【無職転生】ミリシオン出張記〜姫ものがたり〜   作:麓63

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※あとがき部分に拙い挿絵を1枚付けています。
 イメージが壊れたり、限定される恐れもありますので、好まれない方はご注意を。





ミリシオン出張記〜姫ものがたり〜16

「怪しげなものを姫様にお勧めしたら許さんぞ」

兜越しにもわかる胡乱げな目つきで、ゴミ箱野郎が俺を睨んだ。

「身体を温めるハーブと香辛料をブレンドしたお茶ですよ。

疑うんなら、先に毒見でもしたらいいじゃないですか」

 

冒険者の中には、自分のオリジナルの調味料やらドリンクの素やらを持ち歩く者も少なくない。

俺もご相伴にあずかったことが何度もある。

備えあれば憂いなし、かさばるもんでもないんで、ウエストポーチに少し入れてたやつだ。

 

手を温めるようにカップを包み持っていたナリス姫が、ためらいなくお茶を口に含む。

「……美味しい」

「あっ、姫様! まずは自分がっ!」

慌てたダスト・ボックスが兜の面を上にずらしてグビリとあおり……アチチと焦るのを横目に、俺も手元のカップを湯で満たした。

さいわい湯水は使い放題、食器も、必要とあらば椅子だって自前調達できるのだ。

と言うか、姫君は今現在、すでにルーデウス謹製の椅子に腰掛けている。

 

地下に降りてから数時間。

長引くようなら魔物の肉を食うことも検討しなければならないが、できるだけ避けたいと思う。

そもそも魔物は不味い。ゲキマズだ。さらには尋常じゃない噛みごたえだったり、じゃなければグジュグジュした不快な口触りだったり。

エリスなら気にせず食うかもしれないが、とてもお姫様にお勧めできるシロモノじゃない。

よって、あくまで非常手段だ。

 

とりあえずお茶で身体が温まって、ナリス姫の表情も緩んだかな?

ダスト・ボックスも、なんだかんだで尖っていた態度が少し和らいだように思う。

 

さすがに非常食までは仕込んでいないが、ルーシーからもらった飴玉がいくつかあったんで、ついでに皆に分けた。

家に帰ったら、ルーシーに礼言わないとなぁ。

 

「どうです? 俺がいて良かったでしょう?」

ダスト・ボックスにドヤ顔を向けてみる。一家に一台、備えて安心ルーデウスだ。

柔らかい微笑みで返してくれるやんごとなき姫君、一方彼女を抱きかかえている無骨な男はフンと鼻息で答えた。

ふたりから言葉がないのは、口の中に飴玉が入っているせいで。

俺も今のうち食っとこう。貴重なカロリー源だ。

 

いい大人が3人、腐臭漂う地下迷宮を飴玉コロコロさせながら歩を進める。

間抜けな図だが、気持ちの余裕は大事ってことだな。

 

 

「こっちで合ってるんだろうな?」

しばらく黙々と歩いていたダスト・ボックスが、偉そうに俺に尋ねてきた。

「わかりませんよ、俺だって初めて来たんですから。むしろ、あなたの地元でしょうよ」

「由緒正しいミリシオン生まれの私だが、当然ながら迷宮育ちではない。俺も知らんぞ!」

 

落ちた時点で、ただでさえ怪しかった方向感覚がキレイに消し飛んだ。

〝その場を動かず助けを待つ〟というのが迷子の鉄則かもしれないが、助けはあまり期待できないうえ、留まっていても魔物の餌食になるだけだろう。

たとえ当てずっぽうであっても、進むしかないのだ。

最初は上り坂気味だった道が微妙に下りに入った気がするから、不安になる気持ちはわかるが。

しかも、臭気が強まってきたような。

 

「教団本部から聖ミリス公園にかけては、神聖区が広がっている。

お前も見てきたとは思うが、この地上にあるのは大聖堂のほか巡礼者センター、聖職者住宅、外れに墓地などだ。

東側はグラン湖に面しているし、ニコラウス川や、深くはないものの地下には水路も走っている」

「ここがずっと残されていたということは、そうとう頑丈な岩の層に守られているのかもしれませんが、もともとが陥没した地域だと聞きますし……

地盤を考えると、やはり水系や土系統の魔術は気を付けないとですね。……んっ?」

 

強烈にクサいと思ったら、でっかい卵が産み付けられている巨大な死骸が転がっていた。

ほとんど原型をとどめていないため、どんな魔物かはよくわからないが、体毛らしきものが所々に残っている。

ハエやウジ虫の発生する原因であり、腐臭の発生源なのだろう。

そしてなにより、このサイズの魔物が付近をウロウロしている証拠でもあり、苦笑しか浮かんでこない。

たぶん隣のダスト・ボックスも、同じことを考えている。

 

そして、ふたりの思考が呼び寄せたかのタイミングで……

「……なにか……足音? みたいな音がしませんか?」

ナリス姫の華奢な指が騎士のマントをギュッと握りしめ、赤い生地に細かいシワが寄る。

ダスト・ボックスに視線で問うと、重々しい頷きが返ってきた。

立ち止まって感覚を研ぎ澄ませば、ゆっくり引きずるような足音と微かな地響き。

 

とりあえず、足場の良い見通しがきく場所へと移動する。

やり過ごした結果どこか袋小路で行きあうより、ここで倒せるならそれに越したことはない。

 

「降ろしてください、騎士様。わたくしを抱いたままでは戦えないでしょう」

「いや、そういうわけには!」

「いいえ、これ以上ご迷惑を……」

「自分は、あなた様をお守りするのが職務です!」

姫君と騎士が押し問答を始めた。

 

たしかに大バエの時には振り落とされてしまったわけだし、下手したら両者いっぺんにやられる恐れもある。

「では姫様は、ダスト・ボックスさんの背後を離れないようにしてください。

俺のところで食い止めますし、短時間なら土の壁やドームでお守りすることもできます。

魔術を使うような相手だったらそれなりの対処が必要ですから、特性を見極めてから叩きますね」

 

 

壁を背に立つ姫君と、庇うダスト・ボックス。

やや離れて先頭に俺。

ビリビリとした振動と地面を踏みしめる音が近づいてきた。

 

洞窟いっぱいに詰まって見えるズングリした身体。

トンネンル状の通路を抜けると同時に、曲げていた腰や膝を伸ばし、身体に比して小さな頭を持ち上げたソレは。

「……巨人……?」

 

いちおう直立した人型でありながら、ひどく不格好で醜悪だった。

粘膜に覆われた表皮には紫斑が浮いたり緑に変色したり、できそこないの粘土細工のようにデコボコの造作。

手足のバランスもめちゃくちゃで、毛髪らしきものがデタラメなところにまばらに生えている。

 

「……何体かが合わさった……キメラというものでしょうか……?」

背後から姫君の声がかすかに耳に届いた。

キメラと呼べるのか良くわからんが、なるほど歩行屍(ゾンビ)を寄せ集めたフランケンシュタインみたいなもんか。

骸骨兵(スケルトン)に続いて、ここの魔物は元人間が多いようだ。これも教団の犠牲者かも、と思えば胸クソが悪い。

 

姫君を巻き込まぬよう横に動いた俺に合わせ、ゆっくり首を回したその顔に目玉は見当たらなかった。光のない地下では不要なのだろう。

別の感覚器官を働かせているのか、単に動くものを追いかける習性なのか。

俺に狙いを定めると、わずかに身を縮めて右腕を肩ごと後ろへ引いた、次の瞬間。

 

ものすごいスピードで真っ直ぐに向かってきたなにかを、素早く跳んで回避した。

ソレはそのまま俺の背後の岩を砕き、気付けば巨人も引き寄せられたようにその岩壁に移動している。

「腕だ! 伸びるぞ、気を付けろ!」

ダスト・ボックスの声に目のない顔を向けた巨人が、再び腕に力を込めるのが分かった。

「『氷霜刃(アイシクルエッジ)』!」

リング状に高速回転しながら、伸びかけた腕の真ん中を分断する氷の刃。

まっぷたつに切り離したはずが、粘液を飛ばしながらバラバラに散る。

 

本体は、残っているほうの腕をグイーッと伸ばして離れた岩壁を掴むと、そちら側に素早く身を躍らせた。

俺もすぐさま向きを変え、対峙する。

視界の端に引っかかった肉片が、蠢いているように見えた。

「結合してたのがほどけただけだろう。おそらく、それぞれ別の人間の身体だ」

飛んできた肉片を剣で貫いたダスト・ボックスが、ブンとひと振りで遠くへ投げ飛ばした。

 

相手の動きに合わせて、岩砲弾で牽制しつつ様子を見るが、すばしこいだけで打撃技しかないらしい。

その速さだって、エリスのほうが断然上だ。

ハエ相手なら、それで充分なんだろう。必殺ハエ叩きだな。

 

そのまま始末して大丈夫そうだと判断し、凍らせ砕いて土をかぶせる。

ヒュドラクラスならともかく、普通の魔物は集団でない限り、それほど手こずるものでもない。

生きた人間の、それも上級以上の剣士や魔術師相手だったら、姫君をかばいながら戦うのはコトだったろう。

 

とにかく一刻も早く、彼女を地上へ帰さなければ。

時間の感覚がすっかり麻痺していたが、そろそろ夜になる頃かもしれない。

 

 

(エリス視点)

もどかしいったらない。

立ちはだかるものは斬りすてる。

私の世界はもっとシンプルだったと思う。

 

今回のミリス行き、ほかならぬ私を同行者として選んでくれて、すごく嬉しかった。

ともに戦い、時に彼を守るのが私の存在意義であり、立ち位置だ。

ルーデウスがなによりも大切にしている家庭生活において、残念ながら、私の出番はほとんどないから。せいぜいがレオの散歩くらいだろう。

 

おかしな事態に巻き込まれて眠りつづける彼を、ただ見ているしかなかった時。

世界から色彩が消えた。

空気は灰色で重苦しく、周囲の音は海の底にいるようにくぐもって聞こえた。

守るべき者の存在が人を強くすると誰かが言ったけれど、それは失う恐ろしさと背中合わせだったのだ。

ルーデウスが目覚めた時、どんなに嬉しかったことか。

 

それなのに……取り戻したはずだったのに、また私の前から消えるなんて。

しかも、あのお姫様と一緒に。

 

その方面に鈍い私でもわかる。

中庭で見たお姫様の表情に、ほのかに揺らめいていたものがなんであるか。

私以上に鈍チンのルーデウスだから、なにも気付かぬまま、彼の性分として親切に気遣い世話を焼くのだろう。

そんな優しさを、女性は特別なものと勘違いするのだ。

事実、そのような事態は幾度となく起こっている。シルフィやロキシーが上手く対処してくれるおかげで、本人が知らないだけ。

 

私は、あのお姫様とは違う。

私は、ルーデウスにとって本当に特別のはずだ。

だって、彼の……

 

「長男を産んだんだから!」

 

「え?」

「なんでもないわ」

……つい、声に出してしまった。なんとも面倒な感情だと思う。

 

神子が言っていた地面の亀裂らしき場所を見つけたものの、そこから降りるにはやや狭いようだ。

広げようにもそうとう硬い岩盤らしく、力任せに剣を振り回せば、折れるかもしれない。

いっそのこと、光の太刀を使おうか。

でも、ルーデウスがどこにいるのかわからぬまま、ここが崩れてしまったら……そう思えば決心がつかない。

 

先ほどの騎士Bに土系の魔術を使わせても、その成果はわずか。

そうこうしているうちに、裂け目から植物の蔓のようなものが伸びてきて、目下それと戦っている。

 

考えごとにふけりながらでも相手ができる程度ではあるが、とにかくしつこい。どれだけ斬ろうが伸びてくる。

植物にしては色合いがおかしいし、太すぎるだろうか。

ひょっとして、もっと大きな魔物の触手なのかもしれない。

 

「ほんとに面倒ね」

 

早く彼のもとに向かわねば。

 

 

大量のゾンビだった。

囲まれている。

 

衣服さえ身につけた比較的ヒトの形を残す者や、皮膚が腐れ落ちたり、内臓や骨が露出したり、スケルトン一歩手前の者も……さまざまな段階の元人間たち。

 

凍らせてみても半分くらいはレジストされた。

厄介なことに、彼らの中にそこそこ高度な魔術を使う者がるらしい。

 

火球が飛んできた方向を見定めようとして、すぐ傍らにいたヤツとうっかり視線が合った。

眼窩からはみ出した、瞳と白目の区別のないドロリと濁った眼球。

至近距離から岩砲弾を見舞った時、吹き飛ぶ直前その歪んだ口元が動いた。

「……オカアサン……」

ゾンビの口からそんな言葉が漏れたのを脳が理解した瞬間、背筋が凍った。

 

このゾンビたち……自我や感情がある……のか?

ミコさんは、スケルトンの記憶を見たと言った。

まさか、こいつら全部……?

 

動きが止まったのはひと呼吸ほどだ。

頭を振って思考を切り替え、再び向かってきた火球を氷で撃ち落とした。

 

「ルーデウス! 気を抜くな!」

背後のダスト・ボックスから怒鳴り声が飛んでくる。

わかっている。ためらったら、こっちがやられるのだから。

「『風裂《ウインドスライス》』!」

回転する円盤状の風の刃が周囲のゾンビを一掃したところに、上から新手がボトボト降ってきた。

 

「なんだ?」

振り仰ぐと、岩だとばかり思っていた天井にビッシリと彼らがぶら下がり、飛び降りるというよりは溢れこぼれ落ちてきていた。

「なんで天井から湧いてくるんだ?」 

魔術を使える者を見付けて先に倒し、合間にダストボックスが斬りそこねたヤツを岩砲弾で弾く。

そのうえ頭上にも注意が必要だなんて、やめてほしい。

 

「自分の想像だが、ここは墓地につながっているのかも、しれんぞっ!」

姫君を左腕でかばい、右手の剣で斬り飛ばす騎士。彼は彼で、大変そうだ。

 

「……ミリス教は土葬なんですか?」

「土葬というか……上位の者以外の遺体は、共同の大きな穴に積み重ねられていくのだが」

ダスト・ボックスは手を伸ばしてきたゾンビを2体まとめてなぎ払い、続けた。

「何百年経とうが、なぜか遺体が溢れることはない。聖ミリスの奇跡のひとつとされていた」

その平坦な声色からは、教団に忠誠を捧げた神殿騎士の心情は読み取れなかった。

 

支えが崩れたかのようにバラバラと降りはじめたゾンビたちを、岩砲弾の連射で弾いていく。

上が墓場だなんて聞いたら、どうしても頭上が気になってしまう。

案の定、突然ズズンと音を立てたかと思うと、天井が抜け落ちた。

 

姫君を抱え、必死に飛び退いた俺たちの目の前に現れた、奇妙な物体。

大木の幹のようなそれは、節くれだった太い蔓が絡み合いうねりながら、ずっと上方に伸びている。

上に向かって広げた枝に大量の遺体を引っ掛け、根元は2〜3メートルはあろうか。

 

いや、ちょっと待て! これは樹木なんかじゃない。

……人間の身体だ。手足を伸ばして糸のように縒り合わされた、昔は人間だったものの塊だ。

そう気付いたら、吐き気が込み上げた。

 

「キャァッ!!」

悲鳴にハッとして顔を上げれば、蔓に巻き取られた姫君が

 

太い幹の中に引き摺り込まれるところだった。

 

 

 

 

 





【挿絵表示】

小さなお茶会。地下2階にて




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