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⑴
「なんの前触れもなしに、忽然と消えたんだ」
「床に吸い込まれたような感じだった」
「いや、床が抜け落ちたみたいに……」
上層部に呼ばれたテレーズと行き違いになったようで、待っていたのは混乱気味の〝
目撃者多数にも関わらず、彼らの話はいっこうに要領を得ない。
現場に連れていってもらっても、どう見てもただの通路で、人が入り込める空間もないようだ。
「誘拐……じゃないんですよね?」
「お前以外に、神子様を誘拐するような不埒なヤツはおらん!」
確かにそんなこともあったけど、今回は俺は無実だ。アリバイもあるし。
「ミコ様~っ! できることなら今すぐおそばにっ!」
「いっそのこと、俺が先にミコ様をさらっておけば」
「おい、ちょっと待て! どさくさに紛れてなんてことを」
コイツら、なんで同時にしゃべるかな。
……ならば、ほかに考えられるのは。
「転移魔術……とか?」
「なんだと! そんなバカなことがあるか」
「この構内で、魔術は使えないはずだっ」
「ミコ様が遠くへ飛ばされたなど、恐ろしいことを口にするな!」
「おお! ミリス様、今こそご加護をっ!!」
ほんとにうるせーな、こいつら。
「床下に消えたってんなら、地下じゃないの?」
エリスのつぶやきは、騎士たちの声にかき消されて俺にしか届かない。
それはないと思いたい。思いたいが……
ワチャワチャやってると、憔悴した様子のテレーズが戻ってきた。
「ああ……ルーデウス君、来てくれたんだ……。ここはアレなんで、場所を移そう」
現場から中庭へ、さっきと逆のルートを辿っているらしい。
目を皿のようにして手がかりを探す騎士たちと一緒に、テレーズに付いていった。
穏やかな昼下がり。
日差しのうららかさとは裏腹に、一団のまとう空気は暗く重たい。
「ダメだ……お前たちが目撃したことを伝えても、信じてもらえない。
いや、信用してもらえたところで、突然消えたとあっては、どこをお探しすればいいのか見当もつかない……」
ベンチに腰掛ける俺たちとテレーズ、それを取り囲むように立つ7人の騎士。
皆が沈痛な様子でうつむいている。鎧がなかったら背中ごと丸まっているだろう。
「テレーズさん自身は、姿が消える瞬間は見てないんですか?」
「ああ。私は彼女たちの前を歩いていたからな。
声は聞こえていたよ。直前まで、他愛のない話をされてたんだ。
ふたつ一緒になって指輪が喜んでいる、って姫君が言われた直後だった」
「指輪がふたつ……一緒になった?」
「大きい指輪と一緒に鎖にとおした、とかなんとかおっしゃって……」
たがいに引き合うとされる指輪。なんらかのマジックアイテムらしい指輪。
揃うと、なにかが起こる?
夢の中……箱から取り出された指輪は、すぐに騎士と姫君がそれぞれ身に付けた。
その後ふたつ揃ったのは、待ち合わせ場所で襲われながら指輪を拾った時だ。
右手に剣を持っていたから、自分も指輪を嵌めていた左手で握り込んだのだろう。
そして、そのまま礼拝堂に逃げ込んだ騎士は
———地下に落ちた。
「エリス」
「なに?」
「傭兵団から、昨日発注したスクロールを仕上がってるぶん全部もらって来てくれ。
俺は先にあの遺跡に向かう」
「わかったわ!」
最悪の事態だ。
「ルーデウス君! 突然どうしたんだ?」
俺たちが走り出した背後で、テレーズの声がした。
「一刻を争うかもしれません。地下に降りられるかやってみます!」
「地下? なんのことだ!」
テレーズや騎士達の気配を背中に感じながら、遺跡へと急いだ。
⑵
闇だ。
突然床が消え、深い穴に落ちたと思ったけれど、意外と軟着陸できたようだ。
少々お尻を打ったくらいで、怪我はない。
腰をさすりながら、神子は身体を起こした。
ホゥ。
大きな銀フクロウが、身体を光らせながら暗闇に浮かび上がった。
「ナース! 良かった、一緒にいてくれたんですね」
フクロウの放つ明かりを頼りに見回すと、うずくまるナリス姫の姿があった。
傍らには、鍛錬用の木剣も。
「姫様、姫様。大丈夫ですか?」
神子はいざり寄って、薄い肩に手を掛けた。
「……あ……神子様……ここは?……」
ちょっとした広場に見える。大聖堂の内部くらいの広さはありそうだ。
デコボコと影を落として浮かびあがる岩肌の天井までは4〜5メートルほどか、圧迫感はそれほどない。
「わかりません……いえ、わかるかもしれません。でも……」
歯切れの悪い返事になったのは、神子自身が認めたくなかったからだ。
昨日ルーデウスに見せてもらった、緑色の髪を持つ騎士の最期となった場所。
そうでなければいい。でも、もし、そうだったら……
カ……ン
どこかで物音がしなかったか?
背筋に冷たいものが走り、神子は思わず木剣をキュッと握りしめた。
スケ……スケル……、名前を口にするのも恐ろしい、あの、贅肉ゼロ筋肉や内臓すらゼロの者たちが集まってきたら終わりだ。
「姫様、立てますか?」
「ああ……足を少し痛めたようです。でも、大丈夫。歩けます」
ヨロめく姫君を支え、みずからを叱咤しながら神子は立ちあがった。
鍛錬用の動きやすい服装でよかった、と思う一方で、ドレス姿で足まで傷めてしまった姫君が心配でならない。
ここは自分が、気持ちを強く持たねば。
神子はそう心に決める。
「ナース、こんな広いところで、スケ……スケさんたちに囲まれたら危険です。
どこか、避難できそうなところを探しましょう」
「……スケスケさん?」
「ええ、色白で骨格美人の……。出会わなければいいのですが」
ホッ、ホッ、ホゥ。
小刻みに鳴いてトコトコ歩き出したナースのうしろを、ゆっくり進む。
通路らしき分岐がある。さいわい閉じ込められているわけではなさそうだ。
虫かネズミか、なにか小さな生きものが物陰から走り逃げるたび、ふたり一緒にビクリと飛びあがった。
ところどころに石畳や石壁の残骸など、人工物らしきものの跡がある。
自然にできた洞窟というわけではないのだろう。
身を隠せる建物でも残っていればいいけれど、と神子は思う。
木剣を持つのと反対側の腕に、姫君がしがみついている。伝わってくる震えとほのかな体温。
「大丈夫。しばらく待ったら、きっと助けが来ますよ。
ルーデウス様も、なにかあったら来てくれるっておっしゃってたじゃありませんか。
ああ見えて……っていうと失礼ですけれど、あの方、すっごくお強いんですよ?
うちの騎士さんたち全員で束になって掛かっても、まったくかないませんでしたもの」
「ええっ? あんまりそんな感じには……って、ほんとに失礼ですわね」
ウフフ……と笑いあうと、少し気持ちが落ち着いた。
これまでの人生、守られる立場にしか身を置いてこなかった。
神子である自分を助けるために、身を挺し、命を落としていった者も決して少なくない。
彼らのためにも、こんなところで終わるわけにはいかないのだ。
もちろん姫君も一緒に、無事に帰ってみせる。
神子は木剣を高らかに突きあげた。
「私は今から、ただの神子ではありません。
剣王エリス様の弟子、ミコリスなのですっ!」
〝よしっ!〟とばかりに木剣を握る手でガッツポーズ。
ミコリスこと神子は、しっかりと暗闇を見据えた。
⑶
「展示遺跡になんの関係が?
お、おい、ルーデウス君! なにをする!」
「『
下にはちゃんと地面があったらしく、見えない階下の底から、敷石を持ちあげながら数本の土槍が突き出した。
指輪が釣れたと思しきあたりだ。
ここから内部に入れればいいが。
ダメなら地面を結界ごと、力ずくでブチ抜いてみるしかないだろうが、多分無理だろう。
なにしろ数百年ものの結界だ。
「貴重な遺跡だぞ! 気でも狂ったか!」
後ろから鎧の腕が伸びてきて、羽交い締めにされた。
「俺のやることに、関わらないほうがいいですよ。
皆さんの教団内での立場が悪くなるかもしれません」
「……どういうことだ?」
「教皇から口止めされていたのですが……」
思わせぶりな言い回しをすれば、俺を抑えていた騎士の腕が緩んだ。
「この一帯には、教団設立当時からの町並みが、地下迷宮となって残っています。
長いあいだ強固な結界で隔離されつづけ、誰も入ることはできない迷宮が。
ひと握りの幹部しか知らないことなので、訴えても存在を認めたりしないでしょう。
ですが恐らく、ミコさんたちはそこにいます」
いつの間にか勢ぞろいしていた騎士達が、目に見えて動揺した。
「聖なるミリシオンに地下迷宮だなんて、寝ぼけたことを!」
「ミコ様が迷い込まれたというのか?」
「幹部しか知らないことを、部外者のお前がなんで知っている!」
「教団に対する不敬発言だ! 証拠はあるのか!」
ああもう、鬱陶しい!
「証拠は俺だ!! 俺自身が一度落ちたんだ!(夢の中だが)」
キレ気味に叫べば、ようやく静かになった。
こいつらはややこしいので、代表してテレーズと話すことにする。
「ここからなら、地下に降りていけるかもしれません。ぶっちゃけ、ただの勘ですが。
ただ、急いだほうがいいのは確かです。中にいる魔物に襲われる可能性があります。
皆さんは教団からの命令がないと動けないでしょうが、せめて邪魔はしないでください」
「み……ミコ様が……襲われる……?」
「そ、そんな……」
うろたえる部下たちを思案げに一瞥したテレーズは、すぐに視線を俺に向けた。
「わかった。私が一緒に行こう。
私なら、どちらにしろ明日から謹慎を言い渡されているし、処分も決定している」
「「副隊長っ!」」
騎士たちのすがるような呼びかけにも、テレーズの瞳は揺るがなかった。
遠巻きになる騎士たちを尻目に、浮きあがった敷石を取り除いていくと、ぽっかりと暗い空間が現れた。
思ったとおりだ。ここから、さらに下へと降りていけそうだ。
「ルーデウス! 10枚ちょっとできてたわ!」
光の精霊のスクロールを持って、エリスも戻ってきた。
⑷
7人の騎士たちは、テレーズから地上待機を命じられ、置いてけぼりにされたワンコの目で俺たちを見送る。
慕ってやまない、大切なオタサーの姫の危機なのだから、気が気じゃないだろう。
皆がミコさんの身を心配しながらも、教団の騎士として勝手な振る舞いは許されない。
こちらとしては手を貸してもらえなくて残念だが、動けない彼らも気の毒と言えば気の毒なのだ。
騎士たちと別れ、空いた穴から潜りこめば、やはり建物内部は階層になっていた。
階段だったらしき部分に穴を開けつつ、下へ下へと降りていく。
ひんやりとまとわりつく空気は、湿気を含んで重い。
ベガリットの転移迷宮では感じなかった独特の陰気さは、迷宮探検というよりもお化け屋敷に踏みこむ感覚だ。
カビ臭いような腐臭のような、なんとも言えない匂いは夢の中で経験したのと同じ。
まだ入り口にも着いていないのに、すでに気の滅入る鬱々とした雰囲気が漂っている。
「テレーズさん、迷宮内部では大掛かりな火魔術は使わないでください。
一酸化炭素中毒になる恐れがあります」
「……いっさんか……? どちらにしろ、火魔術は初級レベルしか使えない。
ほかの系統も期待しないでくれ」
「え〜と、ちなみに神撃魔術はどうですか?」
「それだけは中級だな。上に残して来た連中には、上級以上の使い手が複数いるんだが」
「内部には、アンデッド系の魔物が多数いると思います。
頼りにしてますが、どうか無理はしないでくださいね」
5〜6階分も降りて最下層に着いた時、見えない壁に行き当たった。
結界だ。
「ルーデウス君、これ、かなり強固なヤツじゃないか?」
なるほど、刻まれた魔法陣を見る限りそれなりに固そうだ。
しかし迷宮全体を封じている結界は、教皇の自信たっぷりな様子からも、こんなもんじゃないと思う。
それこそペルギウス並みの術者が、強力な魔道具を介して施術するようなレベルだろう。
その中にあって、ここは勝手口か非常口みたいなものなのかもしれない。
「王級までなら問題なく破れますが……これはどうかな?
頑張ればいけるんじゃないですかね。とにかく、試してみましょう」
「……化け物だな」
「さすがルーデウスね!」
「『
まわりが崩れてくるかもしれないので、気を付けて。
ほんとうは、迷宮では土魔術も使用は要注意なんですよ。良い子は、真似をしてはいけません」
「安心してくれ。誰も真似なんかできないよ」
「できるだけ下がって! 行きますよ」
こんな至近距離で、全力岩砲弾は初めてだ。
「……『岩砲弾』!」
ドガン! ゴゴゴ……
放つとほぼ同時に、ものすごい音と地響き。
跳弾のような石の破片をやり過ごしたところで、すぐに追い討ちをかけるように石やら岩やらがドドっと降ってきた。
……ちょっ、ちょっとマズいかも。
「『
エリスとテレーズの腕を掴んで、砦の中に引きずり込んだ。
外は瓦礫の雨アラレ、土埃が口に入ってくる。
長く感じたものの、多分1分もしないうちに落下音はまばらになった。
「……収まったか」
瓦礫をよじ登りながら砦から出ると、下半身を土に埋めた光の精霊ちゃんが健気に光っていた。
「私も、魔術の使用は要注意……というのに心から同意する」
続いて這い出してきたテレーズの、本来青いはずの鎧はすっかり灰色だ。
「こんなに崩れるとは……ちょっと加減を間違えたようです」
なんだか、どうもすみません。
エリスもけっこう煤けている。まあ、先頭にいた俺が一番うす汚れてるはずだが。
こんなとこに長居したら、あっという間に鼻毛がボーボーになりそう。
爆発コントのような姿の3人がそれぞれ装束の埃を払い、3人揃ってむせて咳き込んだ。
かくして、地下迷宮への入り口が開いた。