむ間、天葉は事務室で伝票の整理に当たっていた。

 狭い空間内にある、書類や事務用品が所狭しと置かれた事務机。丸椅子に腰を下ろして紙の束をパラパラと捲る内、昼間に渡された注文書が天葉の目に留まる。

 私立百合ヶ丘女学院。世界でも有数のガーデン。天葉たちの出身校であり、アマノが成り立っている理由の一つであった。

 

「百合ヶ丘様様だねえ」

 

 誰に聞かせるわけでもなく、天葉は苦笑するように呟いた。

 幾ら在学中に簿記やマーケティングを学んだとは言え、幾らガーデン卒業後に園芸専門学校に通ったとは言え、20代の小娘が独力でお店を開けるとは天葉自身も思っていない。

 小さいながらも一国一城の主になれた訳とは、鎌倉府の個人事業主助成制度に加え、ガーデンという大口のお得意様が付いてくれたお陰であった。そしてそれはひとえに、天野天葉がアールヴヘイムのリリィとして高い知名度を誇っていた恩恵と言える。

 

 LG(レギオン)アールヴヘイム――――

 

 百合ヶ丘トップレギオンにして世界最高峰のレギオン。撃破したネスト多数、屠った大型ヒュージは数知れず。メディアにも盛んに取り上げられ、国内外にその名を轟かせている。天葉は高等部時代、主将としてそんな集団を纏め上げていたのだ。

 アマノが百合ヶ丘から契約を貰えたのはコネクションのお陰。社会に出立ての小娘といえども、それぐらいは分かる。ついでに言えば、鎌倉府庁や鎌倉市内の公民館から時折注文が来るのも、同じ理由だと考えていた。

 しかしながら、天葉が現状を悪傾向と捉えているかというと、それは違う。

 

「お花のお手入れ済みました」

「ありがとー樟美。すぐ追い付くから、先に帰ってて」

 

 売り場から事務室へやって来た樟美に労いの言葉を掛ける。彼女は天葉に促され、エプロンを外して帰宅の準備に入った。

 

 天葉としては、花屋として名を揚げたいとか、縄張りを拡大したいとか、そんな大きな野心は抱いていない。ただ、大好きな花に関わる仕事を、大好きな人と一緒に続けていきたい。そんな想いから今のこの店の存在があるのだ。

 勿論、花に関しては手を抜いているつもりはないし、益を増やす努力も止めてはいないのだが。

 

「あ、やっぱりちょっと待って」

 

 急に思い出したかのように、天葉が呼び止める。

 だが樟美は止められるまでもなく、大きめのトートバッグを肩から下げた状態で部屋の隅に立っていた。何か言いたげな顔で――傍目には無表情だが天葉視点ではそう映った――天葉の様子を見つめている。

 椅子から腰を離して立った天葉はそのまま歩き出し、樟美の前で頭を軽く傾けた。

 ふにっとした感触が唇を押す。

 樟美はそれに驚く風でもなく、当たり前のように受け入れる。それから踵を浮かせて背伸びをし、今度は自分から天葉の唇を求めた。

 

「……んっ、んむっ、ねえさまっ」

 

 桜の花弁みたいな小さな桃色が、天葉を離すまいとくっついてくる。その感触と熱を何度か味わった後、天葉の両手が華奢な両肩を掴み、そっと互いの距離を離す。

 

「姉様、どうしたんですか?」

「んー? どうもしないよ」

「そうですか」

 

 瞬きしながら自身の口に指先を当てていた樟美だが、何でもないという天葉の返事を聞くと、先程言われた通り帰宅するべく事務室を出た。

 本当に、特段何かあったわけではない。何となくそういう気分になって、然るべき時と場合を考慮した上で実行する。いつものことだった。二人は結婚しているのだから、何もおかしなことではない。

 

 結婚。擬似でも、ましてやごっこ遊びなどでもない。生活を共にし、苦楽を分かち合うパートナー。正式に籍を入れ法的にも認めらた関係である。

 この国でも数年前の法改正によって、天葉と樟美をはじめとしたリリィたちがそういった関係になることが可能となった。別に対象をリリィに限った改正ではないのだが、最も恩恵を受けたと思われるのが彼女たちだった。

 全寮制の共同生活、戦場での命の預け合い、海外から留学してきたリリィとの交流。そういった環境下において、リリィ同士が惹かれ合うのは必然とも言えるだろう。

 

「でもまあ、私は私なんだよね」

 

 もしも中等部で百合ヶ丘に編入しなかったら。リリィにならなかったとしたら。樟美と結ばれることもなかったのか。

 そんな自分の姿、仮定だとしても天葉には想像がつかなかった。それぐらい樟美との繋がりが当たり前になっていたのだ。そして恐らくは、天葉のよく知るリリィたちも同様だろう。

 

 結局のところ、良きにつけ悪しきにつけ、かつてリリィだった(ゆかり)はそうそうなくなったりしないのである。

 

 

 

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