街のお花屋さん   作:坂ノ下

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第21話 作り生み出す道

 百合ヶ丘女学院、一年生寮の裏手にある花壇の前で、一仕事を終えた天葉は大きく伸びをした。

 

「ありがとうございました、天葉様」

「切り花の方も結構な数だけど、梨璃さんだけで大丈夫?」

「何人か手伝いに来る子がいますから。あとで花瓶に入れ直しておきます」

 

 桃色髪で人懐っこい笑顔を浮かべた白井梨璃。彼女は寮母として、花を納入しに来た天葉へ礼を言う。

 天葉はまず鉢物を花壇の土に植え替えて、その後に円筒の容器に活けられた切り花の束を並べた。鉢物にしろ切り花にしろ、今回納めた品はかなりの数に上る。

 花壇に花を植えるのは当然のことだろう。では大量の切り花はどうするのかと言うと、近日開かれるイベントで使うのだ。

 

「もうすぐだね、ハロウィン」

「はい。部屋の飾り付けとか料理とか、本格的なパーティーになるみたいですよ」

 

 百合ヶ丘のリリィが準備を進めているハロウィンパーティー。その会場を彩るのが花たちの役目であった。生徒でない梨璃は準備の準備を引き受けているに過ぎない。

 もっとも、梨璃が生徒以上に心待ちにしているように見えるのは、天葉の気のせいではないだろう。たとえ直接参加しなくとも、やはりお祭り事は気分が上向くものである。

 

「天葉お姉さん。あっちの花壇、終わったよ」

「はーい、ご苦労様。じゃあこれで本当に終了だ」

 

 アマノのバイトとして同行する結梨が足早に歩み寄ってきた。

 天葉は土いじりしていた軍手を脱ぎ、ここまで大事な花を運んで来たミニバンのバックドアを勢いよく閉める。

 

「結梨ちゃんもありがとうね。そろそろお昼だから、しっかり食べるんだよ?」

「もー、分かってるよ」

 

 口を尖らせた結梨にちょっとだけ邪剣にされつつも、梨璃は気にした様子もなく天葉たちへ別れの挨拶をするのだった。

 

 台湾外征へ赴いた関東の各レギオンが凱旋帰国を果たし、百合ヶ丘を始めとした不参加のガーデンも警戒レベルを平常時へと戻していた。百合ヶ丘の嘱託職員である結梨は再び暇ができたので、こうしてアマノの応援に入っているというわけだ。

 百合ヶ丘のみならず、世間ではハロウィンを間近に控えてお祭りムードが高まりつつある。花の需要も一時的に増していた。

 それに加えて10月から11月はブライダルシーズンである。こちらも同じく花の需要が増える一因だった。結婚式場と契約してないアマノには直接影響はないのだが。

 しかしどちらにしろ、もう少し忙しい日が続きそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百合ヶ丘から鎌倉の街へと至る道を、白い塗装の車が走る。路面の状態は良好とは言い難く、起伏も相まって四輪のタイヤに小さくない衝撃が加わっていた。しかし幸いサスペンションは良いものを装備しているので、天葉と結梨のお尻は酷いことになってはいない。少なくとも、急降下するガンシップの座席よりはずっと快適と言えた。

 周囲に他の車両は見られない。この辺りは要地保全法に指定された土地であり、ガーデン関係者以外は許可を得た者でないと入れないのだ。

 要地保全法とは、ガーデン周辺地域における一般人の立ち入り、築造物の変更、地形の改造などを禁止して対ヒュージ戦闘を円滑に進めるためのもの。現代の要塞地帯法とも呼ばれている。東京など都市部のガーデンはともかくとして、百合ヶ丘のように人家から離れた激戦区――かつての話だが――においては重要な法律である。

 中には法を犯して侵入を試みる者も存在するらしい。何にせよ堅気でないのは確かだろう。

 

「……あっ、あれ!]

 

 突然、助手席の結梨が声を上げた。彼女はフロントガラスの向こうを、ミニバンの左前方に見える山の斜面を指で指す。

 天葉は元から大して出てなかったスピードを更に落とし、のろのろと徐行運転に切り替える。そうして結梨の指す方に目を向けると、山間の道なき道を進むシルエットを発見した。

 それは人ではない。四肢こそあるが、3メートルを超す背丈と首の無いずんぐりとした胴体。そんな胴体から直接生やした左腕に巨大な削岩機を装備していた。所々を土で汚した黒と黄土色の肌は、それが機械である事実を物語る。

 

「へー、LAC(ラック)かぁ。この前の大雨で崩れた所でも直してるのかな」

 

 天葉が珍しい物でも見たかのような声を出す。リリィだった彼女にとって、本当ならそこまで珍しくはないはずだが。しかし久し振りに直で見ると、こんな声も出るというものだ。

 

 リリィズ・アーマード・キャバリア、通称LAC。

 

 それ自体が一機のチャームとなるパワードスーツ。土木建設用の作業機械に武装を施した、ガーデンの支援兵器である。搭乗リリィのマギを全て防御面に回しているので、攻撃手段は通常兵器に頼っていた。それ故にミドル級以下しか撃破できないという欠点がある。しかしその生存率の高さから、撤退戦や防衛戦において真価を発揮する兵器だった。

 結梨が見つけた二機のLACは縦列で進軍している。先頭の機体は削岩機、後ろに続くもう一機はエンピを抱えて。状況に応じて様々な装備に換装できるのが、LACの長所の一つであった。

 

「最近大活躍ね。台湾にも外征レギオンと入れ替わりで何部隊か派遣されたっていうし」

百合ヶ丘(うち)の工廠科でも、機体が増えたから整備が大変って泣きそうになってたよ」

「あれ、運用に相当お金が掛かるって聞いたけど。私らの時代では」

「技術の発達と量産効果で安くなったんだって。ユグドラシル社の人が、そんな話してた」

 

 不安定な山道をLACたちは二本の脚で危なげなく歩行する。その姿を車内で眺めながら、天葉は時の流れを実感していた。

 二人の話の通り、近年LACの作業機械としての出撃は増加する一方だった。それには、ヒュージ出現に備えるという理由も勿論あるだろう。

 だがもっと切実な事情がある。戦災復興に当たる防衛軍の工兵部隊や民間の土建業者の手が足りていないのだ。それだけ国土を傷付けられたというわけである。

 そのため、ガーデン周辺の土地や戦闘地域ではLACが活用されていた。ただでさえ手が足りない状況下で台湾にまで派遣するのには、例によって例の如く賛否両論あるのだが。

 

 元々何かを作るために生まれた存在が、武器を持ち戦いに身を投じ、そしてまた何かを作る道へと回帰する。LACとしては本懐と言っても良いだろう。もしも物に魂が宿り意思が存在するならば、そう思うのではないだろうか?

 

 天葉たちが眺めている中、LACが減速して足を止めた。ミニバンとの距離は幾分か縮まっており、丸みを帯びたシルエットは先程よりも大きく見える。

 疑問に思っていると、LACの背部でコクピットのハッチが開いた。中から出てきたのは工廠科制服のリリィ。彼女らは軽やかにLACの肩へ飛び移ると、こちらに向けて大きく手を振ってきた。

 

「おーい!」

 

 いつの間にやら助手席の窓を開け、結梨も手を振り返す。

 ガタゴトと揺れる車体。タイヤに蹴られて跳ねる路傍の小石。

 ミニバンとLACでのやり取りは、結梨の姿が山道の起伏によって隠れるまで続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学院での仕事を終えた天葉と結梨は昼前にお店へと戻ってきた。一人で店番をこなす樟美の元へ、足早にのれんを潜った結梨の後に天葉も続く。

 結梨は樟美のすぐ傍まで移動しており、昼食について頻りに尋ねていた。今日のお昼ご飯は樟美の作ったお弁当であった。テンションが上がるのも無理はない。

 樟美が結梨の相手をしながら、後からやって来た天葉と目を合わせる。二人は言葉を交わすことなく互いに目を細め合う。

 そこで、天葉の注意が下方に向いた。カウンターの前に立つ樟美の下、机上に見覚えの無いぬいぐるみが置かれていたからだ。天葉は結梨の話が終わってから樟美に聞いてみる。

 

「その丸っこいの、ぬいぐるみ?」

「あ、はい。今朝、常連の女の子から頂いたんです」

 

 樟美がそう答えると、結梨も興味を示したようだ。

 

「これ、何のぬいぐるみなの?」

「LACだよ」

「えぇー?」

 

 結梨は目を丸くして半信半疑といった様子。

 デフォルメされ、実物よりも更に丸みに磨きが掛かったその姿は、確かにロボットやパワードスーツのイメージからはかけ離れている。

 

「アニメ化やプラモ化は知ってたけど。まさかぬいぐるみまであるなんて」

「意外に、LACって女の子からも人気あるんですよ。丸くて、可愛いって」

「かわ、いい……?」

 

 天葉は唖然とした。決してLACのことが嫌いなわけではないし、悪く言うつもりもない。しかしながら、可愛いという形容詞が浮かんでくるとはとても思えなかった。LACが可愛いのなら、外国の童話に出てくる卵の怪物だって可愛いと言えるだろう。

 

「今や、チャーミーやエーデルロイヤルコーンに負けないぐらいの人気キャラになってます」

「そこまで? て言うか、マスコット枠なんだ……」

 

 その三者を同列に扱うことも甚だ謎である。マスコット枠と言うより、ゲテモノ枠とした方が適切かもしれない。

 勿論、違和感があるのはLACをマスコットとして見た場合だけだ。ロボットとして見た場合、人気が出るのは理解できる。実際、LACを題材としたリアルロボットアニメは好評を博している。

 

「あの女の子、私たちがリリィだったこと覚えてて。それで、これをくれたみたいです」

「そう。なら大切にしないとね」

「はい」

 

 その気持ちは純粋に嬉しい。小さな子供にとって、ぬいぐるみは値段を抜きにしても手放し難いものだろう。それを贈ってくれたのだから、如何に自分たちのことを好いてくれているのか分かる。

 

「このまま、カウンターの脇に飾っておきましょう」

「そうだね、そうしよう」

 

 樟美と天葉が話し合ってそう決めると、両手で持ち上げてしげしげと見つめていた結梨は、ぬいぐるみを元の場所へと戻すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茜色の空の下、夕焼けよりも赤い炎が広大な基地のあちこちで噴き上がっていた。兵舎が、倉庫が、ヘリポートが煙に巻かれる。基地の管制塔は今しがた、爆音と共に根元から崩れ落ちた。

 業火の向こう側に、丸い影が幾つも映り込む。球状の胴体から三本の脚を生やした巨大な金属塊。脚の先端が地面に振り下ろされる度、コンクリートの舗装が抉られていく。この惨状を生み出した直接の元凶、ヒュージだ。

 

 悠々と我が物顔で基地をのし歩くヒュージの集団に、立ちはだかる者がいた。黄土色と黒色の体を煤で汚した機械の人型、LAC。

 LACの姿を認めたヒュージたちは、その外見に似つかわしくない機敏な動きで襲い掛かる。

 ヒュージの突撃とほとんど同時にLACの左腕も動いた。左腕は、五指を備えたマニピュレーターの代わりに、ガトリング砲と一体化した()()()であった。

 次の瞬間、ガトリングの砲口が光を灯す。巨大な電動ノコギリが唸るかの如き重低音。旋律も何もないその音楽は、ただひたすら破壊を生み出すのみ。大量の鉄の礫が音を遥かに超える速度で以って、ヒュージの銀灰色をした装甲を穿っていく。

 やがて、弾の切れたガトリングの銃身が空回りする頃には、辺りに立っているヒュージは皆無となっていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 LACのコクピット内、操縦者は肩で息をする。

 連戦、疲労、緊張。とうに限界を迎えていてもおかしくない状況で、しかし操縦者であるチャーミーは正面のモニターを食い入るように見つめ続けている。

 

「残弾、ゼロ……」

 

 これまで既に多くのヒュージを屠ってきた。にもかかわらず、LACのセンサーは周囲から敵の反応が途絶えそうにない現実を突き付けてくる。

 もっと上手くやれたはず。チャーミーは心の中でそう悔やむ。だがこの行動自体を後悔する気は微塵も湧いてこない。

 

「まだだっ! まだ戦える!」

 

 それは強がりなのか。チャーミーが自身に言い聞かせるように気迫を吐き出しつつ、操縦桿のスイッチの一つを押した。すると左腕部横に装着されたガトリングが半回転して銃口が後ろに向く。それに代わって、巨大な二本の鉤爪を思わせるクローアームが左腕の前方に突き出される。

 そうして次に討つべき敵を探そうと、チャーミーは再びセンサーに目を向ける。だがその顔はすぐに驚愕へと染まった。戦場のど真ん中を、ヒュージとは異なる新たな反応が猛然と突っ切ってきたのだから。

 

「速い、普通のLACの三倍速い! こいつはっ――――」

 

 チャーミーの眼前に流星が落ちてくる。

 それはLACだった。全身を真っ赤に塗装したLACであった。

 咄嗟に振り上げたクローが振り下ろされた相手のクローと激突し、マギの閃光が辺りに迸る。

 LACを通して操縦者にも衝撃が襲ってきた。体の中の綿を吐き出しそうな感覚。チャーミーはそれを無理矢理に押し止め、相手のLACへ吠え掛かる。

 

「エロコーン!」

「何をやっている、チャーミー!」

 

 背中のバックパックに装着したブースターを噴かし、赤いLACは後方に着地した。

 

「チャーミー、私は言ったはずだ。あの少女を、ヒュージの姫を仕留めなければこの攻勢は終わらないと。それなのに、何故こんなことろで油を売っている?」

「そんなこと、できるわけないじゃないか! 体質なんだ、ヒュージを呼び寄せてしまうのは! 好きでやってるわけじゃない!」

 

 咎めるようなエーデルロイヤルコーンの正論に、チャーミーは真っ向から反抗する。それが呑めないからこそ、彼女はこうして綿を吐きそうになりながら戦っているのだ。

 

「ではどうするつもりだ。このヒュージの波を」

「全てやっつければいい! 僕と、僕のLACが!」

「何をふざけたことをっ!」

 

 赤いLACが駆け出す。両膝を折り曲げ、脚部のローラーで重厚な機体を疾駆させ、またしてもそのクローをチャーミーに向けた。

 今回も何とかクローで受け止めるチャーミーの機体だが、衝撃でフラフラと後ずさる。更に二度三度、追い打ちの手刀を叩き込まれ、ついには膝を突いてしまう。スピードもパワーもマギも、何もかもが及ばなかった。

 満身創痍といった黄土色のLACを見下ろす赤いLAC。だがエーデルロイヤルコーンはそれ以上武器を振るおうとはしない。

 

「見てみろ、今の貴様を。矢弾尽き、傷だらけで、マギだって残り僅か。その様でどこまで戦える?」

「それでも、やれる。やらなくちゃあならない!」

「現実を見ろ! ヒュージの姫を消すことが、最も確実な道だ!」

「そんな大人の理屈ぅ!」

「理想に殺されるぞ!」

 

 痩せ我慢だった。機体の状態など指摘されるまでもなく、自分自身が一番よく分かっている。果たしてあと何回戦闘に耐えられるだろうか。

 だがそれでもチャーミーは歯を食い縛り、意地を張り続けた。彼女という存在は、そうしないではいられなかった。

 

「諦めるなんてできない。皆の笑顔を守らなきゃ……」

「一体何が、貴様をそうさせる!?」

「だって僕は、チャームの妖精だから」

 

 答えになっていない答え。しかしチャーミーにも、彼女の半身であるLACにも、それで十分だった。

 黄土色の機体が淡いマギの光を発し、見る見るうちに自らの全身を包み込んだ。乗り手の意志にリンクしているかのように、LACのマギが増大していった。

 

「死中に置かれて、活を生み出すか。何とも単純な奴だ」

 

 呆れた声のエーデルロイヤルコーン。だがもはや、チャーミーを止める気はなくなったらしい。

 

「マギが溢れてくる……。こんなこと初めてだ。これなら……」

「フン、あれだけ大口叩いたんだ。そうでなくては困る」

「やれる。あの子の笑顔も、皆のことも、僕が守るっ!」

「やって見せろよ、チャーミー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テレビの画面の前で、困惑した天葉が傍らの樟美へ問い掛ける。

 

「えぇ……。チャーミーリリィって、こんなアニメだった?」

「機動魔法戦士チャーミーキャバリア。コラボ企画のスピンオフ作品、だそうです」

「ゲテモノ過ぎる……」

 

 

 

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