イメージが壊れたり、限定される恐れもありますので、好まれない方はご注意を
⑴
「先ほどは、本当にありがとうございました。
冒険者に憧れていたなどと言っておきながら、なんにもできず申しわけありません」
「なにをおっしゃいますか。ナリス姫様は〝お姫様〟ですもの、当然だと思います」
薄暗がりの中、壁の外側に漏れないよう声を潜めながら、うら若い女性たちが言葉を交わす。
黙りこむと不安と心細さに押しつぶされそうで、おしゃべりで気を紛らわしていた。
「それならば、ミコリスだって神子様でいらっしゃるのに。
そう、いつも騎士様たちに大切に守られて、すごく……」
「……? 姫様?」
曖昧に途切れた言葉に、神子は首を傾げた。すぐ横にいる姫君は、なにやら遠い目をしている。
「あの……実はわたくし……冒険者よりずっと強く心惹かれておりましたものがあって……
騎士様、ですの。
女性騎士のテレーズ様も素敵ですけれど、自分がなりたいというわけではなく……
騎士様のお姿に、と、ときめいてしまうのです」
恋バナと聞けば、お年頃の神子がパックリ食いついた。
「まあっ! もしかして、
神子はワクワクと、騎士たちの姿を順に思い浮かべていった。
幼い頃から馴染みも深く、彼らのことを心から好ましく思っている。
……が、自分とて、そこそこ客観的な審美眼は持っているつもりだ。
残念なことに、王子様との縁談も経験してきたというお姫様の目に止まりそうなイケメンは……と考えれば、唸らざるをえなかった。
エリート騎士集団であるにも関わらず、さらに兜で顔もろくに見えにないにも関わらず、皆……なんというか雰囲気がモッサリしているのだ。
「いいえ、あの鎧姿そのものが好きなので、特定の誰かというのではありません」
と姫君。
……ああ、やっぱり。
せっかく独身者も多いのに。
肩を落とす神子に気が付かないまま、はにかんだ表情を浮かべながらナリス姫は言葉を続ける。
「わたくしの国にも、神殿騎士の方々が駐在なさっていますでしょう?
小さい頃からずっと、彼らの姿を見かけるたびにドキドキしていました。不思議ですわね?」
ナリス姫の中の、緑髪の騎士を慕う部分がそうさせているのかもしれないと神子は思う。
しかし、自覚のない彼女に、今さら重く悲しい話を聞かせても始まらない。
「騎士の鎧もそうですが、制服姿っていっそう素敵に見えてしまいますよね。
ほら今日の、ローブを着たルーデウス様や剣士姿のエリス様も格好良かったじゃありませんか」
「そうですね。でも、初めてお会いした時の服装も素敵に着こなしていらっしゃいましたけれど……っっ……!」
「? どうされました? 姫様」
話の途中で息を飲んだナリス姫が、そのまま顔を両手で覆ってしまった。隙間から覗く肌が赤い。
「なんてこと……!
たった今気付きました。わたくし、あの時の口づけが、はっ……初めてだったのです〜。
しかも、はしたなくも自分から……」
「あ、あらぁ……で、でもっ! ルーデウス様は別に気にしてらっしゃらないみたいですからっ」
初めてキスをした相手に大して気にしてもらえないのも、それはそれで悲しいことかもしれないと思ったりもするが。
神子は、遅まきの羞恥に震える姫君の背中を撫で、話題を元に戻した。
「ナリス姫様の制服は、ドレスに冠でしょうか。
私は、神事の際に身に付ける白装束かも……あ……?」
聞こえた。
遠く、かすかに……だけれどはっきりと。
固いものどうしがぶつかり合う音が。
⑵
しかも関節からバラバラに崩れても、すぐに復活するからタチが悪い。
背後にいるだろうもっと上位の魔物を断たなければ、次々と現れ、復活してキリがないのだ。
完全に消滅させるには、粉々に打ち砕くか、1体1体神撃魔術を施すしかなかった。
「『フロスト・ノヴァ』」
凍りついたころを、岩砲弾で砕いていく。
年代物の骸骨であるコイツらの内部に、水分はほぼない。
凍りついても表面上だけのことだ。せいぜい足止めができる程度。
多少は脆くなるくらいで、結局は力で破壊する羽目になる。
「エリス、光の太刀は迷宮の壁や天井まで壊す恐れがあるから、なるべく使わないでくれ。
ミリシオンには大きな湖や川がある。水が流れ込んできたら一大事だ」
「面倒だけれど、わかったわ!」
魔術も大がかりなものは使用が制限されるのが、なんとももどかしい。
神撃魔術で数体を灰にしたテレーズが、魔術をやめて剣に戻した。
「キリがない。ここで魔力を消費してしまうと、
そうはいうものの、テレーズの腕力では、1体倒すのに何回も剣を振るわなければならなかった。
スケルトンは、生前の能力を残すという。
感情や思考まで残存しているとは思えないが、武器を握りしめている者や服の残骸らしきボロを巻きつけている者もいる。
凍らせていなかったら、きっと手ごわい動きを見せるのもいたはずだ。
どう見ても人族とは思えない異形の骸骨は、人魔大戦時の魔族のものなのだろう。
手近なところから凍らせて動きを止めては、復活できないよう細かく破壊しつづけた。
「……テレーズさん。スケルトンって、この場所で死んだ人間なんですよね?」
「そうだっ」 テレーズの息はわずかに上がっている。
「戦いの跡地とはいえ、あまりに数が多くありませんか?
戦後復興時に陥没したために埋め立てられたと聞いたのですが、それにしては……」
話しながらも手は止められない。
もう百体以上は片付けたはずだが、新手がどんどん押し寄せてくる。
これでは体力を奪われるばかりだ。俺たちはともかく、テレーズが持たないかもしれない。
上位のアンデッドを探したほうがいいだろう。早くミコさんたちを探さないといけないからな。
「ちょっと雷落とします。大きな音が出ますよ!
『
充分に離れてはいたものの、轟音と閃光にふたりの肩がビクリと上がった。
肉体のないスケルトンは感電してもどうってことなさそうだが、それでも衝撃で数十体が吹っ飛んだ。
俺の目的はそれよりも光だ。数瞬、昼間の明るさで遠くまで見通しがきいた。
「ん?」
あたり一面茶色と灰色の中に、ほんの小さく真っ白いなにかが見えた。
「すみません、俺あっちに行ってみます。なにかあるようだ」
時間稼ぎに、強めに放ったフロスト・ノヴァで見えている範囲のスケルトンをすべて凍らせ、一部は重ねて
これでしばらくは、もつだろう。
「エリス、悪いけどあと頼むな!」
「ねえ、寒いんだけど!」
「身体動かしてたら、あったまるよ」
エリスからの苦情を背に、砕氷船のように凍ったスケルトンを砕きながら、俺は広間を抜けていった。
⑶
カタカタという音が、バリケードを揺らしている。
さらにはどこかで爆音まで聞こえ、ズシンとした衝撃とともに建物そのものが振動した。
外はどうなっているのか、不安しかない。
非力なふたりが協力しあって入り口を瓦礫で塞いだものの、決壊するのも時間の問題だろう。
塞いでいた石のひとつがグラグラと揺れたのを、慌てて押さえ込む。
ホッとしたのも束の間、同時に別の箇所があちこち揺れはじめ、ついには全身を使って必死に支えた。
しかし、急ごしらえで寄せ集めのバリケードを押さえ留めるのには、どうにも無理があった。
ボコリ
外れた石がひとつ神子の足元に転がり落ち、そこから骨の腕が入り込んだ。
「ひっ!」
ドレスの裾をつかまれた姫君が、後ろに飛びずさろうとしてバランスを崩す。
「姫様っ」
神子は立てかけていた木剣を手に取り、思い切り振り下ろした。
バキャンと音を立てて肘から先の骨がバラバラになり、自由になった姫君が体勢を立て直す。
が、そうする間にも、空いた穴を広げるように、腕の先を失ったスケルトンが上腕部と頭蓋骨をねじ込んでくる。
「このスケさん、まだ入ってきますっ!」
神子がさらに木剣を振り下ろして頭部が落ちようが、スケルトンは侵入をやめなかった。
姫君も石を手に参戦し、中に入ってきた部位の順にバラバラに殴り落とすことができた。
「……やりました?」
「いえ、ダメですっ」
ちりぢりになっていたスケルトンの破片がスルスル集まる様子に、厳しい表情を浮かべたままの神子は、さらに打撃を加えつづける。
「たしかこのヒトたちは、放っておくと再生しちゃうのです!」
「ああっ、大変! ミコリス! 別のが侵入してきましたわ!」
石で殴るも、姫君ひとりではパワーが足りず、ズルズルと入り込んでくるのを止められない。
とうとう全身が目の前に現れた。
「どどどどうしましょう!!」
「姫様、こっちへ!」
2体目に気をとられた隙に、最初のスケルトンまで再生してしまった。
飛びかかろうとしたスケルトンたちに、ナースが斜め上から体当たりした。
不意打ちに、スケルトンは互いにぶつかり合うようによろけたものの、その硬い腕を振り上げてナースを打ち据えた。
「あっ! ナース!!」
その間、頭上からパラパラと小石が降ってくるのを感じたが、彼女たちには見上げる暇も気にする余裕すらない。
2体のスケルトンと向き合ったその時、天井の破れからなにかが飛び込み、シュッと目の前をよぎった。
「えっ?」
立ちふさがるように目の前に現れたのは、やはりスケルトンだった。
剣を手に、剥き出しの背骨をよじって自分たちのほうを振り向いた。
「さ、3体目……!」
眼球のない空っぽの眼窩を向けてくる、もとは人間だった魔物……
ナースが力尽きたのか建物内がゆっくり暗くなり、ほの光るスケルトンたちだけが浮かびあがった。
「うそ……こんなことって……」
神子は呆然と立ち尽くした。
⑷
雷光に浮かんだ一瞬の記憶を頼りに進み、やがて目標物を視認できる距離まで来た。
比較的原型をとどめている建物の残骸、その壁にある布っぽい白いもの。
周囲のものはどれも100年単位の年代物の中、明らかに異質な、真新しい白さが目立っている。
この辺りのスケルトンまでには、さっきのフロスト・ノヴァは届いていない。
鬱陶しく行く手を阻もうとするヤツらを凍らせては壊し、建物に群がっていたのもすべて排除すると、引っかかっていた布をもぎ取った。
そこにアスラ王国の紋章をチラリと確認、すぐに入り口を塞いでいたらしき瓦礫を泥沼で沈め、そのまま建物内部に飛び込んだ。
「!!」
内部の暗さに俺の目が慣れるわずかの時間に、1体のスケルトンが奥の床下に姿を消した。
一瞬注意を取られるも、今はアレを追いかけるより、ミコさんたちの無事を確認するほうが先だ。
俺に続いて光の精霊が建物内にツウっと入り、あたりを柔らかく照らす。
「……ルーデウスさま……」
ふたりの女性が、ヘタヘタとその場に座り込んだ
周囲にはガイコツの残骸が粉々に散っている。
「それは、おふたりが倒したんですか……?」
「いっ、いえ、それが実は」
「っ! 『岩砲弾』!」
入ってこようとしたスケルトンを吹っ飛ばし、すぐに入り口を
「……お話の途中にすみません。とりあえずはもう安全です」
「そうだ! ナースがっ!」
ミコさんの視線の先には、翼を不恰好に広げたままのフクロウが壁際に倒れていた。
近付いて、そっと手を添えてみる。
……温かい。大丈夫、骨折はしてそうだが、命に別状はない。
俺は心配顔のミコさんに、小さく笑みを返した。
そういえばコイツを抱くのは初めてだな……などと思いながら、乱れた羽を整えながら腕に抱える。
そう重くはないが、なかなかのボリュームだ。
エクスヒーリングを詠唱。
ほんのりと光に包まれたナースは小さく身じろぎし、
ゆっくり開いたまん丸の目で俺を見上げ……
ギーッッ!!
威嚇の鳴き声をあげて暴れると、翼で俺を押しやってミコさんのほうへと逃げていった。
「お前なぁ」
好かれてないのは知ってるけれど。そりゃないんじゃないの?
苦笑しか出てこない。
「こら、ナース! 助けてくれた方に、その態度はいけませんっ!
……ルーデウス様、ごめんなさい。ありがとうございます」
いや、まあ、フクロウ相手に怒るほど長閑な状況でもないし。
「コイツなりに、精いっぱい守ってくれたんでしょう」
「ええ。この子が身体を張って、守ってくれました」
ミコさんは愛おしそうに羽毛をそっと撫で、ナースも気持ち良さげに目を細めた。
俺はナースを抱きかかえるミコさんから離れ、座り込んだ姫君のそばにひざまずいた。
「大丈夫ですか? お怪我とかは……」
「はい、大事ありません。
それで、ルーデウス様。先ほどのお尋ねについてですが……
そこに散乱している骨は、わたくしたちが倒したのではありません」
「……では、誰が? ナースでは……ありませんよね?」
ドレスを泥で汚したナリス姫は、よく見ると、その両手も砂だらけだった。
箸よりも重いものを持たないような白く華奢な手が。まあ、この世界で箸を持つような人間は、俺とナナホシくらいかもだが。
ナースを撫でるミコさんの手も、同様に汚れていた。
ふたりとも奮闘したのだろう。
「もちろん、ミコリスも戦って守ってくださったのですが」
……なんか引っかかる呼び名があった気がするが、さっきに続いて再び話の腰を折るわけにもいかず、大人しく続きを待つ。
「これは……剣を持って現れたスケさんが、助けてくれたのです」
んん? ちょっと待て、ここに水戸黄門御一行はいないはず。
「スケさんとは、ひょっとして」
「スケルトン、ですね」
ミコさんのほうから返事があった。
ああぁ……
お姫様たちのかもす不思議な空気感に、うっかり呑まれそうになる。
いろいろツッコミたいのは山々だったが、これ以上脱力してしまうと帰り道が危険と判断して、グッとこらえた。
ふたりをテレーズのところまで、無事に連れ戻さないといけないのだから。
「俺が入ってきたのと同時に、床下に消えたヤツのことでしょうか」
気を取り直して立ちあがり、奥へ移動して覗き込むと、崩れた床の穴はそのまま深く続いているようだった。
地下迷宮に、さらに下の階層があるのか。
「あのスケさんは、ここに逃げ込む前……ミコリスとナースが大蜘蛛とやり合っていた時にも、窮地から救ってくれた方だと思うのです」
「剣を持って、助けてくれた……?」
神子さんを振り返れば、彼女は俺の目を見てコックリと頷いた。
いろいろ思うところはあるものの、とりあえず今は保留。逃げるのが先だ。
「エリスやテレーズさんも地下迷宮まで降りて来ています。
彼女たちのいるところまで、スケルトンの群れを突っ切りますよ。
危険がないよう守りますが、俺の背後から出ないよう気を付けてついてきてください」
「あっ、姫様は足を痛めておられます。走るのは、ちょっと」
ミコさんの声に姫君のほうを見やると、ちょうどヨロヨロと立ち上がるところだった。
「わかりました、俺が抱えます。ミコさんは大丈夫なんですね?」
「ミコリスです」
「えっ?」
「ミコリスと呼んでくださいませ。私は走れます」
「……了解しました」
一刻も早く安全な場所へ。
お姫様ふたり、ナリス姫とミコリスを連れてエリスのもとへ!
……うーむ、リス仲間がひとり増えちゃったね。