【無職転生】ミリシオン出張記〜姫ものがたり〜   作:麓63

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※あとがき部分に拙い挿絵を1枚付けています。
 イメージが壊れたり、限定される恐れもありますので、好まれない方はご注意を。





ミリシオン出張記〜姫ものがたり〜18

(エリス視点)

通路のような洞をオルステッドと降りていく。

さっきの蔓もどきの撤退した跡が、そのまま道しるべとなった。

 

「ヘルメットしないの? 私もつらいんだけれど!」

「耐えられるなら問題あるまい。魔物の相手は面倒だろう」

ここまで魔物にさんざん手こずらされたのを思い出せば、悔しいけれど「フン!」としか返せない。

 

数分も進めば、行く手に開けた場所が見えてきた。

ああいう部屋にはたいていなにかが潜んでいる、これまでの経験でそう思った。

ぼんやり明かりが漏れているのも、光る魔物なんかがいるのかもしれない。

 

私は、剣を握りなおした。

 

……あっ!!

 

「ルーデウス!!」

 

ちょっとぐらい距離があっても、私が彼を見分けられないはずはない。

首だけで振り返ったルーデウスに近づくにつれ、別れた時より汚れて疲れた顔をしているのに気付いた。

ついで、周囲の状況に呆気にとられる。

 

地面から生えたように凍りつくたくさんの歩行屍(ゾンビ)、そして中央には気持ちの悪い大木のようなもの。

あの蔓もどきの根元だ、と咄嗟に思った。

 

「エリス……」

安堵の滲んだ嬉しそうな笑みを浮かべたルーデウスに、私も嬉しくなって言葉を掛けようとしたところで

「うわぁ〜っ!」と叫んで飛びのく騎士の姿が。

 

そういえば、彼と一緒に姿を消していた騎士もいたんだっけ……と思い出す。

反応が大袈裟な気もするが、さっきまで一緒だった神殿騎士たちもこんな感じだったので、まあこんなものなんだろう。

ソイツを無視した私に一瞬目を丸くしたルーデウスは、私の背後に気付き、もっと目をまん丸にした。

 

「オルステッド様?」

 

たっぷり3秒は呆けた彼は、唐突に登場した物騒な男と、うずくまった騎士を見比べて納得したようだった。

「ゾンビたちがすっかり大人しくなりました。さすがです」

これは褒め言葉なのだろうか。さすがもなにも、この男はただ歩いてきただけだ。

返答に困ったのかどうかは知らないが、オルステッドはなにも言わない。

 

ルーデウスは眉をハの字に下げて苦笑した。

「ちょっと……困ってたんで、助かりました」

 

彼を困らせていたものは、たぶん両腕に抱えられ目を閉じたままのナリス姫。

そう、彼に近づく途中で私も気付いたけれど、この状況で嫉妬心から文句を言うわけにもいかなかった。

狂犬といえども、それくらいの分別はあるのだ。

 

「で、お姫様はどうしたの? なんでドクロなんか抱いてるわけ?」

「そこの中に取り込まれちゃったのを、なんとか救い出したところなんだけど、正直どうなったのかは……。

この頭蓋骨は……大事に抱きしめているから……例の騎士のものかも、と思ってる」

 

そうか、ルーデウスの夢に現れたという緑髪のかわいそうな神殿騎士。

200年も待ちつづけた甲斐があって……

「出会えたのかしら」

「だといいな……」

ふたりでしんみりと視線を交わしていたら、不機嫌な声が邪魔をした。

 

「で、俺はどうすればいい?」

 

 

「オルステッドがいなかったら、ここへは降りて来られなかったわ」

 

エリスの言葉を受けて、俺は改めて深々と頭を下げた。

「いや、ほんとうに、こんなところまでわざわざ来ていただいて……

ありがとうございました」

「……あいにくアレクがいなかった」

 

うん。これはきっと

〝もともと自分で来る気はなくて、出張(でば)ってきたのは人手不足だったに過ぎないのだから、礼を言うには及ばない。しかし、お前の役に立ったのならば良かった〟

ということなのだろう。

我ながらものすごい翻訳力だ。もはや超訳と呼んでいいかも。

 

「帰るか」

「はい」

良い子の返事をしたところで、ダスト・ボックスの存在を思い出した。いまだに、顔も上げられず微かに震えている。

このままではちょっと気の毒だし、あんな重たそうな男を抱えて戻るわけにはいかない。

俺の腕は姫君だけで定員いっぱいなのだ。

 

「あの、オルステッド様、ヘルメットを……あれ、初めて見る大剣ですね」

彼の手にはお馴染みのヘルメットのほかに、見慣れない立派な剣があった。

「〝七星刀〟……ある王家に代々伝わっていた祓い清めの魔道具だ。

倉庫にあったのを思い出して、持ってきてみた。地下迷宮のことは知っていたからな」

「祓い清めということは、ひょっとして神撃魔術みたいに使えるんですかね?

例えば、この迷宮に大量にいるアンデッドたちを成仏……いえ、死後に行くべき正しい場所に送る、というか」

 

オルステッドばかりか、エリスまで理解不能な顔をした。

死後の世界という概念がないわけだから、俺の言わんとするところは通じないのも無理はない。

「えっと……完全に死んで、二度とさまよわないでいいようにできますか?」

「亡者たちは光に包まれて灰に帰す、と言われている。俺は使ったことはないがな。

ただし、マジックアイテムではなくて魔道具だ。大量に扱うならば、それなりの魔力は食うぞ」

 

「ここに来るまでスケルトンやらゾンビやら……数え切れないほど多くのアンデッドを破壊してきたんですが……俺にはどうしても……彼らに心や感情が残っているように思えて……だから、その……

せめてここから解放してやりたい、っていうか……ほんとうの意味で終わらせてやりたいって……」

自分でもよくわからないモヤモヤを、うまく説明するのは難しい。

言いよどんでいると、オルステッドが黙って剣を突き出した。

駄々をこねる子どもに根負けした親のような顔をしている。

「ありがとうございます」

 

俺はナリス姫をそっと地面に下ろし、剣を受け取る。

重厚な見た目より、さらにズシリと重かった。

 

 

おそらくは、この幹のようなのが地下迷宮の中心、迷宮主とか核とかってやつだ。

オルステッドのお陰ですっかり静かになっている幹に、渾身の力で剣を突き立てた。

 

どうしようか。

般若心経でも唱えたいところだが、あいにくハンニャハラミタのところしか知らない。

お疲れさまでした、安らかにお眠りください……

繰り返し念じながら、握った剣に魔力を注ぎ込んだ。

 

ズルズルと魔力が吸い込まれていくのがわかる。

この感じ、ナナホシの転移魔法陣を起動する時の感じに似ている。

そういえばこの剣も〝七星刀〟だと言う。関連があるのかないのか……ないんだろうが、上手くできてるもんだ。

 

最初のうちはそんなことを考える余裕もあったが、魔力はどんどん奪われていく。

血を抜かれていくような感覚。

 

目を閉じているにも関わらず、まぶたの裏に閃光が走りまわる。

頭がガンガンしてきた。

脚から力が抜けそうになる。

指先が冷たく痺れる。

ちょっとでも気を抜けば、剣の柄を握る手が解けそうだ。

 

あ……そろそろヤバいかも。

白髪コースはカンベン願いたい。

 

でも、もう少し、もう少しだけ……

 

朦朧としてきた脳裏に、人影がチラついた。

 

緑の髪の騎士だ……ひとりではない。

彼の隣に、小柄な誰かが寄り添っている。

 

そうか。

 

やっぱり会えたんだな。

 

安心したとたん、剣から手がずるりと離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「注意はしたはずだ」

「……まことに……面目しだいもございません」

 

ただ今俺は、人生2度目のお姫様だっこの真っ最中だ。

するほうじゃない、されるほうだね。

 

抵抗はした。でも、身体は重くて動かないし、余分な手間を掛けている弱みもある。

せめて背負ってくれと頼んだが、嫌がる俺の様子が面白かったのか、横抱きにして

「なるほど、これを〝お姫様だっこ〟と呼ぶのか」

と、なにやら感心している。いや、ホンマモンのお姫様、すぐそこにいるし。

 

いっそのこと気絶しとけば良かった。

エリスの時と違って、ヘタに意識がしっかりしてるぶん居たたまれなさがハンパない。

俺の心のダメージもさることながら、男ふたりが身を寄せるこの状態は、見せられる人間のほうも精神的負荷が大きいことだろう。

申しわけない。

 

呪いのせいで人との接触が難しいオルステッド。

彼にとって初めてのお姫様だっこというのなら、可憐なお姫様を抱かせてやりたかったと心底思う。

 

そんなことを考える俺の顔のすぐ横に、黒いヘルメットがある。

黙々と歩くオルステッドは、面倒ごとに巻き込んだことついては最初にチクリと言ったきり。あとは無言だ。

もともと表情に乏しいが、今はフルフェイスのヘルメットに覆われて、余計になにを考えているのかわからない。

 

いきなりこんなところまで呼びつけられて。

来てみたら、自ら手を下す場面もなく、ほっといても別に大丈夫だったんじゃね?的な中途半端な状況で。

挙げ句わけわかんないことでゴネた部下が、みずから墓穴を掘って飛び込んで。

そして尻ぬぐいのお姫様だっこ。←イマココ

 

俺だったら怒ってる。っていうか、普通の人間は怒るだろ、これ。

でも、うちの社長は俺なんかより、ずっと度量の大きな人だ。

だからきっと大丈夫。……大丈夫だよね……?

 

「なんだか空気が変わった気がするわ。不思議ね」

「たしかに陰気な感じはなくなった。臭いはまだ残っているがな」

ダスト・ボックスはトラウマレベルの恐怖から立派に復活し、今は再びナリス姫を抱えて歩いている。

 

なんでも、信仰者は形のないものに対する感受性……霊感的な感度が鋭く、オルステッドの呪いの影響が顕著に現れやすいとのこと。

無神経そうなダスト・ボックスの過剰反応が不思議だったのだが、そのせいだったわけだ。

聖墳墓の守り人の騎士は狂信者の集団だと、テレーズが言っていたのを思い出した。

神父であるクリフがオルステッドにここまで強く反応しなかったのは、彼の精神力ゆえか、頑固そうに見えて案外と柔軟な思考の持ち主なんだろう。

 

というわけで、そのダスト・ボックスが元気ということは魔物も元気なわけだが、少なくともアンデッド集団は光に包まれ灰になって消滅した。

生き残っていた魔物がたまに現れても、エリスが片っ端から斬り伏せてくれて道中は平穏無事だった。

 

俺たち3人が何時間も歩き回ったのが嘘のように、あっさりと上層階へ。

ショートカットのルートがあったんだな。

 

ちなみに、エリスが見捨ててきた神殿騎士4人とは途中で合流できている。

ようやく精神的に持ち直して、恐る恐る亀裂の穴から降りて来たところだったという。

行き違いにならなくて良かった。

 

 

(ナリス姫視点)

夢をみていました。

とても幸せな夢を。

 

探していたものを、見つけた。

迷子になっていた、もうひとりのわたくしを見つけてもらった。

 

もう少し浸っていたい……そう思いながらも、まぶたはゆっくりと開いていきます。

最初に視界に飛び込んできたのは、青い鎧の肩と兜面。

良かった、まだ目が覚めていなかった、これは夢の続きなのね……

半分霞のかかった頭でぼんやりと考えていると

 

「あ、気がつかれましたか!」

 

キビキビと歯切れのいい声に、夢心地だった意識がはっきりしました。

ああ。

これは、ダスト・ボックスさんだ。

ゴミバケツのような兜に、首元に巻かれた赤いマント。

わたくしを抱えながら、歩いておられるうようです。

 

気を落ち着けるために、深呼吸を数回。

 

「すみません……また、ご迷惑をおかけしていたようですね」

「もう大丈夫ですよ。仲間と合流し、我々はもう間もなく地上に出られます。

ミコ様もすでに迷宮から抜けられて、今頃は教団本部にて安全に保護されておられるはず。

どうぞご安心ください」

 

兜のせいで表情はよくわからないものの、声の調子から笑みを浮かべておられるとわかります。

ミコリスはご無事なのですね、ほんとうに良かった。

 

改めて周りを見回せば、何人もの騎士様が周りを囲んで守ってくださっているようです。

前を歩く鎧の肩の向こうには、鮮やかな赤色がチラチラと。きっとエリス様でしょう。

でも……?

 

「姫様、どうされましたか?」

「あの……ルーデウス様のお姿が見えないようですが……?」

「ああ〜それは……ですね……」

なにかあったのでしょうか?

どんなに絶望的に思える状況でも、いつも余裕で対処してくださったあの方が、まさか?

 

「先頭にいますよ。無事……は無事です」

含みのある表現が気になったものの、言いづらそうなご様子に、それ以上は尋ねられませんでした。

 

「なんだか静かですね。

ここに最初に来た時のような、ザワザワした恐ろしさを感じません」

「ここに巣食っていたスケルトンやレイスやゾンビ……アンデッド系の魔物の存在がすっかり浄化されたためかと。

迷宮の核がなくなったので、ほかの魔物たちもしだいに数を減らしていくでしょう」

「浄化……ですか?」

「彼らが光になったのか、灰になったのか、自分にはわかりかねますがね。

ただ、ここの陰気な空気がすっかり変わったのは、実感としてわかります」

 

わたくしが夢をみている間に、迷宮で一体なにがあったのでしょうか。

 

「あ、ここが地上への出口です。

急な登りになりますので、これまで以上にしっかりとおつかまりください」

 

騎士様は、土で固められた縦穴に掛けられた縄ばしごを、わたくしを抱いたまま器用に登っていかれました。

 

半日ぶりに触れた外気。

もうずいぶんと長い時間のように感じましたが、実際は1日も経っていないのです。

抱かれてばかりいたわたくしでしたが、ようやく自分の足で立ち、歩くことができました。

 

「あ、そうだわ」

首元から取り出した指輪を、ネックレスごと地下迷宮への通路へ。

シャラン……

微かな音を残し、ふたつの指輪は鎖で繋がったまま闇に消えていきました。

 

もう、わたくしには必要のないもの。

記憶の中のもうひとりのわたくしにも、そして緑の髪の騎士様にも必要はないでしょう。

だって、お互いを見つけたのだから。

 

自分が、より自分らしくなった。

混ざりっ気なしの、ほんとうの自分自身に。

 

疲れているはずなのに、不思議なほど爽快な気分で見上げると、

 

澄んだ夜空に、綺麗な月が浮かんでいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





【挿絵表示】

ルーデウス姫を攫うヘルメット仮面と、背後から襲い掛かる切り裂き魔(え?)

※古代中国に「七星剣」なるものがあったそうです。Wikiによれば、北斗七星が刻まれた道教由来の刀剣で、破邪の力があったとか。日本でも同様のものが聖徳太子や安倍晴明関連ほか、いくつか伝わっているとのことです。



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