土曜日ということもあって、この日のアマノは来店するお客で賑わっていた。
ただ、フラワーショップとして賑わっているかと問われると、少々疑問が残る。今、店の中で話に花を咲かせている女子高生たちは、皆して店主の天葉を囲んでいたからだ。
鎌倉市内の、ガーデンではない一般高校の生徒。土曜なのに制服姿なのは部活帰りか、何かしらの登校日だったせいか。
(いつものグループ……)
樟美は天葉を中心とした人の輪を、花の水換えをしながら秘かに横目で窺っていた。聞こえてくるのは取り留めのない世間話が中心で、たまに花に関する話題が出てくる。元々コミュ力が高く人付き合いの得意な天葉のお陰で、談笑は大層盛り上がっていた。
樟美としては、当然面白くはない。だが多少なりとも買い物もしていくので無下にもできない。
(お仕事、お仕事)
樟美はそう自身に言い聞かせながら、今度は鉢植えにお昼の水やりをする。曇り空だが雨は降っていないため、店先の鉢にも忘れず水差しの口を傾けていく。
「店長さんって肌、綺麗ですよね」
「そう? あまり焼けないように気は遣ってるけど」
「ファンデ、どこの使ってるんですか?」
近い、近い。
何人かが輪を狭めていく光景に、樟美は声を漏らしそうになった。
気持ちは分かる。一緒にケアグッズを選んでいるし、天葉のことを毎日すぐ近くで見ているのだから。
けれども、女子高生が天葉を覗き込むように顔と顔を近付ける絵面を目にして、心中やきもきとする樟美であった。
そんな騒々しいアマノに単車のエンジン音が近付いてくる。音はだんだんと小さくなって、やがて止まった。表の通りには車も結構走っているのだが、それでも店の前に停車したのは見なくとも分かった。
そして、新たな来店が一人。
そうかと思えば、闖入者は店内の花には目もくれず、女の子たちの輪の方へとあっという間に歩み寄っていった。樟美でなければ見逃していたところである。
「ちょっとよろしいかしら」
「へぇっ?」
天葉に真正面から迫っていた女子高生は、不意に背後から声を掛けられ後ろに振り向く。
170近い長身から切れ長の瞳に見つめられ、見上げた女子高生の視線と体は固まった。
一方、話に割って入った側は相手の反応を意に介さず、屈み込むようにして動けない女子高生の顔に急接近する。
「お邪魔してごめんなさい。綺麗な髪の子が見えたから声掛けちゃった」
「あっ、いえ……」
自らもさらさらのロングヘアを持つ女性が在り来たりな口説き文句を走らせる。
在り来たりだが効果はてき面だったようで、先程の姦しさが嘘みたいに女子高生の歯切れが悪くなる。天葉を囲む他の子たちも、水を打ったかのように沈黙して、友人と女性のやり取りに釘付けとなっていた。
「花、好きなの?」
「は、はい。最近フラワーアレンジメントの教室に通い始めて」
「ふぅん。それで制服姿でお花の鑑賞。素敵ねえ」
生憎とタイプではないが、美人のパートナーを持つ樟美から見ても、その女子高生は可愛い子であった。明るい茶髪に軽くパーマをかけ、学校指定の制服をお洒落に着崩し、スカートも裾上げして幾分か短く見せている。
そんないかにも垢抜けた女の子が、吐息の掛かるか掛からないかといった距離まで迫られて、主導権を譲り渡していた。
「このポーチュラカの花、可愛らしい貴方にぴったりね。お近付きのしるしにプレゼントさせてちょうだい」
「そんなっ、お姉さんこそ綺麗で素敵です!」
「本当ならお食事に誘いたいところだけど、初対面では流石に不躾だから。また次の機会の楽しみに取っておくわ」
女性は耳元に口を寄せて囁くようにそう言うと、女子高生の右手を両手で包み込んで握る。
その後、携帯を取り出した女子高生は女性と何度か言葉を交わすと、そそくさとお店をあとにした。成り行き見守っていた周りの子らも、慌てて追いかける。
「連絡先交換しちゃった……」
店の外の方では、その言葉に続き「キャッキャッ」と悲鳴とも歓声とも取れる黄色い声が響く。
そんな中で残された女性はと言うと、これまでのやり取りはどこ吹く風と言わんばかりに天葉の方へ向き直った。
「ご無沙汰しておりますわ、天葉様」
「はいはい、ごきげんよう。相変わらずね」
半ば呆れ気味な返事が戻ってくるものの、続いてカウンターの樟美に顔を向ける。
ところが彼女よりも樟美が物申す方が先だった。
「亜羅椰ちゃん、さっきのお花のお勘定」
「開口一番それ? 樟美ったらつれないわねえ」
台詞に反して傷付いた様子のない遠藤亜羅椰がわざとらしく溜め息を吐いた。
「へー、本当に東京からあれで来たんだ」
辺りが薄暗くなった頃、お店を閉めた天葉と樟美は一度別れた亜羅椰と近所のカフェで落ち合っていた。
窓際の席、外の駐車場に横目を向けた天葉は久々に再会した後輩に感心する。東京からここ鎌倉まで、亜羅椰が足としたのは自動二輪車、バイクだった。それも排気量400cc超の大型バイクである。
天葉もバイクについては門外漢だ。しかし大きい分、それだけ乗りこなすのに技量が要るぐらいは想像がつく。
「様になってるじゃない、バイク」
「亜羅椰ちゃん、スタイル良いもんね」
天葉と樟美が揃って亜羅椰を褒めそやす。
彼女が身を包んでいるのはワインレッドのレザージャケットとレザーパンツ。体のラインがはっきりと浮かび上がるため、すらりとした、しかし出るところは出た彼女の魅力が十二分に引き立っていた。これでバイクなど乗り回そうものなら、落ちない女の子はまず居ないだろう。
ところが当の亜羅椰は賛辞を浴びても得意げにはならない。
「あくまでも移動手段。都内は二輪の方が、何かと便利ですから」
「そう? でも女の子に受けそうだし、声を掛ける時にいいでしょ」
「これはこれで、考え物なのです。バイクに乗っていたら、着れる服が制限されてしまうので」
そこまで聞いて、天葉も亜羅椰の言わんとするところが分かってきた。確かに今しているようなパンツスタイルの格好ならバイクに馴染むだろう。だが逆に言えば、ひらひらのスカートみたいなフェミニン系のファッションは難しい。
「私は殿方の真似事で女の子と交際しているのではなく、女の子が好きだから女の子と交際しているんですわ」
「まあ、気持ちは分かる」
自信満々に言い切る亜羅椰に対し、天葉は苦笑しながらもその言を肯定する。自分にとっても決して他人事の話ではないからだ。
「でもさっき、その格好で口説いてたよ?」
「実際にエスコートする時は、相応の服で来るから」
「あれ、本気だったんだ……。お巡りさんのお世話になるのはやめてね」
未成年である女子高生に本当に手を出さないか憂慮する樟美。
とは言え、昔とは違う。高等部の頃よりも落ち着ているし、見境もつけるようになっている。天葉も樟美もそれを承知の上での軽口だ。
もっとも、相対的に落ち着いたという話であって、亜羅椰の本質が変わってないのは見たままの通りなのだが。
各々がテーブルの上のカップを口に運び、会話が一旦途切れる。天葉がアイスココアで、樟美と亜羅椰はアイスティー。薄闇の時刻といえども、夏であるがゆえ、飲み物に冷たい氷は欠かせない。
「……で、真面目な話、
会話を再開させた天葉は、店に居た時から気になっていたことを聞いてみる。
「どう、とは?」
「亜羅椰、東京の芸術大学に通ってるんでしょ。そっちで『この子だ』って子見つけて、真面目なお付き合いはしないの?」
「私はいつも真面目だけど、仰りたいことは理解しましたわ」
遠藤亜羅椰という女は、百合ヶ丘に居た頃から浮き名の絶えない人物だった。ガーデン側は要注意人物として注視していたようだが、しかし実際に付き合った女の子が彼女を悪く言うのは聞いたことがない。同じレギオンメンバーである天葉たちが聞いてないのなら、そういった話は存在しないのだろう。
だからこそ天葉は気になった。新たな環境で心境の変化がなかったのか、と。
「お生憎様ですが、気が多い私に身を固める資格はありませんので」
「それ、かっこつけてるの? そういうの似合わないよ、亜羅椰ちゃん」
「くーすーみー? 結婚したからって見逃されると思ったら大間違い。私は人妻でも構わず食っちまいますわよ」
そう言って亜羅椰がテーブルの上で身を乗り出すと、樟美は隣の天葉にしがみついてわざとらしく怖がるフリをする。
自らを「気が多い」と称する亜羅椰だが、そんな彼女の本命中の本命が樟美と壱だったらしい。
本当のところは天葉には分からない。そもそも本命が二人という時点でおかしな話である。こうしてガーデンを出て社会人になった今でも、天葉はこの一つ下の後輩に色恋沙汰の機微で上回れるとは思えなかった。
だが幾ら気が多くても、幾ら浮き名が響いていても、天葉にとって信頼できるレギオンメンバーで可愛い後輩には違いない。
「まあ、花が欲しくなったらいつでも来ていいよ。樟美以外は何でも売ってあげる」
「あらぁ? では天葉様なら頂けるんですね」
「だーめーでーすー。天葉姉様は完売済ですー」
カフェの席を立った三人は夜空の下へと出てくる。通りに面しているため、街灯や人家の光で歩く分には不自由しない。
自宅まで大した距離のない天葉たちは歩きだが、亜羅椰は乗ってきたバイクに手を掛ける。
「依奈と壱にも会っていくんでしょ?」
「ええ、勿論。アポは取ったので明日向かいます」
既に夕食時は過ぎている。当然の判断だろう。
「結局、特に用事はなかったのね」
「とんでもございませんわ。樟美と天葉様のお顔を見るのは、立派な用事でしょう」
「はいはい、私も亜羅椰の顔が見れて嬉しいよ」
おどけたように調子のいいことを言う亜羅椰に対し、天葉は肩をすくめて答える。
「それより亜羅椰ちゃん。お釣り受け取る時、店員の女の子の手を握るの止めて。次から来にくくなっちゃう」
「フフフッ、あの子も初々しくて可愛かったわねえ。バイトの、大学一年生よ。多分」
「そんなこと聞いてないから」
樟美の口を尖らせての抗議も何のその。亜羅椰は目を細めて口角を持ち上げる。会計の直前に、「誘ったのは私だから」と伝票を有無を言わせず持っていったのは、まさかこのためなのか。
昔よりは落ち着いたと思っていたが、やはり亜羅椰は亜羅椰であった。
「本当に泊っていかなくていいの?」
「ご冗談を。
天葉の提案に対し、首を左右に振る亜羅椰。だが次の瞬間には、悪戯を思い付いた子供みたいにニヤリと笑みを浮かべる。
「それとも、私も交ぜてくれるのですか? でしたら大歓迎ですわ」
「やっぱり来ないで」
掴み所の無い後輩は、最後まで天葉に掴ませることなく去っていった。
結局、天葉の質問ははぐらかされたままで終わってしまう。しかし、そう遠い距離でもないので顔を合わせる機会はある。なので天葉は亜羅椰の選択を気長に待ってみることにした。
誰か一人を選ぶとするなら、どんな娘を選ぶのか。いつも亜羅椰に振り回されていることを思えば、その程度の好奇心は許されるだろう。