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⑴
(ナリス姫視点)
約束どおり助けに来てくださったルーデウス様。
驚いたことに、彼の登場で、絶体絶命の窮地がひっくり返ってしまいました。拍子抜けするほどあっさりと。
「では、外に出ます。ちょっと冷えるのはスミマセン」
そう言うと、入り口を塞いでいた土壁に穴を開け、隙間からなんらかの魔術を施されたようでした。
「姫様、片手でしかお支えできないので、しっかりつかまってくださいね」
「お手数をおかけいたします」
ミコリスとお話されていた、噂の〝お姫様だっこ〟です。まさかわたくしが、やっていただくことになろうとは。
ああ、恥ずかしい。それに重いでしょうに……
心苦しくてたまらないものの、動きづらいドレスに華奢な靴。これまでの人生で、ろくに走ったことのないわたくしです。
遠慮したところで、かえって迷惑をかけそうだと覚悟を決めるしかありません。
それでも申しわけなさに頭を下げると、大丈夫だと笑顔で首を振ったルーデウス様は、ひょいっとわたくしを抱えあげました。
「俺の首に腕を回してください。右手を離しますね」
騎士様たちと比べると細身の印象の彼でしたが、しがみついた身体は意外なほどがっしりと揺るぎなく、頼もしく感じられます。
すぐ横にあるルーデウス様のお顔、うっかりその口元に目がいってしまい、慌てて視線を外しました。
……口づけばかりか、殿方からの初めての〝お姫様だっこ〟もこのお方なのだな……
場違いな上に不謹慎な心中の発言を戒めるべく、自分の頰をペチンとひと叩き。
彼は不思議そうにわたくしを一瞥するも、すぐに真剣な眼差しを前方に向けました。
「つかまって! 行きますよ。『岩砲弾』!」
大きな破壊音が響きました。
どうやら目の前の土壁を壊したのと同時に、近くにいた数体を一緒に吹き飛ばしたようです。
上空を飛ぶ可愛らしい精霊が、周囲を明るく照らしてくれています。
眼前に広がるのは、呆れるほど多くのスケさんが冬木立のように凍てついて立ち並ぶ光景でした。
ルーデウス様は自由になる右手から魔術を放ち、行く手を阻む者たちを倒しながら進んでいかれます。
肌をかすめる氷の粒やピリリとした冷気に、不意にかつての記憶が蘇ってきました。
懐かしいラビリアの厳しい冬、王居から出て馬車に乗り込む一瞬、こんな空気をたしかに感じたものです。
「ミコさ……ミコリス、無理してないですか? 大丈夫?」
耳元でルーデウス様の声がやや大きく聞こえ、背筋を伸ばして振り返れば、頬を赤くして走るミコリスのお姿が。
「い、今こそっ……鍛錬の成果を見せる時ですっ!」
ハアハアという彼女の荒い息づかいに、今さら気付いた自分に恥じ入るばかりです。
恐ろしい思いをした反動か、まったく危なげのない腕の中で、安堵のあまり気が抜けたのはあるでしょう。
でも、だからといって、皆が一生懸命な時にのんきに故郷の思い出に浸るなんて……。
ミコリス、ほんとうにごめんなさい。
ルーデウス様もありがとうございます。
「こんな大変な時に……わたくしばかりが楽をして申しわけありません」
やっと絞りだした声は、骨や氷が砕け散る音にかき消されて誰の耳にも届かなかったようでした。
⑵
遠くで戦闘音が聞こえる。
もう少しで合流できそうだ。
俺は決して走っているつもりはない。急ぎ足程度のはずなんだが、付いてくるミコさんは小走りですっかり息を切らしてしまっている。
無理をさせているのはわかるのだが、これ以上速度を緩めた結果、万が一にも囲まれてしまう事態は避けたい。難しいところだ。
「ほら、見えてきました。あそこにいますよ!」
ミコさんの力になればと、岩砲弾を中断して指差して示す。
遠目にも、複数のシルエットがせわしなく動き回っているのがわかった。が、
「あれ? なんか人数多いな……」
エリスとテレーズふたりのはずが、もっといるような?
「ミ〜コ〜さ〜ま〜っっ!」
俺たちが近づくより早く、団体からひとりが離脱すると野太い声で叫んだ。
そいつはガチャガチャと
予想にたがわず、青い鎧姿の男だ。
「騎士様……」 「スカルさん!!」
腕の中の姫君と背後のミコさんが同時に声を上げた。
なるほど趣味の悪いドクロの兜、こいつはスカル・アッシュか。
いたな、そんなの。この場に似つかわしすぎる、辛気臭い名前だ。
「よくぞ、ご無事でっ!!」
俺たちふたりを見事にスルーして通り過ぎ、神殿騎士はミコさんの背後にぴったり付いた。
俺はともかく、ナリス姫は無視しちゃマズイでしょうに。ミコさんしか目に入ってなかったっぽい。
「全員でお助けにあがりました。どうぞ、ご安心くださいっ!」
感極まったようで、すでに涙声だ。
……結局、我慢できずに皆で地下に降りちゃったわけだ。松明でも持って進んできたのだろう。
教団からの処分も覚悟の上での行動なのか。
コイツら、ほんとにミコさん大好きだよな。
そしてようやく、テレーズたちと合流を果たした。時間にして、1時間もかかっていないと思う。
「ルーデウス君、ありがとう!! お救いしてくれたのだな」
さっきよりも疲労の色が濃いテレーズだったが、他の騎士たちと一緒に、依然としてスケルトンに向かっていた。
エリスはまだまだ元気に飛び回っているものの、そろそろ氷が溶けて動きはじめたのも出てきていた。
ほんとうに際限なく数がいる。
いったいどうなってんだ?
騎士たちに涙ながらに迎えられたミコさん。その隣に姫君をそっとおろせば、皆で守るように前後左右を取り囲んだ。
この先、彼女たちのことは騎士に任せ、俺は自分の仕事に専念させてもらおう。
「『フロスト・ノヴァ』! じゃあ、撤退しますよ!」
改めてヤツらの動きを止めて、退路を確認。
出入り口の方向はすでに大群に埋められていたが、こちらも数の力で押していけるだろう。
⑶
(神子視点)
先頭のほうでは、ルーデウス様がスケさんたちの動きを止め、エリス様が剣でなぎ払っておられます。すばらしいコンビネーションです。
私たちを取り囲む騎士さんたちは、それぞれ剣を振るったり、神撃魔術を放ったり。
光の精霊ちゃんの周りを旋回するナースは、狭い場所では騎士さんの肩に乗って羽を休めることも。
姫様とふたりっきりで心細かったのが嘘のような、頼もしい大所帯での移動です。
狭い通路を抜けて、ふたたび空間が開けました。
まだ走れると主張したものの、結局は私も姫様と同様、騎士さんに抱きかかえられてしまう事態に。
これで私も、とうとう〝お姫様だっこ〟経験者です。
子どもの頃ならいざ知らず、成人後は初めて。喜んでいる場合ではありませんが。
そう、喜んではいけないのです。エリス様の弟子なのに……
我ながら、なんて不甲斐ないのでしょう。無事に戻ったら、もっと鍛錬を頑張らなければ!
決意とともに拳を握りしめました。
パアッ
氷が融けかけて動いた一体のスケさんが、すぐ近くで神撃魔術を受けて発光、思わず目を奪われてしまいます。
足先から灰へと変わりながら、最後に残った頭部
ポッカリと虚ろな眼窩
あるはずのない眼球からの視線が
私に絡み
————チガウ! ワタシハ異端者デハナイ!
————タスケテクレ、死ニタクナイ……
ものすごい圧で
思考と映像が
頭の中に押し寄せて
脳をかき乱し
ヒィィ……
どこかから引き攣れた悲鳴が聞こえたと思ったら
私の喉から漏れた声でした。
「ミ、ミコ様っ! どうされましたか!」
地面に降ろされるのを感じながらも、頭を抱えたまま動くことができません。
……やがて少しずつ波が引くように、
名も知らぬ誰かの記憶が薄れていき……
悲しみと無念さを私の中に残して、
プッツリと消滅しました。
息をついて目を開けると、私を覗き込むいくつもの心配そうな顔が。
「すみません、落ち着きました。もう平気です」
笑ってみても、皆の気遣わしげな表情は晴れません。
これは告げるべきではないのかも……そう思いながら、私はさっき知ったことを伝えました。
「このスケさんたちは……全員じゃないにしろ、ミリス教団の犠牲者なのかもしれません。
先ほどの人は、異端審問に不当にかけられて、ここに落とされたそうです」
心を持たぬ魔物として扱われ、壊され消されてしまうこの人たちが、あまりにも気の毒で……
⑷
「そ、そんな……」
「でも……我が教団が……」
俺とエリス以外の皆が、ミコさんの言葉に衝撃を受けて立ち尽くした。
けれどもしかすると、ここで大勢のスケルトンを見た時、皆の頭をよぎった考えだったのかもしれない。
地下迷宮に無数とも言える亡者の数、それをひた隠す教団……
ミリス教団が己の権力を揺るぎないものにするために、どれだけ犠牲にしてきたかなんて考えたくもない。
それこそ万人単位だったとしても、別に驚かないだろう。
宗教なんて、多かれ少なかれ闇を抱えているもんだ。
俺が前世で聞き知った程度の知識でも、宗教がらみは迫害や対立、権力闘争の歴史だ。
ミリス教だけが清廉潔白のはずはなく、むしろかなりエグいほうの団体だと認識している。
クリフの清廉な人格は信頼していても、それとは別の話だ。
それはともかく、ミコさんの能力って……?
「ミコさ……ミコリス。目玉がない相手でも、記憶が見えたんですか?」
「ええ……自分でもよくわからないのですけれど……
さっき対面した時には、あの緑の髪の騎士さんの記憶も」
「ミコ様、話は後に。
何やら不穏な気配がします。とにかく急いで戻りましょう!」
周囲を警戒していたらしき騎士のひとりの声に、皆が現状を振り返った。
たしかに、それどころではない。
スケルトンを破壊することに良心がうずこうが、やられれば自分もコイツらの仲間入りなのだ。
ふたたび抱えあげられたミコさんを確認し、足を踏み出そうとした時
声とも音ともつかぬ途切れ途切れの響きが
————…………暴れ狂う炎…………焼きつくせ
不気味にあたりの空気を震わせた。
————……「
どこから、誰が、と認識する間もなく、俺も反射的に魔術を放つ。
「『
できうる限り厚く高く仕立てた氷の壁が、瞬時に真っ赤に染まった。
一行をグルリと囲む大きな氷の、その半分ほどが巨大な火球に飲み込まれる。
おびただしい水蒸気を上げる氷が溶けきってしまう前に、俺は内側にもう1枚、氷壁を打ち立てた。
ジュウゥゥ……ッ
炎と氷の相克は、両者が消えて収束した。
氷の壁が溶け去り、クリアになった視界。
広い空間にもかかわらず、その半分ほどを覆う禍々しい黒い影が広がっていた。
なんだ?
無風の地下空間に、ボロボロの黒いケープが風に煽られるように揺れている。
目深にかぶったフードの中は、闇に塗り込められたように翳って見えない。
これは……
ただ、やたらにデカい。7〜8メートルはあるだろうか。
思わず感心して見上げるうちに、巨大レイスが魔獣の骨とおぼしき節くれだった長い杖を振りあげた。
————…………焦げたる剣を…………敵を切り裂かん
おっと、惚けてる場合じゃない。
————「
放射状に広がりながら飛ぶたくさんの炎の刃。
エリスや騎士たちが剣で叩き落とすのを横目に、
が、レイスの黒いケープをあっさり突き抜け、後ろの壁を砕く音が響いた。
やっぱりダメか。
じゃあ、これならどうだ?
向こうからお返しとばかりに飛んできた
超音速の空気の波、強大な圧力が一瞬でレイスに届く。
虚空にレイスが消えるのにわずかに遅れ、耳を突き刺す爆音。しかし黒い姿は、数秒でふたたび現れた。
うん? ……少し小さくなったか?
気づいたら、凍りついていたスケルトンたちも徐々に動きはじめていた。
やたら火系魔術を使うと思ったら、それ狙ってやがったのな。
⑸
復活したばかりのレイスが光に包まれる。
神殿騎士たちによる神撃魔術のようだった。
「ルーデウス殿! レイスに物理攻撃は効率が悪い。ここは、我らが!」
ブツブツと詠唱しながら数人の騎士が前に出てきて、時間差で神撃魔術を打ち込みはじめた。
「任せます!」
ならば俺は、騎士たちを巻き込まないよう注意を払いつつ、泥沼でスケルトンたちの足場を沈めていく。
足元は固められても腰から上は元気なもので、相手をするのは凍らせた時よりちょっと面倒だ。
手を焼くというほどではないが。
光に包まれるたびに、少しずつであったがレイスは小さくなっていった。
それでも、隙あらばといった感じでいろんな魔術を撃ってくる。
俺やエリスなど動ける人間が、神撃魔術に専念する騎士や姫君たちを魔術による攻撃から守りながら、泥沼を抜けて接近してくるスケルトンも破壊する。
しばらくは混戦状態だった。
このレイスは強い。
普通は、かなりの大物でも、上級以上の神撃魔術を浴びればひとたまりもないはずだ。
死にゆく者の魔力を取り込んで強大化するというのなら、このサイズやパワーを持っているのも頷ける。ここの亡者の数はハンパない。
おそらく最上位のレイスだ。
俺たちだけでは苦戦していたと思う。神殿騎士たちがいてくれて助かった。
「もう少しで消滅するぞ! 踏ん張れ!」
巨大だった黒い姿も、今や俺たちと変わらぬサイズまで縮んでいる。
小さくなったぶん動きが素早くなっていたレイスは、身をよじって光を避け、反対側まで一気に移動した。
————……焼きつくせ、「
突然背後から襲いかかった炎球を回避するべく、ミコさんや姫君を抱えた騎士たちが跳ぶ。
姫君を抱いた騎士の背に火炎が迫った。危ない!
「『
俺が最大水量で放った水の球とぶつかり、炎と水が空中で押し合う。
岩壁や天井を震わせて反響する派手な蒸発音。
その場の全員、レイスまでもが、大きな音とモウモウと視界を塞ぐ蒸気に注意を持っていかれた。
「——うわぁっ?!」
唐突に間近に聞こえた声と伸ばされた腕に、俺は考える間もなく反応した。
いまだに白く霞んだ視界に、鎧の手を掴んだのはいいが
その腕に引きずられて
どこかへと
落ちていった。