街のお花屋さん   作:坂ノ下

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第3話 盟友

「それでね、各ガーデン……特に鎌倉のガーデンから教導官が出張する話が増えてるわけ。ま、ここは強豪校が多いから当然と言えば当然なんだけど。だから戦闘自体は少なくなっても、教導官の数は変わってないのよ」

 

 先程からハキハキとした調子で天葉と樟美を相手に喋っているのは、艶のある桔梗色のロングヘアを長く伸ばした女性であった。年齢も体格も天葉と同程度だろうか。彼女よりはやや線が細かった。

 天野家のリビングだ。三人がテーブルを囲っている場所は。昼下がりにこうしてのんびりしていられるのは本日がアマノの定休日であるがゆえ。それでも朝の内にお店の清掃は済ませておいたのだが。

 

「本州の脅威が減って、ガーデン縮小の話が出たでしょ? 結局、縮小じゃなくて将来的な統合ってことになったけど」

「日本はよくても、よその国は普通にまずい状況だよね」

「そうそう、ソラも新聞とかちゃんと読んでるじゃない。実際日本も海上から攻めてくるアルトラ級だのギガント級だのに備えないといけないし」

「それで、統合?」

「昔みたいにあちこちガーデンを持つ必要は無い。でもリリィの数と質は維持したい。そのための統合。鎌倉の場合は百合ヶ丘(うち)を入れた5大ガーデンとアルケミラに絞るみたいよ」

 

 かつては対ヒュージ戦の最前線の一国だった日本だが、本州においてはヒュージネストを撃破し続け順調に国土回復を達成していた。

 しかし、ケイブというワープ手段を擁するヒュージにとって、戦線という概念は人間ほど意味を成さない。事実、日本での敗勢を挽回するかのように、他のアジア地域ではヒュージの活動が活発化しつつあった。

 そして日本もまた、完全に後方となったわけではない。北方の大陸方面や南方の小笠原方面などから、依然として大型ヒュージの侵攻が確認されているからだ。実際に矢面に立つ者たちからすれば、ガーデン縮小など堪ったものではないだろう。

 

「それにしても、どこからそんな情報持ってくるんだか。依奈って昔からやたら顔が広かったよね」

「あんたが無頓着なだけじゃない? 確かに、私も突っ込んだとこまで聞くようにしてるけどね」

 

 そこで話を区切り、客人――依奈はテーブルの上にあるお茶請けに手を伸ばした。固い煎餅を噛み砕く小気味よい音がリビングの中に響く。

 

「依奈様、本当に教導官にならないんですね。意外でした」

 

 天葉の隣、依奈の斜め前の席に座る樟美がそう言うと、依奈は肩を軽くすくめる仕草をする。

 

「あー、そうね……。教えたいことは大体現役の頃に教え切ったつもりだし。あとは後輩たちに任せるわ。ていうか、色々私に期待し過ぎなのよ!」

 

 しまいには荒げてくる依奈の声。別に樟美に対して怒っているわけではないのだが。

 

「燃え尽き症候群って奴かー。依奈もまだ20代なのに」

「違うわよ! もうこれからは、私は私のために生きるの」

「私のためって、専業主婦が?」

「そう。壱に一生養ってもらうんだから」

 

 依奈もまた天葉たちと同様に既婚者である。ただし彼女の場合、百合ヶ丘卒業後に四年制の大学に進学していた。学生結婚というわけだ。

 

 百合ヶ丘女学院はお嬢様学校。家が元々裕福な者は多い。だがそれを抜きにしても、ガーデンを無事に卒業できたリリィには()()があった。リリィには出撃報酬に加えてヒュージ撃破報酬なるものが与えられるからだ。

 この撃破報酬、倒したヒュージが強大であればあるほど額も増えていく。世界トップクラスのレギオン、アールヴヘイムのメンバーならば累計の報酬額はかなりのものになるだろう。天葉と樟美が小さいながらもマイホームとお店を持てたのには、そのような理由があった。

 なお撃破報酬については国から支払われている。日本においてガーデン自体は私立校がほとんどだが、国防に関わるのでノータッチとはいかないのだ。なので時には「この御時世に破格の待遇」と槍玉に上げられることもあった。

 

「いやー、ごめんなさいねえ。ソラと樟美が汗水垂らして働いてるのに、悠々自適で」

 

 依奈は全く悪びれた様子も見せずにそう言うと、煎餅に続いて湯呑に入ったお茶を啜る。

 だが本当は言葉通りに悠々とはしていない。天葉たちもそれは知っている。

 ガーデンから講演に招かれたり工廠科に意見を求められたり、現役リリィの勉強会にオブザーバーとして参加したり。アールヴヘイムの司令塔だった依奈の名声は高い。それは母校の百合ヶ丘に限った話ではなかった。

 

「専業主婦も、悠々自適じゃないですよね。教導官目指してる壱っちゃんを支えているから、尚更です」

「そうだよ、樟美の言う通り。うちは樟美にご飯を任せっきりだけど、それだけでもかなり大変だと思う。だから、こうして毎日感謝してるんだよ」

「んっ、天葉姉様ぁ」

「はいはい、私をダシにイチャつくな」

 

 腰掛けていた椅子から離れて隣の樟美に頬ずりする天葉。そこに呆れ顔の依奈が突っ込みを入れるまでが、かつてのアールヴヘイムの光景。リリィだった頃の彼女たちの姿であった。

 道は違えども、通じるものは確かにあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃーん、百合ヶ丘標準制服ー」

「えぇー? 講義が半ドンで終わって、その後わざわざうちに来たのって、もしかしてそれ見せるため?」

「勿論自作よ、自作。どう?」

「う~ん……。似合ってると言えば似合ってるけど。でも気持ち的に、20過ぎて百合ヶ丘の制服はちょっときつくないかな」

「そうかしら? 壱は喜んでくれたけどね」

「あっ、ふーん……」

「壱っちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本来の鎌倉市街は海上からのヒュージ襲来に備え、内陸部への疎開が実施されていた。由比ヶ浜ネストが撃破されて危険度が下がった今でも、そこは空き家が並ぶだけの土地。一度捨てた地を復興させるより、疎開した新天地を拡充させた方が便利なこともあるというわけだ。

 したがって現在、鎌倉の街と呼ばれているのは北鎌倉から大船駅周辺にある市街地のことを指す。百合ヶ丘の最寄り駅と線路で繋がっているこの街では、リリィの姿を見かけることもそう珍しくはない。当然アールヴヘイムのメンバーもよくお世話になっている。

 

 そんな鎌倉市街の住宅区に幾つものマンションが立ち並ぶ。中には養生ネットに覆われた建設途中のものもあった。

 依奈と彼女のパートナーである壱が住んでいるのも、その内の一つ。比較的小振り。しかし防犯機能は充実したマンションだった。

 

 マンションの一室、2LDKの間取りの中のキッチンにて、水の張られた鍋が調理されようとしていた。水の中には四角に切られた昆布。隣の調理台の上には小皿に乗せられたカツオ節とパックの味噌が出番を待っている。

 腰にエプロンを巻いて鍋の前に立つ依奈がコンロのつまみに手を掛けて……やっぱり離した。

 

「お味噌汁は温め直すと風味が落ちてしまうので、できるだけ直前に作ってください。それか、味噌だけ後入れすれば出来立て同然のものが作れます」

 

 昔に教わった樟美の言葉を思い出し、味噌を冷蔵庫にしまってから今度こそコンロのつまみを捻った。

 電気によって生み出された弱火相当の熱が鍋を温め始める中、依奈はくすりと笑みを溢す。先程のやり取りが交わされた当時のことまで思い出してきたからだ。

 

 実の所、当初から微妙だった依奈と壱の仲が急速に縮まった後も、依奈と樟美の関係は少しの間距離があった。後から知ったのだが、どうも樟美は依奈が天葉を狙っているのではないかと警戒していたらしい。

 そんな二人のわだかまりが解消された切っ掛け。それはある日、依奈が樟美を呼び出した時のこと。

 

「和食の作り方を教えてちょうだい」

 

 寮のキッチンでそんなお願いをした。

 最初こそ目を丸くしていた樟美だが、すぐに了承してくれた。聡い彼女のことだからこちらの考えも察したのだろう、と依奈は思った。

 今思えば「和食」などと、あまりに大雑把ではないか。しかし樟美は樟美なりに丁寧に、順を追って教えてくれた。その中でも特に力を入れたのが味噌汁である。何でも「味噌汁はご飯に次ぐ和食の顔」らしい。

 

 鍋に視線を落としながら、依奈が物思いに耽る。

 キッチンの小窓から見える空は既に真っ黒だった。

 不意に、ガチャという金属音が鳴る。音のした方へと歩いていくと、玄関には依奈の待ち人が立っていた。

 

「ただいま帰りました」

「おかえり」

 

 礼儀正しい帰宅の挨拶に、依奈が軽い調子で返事をする。

 黒のビジネススーツとタイトスカートをきっちりと着こなした、ストレートロングヘアの麗人が靴を脱いで玄関から上がってくる。依奈の一つ年下の伴侶、田中壱(たなかいち)の帰宅であった。

 壱は大学に通う傍ら、教導官資格の取得を目指している。本日も講義終了後、ガーデンでの実務研修を受けていた。

 

「もしかして、今日動き回ったりしたの?」

「臭いますか?」

「いや、臭わないけど。何となく」

「今日は工廠科とガンシップも見てきたので、そのせいでしょう」

「ああ、それで汗かいたのね」

 

 ガーデンに所属する教導官の役割は、ガーデンによってまちまちである。百合ヶ丘のような強豪校の場合、リリィから上がってきたレギオン編成や訓練メニューを認可するのが主だ。しかし強豪でないガーデン、あるいは生徒の自主性が比較的低いガーデンならば、教導官が指導する場面が増えてくる。

 とは言えどこのガーデンの教導官でも、一通り仕事がこなせなければ、いざという時に困るだろう。当然教導官資格の取得試験は、教導官の任務を広範なものとして想定している。

 そういうわけで、壱の努力と苦労が並でないのは容易に想像できた。

 

「先に食べてもらってて良かったのに」

「嫌よ。今日、ソラの所に行ってきたんだから。あの二人を見てきた後に一人でご飯なんて、虚しくなるじゃない」

「何ですか、それ」

 

 思わず吹き出して笑う壱。

 会話の間にも二人は玄関からリビングへと移動していた。

 壱がスーツのジャケットを脱いでポールハンガーに掛ける。ジャケットの下のカッターシャツも、着る者の性格と同様にピシっとしていた。

 壱自身と壱の仕草を、依奈は彼女の傍でまじまじと見る。レギオンを共にした時から既に壱の方が背が高かったが、百合ヶ丘の卒業時には更に差がついていた。

 

 依奈は更に見つめ続ける。壱の横顔を。今日もガーデンで後輩リリィたちから熱視線を集めてきたであろう、意志の強そうな凛々しい瞳を。そうして依奈はあることに気付く。

 

(元気が無い……?)

 

 特に根拠は無いが、いつもと様子が違って見えた。勿論、身体的な疲労とは別の意味で。

 二年間は共に暮らしているのだ。諸事情により樟美の成人を待って籍を入れた天葉たちとは異なり、依奈は壱の百合ヶ丘卒業後すぐに一緒になったのだから。なので多少は通じ合えてるつもりであった。

 

 依奈はこう見えて、それなりの家格を持ったお嬢様だ。しかし壱の家はそれ以上。代々に渡り政府閣僚や高級官僚を多数輩出している名門だった。

 そんな家の一人娘なのだから、壱が負っているプレッシャーや気苦労は相当なものだろう。

 ただ幸いなことに、二人の結婚については反対されるどころか諸手を挙げて賛成された。これには少しばかり特殊な事情がある。名家の人間が率先して同性結婚を実践すれば、この国が法改正によって意識を新たにしたことを国内外にアピールできると考えたのだ。ある意味、ノブレス・オブリージュの体現と言えるだろう。

 直接口には出さないが、壱はそんな理由で賛成された――無論それだけではないのだが――事実に不満を抱いていた。

 依奈としては、理由はどうあれ祝福してくれるなら、それに越したことはないと思っている。少なくとも祝福されないよりは、ずっと良い。

 

 ともあれ、壱には様々な重圧が掛かっている。

 だがガーデンを訪れていた彼女がへこむ原因として思い浮かぶのは――――

 

「後輩が、誰か亡くなった?」

 

 声の抑揚を落として依奈が尋ねる。

 その頻度が大きく落ちたとはいえ、相模湾から襲来するヒュージの迎撃は未だ百合ヶ丘にとって重要な任務の一つだ。幾ら万全の体勢を整えても、絶対に犠牲者が出ないとは限らない。教導官の実務研修を受けていたなら、そのような情報に接していてもおかしくはないだろう。

 だが依奈の予想は、喜ばしいことに外れていたらしい。

 

「違います」

「じゃあ何で辛気臭い顔してるのよ」

 

 壱はその問いに沈黙したが、少ししてから口を開く。

 

「……疲れた」

「はい?」

「講義も研修も、疲れた……」

 

 呟くような壱の言葉に、依奈は吹き出しそうなるのを堪えた。

 しかしながら、顔がにやけてしまうのは堪え切れない。普段弱音を吐かない堅物の、愛しいパートナーの情けなく弱った姿を見れたから。口元と目尻が自然と緩んでしまうのだ。

 

「しょうがないわね。全く、世話の焼ける」

 

 口先だけは呆れながらも、依奈は壱の腕を掴んでリビングから和室へと場所を移す。

 まずは依奈が畳の上に膝を崩して横座り。然る後に自身の太腿をポンポンと叩いて壱を誘う。

 初め、壱は躊躇して立ち尽くしていた。

 

「ほら」

 

 だが依奈に促されて素直に身を横たえた。

 二つ隣り合った依奈の太腿の上、壱の頬が体温を伝えてくる。壱が身じろぎすると、彼女の髪が太腿を撫でてきて擽ったい。

 お返しに髪を梳きながら頭を撫でてやると、壱はされるがままにその手を受け入れた。

 依奈から壱の表情は窺えない。しかし些細な問題だった。この穏やかな時間の前では。

 

 ところが、あろうことか依奈自身によって、場の雰囲気が一変してしまう。

 

「あっ、やっば。お味噌汁放ってた」

「ちょっと! 何やってるんですか!」

「もー、仕方ないじゃない。あんたのために作ってるんだから、手伝いなさいよ」

 

 ぎょっとして飛び起きた壱と共に、キッチンへと舞い戻る。そこには当然、味噌汁以外の品も用意されていた。そのどれもが和食である。

 和食は、壱の好物だった。

 

 

 

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