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⑴
目の前で、北神アレクが呆れている。
「お姫様って、最低でも女の人であるはずでしょう」
ごもっとも。
俺とて、その言葉には頷くしかない。
隣のオルステッドは黙したままギュムッと眉根を寄せた。
最低のお姫様ってなに?……と思わないでもないが、〝お姫様〟の定義をあげるとするならば、大前提としてそれだ。
そして、若くて未婚。
その上で、王族や貴族、資産家、もしくは〝オタサーの姫〟のように特定の集団から大切に保護されていることとか。
できれば、ある程度見目麗しいほうが、いろいろ都合がいいかもしれない。
俺の場合は、それら条件全部取っぱらって、家族から大切にされているということだ。
……と、多少の引っかかりはあるものの、前向きに受け止めることにした。
大切にされてるってんなら、なによりじゃないか。
ものごとは考え方次第なのだ、うん。
さらに言うならば、俺が知りたかったのはそこじゃない。
どうして〝お姫様〟というワードに食いつくかな?
それは本題ではなく、あくまでグチの一部、説明のための寄り道に触れただけに過ぎなかったはず。
なんでオルステッドの事務所でこんな話題になってるのかというと、俺が自宅での出来事を話したからで。
ちゃんと仕事はしたよ? 定例の幹部会だ。
心に小さなトゲが刺さったまま会議をこなしたところで、フと気が付いた。
ここって、王様飛び抜かして、神様がふたりもいるじゃん?
俺に足りない大物感、にじみ出る威厳のようなものを身に付けるヒントをもらえはしまいか?
とくだん、緊急を要する事案があるわけでもない。
男3人ガン首並べて殺風景に、半ばルーティンと化した報告会を終えた。
仏頂面の社長を囲んだ軽やかでも華やかでもない部屋の空気の、ちょっとした潤滑油になるかな、と軽い気持ちで話題にした。
「〝威厳〟って、どうしたら身に付くものなんでしょうね?」
べつに王位に就こうなどという野望はない。
決して権力を振りかざしたいわけでも、偉ぶりたいわけでもない。
むしろ、そういうものは嫌いなほうだ。
ただ……あの話の流れで、リップサービスとしてさえ〝王様だよ〟とスンナリ言ってもらえない俺ってなんだろう。
家長として、なかなかに切ない事態ではないか。
俺からの話題提供に、いつもの眉間のシワをもう少し深くした社長が「突然なんだ」と低く言う。
面倒臭いヤツめ、とでも思ってそうな表情だ。
しかし、これくらいで怯む俺じゃない。
配下になって5年、俺はオルステッドのご機嫌読み取り第一人者と自負している。これに関しては、アレクなどまだまだ尻が青い。
イケる、と判断して事情を説明した。まあ、別に仕事の報告でもないんで、世間話レベルだったが。
そして、冒頭の言葉になったわけだな。
「……お前がアトーフェのところへ行ったのは知っているし、概要の報告も受けたが。
まさか、攫われたお姫様ごっこをしていたとはな」※1
オルステッドが忌々しげに吐き捨てた……ように見えるが、やはり俺にはわかる。
アレク同様、呆れて脱力したのだろう。
誤解のないようにことわっておくならば、不死魔王アトーフェラトーフェとの〝お姫様ごっこ〟のくだりは隠していたわけではない。
あんな茶番に、報告する価値などまったくないのだから。ただそれだけだ。
オルステッドの放つズモモ~ンとした黒い気配に、アレクが身を震わせた。
北神流の頂点に立つ者として、精神力で呪いの効力を克服すべく日夜奮闘している彼。
それでもヘルメットなしのオルステッドと向き合うのは、なかなか大変なようだ。
……それにしても、ふたりして、なぜお姫様から離れられない?
論点はそこじゃねえ!
叫びたくなるのをグッと堪える。
「お祖母様はつねづね〝魔王とは、姫を巡って勇者と闘うものだ〟と言っていましたから。
そう聞かされて育ったので、僕も小さい頃は信じてたんですけどね。
でも実際には、囚われの姫なんて滅多なことじゃいませんし、ネクロス要塞を目指す気骨のある者もめっきり減って……。
だから、まあ、嬉しくてはしゃいだんだと思いますよ」
「あの女は、一度思い込んだら認識を変えるのは難しかろう。
しかし、ルーデウスが、姫……?」
オルステッドが俺に剣呑な視線を投げかけ……いや、なにかを決めかねて迷ってる感じにも見える。
「む……」
それきり、黙ってしまった。
まさか〝うまい、座布団2枚!〟とか考えてんじゃないだろうな。
⑵
(アレク視点)
沈黙を破ったのは、ルーデウスだった。
「あの……お姫様談義ではなくてですね。
俺に足らない威厳が、家族に認められる程度でいいんで、なんとかならないものかと」
僕としては、彼がなぜそんなものにこだわるのかが理解できない。
自分は自分だ。それでいいじゃないか。
「もっと自信を持って堂々としていたら、それだけで解決するのでは?
〝俺は、あの北神カールマンⅢ世を下した列強7位だ!〟と胸を張るべきです」
「いや、無理ですよ。あなた、俺より圧倒的に強いじゃないですか」
ルーデウスが情けなく眉を下げる。
それでも、僕はあの時ルーデウスに破れたのだ。
僕の油断はあったろう。彼を見くびっていたのが敗因だとしても、それも含めてあの時の自分の実力だ。
ルーデウスが勝者であったのは厳然たる事実であり、七大列強序列の石板が認めるとおり。
そして肩書きというものは、他人に自分の価値を知らしめるためにある。利用してナンボのものだ。
などと考えていたら矛先が僕に向かって、突然バッサリやられた。
「そもそも、アレクにも威厳などなかろうが」
さすがはオルステッド様、容赦がない。
いつまでもガキっぽさが抜けないと言われつづけてきた。
こう見えても僕は、目の前のルーデウスよりずっと長く生きてきて、そのぶん多く人生経験とやらも積んだはずなのに。
きっと人族の彼とは、1年10年の時間の流れや密度が違うのだろう。
ほんの30年もすれば人生の中盤、円熟味を増してくる人族とは。
「威厳は……ともかくとして、本気のアレクと対峙した時の威圧感は忘れませんよ。
アレクは存在自体が派手というか、主人公感ハンパないというか。
そんなイメージですね」
主人公感??
なんか不思議な言葉が出てきたし。
眉間が狭まるのが自分でもわかる。
「……誰でも、自分が主人公に決まってるじゃないですか。
僕の人生で、僕以外が中心人物だったらおかしいでしょう」
ルーデウスはまぶしげに僕を見て、
「そういうところがです」と苦笑した。
「俺はきっと、主役のまわりでウロチョロしてる脇役タイプでしょうね。
もちろん、いつも最善を尽くそうと頑張っているつもりではありますが」
⑶
(アレク視点)
「脇役……?」
たしかに彼を〝ネズミのような奴〟と評したことはある。※2
近しくなって余計に、小心さや用心深さをもどかしく感じる場面も少なくない。
さらに言うなら、彼はどこか抜けている。
初めて会った時の印象は〝こんなに危機感なくノホホンとしていて大丈夫か?〟だ。
しかしなのか、だからなのかわからないが、父さんは彼をたいそう気に入っていたし、大叔父のバーディ・ガーディもそうだ。
さらにあのお祖母様がみずから傘下にくだるなんて、ただごとではない。
そしてなによりも。
オルステッド様ほどの方が、彼のことを深く信頼しているのだ。
ならば、僕の評価のほうが間違っていたのだろう。
オルステッド様に挑む前の露払いにルーデウス・グレイラットを討とうと決めた時、僕はひと通り調べた。
若くして大国の要人たちと太いパイプを持ち、政治的な影響力も小さくないという。
魔術師としては、一部には最強とか最凶とか呼ばれているらしい。
距離を保ったままの戦いでは、大掛かりな魔術を行使するから気をつけろ、と。
直接刃を交えての強さにばかり気をとられていた当時の僕は、彼の真価を見誤ったけれど、世間的にはじゅうぶん実力者と呼んでいいはずだ。
この頃では〝龍神の右腕〟という二つ名も、かなり広く出回っている。
威厳が欲しいなら重々しく振る舞えばいい。
足りないならば、自分の肩書きや功績をかざせばいい。
彼にはそれに見合う力が充分にある。一見頼りなく見えても、腹の底に揺るぎない覚悟を持っている。胆力ってヤツだ。
僕にはルーデウスがなにを気にしているのか、まったく理解できない。
やがて、オルステッド様がため息まじりに言った。
「あと10年もすれば、多少なりとも重々しさが出てくるだろう。
ルーデウスよ、それまで待て」
⑷
「ミリス神聖国より通信が入りました」
ノックをしてきたのは、受付のエルフ子ちゃんだ。
ヘルメット未着用、ムキ出し社長の毒気に当てられないよう、俺はいったん部屋の外に出てから受付まで戻ってメッセージを受け取った。
ヒトガミ関連では……なさそうな感じだな。
どちらかと言うと、神子ミコさんからの個人的救援依頼っぽい。
部屋に戻って、オルステッドに通信の写しを手渡した。
——当国にて預かりたる某姫君の処遇について相談したきこと有。
ルーデウス殿を派遣されたし。
ミリス神聖国 記憶の神子——
「お姫様に縁がありますね」と、アレクが横から紙を覗き込んだ。
「明日からでも行ってきましょうか。急ぎの案件はなかったですよね。」
お伺いを立てると、オルステッドは紙を持ったまましばらく考えた。
「原因不明の病にかかった北方小国の姫が、治療のために数年かけてミリスに渡った、という出来事は聞き知っている。
これまでの流れでは、友好国に対する特別な計らいとして、秘匿していた治癒や解毒魔術の帝級か、ことによると神級まで施したそうだ。
もっとも、ミリス教団内部は秘密が多い。俺もはっきり事実として確認したわけではないが」
「それで、お姫様は治ったんですか?」
「死んだ」
身も蓋もない言葉が返った。
「もともと移動の旅に耐えられるぐらいだから、慢性的な症状であって命に別状なかったはずだ。
そのため、急死はミリス側に落ち度があったからだと先方が責め立てて、挙げ句に北方大地における神殿騎士団駐屯を拒否する騒ぎに発展していた」
「……俺が行って、どうこうなるようには思えませんね。
ミリスの治癒魔術で治せないものを、どうしろって」
話を聞いて、思いっきり気が重くなってしまった。
あの国が関わると、ただでさえ面倒くさいのに。
その上、国同士の諍いまで絡んでくる可能性があるのなら、俺にはお手上げだ。
「これだけ歴史が変わっているのだ。
姫君の移動とやらは今回も確認していたが、事情が同じとも限らないだろう。
ミリス神聖国に恩を売っておいて損はない。内容くらいは確かめてくるがいい」
行く必要なしと言ってほしかったけれど、ご指名を受けた上に社長命令ならば仕方がない。
「わかりました」
ミリスへはエリスに同行を頼もうか。ミコさんも喜ぶし。
クリフに会えるだろうから、ついでにエリナリーゼも連れて行こう。
結局、俺の〝威厳〟問題は、解決の糸口すら見つからなかった。
いや、糸口はあったのか。困った時の時間薬だ。
でも、10年後って言ったら、子どもたちが続々と成人していく頃じゃないか。
そんなに待てやしない。
そういえば、俺が小さい頃、パウロがやけに父親の威厳にこだわってた時期があったっけ。
ことごとく空振りしていたが。
あれは、ほんとに気の毒なことをした。
今なら、あなたの気持ちが痛いほどわかります。
ごめんね、父さん。
墓参りに行けば、ご利益もらえますか?
【挿絵表示】
アレクのビジュアルが判明!
って、どこの少年漫画の主人公ですか?と。
そこそこいい歳のはずだが、と思いつつ。好きですが。
怒涛の注記で申しわけありません。
以下は、書籍派の方は読む必要なし、です。
WEB版にない、書籍版での加筆部分にいくつか関連があります。
そういえば、マンガ・アニメ派の方は、ミコさんの活躍もまだだいぶ先ですよね。
ミリシオンでのルディの父子ゲンカの裏で、勢力争いに巻き込まれて命を落としかけた幼少期のミコさんを、エリスが救っています。
って、マンガ・アニメでは、北神アレクもまだでした(1話ですでに名前出してましたね)。最後の決戦で立ちはだかる、ラスボスの一つ手前の敵です。改心して仲間になりました。
※1 書籍版22巻 第9話「参戦! ルーデウス姫」参照
勇者と魔術師枠をエリス、ロキシーに取られ、成り行きで姫を名乗ったルーデウスが、勇者伝説における魔王と姫とのオヤクソクを果たそうとするアトーフェに攫われた珍事件。
※2 書籍版25巻 間話「僕は英雄になりたかった」参照
ルーデウスに敗れ、谷底で圧死しかけたアレクのモノローグ内容。