ジェイソン・シルバーという人物をご存じだろうか?
ジェイソン・シルバー。
黒子のバスケの後日談『LAST GAME』で火神を含めたキセキの世代の前に敵として現れるアメリカの最強ストリートバスケットボールチーム、ジャバウォックのメンバーの一人である。
非常に凶暴な性格の持ち主であり、その素行の悪さは作中でも目に余るものがあった。
しかし、その才能と実力は本物であった。
本編で圧倒的実力を誇っていたキセキの世代を翻弄するその姿は圧巻の一言であった。
それもこれまでまともに練習をしたことのないというおまけエピソード付きである。
最後には火神達に敗れることとなるが、全登場人物の中でも最強の実力を誇っていることは疑いようがなかった。
……なぜそんなことを聞くかって?
俺がそのジェイソン・シルバーに転生しちまったからだ。
オーマイガ。
気づいたら7歳のジェイソン・シルバーになっていたのだ。この場合憑依と言った方が正しいのだろうか?
仕組みはよく分からないが、7歳までのジェイソン・シルバーとしての記憶と知識はしっかりと引き継いでいる状態。
前世の記憶ははっきり覚えていないが、なぜか黒子のバスケについては後日談も含めてはっきりと覚えていた。そしてかなり好きであったことも覚えている。無論、今でも好きだが。
正直な感想としては微妙だった。好きな物語の世界に転生したこと自体は喜ばしいことだが、どうせなら主要キャラの誰かに転生してみたかったというのが本音だ。
しかし、ここでふと考えてみる。
この物語の主要キャラであるキセキの世代は、中学生時代にその余りある才能と実力が開花したことが災いしてしまう。
当時、覚醒した彼らに追随できる者は一人としていなかった。
自分達の本気をぶつける相手がいなくなった彼らは大好きなバスケを心から楽しむことができなくなっていく。それが原因でメンバー間で軋轢も生じてしまう。
最終的には、それぞれがバラバラの高校へと行き、そこに火神が加わり物語は進んでいく。
しかしだ。
もし中学生時代に覚醒した自分たちの本気をぶつけても倒せない敵がいたとしたらどうなっていただろうか?
そんなことになっていたら、高校でもメンバーがばらけることなんて起きなかったのではないか……?
つまり、高校でも黒子を含めたキセキの世代の六人が結集する姿を見れるかもしれないということである。
……え、それ滅茶苦茶熱くないか?
勿論、本来のストーリー展開は大好きなのだが、後日談にてキセキの世代が集まり、力を合わせるその姿は胸に来るものがあったのも事実。
……見てみたい。
そう思わずにはいられなかった。
俺ならそれを妄想だけで終わらせず、現実のものへとできる力がある。
やるしかない。
俺が彼らの敵であり続ける……。
使命感にも近い感情が7歳の己の中を満たしていく。
そうと決まれば善は急げだ。
俺はその日からバスケに打ち込んだ。
当然だ。あのキセキの世代をまとめて相手にしようと言うのだ。いくら練習しても足りないくらいだろう。
学校がある日は、放課後以降真っ暗になるまで。休みの日は、朝陽が昇ると同時に夜までバスケに向き合った。
突然の俺の変わりように周りは驚いた。
7歳の時点で既に悪ガキとして有名だった俺がただのバスケ馬鹿になったのだから当然なのかもしれない。
まあ周りの反応などどうでもよかったが。
練習を重ねていく中ですぐに分かったことがある。
俺、ジェイソン・シルバーはまじで天才であるということだ。
まるでゲームのキャラクターのように練習をすればその分、どんどんと実力をつけていくのだ。
原作でのジェイソン・シルバーが練習をほとんどしていなかったというのにも頷けるほど本当に要領がよい。一を知り十を得るタイプだ。
日に日にめきめきと成長していく俺の前に、次第に大人達ですら敵わなくなっていく。
そして肉体もそうだ。
作中でも『神に選ばれた躰』と言われていただけのことはあり、年を重ねるごとにその肉体は大きく成長していき溢れんばかりの力をその身に宿すことになる。
そしてバスケに携わる過程で、ナッシュ・ゴールド・jrにも出会った。
彼は、ジャバウォックのリーダーであり、絶大なカリスマ性とバスケの実力を持っている。俺同様にキセキの世代を最後まで苦しめた一人である。
ナッシュも俺と同様にバスケに強い想いを持ち強くあろうとしていた。
そして同世代で相手になる者が中々いない中でのナッシュとの出会いは歓迎すべきことだった。
向こうも同じように考えたらしく、俺とナッシュはすぐに意気投合した。
ちなみに子供のナッシュは原作とは大違いで、バスケにとても真摯であった。もしかしたら、本来は俺の影響でナッシュも素行が悪くなっていったのかもしれない。
俺とナッシュはチームを組み、まだ幼いながらもその名をどんどんと各地に轟かせていった。
そして時は流れ、いよいよ運命の年になった。
今年はキセキの世代が中学三年生の年。この年にキセキの世代のメンバーは全員が覚醒を果たし、完全に崩壊してしまうのだ。
俺は日本のそこそこバスケが強い中学校に留学した。
例年なら全国大会のよくて三回戦へ行ける程度のレベルの学校である。
ちなみにナッシュもついて来た。
留学する旨をナッシュに話すと「お前が行くってことは日本に面白いものがあるってことだろう? 当然俺も行く。」みたいな感じに。
俺一人でキセキの世代をまとめて相手にするために今日まで必死に努力をしてきただけにこの提案は嬉しいような、そうでないような……。ナッシュがいたら楽に勝ててしまうのではと思ってしまう。
……まあ、よくよく考えたら俺一人でキセキの世代の全員相手にするとかかなり無謀なことなので助かるかもしれない。
一応言っておくと、気の遠くなるほどの修練の末、原作の自分自身を大幅に上回るほど強くなっている確信はあったので自信ゼロというわけではないぞ?
まあとにもかくにも舞台はそろった。
……待ってろよ。キセキの世代。
完膚なきまでに打ちのめしてやるよ。
……どうしてこんなことになっちまったんだろうな。
選手控室にあるベンチに腰掛けながら、呆然とそんなことを心の中で呟く。
会場から聞こえる選手たちの掛け声や客席からの声援がどこか空虚さを感じさせる。
昔は違った。
この会場特有の空気を感じると、緊張と重圧に体が押しつぶされそうになるのだ。しかし、それ以上に強敵との戦いを楽しみにしている自分が確かにいた。
だが、今はそれがない。
……俺に勝てるのは俺だけだ。
最近何度も呟いているその言葉を、改めて心の中で呟いた。
心の中ではそれを誰かに否定してほしいと強く望むが、残酷なことにその想いが叶うことはない。
この最後の全国大会でもそうだ。
少しだけ期待もしたが予選の時と同様。どこのチームも全く相手にならない。
一回戦、二回戦とも圧倒的勝利を収めたが、勝利に対する嬉しさは全く沸いてこなかった。
……つまらねぇな。
「……青峰君、三回戦が始まりますよ。」
声がした方向へちらっと視線を向けると、黒子がいた。最近は黒子ともまともに喋っていない。練習に出なくなったので当たり前と言えばそうなのかもしれない。
黒子の表情は思いつめたように暗い。
だがそんなことはどうでもいい。
「……そうかよ」短くそう答え、重い足取りで会場へと向かっていた。
背中に突き刺さるような視線には気付かないふりをした。
俺が会場に到着すると、なにやら皆が騒いでいるようだった。
さつきも顔を青くして動揺しているようだ。意外なのは赤司さえも考え込んでいる様子を見せていることだろうか。
あんなに皆の慌てる姿を見るのは久しぶりな気がする。
……誰か倒れでもしたのか?
そんなことを考えながらチームメイトに近づいてく。
「おい、何があった?」
そう聞いてみると、真っ先に反応したのは黄瀬だ。
「青峰っち、大変っすよ! 向こうのチームのベンチ見てくださいよ! 向こう!」
「向こう?」
黄瀬が指さす方向に目を向けると、すぐに黄瀬が何を言いたいのか理解した。
明らかに異質なオーラを放つ二人組がいた。
その二人は悠然とベンチに腰掛け、余裕の態度で談笑をしている。
まるで、今から戦う俺たちなど眼中にないといったように。
日本人ではない。
誰かも分からない。
だが、本能が訴えかけてくる。
あの二人はやばい、と。
周りも同様の結論に至ったのか、「どういうことだ」、「誰なんだあの二人は?」、「アメリカ人……だよな?」、「で、でかい……」などと混乱に陥っている。
事前情報では次の対戦相手は、全国大会の常連校であるものの、特別視すべき点はないと聞いていたはずだ。まあ適当に聞いていたから詳しくは忘れたが。
「二回戦まではあんな二人いなかったはずなのに……。」
さつきがそう呟いているところを見るに、相手チームは相当上手くあの二人を隠していたようだ。
そんな隠し玉がこの場で登場してきたということは、目的は一つ。
俺たち帝光中学に勝つための隠し玉と言ったところだろう。
……へえ、ちょっとは面白そうになってきたじゃねぇか。
決して期待はしない。
また裏切られるのが怖いからだ。
だが少しは骨のありそうな敵の登場に僅かに心が躍っている自分が確かにいた。
まだ自分の中にこんな感情が残っていたのかと少し驚いたほどだ。
そして、全国大会の三回戦が始まった。
審判の笛がコート中に響き渡る。
それは、前半戦が終了した合図でもある。
観客で埋め尽くされた会場は経験したことのない爆発したような大歓声に包まれていた。
52対25
これまで圧倒的な強さを誇った帝光中学校が、倍をも上回る点数差をつけられ、圧倒されていた。
試合開始直後、敵の実力を早々に認めた帝光中学側は、キセキの世代のフルメンバーで迎え撃った。
しかし展開を打破するに至らない。無情にも点数は広がっていった。
ここまで点数差を付けられた要因は例の二人だった。
ジェイソン・シルバー、ナッシュ・ゴールド・jr。
この二人が覚醒を果たしたキセキの世代の五人を完全に抑え込んでいた。
特にジェイソン・シルバー、この男は手に負えなかった。
チームのエースポジションでもある彼は、同じく帝光中学のエースである青峰の速さを上回り、紫原の力を上回った。付け加えるとその異次元の跳躍力は追随する気さえ失わせるほどのものだった。
縦横無尽にコート内を駆け回る彼は、帝光中学側を無茶苦茶にかき回した。
この男を抑え込むためには最低でもトリプルチームを求められた。それでも完全には抑え込めない上に、そうなってくるとナッシュ・ゴールド・jrが黙っていない。赤司以上の状況判断能力とパス技術を持つ彼の適切なパスワークによって、点数を奪われていく。
何よりも驚きだったのが、この二人のバスケプレーが真摯で誠実であったことだ。これまでの血反吐を吐くような努力が窺える二人のプレーは精錬され、見る者を魅了した。
これまでの帝光中学の敵チームを舐め腐ったプレーにより、見る者を不快にさせたのとは真逆であった。周りの目には、悪者を倒すための正義の味方が彗星の如く登場したように映った。
結果、観客達を始め、これまで帝光中学に関わり馬鹿にされた者達は、このジェイソン・シルバー、ナッシュ・ゴールド・jrに惜しみない声援を送ることとなる。
逆に完全にアウェイとなった帝光中学側はその勢いを徐々に失っていく。
コート上には疲労の表情を隠し切れないキセキの世代のメンバーが呆然と立ち尽くしている。
何が起きているのか分からない。そう言いたげであった。
しかし、その中でも未だ戦意を失わずにいる二人がいた。
それは赤司に青峰であった。
負けることが許されない赤司と、ようやく自分の全力をぶつけることのできる敵の登場に喜ぶ青峰。
そして、後半戦が始まる。
赤司と青峰だけが、前半以上の勢いを持って迎え撃つ。
そんな二人を見て他の三人も立ち上がる。
しかし、次の瞬間だった。
ゾッとするような冷たいものがキセキの世代ら五人の全身を襲う。
本能が警告を発しているのだ。
逃げろと。
その原因は目の前の男であることは全員すぐに気づいた。
シルバー、彼が目を閉じ、深呼吸をしていた。
何をしているのかは分からない。
ただ、彼の全身から漏れ出るオーラのようなものが一層大きくなったような気がした。
ゆっくりと瞳を開く。
その眼から、光の軌跡のようなものが見えた気がした。
そして一言。
「……じゃあ、そろそろ本気でいかせてもらうぜ? キセキの世代さんとやら。」
挑戦的な表情を浮かべ、流暢な日本語で語ったその言葉に、メンバー間に一気に緊張が走る。
あくまでこれまでは本気でなかったと彼は言ったのだ。
その言葉通り、そこからの展開はこれまで以上の一方的なものへとなっていった。
これまでも十分化け物であったが、そのパフォーマンスは同じ人間であるのかと疑うほどであった。最早トリプルチームでさえも彼を止めることは叶わず蹴散らされていく。
さらに、ナッシュもシルバーに呼応するようにその実力を発揮してくる。
これまでパスワークに徹していた彼だが、シルバーと同等の攻撃力を持って、自らもゴールを奪い取ってくる。
さらには『天帝の眼』を持つ赤司を完封し、翻弄してきた。
これまで赤司の敗北する姿を見たことが無いチームメイトにも動揺が走る。
一方の赤司は、初めて経験する敗北に周り以上に動揺し、パフォーマンスがガタガタになっていく。チームの精神的支柱である赤司の異変も重なってさらに点数差は絶望的になっていく。
唯一、青峰だけは敵に食らい続けるが流れを変えるまでには至らない。
途中、流れを変えるべくシックスマンである黒子も投入される。
しかしシルバーの並外れた『野生』によって黒子の働きさえも易々と封じ込められる。
その後、シルバーとナッシュがバスケの本場であるアメリカで無双を誇る天才の二人組であることが桃井によって判明する。それと一緒にいくつかの情報も集めることに成功するが、攻略の糸口を見つけ出すことはできない。
何とか打開策を求め続ける帝光中学だが全てが無に帰される。
そしてそのまま試合は終了する。
121対43
まさに圧倒的。
帝光中学の優勝が確信されていただけに大番狂わせであった。
準決勝にすら駒を進めることができなかった事実に、記者やマスコミも慌ただしくしている。
その中でコート上では挨拶がされた後になっても、そこには放心したようにキセキの世代のメンバーが立ち尽くしていた。
そんなメンバーの前に進み出る一人の男がいた。
シルバーである。
シルバーは疲れた様子を見せることもなく、赤司、青峰、緑間、黄瀬、紫原の一人ずつを見渡すと、その口元をまるで相手を馬鹿にするように歪める。
「……くっ、はっはっはっ!! 本当、お笑いだぜ! お前らその程度の実力しか持っていないくせに、キセキの世代と持てはやされていい気になって、ふんぞり返ってたのかよ! 期待した俺が馬鹿だったぜ。」
「……なっ!?」
シルバーの言葉に真っ先に反応したのは黄瀬である。馬鹿にされたことに顔を赤くするものの何も言い返せない。それもそうだ、シルバーの言ったことは全くの事実なのだから。
そんな黄瀬を見てシルバーは続ける。
「自分以外のチームメイトにパスも出さない。しかも何人かは最近まともに練習していなかっただろう。後半のスタミナ不足ですぐに分かったぜ? チームメイト同士で連携なんて取らなくても、練習なんてしなくても余裕で勝てるとでも思っていたのか?」
シルバーの言葉に誰も何も言い返すことができない。
そしてこれまで相手を馬鹿にしたようなシルバーの顔が突如、怒りに包まれる。
「……てめぇら、いい加減にしろよ? バスケをあまり侮辱するんじゃないぞ? 周りに敵がいないからっていい気になってんじゃねえぞ。そういうのをお前らの国の言葉で井の中の蛙って言うんだぜ? はっきり言ってやる、てめえらなんて大したことはない。目障りだから調子に乗るのもたいがいにしろ。だが、まあ……。」
ここでシルバーは再び全員の表情を確認した後に、相手を試すような表情を浮かべる。
「もし真面目に練習して真摯にバスケに向き合うことができたなら、また相手してやるよ。」
シルバーは最後にこう言い残し、大歓声をその身に受けながら悠然と去っていった。
俺が控室に入ると、ナッシュが目に入る。
ナッシュはロッカーを背にし、腕を組み探るようにこちらを見つめてくる。
「シルバー。お前が日本に来た理由はあいつら五人……いや、六人だな?」
「はっ、流石だな。なんでもお見通しってわけだ。」
「そりゃあな……、あれほどの逸材が日本にいたってことに驚いたぜ。俺たちの国にだってそうそういないぞ? まあ、今日のあれは無かったけどな。しかし、まともに練習して連携を取ってきたらもうちょっと楽しめただろうよ。」
「そうだろう? 分かってるじゃないか。」
俺は思わずにやけてしまうのを我慢せずナッシュを改めて見つめて続ける。
「……あいつらはここから強くなるぜ。最後のあいつらの表情を見れば分かる。」
「……ふっ、それは楽しみだな。……しかし、もう少しまともなメンバーが欲しいな。俺たち二人だけってのもな。」
ナッシュが考えるようにそんなことを呟く。
「それなら心配ない。来年、とっておきの奴が俺たちの国から日本に来る予定だ。そいつも今日の奴ら同様、逸材だぜ。そいつを俺たちのチームに入れる。既に連絡は取ってある。」
「そんな奴がいたか? ……まあお前が言うなら間違いないだろう。」
「今日は対戦ありがとうございました。」
「うおっ!?」
突如かけられた声にびびり、思わず大声をあげてしまう。
声のした方向に目を向けると、なんとそこに黒子がいた。いつの間にそこにいたのか分からない。
ちなみに視野の広いナッシュは気づいていたようだ。分かってて黙っててやがったな、こいつ。その証拠に悪戯が成功した子供のようにこちらにニヤニヤした顔を向けてくる。殴ってやろうか。
……しかし試合の時から思ってたけどまじで黒子って影薄いな。ていうか心臓に悪いなこれ。
「ええと、シルバーさんですよね。今日は本当にありがとうございました。」
見ると、試合に負けたというのに黒子の表情はどこか嬉しそうであった。
原作を知っている俺にとってみればその理由は分かるが、ここは分からないふりをしておくのが自然だろう。
「はぁ? 何を言ってるんだ? 訳分からん事言ってないで、とっとと帰りやがれ。」
俺の突き放すような言葉に黒子は不思議そうな表情を浮かべた後、少し考える様子を見せ、うっすら優しい笑みを浮かべてくる。
「……実は僕、人間観察が得意なんですよ。」
「……だから?」
「その人が嘘をついているかどうかなんとなく分かるんですよね。」
そう言われた瞬間、羞恥の感情が湧き上がってくるのを感じた。
俺の寒い芝居がばれていたという事だろう。
あ、これはめっちゃ恥ずかしいわ。
「ちっ、うるせえっ! どっか行けっ!」
俺がそう言うと黒子はその幼い顔立ちに勇ましさを込め、こちらを見据えこう言ってきた。
「そうですね、もう行きます。では最後に一言だけ。今度会う時は絶対に負けませんよ。」
「……そうかよ、楽しみしてるぜ。」
隠し事はできないと観念した俺の言葉に笑顔を浮かべた黒子が去っていった。
黒子がいなくなったことを確認したナッシュが「で、あいつ何て言っていたんだ?」と日本語での会話が一切聞き取れなかったことから、こちらにそう問いかけてくる。
「次は絶対に負けないだとよ。」
「……はっ、それはそれは。」
その後も俺とナッシュは今後現れる強敵の存在にワクワクしながらしばらく語り合った。
……それにしても原作で火神が黒子に苦労させられていたのが実感できたぜ。
それから俺たちのチームは当然のように勝ち進んでいき、全国大会で優勝を果たした。勿論、手を抜くなんてことはせず全力で戦った。
そうして俺とナッシュは一躍有名人となった。
取材など鬱陶しかったが、一言だけこう答えておいた。
「高校でもすぐに全国優勝を果たして見せる」と。
……これでうまくいったよな? 黒子もああ言っていたし。
さあこれで、キセキの世代が揃った高校生の舞台を見ることができる。
……あぁ、楽しみだ。楽しみ過ぎてやばい。
俺もあいつらの期待に応えれるように、これまで以上に死ぬほど練習しないとだな。
選手の控室、今ここは葬式のように重い空気が辺りを満たしていた。
それはそうだ。
勝つことが当然であり、理念でもあった帝光中学にとっての敗北。
敗北の要因は、まさにシルバーが放ったあの言葉の通りであった。
確かにシルバーとナッシュは強かったが、ポテンシャルだけで言えば帝光中学側だって負けてない。
油断、傲慢それらが、圧倒的敗北へとつながったのだ。
それを分かっていながら誰も口を開かない。
その中で真っ先に口を開いたのは黒子であった。
「……僕はこれでよかったと思います。」
その言葉はシンとしたこの空間によく響いた。
何がよかったのか、敢えてそこは語らない黒子だったが、その言葉の意味は誰もが痛いほどよく分かった。
そしてその通りだとも。
次の瞬間、青峰が立ち上がる。皆が青峰に視線を向ける。
「……みんな、すまねえ。元はと言えば俺が練習をさぼり始めたのがきっかけだ。俺のしょうもない気持ちのせいで皆を巻き込んじまった。」
なんとあの青峰が頭を下げて謝罪をしてきたのだ。
これには周りのメンバーは驚きを隠せない。黄瀬や紫原なんかは目を大きく見開き、信じられないものを見るような表情を浮かべている。最近の青峰は投げやりになっており、何もかもに関心がなく、周りのチームメイトにも冷たく当たっていた。
しかし、今の青峰は違う。
その眼にはかつて宿っていた強くなるための貪欲な想いが、意志が宿っていた。
そして続けてこう言った。
「……自分でも都合のいいことだって思う。でもお願いだ。皆、高校でもう一度力を貸してくれないか?」
その姿は完全に以前の青峰に戻っていた。
バスケを愛し、ひたすら強くなることを望み、強者を求めていたあの姿に。
……いや、かつての青峰以上の強い意志が今の青峰からは感じられた。
すぐに反応したのは黄瀬。元々黄瀬は青峰に憧れてバスケを始めたのだ。今の青峰の気持ちに感化されない訳がなかった。
「勿論っすよ! それに俺もなんやかんや練習さぼったりしてたし……。また皆で頑張ってあのシルバーとナッシュにリベンジっす!」
敗北が要因となり生まれた新しい風はどんどんと勢いを増していく。
「……あ~、俺はそういう熱いのは勘弁ね。でもまあ負けたままで、しかもああまで言われたら黙ってるわけにはいかないよね~。……ん、俺も高校でリベンジしてあいつの吠え面みるのに協力するよ。」
同じく練習をさぼっていた紫原も面倒そうな態度はとりつつも、その内には青峰にも負けないほどの対抗意識を燃え上がらせていた。
そしてこの男もまた。
「……ふ、青峰に言われるまでもないのだよ。このまま大人しく引き下がるほど俺も落ちていないのだよ。練習をさぼっていたつもりは毛頭ないが、必ず勝って見せるのだよ。」
圧倒的実力を持ってしまったがゆえに完全に歯車が崩壊してしまっていたキセキの世代。
その六人中の五人が今日の敗北で、より強固な歯車に生まれ変わり、繋がろうとしていた。
その様子を見て、桃井は思わずその瞳から大粒の涙をこぼしていた。
もう戻ることはないと思っていた光景。
それが今まさに目の前で戻ろうとしていた。
夢ではないかと頬をつねるが、まぎれもなく現実。
こんなに嬉しい気持ちは仮にこの全国大会で優勝したとしても得られなかっただろう。
「……みんな。私も……私も頑張る。絶対に高校に行っても頑張るから!」
そして、残る歯車は残り一つ。
皆の視線は自然と一人の男に向けられる。
そう、主将である赤司である。
彼はベンチに腰掛け、顔を俯かせ、ピクリとも動かなかった。
彼は心の中で混乱していた。
赤司にとって、全てにおいて自分が勝者であり、全てに勝つ自分こそが絶対なのだと信じて疑わなかった。
そしてこれまでもその信念に基づき、すべてに対し勝利を収めてきた。
つまり負けることは自分自身の存在意義の否定であり、死をも意味する。
そう思っていた。
負けてしまえば全てがそこで終わりだと。
今でもその考えは変わらない。変わらないはずだった。
……だが、なぜだ。
なぜこんなにも悔しいと思う?
もうここで僕は終わっているのだ。
この後には何も残らない。
そのはずではなかったのか?
それにそもそもバスケそのものもここ最近は楽しく感じることはなかった。
それなのに……。
「赤司君。」
その時、声を掛けられた。顔を上げずとも分かった。テツヤの声だ。
その声には慈愛すら感じる優しいものが含まれていた。
思わず顔を上げる。
顔を上げた自分を見た周りの人間が驚いている様子がみて分かった。
テツヤも一瞬驚いているようだったが、すぐに微笑みかけてくる。
「……赤司君、すみません。今まで色々な重圧をかけてしまって。これからは皆で協力して勝利を勝ち取りましょう。」
テツヤがそう言い、手をさし伸ばしてくる。
しかし僕はその手を取ることはしない。
「……僕にとって勝ちこそがすべてだった。負けてしまった僕はもうバスケをする資格もない。それに僕はもうバスケはしたくない……。」
見たことがないほど弱気な赤司。
しかし、この赤司に対し青峰が発破をかける。
「……おいおい何言ってんだよ。そんなボロボロ悔し涙まで流してそれはないだろう?」
「……っ!?」
大輝にそう言われて気づいた。僕は涙を流していた。
これは……?
「……まだ気づかないか赤司? 意外なのだよ、お前にも意外と馬鹿な面があったとはな。赤司、お前はバスケが誰よりも好きなのだよ。その涙が何よりの証拠なのだよ。……いいのか、その大好きなバスケで負けたままでいるなんて。」
「……えと、赤ちん。色々迷惑かけたけど俺も頑張るからさ。赤ちんに辞められるとあのふざけたアメリカ野郎にも勝てなくなるでしょ?」
「そうっすよ! 赤司っちがやめたら誰がこの青峰っちとかの面倒見るんですか!? 誰にも手に負えないっすよ!」
「おい黄瀬、てめえ喧嘩売ってんのか?」
ぎゃーぎゃーと盛り上がるその光景を見て、いつしか忘れていた自分の中のバスケを楽しいと思っていた記憶が蘇ってくる。
どうして今まで忘れていたのか。
そうか僕は……いや、俺は……。
「……黒子、そして青峰、緑間、紫原、黄瀬それに桃井。」
俺の変化に気付いたみんなが驚いたように見つめてくる。
「皆の言う通りだ。このまま負けたままで引き下がれるものか。次こそ必ず勝つぞ。」
俺の言葉に皆は強く応えてくれた。