【無職転生】ミリシオン出張記〜姫ものがたり〜   作:麓63

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※あとがき部分に拙い挿絵を1枚付けています。
 イメージが壊れたり、限定される恐れもありますので、好まれない方はご注意を。






ミリシオン出張記〜姫ものがたり〜17

「ほかの入り口を探したほうがいいかもしれないぞ」

「同感だ」

剣を振るっていた騎士CとDが後退して頷きあった。

 

エリスを含めた5人は、もう小一時間は地面の亀裂から生えた蔓もどきとやり合っていた。

片腕サイズから人の胴体に近い太さまで、蔓なんだか触手なんだかわからない細長いものが、隙あらば巻きつこうとばかりにウネウネと動きつづける。

どれだけ斬っても、魔術で攻撃してみても、結局は余り変わらなかった。

次から次に新たなものが伸びてきたり、枝分かれしたり、切れ端どうしで結合したりで、始末に負えない。

そもそも自分たちは魔物を成敗しにきているわけではなく、一刻も早く下の階層に降りたいのだ。

残るふたりの騎士も、やがて剣を下ろした。

 

「ちっ!」

不機嫌を隠そうともしないエリスが、他のメンバーに倣ってその場を離れようとした時、蔓もどきが奇妙な動きを見せた。

ビクリと身をしならせると、怯えたように先を丸めてシュルシュルと亀裂の奥へ引っ込んでいったのだ。

 

が、呆気にとられて眺めたのも数秒のこと。

エリスもすぐに背筋に怖気を感じ、警戒に動きを止めた。

 

一方で、屈強な4人の神殿騎士たちはヒッ……と喉の奥から声を漏らして地面にうずくまった。腰が抜けたらしい。

得体の知れない、とてつもなく恐ろしいものが近付いてくる。

 

——迷宮の主かもしれない。

 

なにものにも屈しないはずのエリート騎士は、経験したことのない不吉な気配に身を凍らせながら、地下迷宮に関わった己の運明を呪った。

しかし、体がこわばって、すでに逃げることすら叶わない。

もうなにも考えられな……

 

「あら」

 

絶体絶命の緊迫した空気にポトリと落とされた、場違いな声。

騎士たちは残った理性の端っこでエリスの反応を不審に思うものの、耐えがたい恐怖にすくんで顔を上げることができない。

 

「なにをしている? 下層に降りるのではないのか?」

男の低い声だ。

 

「ええ、そうしたいのだけど。

どうしてこんな所にいるのよ? それにヘルメットはかぶらないの?」

 

淡々と交わされる会話への疑問と、身をよじるほどの恐怖が騎士たちの中でせめぎ合う。

 

「石板で呼び出された。これで歩けば魔物が寄ってこない」

感情の読み取れない抑揚に乏しい口調で、しかしエリスの投げたふたつの問いに律儀に答える男。

 

目を覆う指の隙間からやっとのことで足元を覗けば、地面に黒いヘルメットと大ぶりの剣を置いてそのまましゃがみこむ、白っぽい人影があった。

 

ドガッ

 

岩の砕ける音と地面を伝わる大きな衝撃に、恐怖を忘れて思わずのけぞった騎士たちは、ようやく白い外套に身を包んだ銀髪の男の姿を視認した。

 

驚いたことに、男の手刀一撃で地面の亀裂は大きな穴に変わっていた。

 

驚きはすれど、彼らの腰は抜けたまま。

恐怖を克服したわけではない。

それどころか、いっそう恐ろしくなった。

 

 

(ナリス姫視点)

ここはどこかしら。

 

騎士様の背後に守られていたはずが、いつの間にか不思議な場所に来ていました。

寒くもなく暑くもなく、暗くも明るくもなく……静かな所です。

 

少し心細くなってあたりを見回せば、青い鎧の背中が。

「騎士様!」

呼び掛けると振り返り、すぐにこちらへ駆け寄ってくれました。

 

わたくしを安心させるように、肩にそっと添えられた手。

鎧手甲のため冷たく硬い感触でしたが、それでも柔らかな労わりの気持ちが伝わってきます。

「……姫様、私が付いております。なにも心配はいりません。

おひとりにしてしまい、申しわけありませんでした」

 

ずっと足手まといになっていたわたくしなのに、こんなに優しい言葉を掛けていただけるなんて。

「一緒にいてくださるだけで、不安も吹き飛びました。ありがとうございます」

心を込めて感謝を伝えれば、兜の面の隙間から覗く彼の瞳が真剣な色をたたえて……

「どんな時でも、あなた様を忘れたことはありませんでした。

ずっとずっと、お待ちしていたのです。……信じて……おりました」

 

そこでふと、彼の切なげな声の色と言葉に違和感をおぼえました。

赤いマントを着ておられないし、そういえば、神殿騎士の鎧は同じでも兜の形が違います。

あの、いっぷう変わったゴミバケツではありません。

 

「ダスト・ボックスさん……ではありませんね?」

騎士様は小首を傾げ、当たり前のように「はい」と答えます。

それを聞いても、なぜか怖いという気持ちは起こらず、それどころか温かいもので胸が満たされていくのを感じました。

心の中のどこかに息づく、もうひとりの自分が喜びに震えているようでした。

 

自分の意に関係なく、わたくしの口元に浮かんだ心からの笑み。

それに応えるように、彼はゆっくりと兜を脱ぎました。

 

思慕のこもった眼差し、穏やかな微笑みを額縁のように彩る美しい緑の髪……。

思わず手を伸ばせば、緑の髪はサラリと指の間を流れました。

 

「……雪解けに芽吹いた若草のよう……」

 

わたくしの唇から、誰かが優しくつぶやき……

 

 

無尽蔵に補充されるゾンビを、延々と散らしつづける俺たち。

もはや機械的に身体を動かしているにすぎない。

 

ゾンビに心があろうが、たとえ〝お父ちゃんお母ちゃん〟と泣いたとしても、ひたすらに倒していくだけだ。

もとから死んでいる彼らを斬ろうが凍らせようが、これ以上は死にようもない。

その証拠に、バラバラになったパーツがそこここで動いている。

腐った肉片になったあとでも、蠢きつづけるのだろうか。

闇の中で、永遠に……?

 

……うっかり怖い考えに陥ってしまった。

俺は頭を振って、思考を散らす。が、一度湧きあがった懸念は、すぐに頭をもたげてきた。

 

それでも……もしかして、神撃魔術だったら成仏させてやれるだろうか。

神殿騎士たちに頼んで……いや、それにしたってこんな大量にいたら、帝級どころか神級じゃないと追っ付かない気もする。

ミリス教の神官を束にして連れてきても、間に合わないだろう。

 

って、いかん、集中力が散漫になってるらしい。

なんであれ、今生きている者が最優先なのは間違いない。

とにかく、中央の幹に取り込まれたナリス姫を救出するのが先だ。

時間がたちすぎると、取り返しがつかなくなる。

彼女が中にいる以上、大きな魔術でこじ開けるなどの強硬手段にも出られない。

 

「そろそろ神撃魔術はどうですか? アンデッド系相手なら、効きますよね?」

「ん、ああ……」 

ダスト・ボックスの返事はなんとも煮え切らなかった。

しかし振るわれる彼の剣に迷いはなく、いまだ疲れは見せていない。ひと振りで、数体まとめて斬り飛ばした。

「私は、聖墳墓の守り人(アナスタシア・キープ)の斬り込み隊長と呼ばれている……要は勢いと腕っぷし担当だ。

とくに神撃魔術とはあまり相性が良くないらしく、努力しても中級がやっとだった」

 

思い返せば、レイスに神撃魔術を集中砲火していた時に、ナリス姫抱っこ係をさせられていた彼。

なるほど、そういう人選だったか。

それでも一刀のもとに複数を切り捨てる彼の剣さばきは、たしかに見事だ。

魔術はどうしても相性ってのがあるもんな。

複数系統の魔術を扱えるだけでも、ほんとうは大したものなのだ。

 

「中級ならば上等です。俺は初級ですから」

ミリス教団の許可がないと、上は習得できない仕組みだ。よって、魔法大学でも初級までしか教えられない。

まあ、これまで特に必要性も感じなかったが。

 

「幹の部分の2〜3人、いっぺんにやれますか? 

穴が開けば、そこから姫様を救い出せるかもしれません」

また魔術ゾンビが落ちてきたらしく、火やら水やら岩やらいろいろ飛んでくるのを食い止めながら、こちらからも応戦する。

 

「そうだな。人ひとりぶんの穴くらいなら、おそらく」

「わかりました。一帯のゾンビたちを凍らせて足止めします。

上にいるぶんについては、凍った状態で落下してきたら俺たちも危ないんで、そのままで。適宜対処しましょう」

 

 

幹の周囲をグルリと移動しながら、フロスト・ノヴァで凍らせていく。

あいかわらず上から降ってくる新手は、できるだけその都度凍らせておいた。

元の位置まで戻ると、詠唱を始めたダスト・ボックスの背後についてその時を待つ。

 

「……愚かなる者に神罰を与えよ、『エクソシスレート』!」

彼の両手から光。

幹の一部に光の粒子がパアッと舞い広がって……灰となって地面に散った。

 

今だ!

できた隙間から内部へ、足を残して身を乗り出せば、覚えのあるドレスがチラリと見えた。

すでに胴周りに圧迫を感じはじめた中、なんとか布地をたぐり寄せ、人ひとりの確かな質量を抱え込む。

 

抜けられるか?!

もがいてみれば、脚を掴まれる感触が。

「引っ張る! 姫様を離すな!」

グイグイと容赦のない引きと、幹からの締め付け。

なるべく姫君に圧力をかけないよう、俺も必死に力を込めて耐えつづける。

 

頭の血管切れそう、そう思った時、

ブチッ!という音とともに解放された。

両肩を出した拍子に、幹の表皮を担っていたゾンビの身体がちぎれたらしい。

……俺の脳がプッツンしたんじゃなくて良かった。

 

「よし! 撤退するぞっ」

すでに新たなゾンビに対処していたダスト・ボックスを尻目に、反応のない姫君の様子を確かめようと抱きなおした。

 

「……あ?」

姫君にはちゃんと息がある。多分気を失っているだけだろう。しかし。

大切そうに胸に抱えるものが。

これって。

 

「おい! 早くしろ、なにしてる!」

珍しく余裕をなくした声に、俺もようやく立ちあがる。

とりあえず、今動いているぶんも凍らせようと思ったのだが、なんだか周囲の空気がおかしい。

動けるゾンビたちが、ビクビクそわそわ片隅に身を寄せはじめた。

 

「こら! 行くぞ、この野郎!」

おかしいといえば、叫ぶダスト・ボックスも様子がおかしい。

「死にてぇのか! クソが!!」

もとから紳士的な男ではなかったが、ここまですさんでもなかったはず。

兜越しではあるが、必死の形相がわかる。

……血の気が引いてないか? 目が血走ってないか?

 

え? なに?? 

 

まさか、悪魔かなんかに取り憑かれたとか? 

俺ってば、神撃魔術はシロウトに毛が生えた程度だぞ?

どうすんだよ、これ。

 

林立するゾンビの氷漬けのただ中で、気絶した姫君を腕に、隣には悪魔憑きの斬り込み隊長。

 

ダスト・ボックスが罵声とともに地団駄を踏んだ。

 

俺に、一体どうしろと?!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルーデウス!!」

 

途方にくれた俺のもとに、救いの天使が舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





【挿絵表示】

社長さん参戦。



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