街のお花屋さん   作:坂ノ下

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第6話 過ぎゆくもの

 朝も早くから、白色塗装のミニバンが鎌倉の街を南に下る。大抵の家庭では朝食もまだであろう頃合。そのような時間に天葉が車を走らせているのは、何も商品の仕入れというわけではない。助手席に座る樟美と共に、店内の花の手入れだけして早々に店を発っていた。本日、仕事はお休みである。

 

 最初は幅の広かった道路も、街から離れるに連れて狭まっていく。それに加えて舗装の状態も悪化していった。所々に亀裂が入っていたり、アスファルトが剥げていたり。

 首都圏に近い鎌倉といえども、都市間道路でなければこんなものだった。他にリソースを優先すべき復興対象は幾らでもあるため、仕方ないだろう。

 やがて、いよいよ道路の機能を果たせなさそうな様相を呈してくると、天葉は車を道の脇に停めた。本来なら業務用と割り切っていたことを考えると、十分役に立ってくれたと言うべきか。

 

「ここから先は歩いていこうか」

「はい、天葉姉様」

 

 降車した二人は前進を再開する。天葉はリュックサックを背負い、樟美は大きなバスケットを肩ひもから提げて。

 天葉の格好はカジュアルな白シャツとジーンズ。それに対して樟美は純白のワンピース。加えてお揃いの麦藁帽で夏の日差しを避けていた。

 そうして草原の中の朽ちた道を更に進む。車両は通行困難でも、徒歩ならば問題はない。

 

「……元から狭いんじゃなくて、だんだんと狭くなったんですね」

「そうだね。この道、元々は府道……じゃなかった。当時は県道か。元は県道として南北に繋がってたんだけど、ヒュージから避難していく中で放棄されたみたい。当然補修もメンテもされなくて、割れた所から草がボーボーに生えていったんだね」

 

 足元に視線を落としている樟美の言葉に、天葉が蘊蓄で応じる。もっとも、本当は依奈や壱の受け売りなのだが。

 

 旧県道の周囲は完全な大自然というわけでもない。先程から二人の視界には、ぽつぽつと民家らしき物体が映り込んでいる。

 壁の至る所に蔦を生やしたもの。屋根を綺麗さっぱり失って吹き抜けと化したもの。柱が四本、天に向かって伸びているだけのもの。その光景は、さながら廃墟の展覧会だった。

 

 それから少々歩くと、また違った風景が広がってくる。平坦だった所から山がちな場所へと出たのだ。

 前方の道は、小高い丘をくり貫いた空洞に続いている。

 

「あそこで一息ついていこう」

 

 天葉の指差す先、丘の下の空洞へ二人が足を踏み入れた。

 朝でも暗い。天井に電灯は設けられていたが、メンテナンスされなくなって久しいのか、生憎と灯りは灯っていなかった。

 だが陽の光を遮る上に、時折空洞の中を風が吹き抜けていって気持ちが良い。一見すると無機質なコンクリートの内壁も、冷涼な雰囲気に一役買っている。

 それはトンネル代わりのボックスカルバートだった。

 

「樟美、疲れてない?」

「大丈夫、私も元リリィです」

 

 カルバート内の日陰の下、天葉は樟美を案じながらも、その彼女からハンカチで頬の汗を拭き取られていた。

 あくまでも10代後半という年齢はマギの最盛期を計る指標に過ぎない。なのでチャームを振るっての大立ち回りは無理でも、高い身体能力や体力は依然として健在だった。勿論、体を動かさなければそれも衰えていく。だが生憎なことに、花屋というのは中々に体力を使う仕事だった。

 同じことが防暑・防寒面でも言えた。マギに守られたリリィは一般的な人間に比べて暑さ寒さに強い。全く影響を受けないというものではないが、少なくとも、夏場に外を動き回っても倒れない程度には強かった。

 

「もうちょっとだからねー。あとはこの道を上っていくだけだから」

「思ってたより近かったんですね」

「あまり遠いと、お昼ご飯が遅れちゃうし」

 

 休憩もそこそこに、天葉たちはカルバートの奥に向かって歩き出す。

 空洞をくぐり抜けて、ぐねぐねと曲がった坂道を上った先、丘の天辺こそが二人の目指す場所である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んーーーっ、着いたぁ」

 

 天葉は大きく伸びをして、鼻から取り込んだ自然の空気とそれに伴う解放感で胸を満たす。

 彼女らが立っている所からは周囲の景色を一望できた。流石に山間部にある百合ヶ丘までは見えないが、感慨を抱くには十分な光景と言えるだろう。

 まだ午前中。天葉の楽しみにしているお昼には早い。持ってきた敷物の上に荷物を置くと、二人は丘から見下ろす鎌倉の姿に改めて目をやった。

 

「あれは、湘南モノレール」

 

 樟美が北西方向に見つけたのは、宙に伸びる細くて長い通路。この距離でおいそれと気付けるものではない。樟美は目がとても良いのだ。

 

「うん、途中で途切れちゃってるけど。本当は江ノ島まで繋がってたはずなんだよね」

「江ノ島。江ノ島も、行ったことありません」

 

 幼稚舎から鎌倉府の百合ヶ丘に居る樟美でさえ、実際に足を運んだことは無いと言う。

 いや、少し前までそれが当たり前だったのだ。それだけ人類の勢力範囲が削られていたということなのだ。

 

「島の施設はほとんど内陸部に移転したままで、復旧したのは海保の基地と漁港ぐらいじゃないかな」

「そうでした……」

「あ、でもあそこは入れるかも。ほら、あの妙ちくりんな灯台」

「シーキャンドル、ですね」

「そうそう。あれ絶対眺めいいよー」

「でも、一般開放してたかなぁ?」

 

 実際問題、海沿いの地域が過去の賑わいを取り戻すには、まだ時間が必要だろう。たとえ直接的な脅威がなくなったとしても、ヒュージのルーツである海への心理的な恐怖はすぐには消えない。こればかりは少しずつ解決していくしかないのだ。

 もっとも、それはそれとして、天葉と樟美はまるで近い将来の展望であるかのように語り合う。あながち皮算用とも言い切れない。彼女らリリィはそれだけの功績を成し遂げてきたのだから。

 

「……あっちは、何?」

 

 樟美がふと別方向を向いて呟いたので、釣られて天葉も視線を移す。

 それはモノレールとは違い、距離的には近くにあった。天葉たちの立っている丘の麓からも、そう離れていないはず。

 それは赤茶けた長方形の物体で、薄らと緑がかっている。遠目なのではっきりとはしないが、恐らくは苔ではなかろうか。ここに至る道中で目にしてきた廃屋と似たような物なのだろう。

 

「もしかして、バスじゃないかな」

「そう言えば、昔この辺りにバス会社の車両基地があったって聞きました」

「解体しきれなかった廃車が転がってても、不思議じゃないってわけね」

 

 不思議なもので、一度バスだと思えば正体不明の物体も本当にバスに見えてくる。

 今では鬱蒼と緑の生い茂ったこの土地にも、文明の営みが確かに存在していたのだ。

 

「ああいうのって、動物のねぐらになってたりするんだよねえ」

「……っ!」

「馬は居ないと思うよ?」

「わ、分かってます!」

 

 動物好きの樟美が反応したので、天葉は軽く揶揄ってみた。動物の中でも特に好きなのが馬。樟美の実家は牧場なので、実際に見て触れたらしい。

 

「ところでさあ、そろそろお昼にしようよ」

「まだ11時を過ぎたばかりですよ」

「朝が早かったから、お腹空いちゃって。早く樟美のハンバーガー食べたーい」

 

 ついさっき揶揄われたばかりなので、樟美は当然むくれている。

 しかし天葉が年甲斐もなくねだっていると、渋々といった様子で荷物の方へ歩いていった。

 敷物の上に両膝をつき、樟美がバスケットから中身を取り出そうとする。その作業を後ろで見ていた天葉は背後から樟美の腰に両手を回し、彼女の肩に自身の顔を乗せた。

 

「早くー」

「もう、姉様。お昼が出せないです」

 

 体を左右に振るわせて形ばかりの抵抗をする樟美。彼女の手によって、大きな包み紙に包まれた大きなバンズが頭を覗かせる。

 天葉は包み紙ごとハンバーガーを受け取った。そしてかぶりついた。

 バンズは勿論、レタスもトマトもビーフのパティも大きい。現役時代ほどではないにしろ、彼女ら元リリィは大抵、健啖家だった。

 一方、樟美も自身のお昼を手に取る。こちらはハムや玉子などを挟んだサンドイッチ。例の如く、サイズは市販のものより大きめ。

 

「水筒に紅茶、入れてきましたから」

「うん、ありがとう」

 

 青空の中、木陰の下で向かい合ってお昼を食べる。これこそハイキングの醍醐味、と天葉は固く信じている。無論、周りの景色も重要だが、彼女にとって最上位に位置するのは食である。その点、樟美の手作り料理は文句を付けようのない満点だった。

 

 そうして至福の時間が流れる中、天葉は水筒の紅茶に口を付けながら、目の前の光景に釘付けとなっていた。

 それは、両手に持ったサンドイッチを樟美が小さな口を一杯に開けて中に入れ込む光景。咀嚼する度に胃の中へ消えるはずなのだが、減り方はとても緩やかだ。

 

「樟美、美味しい?」

「自分で言うのも何ですが、よくできた方かと」

「ふぅん……。ねえ、ちょっと交換して食べてみない?」

「それは、構いませんけど」

 

 了承を得るなり、天葉は樟美の手の中にあるサンドイッチに顔を近寄せ、一口。柔らかいパンの上から挟まれた具を噛んでいると、ハムの表面をコーティングしているマヨネーズの味が染み出してくる。

 言うまでもなく、樟美の食べかけである。そのせいか彼女の顔には赤みが差していた。この顔を見たいがために、天葉は()()を提案したのだ。決して食い意地が張っているだけではない。

 

「じゃあ今度は樟美も。はい、どうぞ」

「い、頂きます」

 

 お返しに自分のハンバーガーを樟美の前に差し出した。

 樟美は遠慮がちに、肉とレタスのはみ出た部分へ齧りつく。

 少しの間、口内を揺らして味わっていた樟美だが、中の物を飲み込んでから口を開く。

 

「味付けが、濃かった」

「えっ、そんなことないよ。普通だよ」

「次からもっと薄くしなきゃ……」

「いやいやいや、今のままで十分美味しいって! 樟美のご飯は世界一ィ!」

「ダメです。姉様の健康のためです」

「そんなー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもと少し違った景色に囲まれて。いつもと少し違った空気を吸い込んで。気のせいか、食べる物まで少しだけ味が変わった気がする。

 ただそれだけ。何か特別な施設で遊んだり、特別な買い物をしたわけでもない。だがハイキングとは、得てしてそういうものである。

 

 天葉と樟美は空が夕焼けに染まるよりも早く帰宅していた。お店は休みでも、炊事に洗濯に掃除に、やるべきことは幾らでもあるからだ。

 家事に一段落付けて落ち着けるようになると、二人はリビングでくつろぎ始める。夕食に取り掛かる前の、一時の憩いであった。

 ソファに並んで腰を下ろし、適当にテレビのチャンネルを回す。

 

「明日は曇りだってさ」

「降水確率20%……。洗濯物、どうしよう」

 

 樟美が天気予報の数字を見て頭を悩ませている。お店としては、気温の上昇する快晴よりも客足が増えそうなので、そう悪い予報ではなかったが。

 それはさておき、天葉はリモコンを手にチャンネルを更に変える。どうやら変えた先もニュース番組のようだ。

 

「本日正午、松江市に展開する九州・中国ガーデン合同部隊が宍道湖に営巣した松江ネストを撃破しました。これにより、中国地方に残るヒュージネストは島根県北部の出雲ネスト、並びに同じく島根県隠岐の島にある隠岐ネストのみとなります。記者会見にて内閣官房長官は『国内のみならず、いよいよ諸外国へも目を向ける時が来た』と発言。政府の国際協調路線を改めて示し――――」

 

 テレビから流れてくるのは女性アナウンサーの明るい声。話題が話題だけに、その喜びは隠しようもないだろう。

 戦果もそうだが、天葉にとってもっと喜ばしいのはリリィが被った被害の小ささだ。彼女たちの世代から普及し始めた連携必殺攻撃、ノインヴェルト戦術がリリィの損耗を抑えるのに一役買っている。ヒュージ側もマギリフレクターという防御障壁で対抗するのだが、ノインヴェルトに使用する専用弾の強化改良によってそれすらも打ち倒してきた。

 

「フフッ」

 

 上機嫌になった天葉はソファの上で、樟美の膝を目掛けてゴロンと横になった。樟美の膝を枕にテレビを眺める。これ以上の贅沢がこの世に存在するだろうか、と問われたら、天葉は一瞬の迷いもなく首を左右に振るだろう。

 樟美は樟美で、当然のように受け入れている。今日は樟美が枕だが、天葉が枕の日もあるので、お互い様なのだ。

 

「天葉姉様、電話鳴ってます」

 

 不意に、ボリュームを落としていた携帯からの呼び出し音と、樟美の控えめな呼び掛けに促される。

 天葉は「う~ん」などという締まりのない声を上げつつ、体を起こしてソファを離れる。ローテーブルの隅に置いていた携帯を手に取ると、ディスプレイに見知った名前が表示されていることに気が付いた。

 通話ボタンを押して電波越しに言葉を交わす。懐かしい……というほどでもないが、顔を合わせる機会が中々ない。何せ相手は百合ヶ丘の卒業後、東京に移り住んでいたのだから。

 暫くして通話を終えた天葉が、ちらちらと視線を送ってくる樟美よりも先に口を開く。

 

「今度、亜羅椰(あらや)がこっちに来るんだって」

「亜羅椰ちゃんが?」

 

 かつてアールヴヘイムで轡を並べた戦友の来訪。それはここアマノに波乱の幕開けを予感させるのだった。

 

 

 

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