街のお花屋さん   作:坂ノ下

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第29話 新人記者 二川二水 ①

 二川二水は新聞記者である。

 百合ヶ丘女学院卒業後、短大を出て、某新聞社に入社した。

 しかし本来、彼女が志望していたのはリリィ専門雑誌の出版社。試しに受けてみた大手新聞社から内定が出たところ、家族による熱心な説得を経て、最終的に入社を決めたのだ。

 大手の新聞社ならリリィ関連の取材も多いだろう。専門誌に拘る必要も無いのではないか。それに運が良ければ海外のリリィと関わるチャンスもあるかもしれない。

 そんな風に気楽に考えつつ、二水は東京での勤務をこなしていた。時折リリィを扱った記事を書かせてくれたので、実際悪いものではなかった。

 故に新たな辞令は彼女にとって、全く寝耳に水のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京都心部、某大手新聞本社ビル。

 

「へぇ!? わ、私が欧州出張ですかぁ~!?」

 

 国際部の広いオフィスに、何とも間の抜けた調子の声が響く。声の主は、子供みたいな低身長と幼さの残る顔立ちをした女性記者だ。大きな瞳でパチパチと瞬きしている点から分かる通り、彼女、二川二水は本当に驚いていた。

 

「ワハハ! 大抜擢だぞ、二川君!」

 

 背が低く――――流石に二水よりは高いが――――小太りの、眼鏡を掛けた中年の人物が二水の両肩をバンバンと叩く。ピンクのスーツにピンクのスラックスという出で立ちだが、歴とした国際部部長である。ベリーショートとも言うべき短髪にこのような言葉遣いだが、歴とした女性である。

 

「ですが部長! 私みたいな新人が、いきなり海外で取材だなんて……」

「そうかい? 君のフィジカル、メンタル、知識に対する貪欲さ、そして何よりも好奇心。私は買っているんだがね」

 

 賛辞を浴びても、納得のいかない二水。その様子を見ていた部長が話を続ける。

 

「今回の件、リリィオタクとして、元リリィとしての観点から取材に臨んで欲しいんだよ」

「一体、何の取材なんです?」

 

 ここでようやく二水は肝心の案件について尋ねた。

 

「シルテ沖海戦。二川君も知っているだろう」

「はい……。痛ましい事件でした。北アフリカから欧州へ向かう避難民の船団が、ベンガジ湾ネストを出撃したラージ級ヒュージに襲われて、五千人を超える死者が出てしまったという」

「先週の話だから、当然現地支局が第一報を報じている。だがその後、北アフリカで活動中の我が社の特派員が負傷してしまった。二川君には欧州域内で取材を続行してもらいたい」

 

 成る程、ヒュージ絡みならば元リリィの二水は適任だ。それに加えて、人手不足という事情もあるのかもしれない。色々と話題に事欠かない欧州向けに、記者は幾ら居ても足りないというものだろう。

 

「それで、どなたと向かうんでしょうか」

「いや、出張するのは君だけだ」

「はい? 私、だけぇ!?」

「欧州各支局にサポートさせる手筈だ。心配要らない」

「えええええぇ……」

「来週までに準備を済ませて、それから日本を発ってくれ。では頼んだぞ、二川君!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌週、予定通り二水は単身欧州へ飛んだ。まず空の便で半日ほどかけてイタリア、ローマ支局に渡る。そこで現地スタッフからレクチャーを受け、それから海路でシチリア島に移動する手筈である。

 

 日本での準備期間の間、そしてローマ支局において、二水は改めて今回の事件についておさらいした。

 北アフリカ、リビアのシルテ湾沖にて生起したシルテ沖海戦。劣悪な環境下にあるアフリカ地域の避難民を欧州に受け入れるという人道上の作戦の結果、ヒュージに補足されて大損害を被った戦いである。4隻の貨客船に詰め込まれていた避難民の大半は地中海に散ってしまった。言うまでもなく、作戦は取り繕う余地の無い大失敗である。

 欧州連合内で今回の作戦を主導したのはドイツだが、実際に船団の護衛に当たったのはイタリア・スペイン両海軍だった。今、二水が目指しているシチリアで、そのイタリア海軍を取材する予定である。アポはローマ支局が既に取っていた。

 

 客船による船旅は快適なものだった。ここシチリア以北は人類の勢力範囲に帰しており、到着時刻が30分ばかり遅れた点を除くと、トラブルも何も無かった。

 

(12月なのに、暖かい。流石は地中海性気候)

 

 イタリア半島のすぐ南、シチリア島に降り立った二水の最初の感想がそれだった。日本と同様、南北に長いイタリアは寒暖差が顕著であり、南部では冬でも10℃を越える日が珍しくない。二水はローマでは手放せなかったセーターを、この場所では仕舞っていた。

 そんなシチリアで初めに訪れたのは海軍の基地ではなかった。取材の前にやるべきことがある。そのために二水はシチリア島最南端の地に足を運んだ。

 途中、軍の要塞を横目に見る。南の海を睨むその威容は、遠方の二水に対しても小さくない存在感を示していた。

 

「遠隔操作式の無人砲塔と無人銃架を土嚢や掩体壕で囲った警戒陣地。多角形の防壁に守られた主力陣地。典型的な対ヒュージ要塞だ」

 

 分析が自然と口をついて出た。

 要塞は海岸沿いにハリネズミの如く設けられた機関銃や砲台と、やや内陸に位置し、壁に囲まれた司令部・兵舎・物資倉庫等から成る本丸で構成されていた。戦略的要地でしばしば見られる大規模複合型の要塞である。

 この要塞の存在は、シチリア以南が依然として混沌とした状況にある事実を物語っていた。

 とは言え、ここは今回の取材対象からは外れている。撮影なども許可なしにはできない。二水は立ち止まることなく目的地へ進む。

 

 やがて、いよいよ島の際までやって来た。青く澄んだ地中海を臨む、シチリアの南端。切り立った岸壁の手前に、小さな石碑が一つ佇んでいる。件の海戦を悼む慰霊碑だ。

 慰霊碑とその周りに供えられた献花を除くと、何も無い場所だった。ヒュージさえやって来なければ、砲声も轟かない静かな空間だった。

 慰霊碑の前、冬の地中海に吹く湿った風を浴びながら、二水は目を閉じて祈りを捧げる。黙祷など、リリィ時代に何度も経験してきた。しかしどれだけ繰り返しても、中々慣れたりしないもの。

 

「………………ふぅ」

 

 これより、本当に二水の取材がスタートする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イタリア王立海軍シラクサ基地。シチリア島の東に位置する最前線の軍港だ。しかしその割には、港湾に駐留する艦隊の陣容が寂しい。戦闘艦艇の呼べるものは2隻のフリゲートと4隻の哨戒艦ぐらいだろう。残りは軒並み支援艦艇ばかりである。

 二水が招かれた応接室は、コンクリート造りの頑健な建物の中にあった。昔は趣あるレンガ建築だったが、戦闘で呆気なく失われたとか。

 

「ようこそ、日本の記者さん。本土からのクルージングは快適だったでしょう?」

「はい。取材をお受け頂きありがとうございます。既に弊社の特派員にお話されてるとは思いますが、改めてよろしくお願いします」

 

 広報を担当する女性士官が、湿気た空気を吹き飛ばさんばかりの笑顔で出迎えてくれた。英語ならば二水でも不安なくやり取りできる。

 

「シルテ沖海戦、でしたね」

「そうです。海戦の要因と経緯について、お聞かせください」

 

 実際に取材内容へ話が移ると、女性士官も流石に表情を引き締めた。

 二水は二水で、身を硬くして相手の言葉に備える。ペンや手帳を握る両手にも力が入ってくる。

 

「言い訳がましいようですが、初めから困難な作戦でした。避難民で溢れ返った貨客船を守りつつ、地中海の中央部を北上するというのは。ベンガジからラージ級ヒュージが先回りしていたのは不運としか言いようがありません。ですが、あの戦闘結果は必然なのです」

 

 それを聞いた二水は内心驚いていた。作戦自体を批判する物言いだったから。

 無論、女性士官個人の考えではないはずだし、海軍独自の主張でもないだろう。これはイタリア政府としての見解なのだ。即ち、避難計画を主導したドイツに対するイタリアの態度を表している。

 二水も事前の調査でイタリア側の主張は把握していた。が、実際に面と向かって話を聞くと、改めて驚いてしまう。

 

「記者さんは、ヒュージ勢力圏内における海上輸送戦の定石はご存じですね?」

「はい、勿論です。高速輸送船を用いた独航か、あるいは少数船団での輸送が理想でしょう。狭い船上では戦闘能力が制限されるので、リリィは港湾部での守備に就きます。船舶というものは、入港と出港の瞬間が最も無防備と言いますし」

 

 基本的に、リリィが船団に直接乗り込んで護衛するケースは無かった。そもそも運航の度にリリィを乗せられるほど余裕は無い。そうするぐらいならば陸上拠点の防衛に回すだろう。

 もっとも、二水と彼女の仲間たちは現役時代、佐世保沖にて艦上での戦闘経験があった。しかしそれは、特定の敵を撃滅するという明確な目標があっての話。目標を倒せばあとは撤退すれば良い。海上護衛とは任務の性質が大きく違うのだ。

 

「記者さんの仰る通り。海上護衛においては、機動力の高いスモール級やミドル級は艦船の防御火器で撃退し、通常兵器の効かないギガント級は優速を以って振り切る。護衛側にとって最も脅威なのは、通常兵器が通じない上、ギガント級より数が多くて足も速いラージ級ヒュージなのです」

「確か、ベンガジ湾周辺に複数のラージ級が遊弋しているのは前々から知られていましたよね? そんな状況下で、作戦を実行したのですか……」

「欧州連合内でも、我が軍でも、当初は賛否両論でした。けれども、人道を守るための作戦と言われて最後まで反対できる者は、そうは居ません」

 

 その結果、人道の代わりに多数の人命が失われてしまった。あまりに大きな代償だ。

 

「それで、実際に敵と接触した際には、どのように対応したのでしょうか?」

「ラージ級を振り切れないと知った艦隊司令部は、輸送船団をバラバラに退避させました。これはこれで危険な行為ですが、船団を組んだまま戦闘に巻き込まれるよりは生存性が上がるとの判断によるものです」

「鈍足で脆弱な貨客船が密集していては、ヒュージのレーザー射撃で一網打尽にされかねませんからねえ」

「ただ、結果的に輸送船団は全て追い縋るラージ級によって沈められました。敵は初めから的の大きい貨客船を狙っていたと、我々は分析しています」

 

 無理もないことだと、二水は思う。ラージ級以上のヒュージはマギによる防御結界で通常兵器を無効化してしまうのだ。大質量をぶつければ気を逸らす程度は可能だが、足の遅い貨客船を逃がすのは至難の業であろう。そうでなくとも、護衛部隊はイタリアとスペインから各2隻、合計4隻のフリゲートしかいなかったのだから。

 

 それから幾つか細かな質問をして、ここでの二水の取材は終了した。

 最後の最後、女性士官は一瞬だけ目を伏せてから口を開く。

 

「一つ、断言しますが……。我らシラクサ艦隊も、友邦バルセロナの艦隊も、無力な民間人を見捨てるような真似はしていません。絶対に」

 

 その静かなはずの声が、二水の耳にやけに響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二水が海軍の基地を去ってシラクサの街に着いた時、ちょうど良い具合にお昼時になっていた。

 

(う~~~ん、お昼は何にしよう? 王道のパスタか海の幸か、ピザという手もありますねえ!)

 

 頭の中でイタリア料理の数々を想像し、胸躍らせる。

 取材中は気を引き締めていたが、それはそれ、これはこれ。オンオフの切り替えは社会人の重要スキルである。

 そんなことを考えつつ、シラクサの街を歩く。狭過ぎず広過ぎない石畳の道。その両脇には、石造りやレンガ造りの建物が並ぶ。2階建てや3階建てばかりで高層ビルなどは無いが、だからこそ風情と情緒を感じられる光景だった。

 街を行き交う人々の中に、セーラー服によく似た白の制服を見つける。地元ガーデンのリリィだ。哨戒中か、はたまた制服姿で遊びに繰り出しただけなのか。チャームケースを背負ってはいるが、前線の街なので常に持ち歩いている可能性もある。

 

「取材、したい……でもお昼……」

 

 社会人としてオンオフを切り替えできるが、リリィオタクとしては話が別だった。二水は前方から歩いて来る金髪碧眼のリリィに話し掛けたい欲求に駆られてしまう。道路の端に立ち止まってキョロキョロソワソワする様は、二水の子供っぽい容姿がなければ不審者同然であった。

 すると、どういうわけか相手の方から二水に声を掛けてきた。イタリア語は即席で不完全ながら勉強してきたので、会話はどうにか成立した。どうやら二水をランチに誘いたいらしい。

 

(これは、同年代だと思われてる。まあ仕方ないか。日本人はただでさえ童顔だし。私だし……)

 

 今の二水はダウンジャケットの下に白のブラウス、ボトムスは黒のロングスカートという、割とフォーマルで落ち着いた格好だった。にもかかわらず子供だと思われて、少しだけ残念な気持ちになる。落ち込みはしなかったが。

 それはそれとして、ランチのお誘いは受けることにした。仕事は抜きにしても、何かしら面白い話が聞けると考えたからだ。

 

 二水と金髪のリリィは大通りから分かれた細い道へと移る。レンガの建物が狭くひしめき合った路地裏のような道。その先にある小洒落たレストランへ、二水はエスコートされるようにして入っていく。

 二水のイタリア語はたどたどしい。だがそれでも金髪のリリィとの会話は盛り上がった。

 

 本日、彼女は非番である。ガーデンの制服の方がモテるから制服で出歩いていたそうだ。

 最近、海の方は大騒ぎだが、陸にはスモール級のヒュージが飛んで来るぐらいで大事にはなっていないらしい。

 今のチャームの流行りはどうだ。どこそこのガーデンの制服は可愛い――――

 

 そんなこんなで食事を終えて、店を出たところで解散という雰囲気になった。

 いや、そう思ったのは二水だけらしい。店の外の閑静な小道で、金髪のリリィが二水を引き留める。これから街で遊ばないかという提案をしてくる。

 次の取材地に向かうため、二水もこれは流石に断った。直後、スッと距離を詰められたかと思ったら、腰に腕を回され引き寄せられた。

 

(おおっ、流石はラテン系の国。情熱的ですねえ)

 

 などと能天気な調子の二水。

 すると今度はもう片方の手で、顎をそっと持ち上げられる。

 

(んんっ? 何だか近くないですかね?)

 

 自分よりも三つほど年下の、しかし頭一つ分は背の高い少女に抱き寄せられて。細められた青い瞳と桃色の唇が近付いてくる。

 ところが、一旦は縮まった両者の間合いが再び広がった。不意に二水の体が後方に引き寄せられたのだ。

 突然のことに目を丸くする二水。彼女の胸元は後ろから長くしなやかな腕に抱かれ、背中には弾力感と軽い圧迫感。主張し過ぎない仄かな香水に、鼻の中をくすぐられる。

 

「失礼。これからわたくしたち、大事な予定がありますの。ごめん遊ばせ」

 

 自らを抱き留める者の声を聞き、二水は首を回して振り返る。するとウェーブがかったレッドブラウンのロングヘアが視界に飛び込んできた。

 

(かえで)さん!」

 

 嬉しそうに口角の持ち上がった二水の口が、旧友の名を呼んだ。

 

 

 

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