街のお花屋さん   作:坂ノ下

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第27話 昔語り

「はい! というわけで、今晩のおかずを求めてスーパーにやってきましたー」

「どういうわけよ」

 

 両手をパンと叩いて元気よく宣言したのは月詩。ほぼほぼノータイムで突っ込んだのは弥宙であった。

 鎌倉市街中央区、とある大型スーパーの一角にて。夕飯の食材を買いに来た月詩と樟美に引っ張られる形で、弥宙と辰姫まで店内に足を踏み入れる羽目になっていた。

 またもや鎌倉に出張してきた技術者二人が巻き込まれたのは、ただの偶然ではない。彼女らが外食を予定していると知り、樟美と月詩が共謀してここまで連れてきたのである。

 

「辰姫ちゃん、体に良いもの食べないと」

「魚は体に良いわよ。頭にも良いし」

「魚以外も、ね」

「うぇ~」

 

 左腕に買い物カゴを提げている樟美が、同じくカゴを手に持つ隣の辰姫へ指摘する。

 今回の件、主導したのは樟美の方である。まともに自炊する気が見られない二人に対し、遂に強硬策へと及んだのだ。月詩は半ば面白がって同行しているのだろう。

 

「買い物はいいけどさ。何を作るのよ?」

「今日はシチューを作るよ。材料とレシピ、教えてあげるから。弥宙ちゃんたちも、家でちゃんと作ってね」

 

 続いて樟美は弥宙に釘を刺す。と言っても、材料さえ買ってしまえば何かしら作らざるを得ない。腐らせたら勿体ないし、邪魔になるからだ。

 

「人が一杯……酔ってきた」

 

 眼前に広がる食料品売り場の光景を見て、人混み嫌いの辰姫がげんなりとする。夕刻のタイムセール直前だけに、その混雑ぶりは推して知るべし。

 

「鳥のもも肉、じゃがいも、人参、玉葱、ブロッコリー。あと、勿論クリームシチューのルーも。辰姫ちゃんの所、サラダ油は置いてる? 無ければそれも買っていってね」

 

 旧友の悲痛なる訴えも、何のその。樟美は調達すべき物をすらすらと挙げていく。

 弥宙と辰姫が出張中に泊まるホテルはキッチン付きのホテルであった。大方、二人の上司である麻嶺の差し金だろう。これで「作る場所が無い」などという言い訳は使えない。

 そうして四人は樟美を先頭にして、過密地帯へと乗り込んでいく。そこは家庭を預かる者にとって、戦場にも等しき空間だ。現に今も、陳列棚の一角に大人数が殺到しつつある。

 

「くすみん、くすみーん! どこぉ!?」

「月詩ちゃん、こっち……」

 

 早速、前途多難であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の津波に揉まれ攫われ、ようやくの思いでレシピに記された品々を手に入れた。

 一行は売り場から離れると、店内隅っこにある休憩スペースの長椅子に腰を下ろす。今すぐ帰る必要は無いし、何よりも先程の買い物で疲労困憊の人間が居たからだ。

 途中、同じように食材の調達に来ていた壱と合流して五人になった彼女らは、買い物袋を脇に置いてお喋りに興じ始めた。

 

「こんな感じで、すぐ横の壁にドンって手をついて――」

「あかねえがそんなことするわけないでしょ」

「それで耳元で『月詩、私のモノになりなさい』って。キャーっ!」

「記憶を自己改変してる……」

 

 過去に思いを馳せ盛り上がる月詩と、それを訝しむ弥宙。

 ちなみに月詩の右肩には、精も根も尽き果てた様子の辰姫がグダっと寄り掛かっていた。人混みの真っ只中に放り込まれた結果である。

 

「それじゃあ、そう言う弥宙ちゃんと辰姫ちゃんはどうなのさ? どっちが告白して付き合い出したの?」

「……別にいいじゃない。そんな昔のこと」

「だってー! 結局、今まで教えてくれなかったじゃん。付き合う切っ掛けとか」

 

 月詩の言うことはもっともだと、やや距離を置いて聞いていた樟美も思う。百合ヶ丘時代、交際の事実を聞かされただけで、そこに至る経緯に関してはぼかされていたからだ。元々近しい友人同士だったこともあり、当時は深く詮索しなかった。弥宙と辰姫。何となくそういう関係に発展したとしても、疑問を抱くメンバーはアールヴヘイムに居なかった。

 だがそれはそれ、これはこれ。一度話題に上がると気になってしまう。

 

「それ、私も知りたいかも」

「壱っちゃんまでっ」

 

 弥宙にとって予想外だったのか。()()()の壱まで同調したのは。口元を歪ませた弥宙は今にも「ぐぬぬ」と唸り出しそうであった。

 一方、ついさっきまでグロッキーだった辰姫が急に月詩の肩から離れて背筋を伸ばす。顔色も幾分か良くなった気がする。

 

「皆そんなに知りたいの? いいわ、辰姫が教えてあげる」

「ちょっと辰姫!」

「減るものじゃないし、いいじゃない。弥宙の可愛いところを知ってもらうのよー」

「……あんたの勘違いが、はっきりするだけよ」

 

 結局は、弥宙も渋々ながら了承する。こんなやり取りを見せられたら、余計に子細が気になるというものだ。

 そんな相方の反応は対照的に、辰姫は喜び勇んで口を開く。

 

「あれはね……ほら、百合ヶ丘に滅茶苦茶強い特型ギガントが攻めてきたことがあったでしょ? あの時に壊れた皆のチャームを直してる時――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十人のリリィによるノインヴェルト戦術。その前代未聞な連携攻撃により、対マギ結界やノインヴェルト模倣といった規格外のヒュージを討つことができた。

 しかし代償として、マギスフィアのパス回しに参加したチャームのほとんどが大きな損傷を受けてしまう。百合ヶ丘女学院工廠科は総力を挙げて損傷機の修理に努めた。それこそ寝る間も惜しむ勢いで。

 

「んんんんんっ――――」

 

 工廠科、とある工房内にて。赤く眩い光が金属の作業台を照らす。チャームのフレームに当たる金属を溶接している最中だった。

 長い管で繋がれたレーザー射出機を右手に保持しながら、辰姫はくぐもった唸り声を上げた。それは誰にも聞かれることはない。単に工房に他人が居ないだけでなく、溶接面によって口元を含む顔全体を覆っていたからだ。

 

「はぁ……」

 

 射出機のレーザーを切り、顔から溶接面を取り外して、辰姫は大きく息を吐き出した。

 溶接の完了したそのチャーム――――アステリオンは依然として小さな傷が見られたものの、機能に支障を来さないまでには修理されていた。

 普段は自分のチャームばかり弄っている辰姫だが、流石に今回はそんなことを言える状況ではない。何せ数十機を超えるチャームが一度に使用不可となったのだ。学院存亡の危機である。

 とは言え、幾ら事情があっても疲れるものは疲れる。これで少なくとも丸二日はベッドと縁が無い。椅子の上で少々うたた寝したぐらいだろう。

 今は昼なのか、夜なのか。ここに籠っていると、そういった感覚さえ麻痺してくる。

 

「辰姫ー」

 

 機械式の扉が開閉し、辰姫と同じ工廠科制服を身に纏う小さな少女が現れた。彼女は返事も待たず無遠慮に中へ入ってくる。眠たげな釣り目には辰姫同様に()()ができていた。

 

「弥宙ー」

「ほら、購買行ってきたわよ」

 

 丸椅子に深く腰掛けボーっと呆ける辰姫へ、弥宙の手が白い物体を差し出してくる。よく見ると、それは透明なビニールに包まれていた。更によく見ると、それは三角形をしたパン切れであった。

 明瞭としない頭のまま、辰姫はそれを受け取って頬張る。辛うじて、ビニールの包みを取り外すことは忘れなかった。

 

「……エビサンドが良かった」

「我が儘言うんじゃない」

 

 辰姫がサンドイッチの中身に不平を漏らす。ハムとレタスとトマトと玉子しか入っていなかったから。

 とは言え、具に塗り込まれていたマヨネーズの塩気が刺激になったのか、少しずつ思考がはっきりし始めた。

 

「今、お昼?」

「そうよ」

「弥宙だけ? 百由様、終わったら手伝ってくれるんじゃなかったの?」

「百由様なら、ミリねじとインチねじが混ざって発狂してたわ」

「うわぁ……」

 

 そんな会話を交わす中、弥宙は別の丸椅子を引っ張ってきて辰姫のように座り込む。彼女の右手には紙パック。ストローを通っている黒い液体はコーヒーだろう。

 

「辰姫も喉が渇いた」

「あっ、しまった。もう一本買うの忘れちゃった」

「あーーーっ!」

「悪かったわよ」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

「分かった、分かったから!」

 

 魂の奥底から叫ぶ辰姫。弥宙は幾分か逡巡した後、紙パックを辰姫の口元に向けて突き出した。

 不意に伸びてきたストローを、辰姫はほとんど反射的にくわえ込む。そのままチュウチュウとコーヒーを吸い上げる様は、さながら乳飲み子のようだった。母親よりも図体のでかい乳飲み子だ。

 

(コーヒー、ブラックなのに甘い。弥宙ったら、飴でも舐めてたのかしら)

 

 自身の舌の感覚から、想像する。想像している内に、辰姫の頭は熱を帯びてきた。チャームの弄り過ぎでオーバーヒートしたんだと、脳内で素っ頓狂な自己分析をする。

 

「あんたね、どうしてサンドイッチで口の周り汚すのよ」

 

 コーヒーの後にサンドイッチの残りを頬張っていると、弥宙から口元を指差された。

 

「んー、どこだろ」

「そこ、マヨネーズ。ちょっと待ちなさい……ハンカチは、無い。あーっ、もうっ」

 

 拭く物が見当たらない。業を煮やした弥宙は椅子から身を乗り出し、辰姫の顔に接近する。細く小さいながら、()()が潰れて硬くなった弥宙の指が、頬っぺたと唇の中間辺りをサッと拭う。

 拭われた微量のマヨネーズは、辰姫の目の前で弥宙の口内へと消えていった。口の隙間から頭を出した赤い舌が、人差指の先端から舐め取ったのだ。それは時間にすると一瞬の光景だった。にもかかわらず、辰姫はその瞬間を見逃さなかった。

 普段の弥宙なら絶対に見せないであろう行儀の悪さ。彼女は彼女で、疲労が思考を妨げているに違いない。

 とっくに口元から離された弥宙の指先を、辰姫は暫く見つめ続けていた。

 

「もうちょっとなんだから。さっさと終わらせて、ゆっくり寝るわよ」

 

 先に食事を終えていた弥宙はそう言うと、もう一つの作業机に向かう。弥宙も当然自分の工房を持っているのだが、一人で黙々と作業していると睡魔に負けてしまうので、こうして一つの空間で取り組んでいた。

 

 前回の戦いで破損した分だけ直していれば良いわけではない。それ以外のチャームを維持するためのメンテナンスや予備機の調整等、やるべきことは他にもある。故に工廠科のアーセナル総出でも逼迫しているのだ。

 とは言え、いずれ終わりは訪れる。あれから数時間、気を紛らわせるための無駄話を挟みながら、二人は遂に割り当て分のチャームを直し切った。

 

「終わった」

 

 見事にハモる感慨の台詞。

 色々と湧き上がる感情もあるし、色々とやりたいことも思い浮かぶ。

 しかし真っ先に辰姫が選んだのは、机に突っ伏して意識を手放すことだった。不幸中の幸いか、工具類を隅に寄せるだけの分別は健在だった。

 

 このような非常時の場合、受けるべき講義については便宜が図られる。後に日を改めて講義を開いたり、あるいは成果を以って受講を免除したり。リリィやアーセナルにとって、当たり前の配慮である。

 そういうわけで、辰姫たちも遠慮なく休息が取れた。もっとも、遠慮しようと思っても、とてもできるような状態ではなかったが。

 

 目を覚ました時、辰姫がまず初めに感じたのは顔と頭に伝わる心地好さ。次いで、現状に対する疑問。硬い机の上で眠りに就いたはずなのに。

 

「全く、寝坊助ね」

 

 呆れたような、それでいて優しげな声が頭上から降ってきた。ここで辰姫はようやく状況を理解する。工房の端にある仮眠用のソファへ横になり、弥宙の膝を枕にしていることに気付いたのだ。

 寝惚けて自分の足で移動したのか、もしくは弥宙に引き摺られていったのか、それは定かではない。しかし今、贅沢極まりないベッドの上に居ることは確かであった。

 小柄で痩せ型の弥宙も、太腿は鍛えられており肉付きが良い。こんなことを本人に言うと烈火の如く怒るだろうが、柔らかで程よく弾力があり、離れることを躊躇わせてくる。

 それでも辰姫は誘惑を振り払い、一旦起き上がろうと決めた。

 

「ふぁ~あ……」

「これ以上、よだれ垂らさないでよ。拭くの大変だったんだから」

 

 いつも通りの軽口。だがいつもよりずっと穏やかに思えた。薄らと湛えた微笑は他のどのリリィよりも美しく見えた。

 辰姫はこんな弥宙を以前にも見たことがある。それは辰姫が強化リリィの副作用に苦しんでいた頃、ベッドの上で度々呻き声を上げていた頃。足繁く部屋に通っていた弥宙はベッド脇で辰姫の話し相手になってくれたり、手を握ってくれたりした。今の弥宙はちょうどその時の彼女みたいだ。

 

「ちょっと、まだ寝る気?」

 

 上体を起こした後もボーっとしていると、弥宙が辰姫の顔を覗き込んできた。左の頬に手を添えられて、ぱっちりと大きな釣り目が文字通り目と鼻の先まで近付いてくる。

 未だ覚醒し切っていない、ぼんやりとした思考のまま、辰姫の頭は急速に熱を高めていく。その結果、彼女は蜜を前にした蝶のように、薄い桃色の唇に吸い込まれた。

 

 チュ――――――

 

 直後、弥宙は目をパチパチと瞬かせ、口を半開きにした。辰姫もまた、自分自身の行為に目を丸くして驚いた。

 

「えっ、えっ? な、何で……!?」

「何でだろ……」

 

 弥宙の問いに、すぐには答えられない。

 

「でも柔らくて、温かくて、気持ち良かった」

 

 その心地よさの確認も兼ねて、辰姫は再び顔を近付けようとする。

 ところが、密着していた体を両手で精一杯押され、距離を離されてしまう。

 

「待って待って!」

 

 慌てふためく弥宙の顔を、辰姫はキョトンとして見つめる。まるでお預けを食らった犬のようだ。

 

「どうして?」

「どうしてって……」

「辰姫はまたしたいわ」

「っ! 私たち、別に付き合ってもないのに。その……するのは、良くないわよ」

 

 真っ直ぐ正面から相手を見据える辰姫と違い、弥宙は微妙に視線を逸らしていた。

 

「つまり、弥宙は辰姫と付き合いたいのね!」

「は!? 何でそうなるのよ! あんたが、そういうことしたいって言うから、付き合う付き合わないって話になるんじゃない」

「でも、弥宙もしたいでしょ?」

「……知らない」

「それなら、ちょっとだけして確かめてみましょう。嫌だったらすぐに止めていいから。ね?」

 

 端から見ると、無理筋な提案。辰姫本人は根拠なき自信を湛えているが、普通に考えれば難しいことは分かるだろう。

 しかしながら、弥宙の反応は辰姫にとって悪くないものだった。

 

「好きにすれば」

 

 素っ気なくそう言われた。素っ気ないが、了承には変わりない。

 辰姫はこの時、欲に駆られて理性をかなぐり捨てる真似はしなかった。彼女の頭に、かつてルームメイトから聞かされた言葉が過っていた。

 

『いいこと? 辰姫。女の子と付き合う時は、相手が本当に嫌がっているのか、そうでないのか、慎重に見極めないといけないわ。それから、貴方は体が大きい方だし力も強いんだから、小柄な子と触れ合うならデリケートにね。ちょうどチャームのコアを扱うみたいにするといいわ』

 

 当時は意味がよく分からなかったため、話半分に流した。だが今なら少しは理解できる。ほとんど直感的なものではあるが。

 ともかく、辰姫は助言に従い慎重に行く。ソファに座り込んだまま、弥宙の体を抱き上げ自身の膝の上に跨らせる。すると身長差のある二人の顔が、ちょうどよく見つめ合う位置に来た。

 その体勢のまま、辰姫は顔を前に突き出す。お互いの唇の先端が軽く触れる。ふにっとした感触を覚えた直後、また顔を下げて距離を取る。

 本当に先っぽの先っぽだけが接しただけ。これでは辰姫も満足できなかった。最初の内は。

 ところが何度か繰り返している内に、これはこれでいいものだと気付く。こそばゆく焦れったい感覚が口元から広がって、辰姫の熱情を煽ってくるのだ。火元に()()()で空気を送り込むかの如く。

 先程からジッと固まって黙している弥宙も、辰姫と同じ気持ちなのだろうか。

 

「弥宙、どう? 気持ち良い?」

「……よく分からない」

「えー、仕方ないわねえ」

 

 相変わらずの仏頂面。にもかかわらず、辰姫は自信を確信へと変えていた。

 

(この反応、弥宙は辰姫のことが好きなのね。素直じゃないんだから)

 

 口角が自然と持ち上がり、内心の感情が笑みとなって滲み出る。

 もう少しだけ()()を強くしようと、辰姫は弥宙の顔を両手で挟み込むよう包む。

 

「目ぐらい、閉じなさいよ」

 

 弥宙はムスッとした様子で注文こそ付けてくるものの、抵抗はしてこない。なので要求通りに目を閉じて、辰姫が再び顔を寄せる。

 またも軽く触れるだけのキス。しかし今度はすぐに離れない。唇同士を密着させたまま、動きを止める。

 

 積極姿勢の辰姫だが、実の所、経験も何も無い()()()()()()であった。彼女のルームメイトは知識こそ授けてくれたものの、決して実践で教えたりはしなかったのだ。故に辰姫が攻める匙加減は、ほとんど直感によって決められていた。

 

 10秒、20秒、30秒と過ぎていく。

 やがて弥宙の方から勢いよく唇を引き剥がした。直後に荒げた息が小刻みに吐き出される。

 

「はっ、はっ、はぁっ」

「鼻で息すればいいのに。鼻息が掛かっちゃうの、恥ずかしいのね。弥宙って照れ屋なんだから」

「うっさい!」

「それで、どうかしら。気持ち良かったでしょ」

 

 そう尋ねると、やはりと言うか、弥宙は辰姫から視線をずらす。

 

「別に……」

「じゃあドキドキしたでしょ。絶対してるはずだわ」

 

 不意打ち気味に、辰姫の右手が弥宙の胸元に伸びた。工廠科制服の上から弥宙のお淑やかな膨らみを、円を描くように撫でて探っていく。鼓動の位置は程なくして判明した。激しい振動が指まで伝わってきたからだ。

 自身の主張を証明した辰姫。だが彼女は胸元から手を離そうとしない。

 

「んっ……ふぅっ……」

 

 辰姫の長くしなやかな指に胸を攻められる度、きつく締められたはずの弥宙の口からくぐもった声が漏れた。両目も同じくギュっと閉じている。両手は辰姫の制服へしがみつくように強く掴んでいる。

 必死に我慢する姿をもっと見ていたい。辰姫はそう思った。

 

「あっ、直したチャーム、持って行かなきゃ」

「あんたが寝てる間に、持ってったわよ」

「そっか。それなら、まだまだゆっくりできるわね」

「胸はっ、駄目だってばぁ」

「じゃあまたキスしましょ!」

 

 何度目かの口づけ。しかし先程の言葉とは裏腹に、口づけの最中にも辰姫は弥宙の胸を撫で続ける。それどころか、スカートから伸びる太腿へ、もう片方の手を伸ばす始末。

 

「こんな小さな胸触って、何が楽しいのよ」

「大丈夫、そのうち大きくなるわ」

「なるか!」

 

 時折口論を交えながら、二人だけの時間が過ぎていく。

 工房に来客が訪れるまで、今しばらく時間があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、続きは!? 辰姫ちゃん、続きは!?」

 

 盛り上がった月詩が傍らの辰姫を揺さぶって昔話の続きを強請る。

 しかし当の本人は語り終えて満足したらしく、得意げに胸を張るばかりであった。

 

「えっ、結局どっちが先に告白したことになるのよ?」

 

 壱が疑問を呈する。

 

「弥宙よ!」

「辰姫でしょうが!」

 

 互いに「相手が先だ」と譲らない。今の話を聞いただけだと微妙なところである。

 だが樟美には、一つだけ断言できることがあった。

 

「どっちでも良いんじゃない? すっごく仲良いのは分かったし」

「それもそうね」

 

 壱も同意する。これにて過去の詮索は終了となるのだった。

 

「でも、普段弥宙がリードしているように見えるのは、人前だからなのね」

「うん。辰姫ちゃん、人見知りだから。でも二人きりだと、凄い」

 

 尚も言い合っている二人を横目に、壱と樟美は感心しながらその関係性を分析する。何だかんだ言って、彼女らも親友の()()()()()()には興味があるのだ。

 

「弥宙ってば、昔から涼しい顔して本当は辰姫のこと大好きなの、知ってるんだから」

「とんだ勘違いよ。『あばたもえくぼ』ってやつ」

「素直じゃないなあ」

「あんたのは素直と言うより、単純なの。あと思い込みが激しい」

 

 付き合う前でも、付き合ってからでも、弥宙と辰姫の噛み合っているのか噛み合ってないのか分からない掛け合いは健在である。

 この状態の二人に進んで話し掛けようとする者はそうそう居ない。今は例外的に一人だけ声を上げているようだが。

 

「ねえねえ、続きー! つ~づ~き~ぃ!」

 

 

 

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