街のお花屋さん   作:坂ノ下

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第33話 千客万来

 木枯らし吹く寒空の下、アマノは今日も営業中。

 12月下旬。この時期の花屋といったら、デパートやスーパー等の商業施設に対してギフト用の花を納める機会が多い。

 アマノの場合、そういった取引先は少ないので、12月は比較的穏やかな時間を過ごせるはずだった。

 ところが天葉たちの予想とは裏腹に、本日のお店は朝から賑やかだ。今も店頭に二人一組の買い物客が訪れていた。

 

「ごきげんよう。夢結様、梨璃さん」

「ごきげんよう、樟美さん」

「ごきげんよう!」

 

 カウンターに立つ樟美が挨拶の言葉を掛けると、店内に足を踏み入れた二人組が立て続けに返事をした。

 長く艶やかな黒髪と、明るい桃色のセミショート。対照的な二色は仲良く寄り添うように隣り合い、時折どちらかの首が動く度、交ざり合いそうになっていた。

 

「今日は、お二人でお出掛けですか?」

「ええ。少し買い物に」

「クリスマス用、ですか?」

「そうなるわね」

 

 樟美の問いに答える夢結は、台詞だけ見れば事務的で素っ気ない。しかしながら、その左腕へ抱き付くように腕を絡ませているパートナーのお陰で、端麗な顔が柔和に綻んでいる。

 

「やっぱり、夢結だ。梨璃さんも」

 

 ここで店の奥から店主の天葉がやって来た。

 そのフランクな態度を前に、夢結は軽く苦笑する。

 

「第一声がそれ? 仮にも私たちは客なんだけど」

「それは申し訳ありません、お客様。どのような花をご所望でしょうか?」

 

 わざとらしく尋ねる天葉に対して、今度は梨璃が答える。

 

「あの、天葉様。私たち部屋の中に飾るお花を探しに来たんです。クリスマスツリーの代わりに」

「ああ、それね。今、そういうの結構流行ってるみたい。勿論うちにも置いてあるよ。と言っても、目立つから既に気付いていると思うけど」

 

 天葉は夢結と梨璃を促すように小さな店内を歩いていく。

 向かった先には幾つもの鉢が並んでいた。鉢の中では赤やピンクなど色鮮やかに咲き誇る花々と、それを取り巻くギザギザの葉っぱたちが一つの芸術品を織り成している。

 鉢植えを小さなクリスマスツリーに見立てたフラワーアレンジメントだ。

 

「人気なのはバラやガーベラだね。色は華やかな暖色系が売れ筋だけど、清純なイメージのある白も中々人気だよ」

「うわぁ、周りの葉っぱも本物のツリーみたいですね」

「ヒイラギだと手を切っちゃうから、葉の柔らかいヒムロ杉を使ってるんだ。加工はしてるけど、本当に本物の針葉樹ってわけ」

 

 プリザーブドという、特殊な薬液に浸して水分を抜いた加工法。これにより、生きた植物と遜色ない見た目と質感を維持しつつ、長期の保存を可能とした。

 加工処理の分、お値段の方は割高になってはいるが、そこはクリスマス価格ということでご容赦頂いている。

 

「お花の種類はたくさんあるから、ゆっくり選んでね」

 

 天葉が掛けた言葉通り、梨璃と夢結は店内の一角を占めるミニツリーコーナーで吟味し始めた。

 陳列棚と床の上。決して広くはない店の中に、冬の風物詩として生まれ変わった鉢植えが小さな輝きを放つ。

 やがて梨璃は一つの鉢を抱き抱え、振り返って天葉へ笑顔を向けた。

 

「天葉様、これにします!」

「へ~、白いユリかぁ。ツリーのアレンジメントとしてはそこまでメジャーじゃないけど、ユリは根強い人気がある花だよ」

 

 天葉が感心した声を上げると、程なくして、梨璃の顔がふにゃっと緩む。

 

「えへへ。このユリの花、お姉様みたいに上品だなーって思って。それで選んだんです」

 

 照れ臭そうに()()()()()ことで、梨璃の顔がいつもより幼く見えた。それは子供っぽいという意味ではなく、瑞々しく初々しく、そして生き生きしているという意味だった。

 そんな梨璃を目の前にして、天葉の方まで照れ臭くなる。

 

「それじゃあ私は、こっちのピンクのガーベラを貰いましょうか」

 

 夢結もまた、ミニツリーを一つ抱えていた。見る者を明るい気分にさせる桃色の花を咲かせた鉢を。

 ここまでくれば天葉にも彼女らの意図が分かる。お互い、相手のイメージに合った花を選び、それを贈り合おうというのだろう。

 その微笑ましさに、天葉は思わず顔を綻ばせた。

 無論、店を開いている以上は売り上げも大事ではあるが、花を見てくれた人が笑顔になるのは花屋にとってこの上ない喜びなのだ。

 

「それにしても」

 

 確かに微笑ましい。

 微笑ましくはあるのだが。

 見つめ合う二人と同じ空間に居ると、天葉といえども多少のぎこちなさは感じてしまう。

 

「ご馳走様って感じだねえ。ねえ、樟美」

「…………」

「樟美ー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼を回って暫くした頃、一旦客足が途切れたアマノ。

 花は一定の温度管理が必要なため、店内でも暖房を思いっきり効かせるわけにはいかない。故に寒がりな樟美はエプロンの下に厚手の白ニットを着てカウンターに立っている。

 天葉は樟美の背後から無言で近付くと、彼女の両肩を包み込むように抱き付いた。

 相手が分かっているためか、樟美は少々体を揺らせただけで、特に驚いた素振りは見せなかった。

 

「樟美、寒くなーい?」

「はい。あったかい、です」

「私も暖かいよ」

 

 天葉は樟美のような寒がりではない。にもかかわらず、密着して離れようとしない。樟美の側頭部へ自らの頬をこすり付け、銀髪のさらさらな感触を楽しんでいる。

 

「もう、天葉姉様。お仕事中ですよ?」

「だって、今日は思ったよりお客さん多くてスキンシップできなかったんだもん」

「家に帰ったら、してあげますから」

「待てないよー」

 

 後ろから両腕でギュっと肩を抱き締めたまま、今度は樟美の色白の頬っぺたに頬ずりをする。

 樟美も口では天葉を嗜めるものの、首を動かして頬ずりし返してくる。

 学生時代、正式に結ばれるより以前から続く二人の愛情行為。その行為がいつの時点で友愛から性愛へと変化したのか当人にも定かでないが、これまで決して欠かしたことはなかった。

 

 ところが、そんな熱い時間も束の間。

 天葉は突然に腕を離して樟美の左横へ移動する。ほんの数舜の内の出来事だ。

 

「ごーーーきげんよーーーう!」

 

 直後、店の外から響いてきた大音声が店の中で木霊した。

 店内へ飛び込むように突入してきた人物は、頭頂部から飛び跳ねた茶髪のアホ毛をゆらゆら揺らして詰め寄って来た。

 

「ごきげんよう、月詩ちゃん。今日も元気だね」

 

 樟美たちの前に躍り出た月詩がカウンターの上にバシッと両手を突く。

 そのままいつものように何事か捲し立てるかと思いきや、どういうわけか、月詩は不思議そうに首とアホ毛を傾げてカウンター越しに天葉と樟美を見つめている。

 

「んんんんんん……?」

「月詩、どうしたの?」

「んーーー、何か不思議な感じです」

「何が?」

「周りの空気が不思議な感じです! 天葉様、ここで何かありました?」

「別に変ったことは無いなあ」

 

 素知らぬ顔して答える天葉。その実、内心では月詩の直感の鋭さに舌を巻いていた。

 さっきの行為、月詩自身には知られても特段困る要素は無い。だがしかし、月詩のパートナーに知られては具合が悪いのだ。

 

「月詩、店内では騒がないのよ」

 

 案の定、茜が遅れて入店してくる。

 以前、天葉は茜に対して「時と場所は弁えている」という趣旨の大見得を切っていた。その手前、自重したのである。

 

「ごきげんよう、あかねえ」

「ごきげんよう、くすみん。今日はクリスマス用の花を買いに来たの」

「クリスマス用なら、ミニツリーですか?」

「それもいいのだけど、今回はブーケにしようと思って」

 

 クリスマスの木に見立てた鉢植えがミニツリーならば、木に見立てた花束はさながらミニミニツリーと言ったところか。

 こちらはこちらで需要がある。お手軽で場所を取らないのは利点だろう。

 

「へー、ちょっと意外かも。月詩だったら大きいツリーを選びそうなものだけど」

 

 そんな天葉の疑問に答えたのは月詩本人ではなく茜であった。

 

「大きいのは、もうあるのよ」

「えっ」

「大きいツリーも一本用意して、その上で花束も欲しいっていうわけ」

「それは……毎度ありがとうございます?」

 

 などと話している内に、月詩が早速ブーケを見繕ってきた。白い包装紙の中に包まれていたのは青いバラ。見ようによっては紫色にも見える、落ち着いた色彩の花だった。

 

「あかねえにはこれ!」

「ふふ、じゃあ私も選びましょうか」

 

 月詩が満面の笑みで手にしたブーケを見せてくると、茜も陳列棚の方に向かう。

 迷わず真っ直ぐ、茜はとある花の前で立ち止まった。恐らくは最初からどれにするか決めていたのだろう。

 

「黄色のシンビジウム。これにするわ」

 

 丸みを帯びた小さな花弁が花芯を包むように咲いた花。それは『飾らない心』や『誠実』といった意味を持つ。

 こうしてカウンターの上にブーケが二つ仲良く並べられるのだった。

 

「これってやっぱり、お互い贈り合うの?」

「ええ、そうよ」

「ふーん、茜たちもか」

 

 会計を済ませた二人は仲良く並んで店を出る。片方の腕に買ったばかりのブーケを抱え、もう片方の腕を互いに絡み合わせて。

 天葉たちはその後姿を見送った。

 

「何と言うか、見せつけてくれちゃって。ねえ、樟美」

「…………」

「樟美ー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休日であるということを差し引いても、この日は客入りが多かった。

 夕方――と言っても時節柄既に薄暗いが――になってようやく、今度こそ本当に来客が途絶えたに違いない。天葉はそう考えてホッと一息吐いた。

 ところが、何事にもフラグというものはあるようで。

 またしてもアマノの敷居を跨ぐ人影が。

 

「お邪魔するわよー」

「邪魔するんなら帰ってね」

「何でよ」

 

 いかにも勝手知ったる我が家の如き空気を醸し出しつつ、依奈が天葉と軽いジャブを交わし合う。

 やや後ろの方には壱も居た。壱は自らのパートナーと天葉の間に割って入るかのように前へ進み出る。

 

「すみません天葉様、こんな時間に。花を見たいのですが」

「いいよ、いいよ。分かってるよー。また二人で贈り合うんでしょ? 分かってるよ」

「ええ、まあ……」

 

 面と向かって天葉からそう言われて決まりが悪くなったのか、壱は目線を外し、その後カウンターから陳列棚へと移動する。

 樟美もそんな壱の傍に付いて一緒に花を見始めた。

 

「壱っちゃんは鉢にする? それともブーケにする?」

「そうね……折角だから鉢植えにしようかな」

「色は、やっぱり紫?」

「いや、別に紫って決めてるわけじゃないわよ」

「じゃあ、花言葉で選ぶ?」

「うーん……それもちょっと」

「花言葉、知られたら恥ずかしいもんね」

 

 花選び、壱の方は中々白熱しているようだ。花屋としては嬉しい限りである。

 一方で依奈はと言うと、カウンターの前から動かず、店内を軽く見渡した後で再び天葉に向き直る。

 

「今日は忙しかったんじゃない? お店」

「まあね。幾らクリスマス前だからって、ちょっと予想外だった」

「予想外、予想外ねえ。それはこっちが予想外だわ」

「え、何の話? 気になるんだけど」

 

 依奈は訳知り顔で、頭を抱える仕草をする。

 目の前でそんなことをされて、引っ掛からないはずがない。

 

「ソラのお店について、噂があるのよ。この時期ここで花を買って贈り合ったカップルは、一生添い遂げられるって」

「ああ、それなら小耳に挟んだことはあるよ。でもだからって、こんなにお客さんが増えるものかなぁ」

 

 天葉は尚も疑問が拭えない。そんな他愛ない噂だけで、この小さな店にそうそう人が集まってくるものだろうか。

 

「もしかして、自覚が無いのね」

 

 依奈が目を細めてジトッとした視線を送る。

 

「あのねえ。ソラと樟美の仲が大変よろしいお陰で噂に信憑性が出て、それでお客が増えたのよ」

「そうかなあ。ちゃんと時と場合は弁えてるよ」

「確かに人前ではベタベタしてないんでしょうけど。でも空気で何となく分かるのよ。『あっ、さっきまで良い雰囲気だったな』とか。ていうか、私たちが来た時もそうだったのよ!」

「えっ、そんなことはない、こともないこともないかも」

 

 依奈に鋭く切り込まれた天葉が言葉を濁す。言われてみれば、心当たりが全く無いわけでもなかった。

 助けを求めて天葉は愛しのパートナーの方を見やる。

 ところが、樟美は壱の隣で戸惑ったような微妙な表情を浮かべていた。

 

「その、天葉姉様、わざと匂わせてるんだと思ってました」

「匂わせって……」

「私は、そのつもりでした。姉様に、女の子があまり寄って来ないように……」

 

 伏し目がちの樟美が躊躇いながらも心の内を明かしていく。

 いじらしい。そう思った直後には、天葉の足は動き出していた。

 

「樟美~」

「んっ」

 

 正面から樟美に覆いかぶさり、背中に両腕を回して抱き締めた。

 旧友とはいえ、すぐ傍に人目がある。そのため樟美は天葉の胸元に顔を沈め、赤く染まったところを見られまいと必死にしがみついてきた。

 

「ちょっと、時と場合はどうしたのよ」

「いや、でもこれは、カップル向けのパワースポットと宣伝すれば、更に客足が増えるかもしれませんね」

「壱も何言ってるの」

 

 口コミの力というのも侮れない。

 結局この日、お店を閉める真際まで、アマノから来客の姿が途絶えることはなかった。

 

 

 

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