最終回、挿絵祭りです。お姫様だっこシーンはとりあえず描かなきゃ、というナゾの使命感。
イメージが壊れたり、限定される恐れもありますので、好まれない方はご注意を。
⑴
「……やけに冷えるな」
事務所の地下に戻ってきての第一声がこれだった。
今、季節は冬だ。
シャリーアを出発した日はポカポカ陽気だったし、ミリシオンは温暖だったから忘れてた。
「もしかしたら、雪でも降ってるかもしれないわね」
エリスの吐く息が白い。
「まあ、冷たくても空気が澄んでるのはいいことだよな。
地下迷宮の腐臭が、ずっと鼻の奥に残っててさ」
大きく吸いこんだ清浄な空気が、ひんやりと肺に染みいる……はずが。
「……うっ」
えずいた。
「な……なん……?」
まさか、毒か……? 一瞬のうちに異様な匂いに取り巻かれていた。
俺たちが留守にしていたあいだに、事務所でなにかあったのか?
ってか、社長はどうした?
突然のことに混乱する俺の隣では、エリスも顔色を変えて両手で口元を押さえている。
それを見て我に返った。窓のない地下は危険だ。
込み上げてくるものを必死に押さえ、めずらしく狼狽える彼女の腕をつかんでミリス向け転移魔法陣の小部屋を飛び出した。
「……タ…ス……ケ……」
1階へ続く階段へとエリスの背中を押した時、ずらりと並ぶ各地へのドアのひとつから、微かに声が漏れた。
「エリスは先に行って、オルステッドの様子を確かめてくれ!
俺もすぐ上がってくから、絶対こっちには来るなよ!」
「え? ちょっとルーデ……おえっぷ」
火事場に飛び込んでいく消防士よろしく、決死の覚悟で俺はとって返した。
魔大陸と繋がる部屋の扉だ。
誰の声か考えるまでもなく、出入りするのはアレクぐらいだろう。
中に入ると同時に、これまでとは比べものにならない濃度の毒ガス(?)がモワリと押し寄せた。
ここが発生源か。
ミリスの地下迷宮は死臭や腐臭だったが、これはドブのような……いや、まるで酔っ払いのゲ○のような……
うえっ、涙が出てきた。
ほんのり光を放つ魔法陣の真ん中から、手首が生えていた。
引っ張りあげたいところだが、正体も確かめないままに手をつかむのは避けたい。
「……アレクか? どうした?」
魔術で自分の周りに風を起こして匂いを散らしつつ、恐る恐る転移魔法陣に呼びかけてみた。
本当は、口を開けるのも嫌だ。ドドメ色した空気が入ってくる気がする。
指先がピクリと動いたかと思うと魔法陣がボワっと輝き、その中心から黒髪の若い男がゆらりと全身を現した。
「……っ!!」
俺のほうに倒れかかってくるアレクから全力で飛び退くと、ゲフッとかなんとか言いながらその身体が床に転がった。
見る影もなくボロボロの姿だった。
俺の知る限り、この世界で5本の指に入る強さを誇る、北神カールマンⅢ世アレキサンダー・ライバックが。
不死魔王の血を引くアレクは、光のない瞳で俺を見上げた。
⑵
「遅かったじゃない。何してたのよ!」
オルステッドの書斎には寒風が吹きすさび、俺が貼った〝報連相〟の標語がはためいている。
エリスが窓を開けまくったんだな。
社長本人は髪先を風に靡かせながら、平然と書類に目を通していた。
「汚れもの洗ったり、地下の空気を入れ替えたりしてたからさ」
念のため、風魔術で部屋の空気を一新させてから窓を閉めた。
やっぱりというか、外には雪が積もっている。寒いはずだよ。
この部屋にたどり着くまでに俺がやったこと。
不快な臭気を放つ粘液にまみれたアレクを丸洗いして乾かし、地下の転移小部屋にそれぞれ風を入れて、さらに受付のエルフ子ちゃんの無事を確認。
シャリーアに戻った直後から、ノンストップで大活躍の大忙しだ。
「暖炉に火入れますね」
腕を組んで仁王立つエリスに見守られつつ、ちょこちょこ部屋を整えた俺は、ようやく人心地ついて腰を下ろした。
アレクは長椅子の背にグンナリもたれ、めずらしく疲労困憊の様子だ。
「……お姫様の……せいなんだ」
不貞腐れたような口調でアレクがこぼす。
〝アンタのせいだったのね!〟と顔にデカデカと書いてあるエリスからの、無言の圧力に耐えかねたのだろう。
彼は魔大陸に出張していた。正確には、魔王ケブラーカブラーのところへ。
ケブラーカブラー。
かつてオルステッドに要注意と言わしめた、あの不快魔王だ。
球体状の身体、そこに開いたいくつもの穴からゲ○の匂いがするという、不快にもほどがある魔王だ。
その娘である〝不快姫(仮名)〟が婚姻を前にして、横恋慕するほかの男に攫われた!
……とかなんとか。
球体だろうがゲ○だろうが、生命体である以上繁殖もするだろうから、娘がいてもおかしくない。
そして魔大陸の魔族は、俺たち人族の常識や理解を超越した生き物だし、球体ゲ○っ子が好みの男もきっと存在すると思う。
俺たちだって別に慈善事業をしているわけじゃなく、横恋慕でも不倫でも好きにやってくれ、と言いたいところなのだが。
そうはいかないのが、我がオルステッド・コーポレーションの業務なわけで。
この事件が部族間の諍いへ、やがて魔大陸の一地方を巻き込んだ大暴動へと繋がり、ゆくゆくは……ということで、誘拐された姫君を救出し、事態を収拾しに向かったのがアレクだった。
俺のお姫様騒ぎでオルステッドが思い出したらしいから、アレクからすればトバッチリと言っていい。
さっき彼をザブザブ洗うあいだに、大体の事情は聞かせてもらった。
ものすご〜く同情した。だが、変わってやりたいとは絶対に思わない。
颯爽と現れて自分を救ってくれたアレクに、球体ゲ○っ子姫様が一目惚れし、ずいずい迫ってきたそうだ。
あなたに私のすべてをあげる!とか、私を攫って一緒に逃げて!とか。
こけつまろびつしながら、命からがら帰ってきたらしい。
俺は思った。ミリスに呼ばれてて、ほんとーにっ!良かった。
いろいろあって大変だったけれど、アレクに比べれば天国と言っていい。ナリス姫は美人で優しかったし、ちゃんとお姫様だったし。
「でも、さすがはアレク。解決したうえ、お姫様のハートまで射止めちゃったわけですよね」
親父さんに似て、目鼻立ちクッキリのイケメンだもんな。魔族基準ならわからんが。
お疲れ様、と心を込めて肩を揉みほぐしてやってたら、なぜかエリスがもの言いたげに俺のほうをジトっと見ていた。
「……なに?エリス?」
「ルーデウスだって……いや、やっぱりいい。教えないわ」
……変なヤツ。
⑶
「ああ、そういえば。傭兵団のリシオン支部長が、社長にくれぐれもよろしくと言ってましたよ」
教団から謝礼金という名の口止め料をもらったんで、帰りに傭兵団事務所に顔を出して、酒と食べ物をしこたま差し入れてきた。
俺のことですら、実物に会えたと喜んでくれた彼らだ。
伝説級の龍神の姿をヘルメット越しであっても目にした団員たちの感激は、想像するに余りある。
ていうか、出入りの際、わざわざ挨拶でもしたのだろうな。案外とここらへん、律儀だったりするのだ。
「結局、あの地下迷宮の大量のアンデッドたちは皆、ミリス教信者の成れの果てだったんでしょうか」
「ミリシオンの地下迷宮は、もともとは第二次人魔大戦後……ラプラスが分裂した爆発で巨大陸が割れた時、衝撃で陥没したものだ。
さまざまな民間信仰が各地に残っていた中で、ミリス教団が布教活動の掃き溜めのように使っていた。
異端審問やら勢力争いやらで、その時々のミリス教に都合の悪い人間を収監する場所にしていたらしい」
ミリス教団はやっぱりかなりエグい集団だ。
数千年にわたって邪魔な人間を地下に落としていったんなら、犠牲者の数はおそらく万人単位。それにプラスして、墓場から供給される新鮮な遺体もある。
アンデッドに賞味期間だか消費期限だかがあるのか不明だし、ひょっとしたら入れ替わりもあったかもしれないが。
それでも、どれほどいたのか想像がつかない。
今後は新たな犠牲者が送り込まれることはない、と信じたい。
「とりあえず、数日うちに報告書にまとめて提出します。
ミリス神聖国とミリス教団に、多少なりとも貸しを作れたんならいいですが。
なにかあった時に、融通してくれる国が多いに越したことはありませんし」
「そうだな。ご苦労だった」
少しも労いの意の感じられない無表情な顔と声で、オルステッドが言った。
でもまあ、満足はしてくれているんだろう。
「アレク! ケブラーカブラーとお姫様も、きっと有事の時には馳せ参じてくれますよ」
「いや、それは……」
顔を引き攣らせたアレクをそのままに、俺たちは社長に頭を下げて事務所を後にした。
⑷
(エリス視点)
冷たい風にブルリと身体が震えたけれど、それがかえって心地いい。
無味無臭の空気のありがたさがわかる、この数日間だった。
「エリス、まだ吐き気が残ってるのか?」
深呼吸を繰り返していたら、ルーデウスが心配そうに眉を寄せた。
「少しね。でも大丈夫よ。家に着く頃にはおさまってると思うわ」
答えたものの、彼はまだ難しい顔をしてなにやら考えている。
なんなのよ。
「……ひょっとして、子どもができちゃった……ってことはないよな?」
「バカね、違うわよ!
原因ははっきりしてるじゃない。アレクの悪臭のせいでしょ!」
寝ぼけたことを抜かす夫に1発パンチをお見舞いしたはいいけれど、自分でもちょっと自信がなくなってきた。
つわり……じゃないわよね? アルスの時だって軽かったし。
吹っ飛ばされたルーデウスは「そうか……残念」とつぶやきながら、慣れた様子でむっくり起きあがり雪を払った。
吐き気はともかく、困ったのは足元だ。
雪が積もるなんて知ってたら、ブーツで来るんだった。
意識的に足先への血流を増やせばいいんだから、しもやけや凍傷とは無縁だけれど、イヤなものはイヤなのだ。
子どものようにサンダルの爪先で雪をつついていたら、フッと身体が傾いた。
「じゃあ帰ろうか、お姫様」
ルーデウスが私を横抱きにして、すました顔で歩き出す。
男のプライドなのか、〝お姫様だっこ〟されたことにこだわっていた彼だから、多分やり返す機会をうかがっていたのだろう。
そう思えば、かわいらしくて微笑ましい。ついニヤけてしまって、顔筋に力を入れた。
「なあ」
「なに?」
「今度、オルステッドにも正しい〝お姫様だっこ〟させてやってくれないか?」
「いやよ!」
ルーデウスの横顔を眺めながら、しばらくは大人しく抱っこを堪能していよう。
あ、そうだわ。
「ねえ、肩車やって」
「……太もも舐めてもいいなら」
「それもお断り!」
つまらないことをあれこれ言い合ううちに、家族……私たちのお姫様王子様たちが待っている自宅はもうすぐそこだ。
夫とふたりの、ミリシオン出張が終わる。
⑸
(おまけ)
「……なんのまねだ、ルーデウス」
「さあ、さあ! 本人の了承も得ているんで、どうぞご遠慮なく!」
腕に抱いたララを、オルステッドに突きつけた。
押し付けられるままララを受け取ったオルステッドは、ギロリと俺を睨んだ。
視線だけで象も殺せそうな凶悪なオーラを放つ龍神に、彼を見慣れた俺でも背筋がうすら寒い。
一方でララは、まったくの平常運転でケロリとしている。
やはり、大物だ。救世主ララは、俺のような一般ピープルとは肝の座り方が違うのだろう。
自分の矮小さにイジケそうになりながらも、なんとか踏み留まる。
俺には、大切な使命があるのだから。
「オルステッド様! それが〝お姫様だっこ〟です!
本当の、ホンマモンの〝お姫様だっこ〟なのです!」
問題は、長身のオルステッドに対してララの身体が小さすぎるせいで、〝赤ん坊をおっかなびっくり横抱きにした新米パパの図〟にしか見えないことだな。
いや、でも、なんでも勢いって大切だ。
言い切ってしまえば、勝ちなのだ。
「どうでしょう、いいものでしょう?
腕の中の温もり! 大切なお姫様的存在の確かな重み!
無防備に身体を預けてくれる、相手からの信頼の証!!」
なにを言ってるのか自分でもわけがわからないが、とりあえず某ジャ○ネットTV通販番組のごとく畳みかける。
「む……そうか。わかった」
うむ、わかってくれたか。
「それで?」と、オルステッド。
「え?」
「〝お姫様だっこ〟は理解した。それから?」
「はい?」
「……それだけか?」
「はい」
黙ってララを俺に返したオルステッドは、無言のまま眉間を揉んでいる。
あ、これはちょっとマズいかも。
「え、え〜と、報告書をですね、お持ちしたんでした」
返事がない。
「……ここに置いておきます。
急ぎではないんで、時間のある時にでも目を通しておいてくださいね」
「……」
とっとと帰ろう。
「では、失礼します。
ララ、オルステッド様にご挨拶は?」
「ばいばい」
「……ああ、またな」
なんとか返事が返ってきた。良かった。
外に出たら、また雪がちらつきだした。
「寒くないか?」
「パパ、ゆきだるまつくろう」
どこの世界でも、子どもは雪遊びが大好きだ。
「そうだな……せっかくだから、急いで帰ってみんなで遊ぼうか」
「うん!」
俺を見上げるララのピンク色のほっぺたに、雪の粒が乗ってゆっくり溶けていった。
(了)