【無職転生】ミリシオン出張記〜姫ものがたり〜   作:麓63

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※あとがき部分に拙い挿絵を1枚付けています。
 イメージが壊れたり、限定される恐れもありますので、好まれない方はご注意を。







ミリシオン出張記〜姫ものがたり〜15

(テレーズ視点)

「ダスト・ボックスか? どうした?」

部下の誰かが呼びかけたが、モウモウと視界を塞ぐ蒸気の向こうからの返事はない。

 

そうだ。あの声は恐らくダスト・ボックスだろう。

なにがあったのか確かめようにも、辺りの状況がまるでわからない。

はっきりしているのは、せっかく弱ってきた幽鬼(レイス)を仕留めるタイミングを逃すわけにはいかないということだ。

「詠唱を止めるな! 視界が晴れしだい撃て!」

「「「はいっ!」」」

 

チラリと黒布が見えると同時に、1撃目の神撃魔術が消えかけの水蒸気ごと敵を貫いた。

そしてまた、ひとまわり小さくなったレイスが少し離れたところに出現。

 

2発目が放たれた。

今度は、今までより再生するのに時間がかかる。

やがて地面スレスレに姿を現した時には、子どもほどのサイズになっていた。

 

3発目。

光に包まれたレイスは無数の黒い粒子になって、散り散りに霧散して消滅した。

まだ復活するのか? 

誰もが息を飲んで見守りつづける。

 

霧が完全に晴れたその時、

あちこちでガシャンと音を立て、骸骨兵(スケルトン)たちがバラバラに崩れ落ちた。

 

「……やったか」

緊張が解けかけた皆の背に、エリス様の焦りを滲ませた声が響いた。

「ルーデウスがいないわ!」

「なに?」

慌てて周囲を確認すると、ダストやルーデウスばかりか……

「ナリス姫様のお姿も……ない?」

 

レイスが消滅しスケルトンも動かなくなった空間は、3人いなくなった以外は、何事もなかったかのように静かなものだった。

 

ようやく危機が去ったと思ったのに。

人が忽然と消えるのは、これで2度目。神子様たちが姿を消された時と同じじゃないか。

まさか……また?

 

混乱し動揺する我々に、神子様がきっぱりとした口調で告げた。

「この迷宮には、さらに下に階層があるのです。

なんらかの理由で、そこに落ちたのだと思います」

 

 

「ここが単なる廃墟でなく、本物の迷宮であるのなら、最下層に迷宮核が存在するはずです」

そう口にした騎士は、過去に冒険者の経験がある者なのかもしれない。

ただ、誰にどんな経歴があろうと、エリスにとって関係なければ興味もないことだったが。

「……探しに行くわよ!」

 

「待て! これ以上危険な場所に、ミコ様を置いておくわけにはいかない」

騎士たちとてナリス姫を見捨てて地上に帰るわけにはいかないし、ダスト・ボックスは大事な同僚だ。

しかし、あくまで聖墳墓の守り人(アナスタシ・アキープ)は記憶の神子の親衛隊。

最優先すべきは神子だった。

 

「私が神子様と先に戻ろう」

部下たちを見回しながら、テレーズが口を開いた。

「下の階層は、ここよりさらに厳しい状況だろう。

残念ながら私の力量では、役に立つどころか足手まといになる恐れがある。

それならば、私が神子様を教団本部までお届けすればいい。

そして副隊長の最後の役目として、上層部に訴え、ここに増援を送るつもりだ」

 

「それでいいんじゃない?」

一歩踏み出しかけていたエリスが、振り返ってテレーズに頷いた。

「でも、動かなくなったのはスケルトンだけよ。ほかの魔物は襲ってくるわ。

騎士を何人か連れて行きなさい」

ここまでテレーズの戦いを見てきたエリスの目にも、彼女の力不足は明白だった。

自分ひとりならいざ知らず、神子をかばって無事出口にたどり着けるとは思えない。

結果、ふたりの神殿騎士が付き添うことになった。

 

はじめは、自分だけが安全なところへ逃がされるばかりか、貴重な戦力まで奪うことに抵抗していた神子も、皆の決然とした様子にすぐに心を決める。

一刻も時間が惜しい今、自分のわがままで足止めさせるわけにはいかない。

「私たちが抜けてきた通路に、下から魔物が出入りする地割れのような亀裂がありました。

それから、身を隠していた建物内の奥の床にも下に通じる穴が!

ほかにもあるかもしれませんが、教団本部方向に戻りながら探してください。

必ず助け出し、そして全員で戻ってきてくださいね! お願いします!!

きっと頼もしい援軍をお呼びしてきますから。どうか、ご無事でっ!」

 

神子と青い鎧姿の3人が身を翻して駆け出し、フクロウも追って飛び立った。

それを見送る、剣王エリスと4人の神殿騎士。

迷宮に残った彼らは、すぐに神子たちが進んできたと思われる道を辿りはじめた。

 

 

腐臭が強い。

呼吸するたび肺から腐っていきそうで、軽い吐き気を覚える。

 

暗闇の中、離れたところでカチャリと金属音がした。

一瞬身構えるが、すぐに思い当たる。一緒に落ちた騎士だろう。

「無事ですか?」

やや間があって、声が返った。

「……ああ。ナリス姫様もご無事だ」

「ええっ? 姫君も落ちちゃってたんですか……」

 

あちゃー……と思いつつ、俺は懐から新たなスクロールを取り出す。

パアッと光が広がると、騎士の膝に抱えられたままのナリス姫がいた。

騎士のほうは……ゴミバケツ型の兜に赤マント、ダスト・ボックス君だな。

 

「……ルーデウス様……」

姫君は眉をヘタリと垂らして俺のほうを見た。

「また……落ちてしまいました。なんだか皆様、申しわけありません」

身を小さくして騎士の膝から降りると、そのまま地面にションボリと座る。

 

「謝る必要はないです。あなたのせいではありませんよ。

というか、たぶん、その指輪が原因かと思います」

「指輪?」

「その指輪は、どうもマジックアイテムのようです。

どこか決まった場所でふたつ揃ったら、封印されていた入り口が開くのではないかと。

あくまで俺の想像ですが」

 

「入口が開くなら、出口も開くんじゃないのか?」

ダスト・ボックスが口を挟んできた。

「かもしれませんが……さらに奥へと落ちこむ可能性は考えなければいけないでしょうね。

歩いているうちに、うまく上層へ通じるルートに乗れればいいですが、迷宮主のいる中心部に入りこんでしまう恐れも。

とはいえ、ここに留まっていてもいずれ魔物が寄ってくるでしょうし」

 

兜の面の隙間から、胡散臭いものを見るように細められた目元が覗いている。

「ルーデウス殿、私は貴殿の経歴を知っているぞ。

成人間もない年齢で、ベガリット大陸の伝説級の迷宮を踏破したそうじゃないか」

「ああ……あれは優秀なパーティがあればこそです。それでも大切な仲間を失いました。

自分としては、迷宮はできるだけ関わりたくないんですよ」

正真正銘、心からの本心だ。

 

「でも、そうとも言ってられませんね。行きましょう。

実体のある魔物でしたら主に俺が。アンデッド系だったら、あなたのほうがいいかもしれません。

神撃魔術はお任せしていいですね?」

「……あ、ああ。では姫様、また失礼いたします」

 

俺よりひと回りイカつい彼に抱かれたほうが、姫君も安心だろう。

彼女は任せることにして、俺は周囲の索敵に集中した。

 

 

ズズッ……

重い物を引き摺るような音。

 

洞穴から現れたのは、大きな芋虫(ワーム)だった。

土管サイズの白いワーム……頭部らしき先端がやや尖っている形状から、ウジ虫が連想されてヤな感じだ。

動きは鈍いものの、テカテカと濡れたような半透明の身体をうねらせながら、トンネルの側面と言わず天井と言わずビッシリと並んで、いっせいに近づいてくる。

〝ゴメンナサイ!〟って逃げ出したくなるような、たまらない気持ちの悪さ。なんというか、背筋にくる。

姫君は当然のこと、繊細なタイプには見えないダスト・ボックスさえ思いっきり引いてるっぽい。

 

この虫は切ったり潰したりしたくない。絶対に!

パツンパツンのボディが、中身のジューシィさを雄弁に物語っているのだ。

どうしようか……。

 

対処を躊躇う俺に、あろうことか1匹がピョーンとこちらに向かって跳んできた。

げっっ!! 

うっかり放った岩砲弾が貫通し、黄色い体液がブッシャァ……!

「『土盾(アースシールド)』!」

 

セ、セーフ……。ほんとにギリギリだった。

ぷわ〜んと生臭い匂いが広がる。

振り返れば、のけぞったまま固まるダストボックス。姫君だけは、しっかり赤マントで覆っていたのはさすがだ。

 

「え、ええ〜と……焼き払うのが良さげですが、地下深くでは火は避けたほうが無難かと。

土に埋めても這い出すだろうし……芸がないけれど、また凍らせますか?」

ふたたび飛びかかられないよう、ジリジリ下がりながら同行者に尋ねてみる。

「芸などいらん。コッチコチにやってくれ!」

「了解。『絶対零度(アブソリュートゼロ)』」

ヒュルル……とワームごと、トンネルとその周囲が一瞬で凍結した。

 

「さっきのフロストノヴァと違うのか?」

「アブソリュートゼロは水帝級ですよ」

ダストボックスは「……帝級だと?……」と心底呆れたような呻きを漏らした。

物理的な気温低下よりも寒く感じるのは、俺の気のせいではないだろう。

「貴様といると基準が狂う。絶対におかしい……」

 

言われたとおり〝コッチコチに〟してやったのに。

しかも、いつの間にか〝貴殿〟から〝貴様〟に変わってる。

 

 

剣王エリスは、神殿騎士とともに地下迷宮を力強く進んでいった。

邪魔をする魔物は排除するまでだ。

 

それまで圧倒的な数で支配していたスケルトンは、レイスが消えた今、バラバラに分解したまま動かない。

しかし、迷宮内が平和になったわけではなかった。

むしろ、どこかに隠れていたのであろう魔物が跋扈しはじめた。

 

エリスたち5人は、お馴染みになったマッドスカルとお供の大蜘蛛の団体を片付け、現在は瓦礫の下から這い出てきた鉄甲サソリと対峙していた。

雄牛ほどもあるサソリは、ギザギザの歯が刻まれた大きなハサミを鳴らしながら尻尾を上げて威嚇してくる。

とにかく体表が硬いのと、油断すると毒を飛ばしてくるのが、なかなかにタチが悪い。

すでにひとり、騎士Aが毒を受けて戦闘不能になっている。

 

——どうしようか。

飛んでくる毒針を剣で叩き落としながら、エリスは考える。

光の太刀なら離れたところから狙えるし、あれくらい問題なく斬れるだろう。

——でもルーデウスが、なるべく使うなって言ったし……

エリスは結論づけた。

騎士たちが不甲斐ないのが悪い、と。

「ちょっと、あんたたち! 魔術でなんとかしなさいよ!」

 

狂剣王にジロリと睨まれて、騎士Bがなにやら詠唱を始めた。

「……中空より落ちて大地に還れ、『土落弾(アースピラー)』!」

天井から降ってきた数塊の岩を回避しようとしたサソリが、ハサミを岩の間に挟まれてバランスを崩した。

その瞬間、エリスが跳んで毒針の出る尻尾を斬り落とし、さらにサソリの身体が浮いた隙間から腹部をバッサリ切り裂いた。

 

狂剣王は刀身についたサソリの体液を振り払い、フンと騎士Bを一瞥した。

「ほら、やればできるじゃない!」

お誉めにあずかって喜ぶべきか、バカにされたと怒るべきか……曖昧な表情を浮かべる騎士BCの横で、毒を受けたAはDによる解毒魔術でなんとか復帰した。

 

「じゃあ、行くわよ!」

「はいっ!」

神子に忠誠を誓い、女性騎士テレーズの下に付いて長年やってきた彼ら。

頭の隅で〝なにか違う〟と思いながらも、身に付いた習性としてエリスに付き従ってしまうのだった。

 

 

ハエだ。

 

俺も、なんとなく予想はしていた。

さっきのがウジ虫なら、成虫もいるはずだ、と。

 

その背に3人またがれそうなハエもどきが、目の前の壁にいる。

この地下2階は、上の階層よりもずっと空間が広いようだった。高さも幅も、だ。

おかげで魔物たちは、快適空間でのびのびとワガママボディに育ったのだろう。

 

ブーン……

そいつが羽音を鳴らしながら、俺たちの横をかすめた。

小型飛行機とすれ違ったくらいの風圧だ。

 

デカイが1匹ならどうってことない……と考えたのがいけなかったか、大型ジェット機でも飛んできたのかってくらいの重低音を響かせて、団体様が到着。

 

「おい! さっきの魔術はやらないのか?」

「凍らせてもいいですが、今やるとコチコチになったデカいのが落ちてきますよ? いいんですか?」

頭上をワンワン飛び交っているのが降ってきたら、そうとう危ない。っていうか当たれば死ぬ。

「あ〜たしかにそうだな」

 

喋りながらも、ふたりして大バエを避けるのに忙しい。

人ひとり抱えたダスト・ボックスと違って俺は身軽だが、姫君に傷を負わせるわけにはいかないのだ。

不本意ながら、この赤マント男を守らざるを得ない。

 

「あっっ」

ダスト・ボックスが右手で剣を使うため、左手一本で支えてられていたナリス姫が振り落とされた。

そこに急降下する1匹の大バエ。

頭から突っ込んでくるかと思えば、違う。尻の部分をキュッと曲げたあの体勢は……

 

「『岩砲弾』!」

とりあえず吹っ飛ばして、姫君に飛び付いて抱きかかえた。

 

「ダストさんも! こっちへ!」

大バエのとまっていない岩壁に向かって走りながら土魔術で横穴を開け、奥に姫君を座らせる。

「『風槍竜巻(トルネードインパクト)』!!」

走り込んできたダスト・ボックスが一瞬吹き飛ばされそうになるのを、腕をひっつかんで穴に引きずり込んだ。

 

「ちなみにあれに巻き込まれると、毛根ごと頭髪を持っていかれるという噂もあります」

そう教えてやれば、「なんと恐ろしい……」と両腕で自分の頭を守るように押さえるマント男。

あんたは兜かぶってるから平気でしょうに。

 

岩の破片と一緒にキリモミしながら、壁や天井に激突するもの、互いにぶつかり合うもの……竜巻の中で揉みくちゃにされるハエたちを見ながら、そろそろいいかなと風を止めた。

羽をボロボロにした10数匹すべてが落ちてきた。脚をヒクつかせているのもいるが、もう飛ぶのは不可能だろう。

 

「コイツ、さっき卵を産み付けようとしてました。

ぼやぼやしてたら、あのウジ虫の温床にされたかもしれません」

姫君がブルッと身を震わせ、手近にあった鎧の腕にしがみついた。

「……あっ、すみません」

「いえっ! 私などの腕でよろしければ、いつでもお貸しいたしますのでっ」

と、ダストボックスが背筋をピッと伸ばした。

 

俺に対するのと、ずいぶん態度が違うじゃないか。

いや、くれるってもいらないけどさ、そんな腕。

 

というか、ハエが卵産みつけてウジ虫が湧き出すような死骸が、どこかにあるってことだよな。

ちょっと勘弁してほしい……

 

 

 

 

 

 

 

 





【挿絵表示】

真っ暗闇の地下のハエ。大きな目玉はなにかの感覚器官、多分おそらく。



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