イメージが壊れたり、限定される恐れもありますので、好まれない方はご注意を。
⑴
現在、各地に整備を進めている傭兵団アジトの転移魔法陣。
非常に便利な反面、移動したという実感は薄い。
気持ちの切り替えが難しいレベルで、あっけなくミリス神聖国の首都ミリシオンに到着した。
贅沢な話だとは思うが、ちょっとした旅情のようなものを味わいたい時もあるのも事実。
街を守る七つの塔と高い城壁、ホワイトパレスやそれを囲むグラン湖……これらは遠景からじゃないと全体像はつかめない。
昔の俺が感動したように、子どもたちに体験させてやりたかったと思えば残念だ。
今回は仕事できたわけなので、まあ仕方がない。次回に期待ってところか。
迅速対応がモットーだもんな。
今いるのは街の南側に位置する冒険者区の外れのほう、ルード傭兵団のミリス支部となる。
転移魔法陣は地下に設置されており、禁忌のものなので、もちろん極秘扱いだ。
かなりの魔力を込めないと起動しないうえ、普段は入念に封印してある。
なにも知らない団員たちにしてみれば、突然現れた会長による事務所視察ということになるだろう。
「ウッス!」「ちわッス!」
上階に登る途中、何人もの団員とすれ違った。
ミリスという土地柄、メンバーは獣族や長耳族、炭鉱族と実にバラエティーに富んでいる。人族は少数だ。
アイシャ選定の黒コートに身を包んだ彼らの外見は、ハッキリ言ってガラが悪い。
ああほらほら、ルーシーとクライブが怯えてるじゃないか。
でもパパは、オルステッドのほうが百倍怖いと思うよ?
「ルーデウス会長! お役目ご苦労さんッス!」
「本物に会えて、自分、感激ッス!」
緊張をにじませながらも元気よく迎えてもらえて、俺も素直に嬉しい。
支部立ち上げ時に代表者の面接をした時くらいで、実はここに直接の顔見知りはほぼいない。
にもかかわらず、なぜ俺を会長だと認識できるのだろうか?
「肖像画がありますからっ!」
ここの支部長室の壁には、他の拠点と同じく〝ルーデウス会長〟と銘打ったザノバによる謎のイケメンの肖像画が掛けられている。
ザノバの画風は、印象派というべきかメガネの曇り拭けよというべきか……
とにかく……これ見て、よく俺が会長本人だってわかるのなという微妙な仕上がりだった。
「髪型が似ているようなので、たぶんそうだろうと判断しましたッス!」
……ああ、なるほどね。
「お世話になってます。活気があるようで、なによりです。
今回我々は、何日かミリシオンに滞在する予定ですが、ひょっとしたら皆さんの手を借りることがあるかもしれません。
その時はよろしくお願いしますね」
「「ウッス!!!」」と気合のこもったお返事を各所からいただいた。
いつもながら体育会系だな。
このノリは正直、元ニート引きこもりの俺にはあんまり波長が合わない気もする。
でも、オルステッド・コーポレーションを支える屋台骨だ。
あるのとないのとでは、動きやすさが断然違う。
皆さん、いつもありがとう。いざという時、頼りにしてます。
というわけで、俺たち一行はルード傭兵団のミリス支部を後にした。
⑵
(ルーシー視点)
ミリスに行くんだって。
ほんものの おひめさまがパパにきてほしいって。
クライブはお父さんに会えるんだね、よかった。
うれしそうなエリナひいおばあちゃんとクライブを見ていたら、なんだかうらやましくなった。
へんなの。
わたしはパパといっしょに くらしてるのに。パパは今、目のまえにいるのに。
でも、あしたになったら またすぐに いなくなっちゃうんだろう。
いっしょにいられるよって、もっとワガママ言っていいよって言ったのに。
……あっ、そうだ!
ほんとにワガママ言ってみようかな?
そうしたら、パパはどうするかな?
わたしのことを大すきなら、おねがいを かなえてくれるんじゃないかしら。
どうしよう……おこったりしないよね?
ドキドキしちゃう。……いっかいだけ しんこきゅう。
…………ようし!
「わたしも、いっしょに行きたい」
……言っちゃった。
ほんとうは、ワガママ言うほど行きたかったわけじゃないんだ。
とおくにお出かけするのも、よそで おとまりするのも はじめてだし。
よるねるときに おうちにかえりたくなって、パパや赤ママをこまらせるかもしれない。
でも、おいてけぼりも おるすばんも もうイヤだったんだもの。
いえを出たあと、オルステッドさまのところから あっというまにミリスについた。
ミリスのようへいだんは、シャリーアのよりも もっと こわいかんじ。
いろんなどうぶつの じゅうぞく、ものすごく大きい人、せたけとおなじくらい よこはばがある人も。
とってもこわそうな人たちが みんな、パパに会えてうれしいってニコニコして、大きなこえで あいさつしてた。
わたしのパパは やっぱりすごいと おもう。
おとまりするところを きめたあと、ひとりで出かけたパパは、くらくなってからクライブのお父さんと もどってきた。
ミリスのひいおばあちゃんは、ゼニスおばあちゃんのお姉さんのところにお泊りにいっていて おるすなんだって。
会いに行くのは またこんどになったらしい。ちょっとざんねん。
しんぱいだった よるも、パパと赤ママのあいだで ねむったから へいきだった。
それで朝おきたら、どうしてかクライブがいっしょのベッドにいた。
となりのおへやで、クライブのお父さんお母さんと ねたはずなのに、なんでここにいるのかな。
「おとなの じじょうだよ」って、パパも赤ママもわらってた。なんのことだろう? よくわからない。
きのうは いっぱいパパと手をつないだ。だっこもしてもらったし、かたぐるまだって。
こんなにパパをひとりじめしたのって、はじめてかもしれない。
いつもは もっとちっちゃい子がいるから。わたしはお姉ちゃんだから。がまんしてる。
ミリスにいるあいだは、がまんしなくてもいいんだ。
でも、ワガママ言ってこまらせるのは もうやめようかなっておもった。
⑶
教皇も神子も、巨大なミリス教団の象徴のような人物だ。
今回、教団本部には比較的スムーズに入れてもらえたものの、さすがに即日VIPとの面会は難しかった。
そっちが呼んだくせに……と思わないでもないが、昨日呼び出して今日シャリーアから着いた俺のほうが異常だ。
普通は、年単位でかかる距離なのだから。
クリフはすぐに来てくれたし、テレーズとも会えたから、まあ良しとしよう。
大人しくアポイントを取っていると、「王族と面会するのにその格好は……」と事務職員が眉をひそめた。
前回はローブ姿で押し切ったけれど、あまりいい顔はされなかった記憶がある。
俺の正式ユニフォームなんだけどな。
不本意だが、他人からしたら戦闘服か、ひょっとしたら作業服に近いのだろうか。
エリスの剣王様スタイル、さらに言うなら腹やら太ももなんかが露出したあの装束で、教皇やお姫様にお目通りのご挨拶というのはやめたほうがいいのかもしれない。
仕方がない。明日の朝イチで、アスラ王国大使館から衣装を借りることにしよう。
困った時のアリエルだのみ。こういう時に大国とのコネは便利だ。
⑷
「そうしていると、まるでどこかの貴族様みたいですわ」
翌朝、俺たちは早速アスラ大使館に出向いた。
俺もエリスも服装にこだわりはない。無難にまとまればそれでいいと思っている。
それを見越してか、単に暇だったのか、エリナリーゼたちが大使館まで付いてきて、衣装選びを手伝ってくれていた。
お姫様ブームまっただ中のルーシーは、大量に吊るされたドレスに朝っぱらから大興奮だ。
クライブはルーシーに付き合ってくれているものの、「きれいなドレスだね」と相槌を打つ顔がハニワになっている。
ごめんな、すぐ終わるから頑張ってくれ。
「馬子にも衣装……いえ、違いますかしら。
ふたりとも、まがりなりにも大貴族グレイラット家の血筋ではあるから、しっくりきて当然かもしれませんわね」
俺はともかく、エリスはやんごとなきお育ちだ。
ごくごくたまに着るドレス姿も、大人しくしているぶんにはバッチリとサマになっている。
ただし、今日のエリスの出で立ちは淑女ではなく、凛々しい王子様スタイルだったりする。
高い位置でキリリと髪を束ねた美女剣士は、赤胴鈴之助ばりにカッコいい。いや、たとえが古すぎるな。
「似合うよ、エリス。惚れなおしそう」
思わず口にすれば、エリスの顔が赤らんだ。照れたようだ。
「あ、ああありがとう……ルーデウスも、その…………普通ね!」
うん、わかってる。気を使わせて、すまんね。
「赤ママ、ドレスきたらきっとキレイなのに……」
大使館職員が、エリスのためにドレス数着とアクセサリー類を見繕って持ってきてくれたのだが、本人はにべもなく拒否。男性用を要求した。
セレモニーに出席するわけでもなし、そこそこ改まった感じが出れば問題ないだろう。
ここにおかしな服はないはずだから、好きにしたらいいと思う。
ショボンとしていたルーシーの顔が、なにかを見つけてパッと明るくなった。
視線の先には、アクセサリーの乗ったトレイが。
大ぶりの派手なものから控えめな小さいものまで、ネックレスやイヤリングが並んでいる。
「好きなの、あった? どれだ?」
ルーシーが指差したのは、薄緑色をした小さな石のついた可愛らしいペンダントだった。
職員さんに買い取り可能か確かめて、それをルーシーの首にかけてやる。
ミリスに来た記念だから、ちょとくらい、いいよな……と、自分に言いわけしながら。
大人サイズなので少々長いが、白いワンピースの胸元に品よくおさまった。
「うん、可愛い。いい感じだ」
控えめな輝きが、清楚なルーシーにピッタリなイメージだ。
「パパ、ありがとう」
ルーシーは小さな肩をすくめるように、それは嬉しそうに笑う。あのドレスを着た時のような笑顔だった。
あとでシルフィあたりに、甘やかしすぎだと怒られそうな予感がする。
でも、こんないい笑顔を見られるならば、妻から怒られるくらいは屁の河童だ。
ってか〝パパ、あれ買って〜〟で、なんでもホイホイ買い与えてしまいそうな自分がちょっとコワイのも事実だがな。
「では行ってきます。ルーシーのこと、よろしくお願いします」
「わかりましたわ。みんなでミリシオン見物でもしてますわね」
俺はルーシーとクライブの前にしゃがみ込み、それぞれの肩に手を乗せた。
「きれいな町だから、楽しんでおいで。
もし迷子になったら、近くにいる神殿騎士にパパの名前を教えるんだよ」
ふたりは、しっかりと俺に視線を返して「はい」と返事をくれた。
うん、いい子どもたちだ。
昨日家を出てからずっと甘えん坊だったルーシーの顔つきが、心なしかお姉さんモードに戻っている。
クライブも年齢以上にしっかりした子だから、これなら大丈夫かな。
心配は心配だけど。
では俺も、龍神の右腕モードになって頑張ってくるとしよう。
⑷
教団本部の迷路のような白い通路を抜けた先。
ミリス教皇ハリー・グリモルは、過日と変わらぬ穏やかさをもって迎えてくれた。
クリフの祖父ということは、クライブのひいじいさんになる。
対面を果たすまでは、もうしばらくかかるのだろうが、元気なうちに名乗りを上げられたらいいのにな。
そんな考えが頭をよぎるくらいに、今回は気持ちにも余裕もあった。
なんとなくだが、人となりが分かってきたためだろう。
「ご無沙汰しておりました。
こちらは我が妻、剣王エリス・グレイラットにございます。
以後、お見知りおきください」
胸に手を添えて貴族風の礼をすると、あるはずのないドレスの裾を持ちあげかけたエリスが慌てて俺に倣った。
「エリス・グレイラットですわ」
「ほう……噂の剣王様ですね。
聞くところによりますと、教団の神子に剣術の指南をしてくださったとか。
彼女は今も騎士たちに教わりながら、毎日のように木剣を振るっているようですよ」
「そうなの、それは良かったわ……ですわ!」
俺につつかれて語尾を付け加えるエリスに、教皇は温厚な笑みを浮かべる。
伏魔殿のような教団中枢部で頂点まで登りつめ、今なおその地位を保っているくらいだ。
柔和な雰囲気に騙されて気を抜くと、痛い目を見るのは間違いない。
でもまあ、孫の親友くらいの認識はしてくれているだろうけど。
「この度ミリス神聖国に参りましたのは、ほかでもございません。その神子様に呼ばれたためです。
なんでも、ご病気になられた他国の姫君をお預かりなさっているとか」
「ほう、耳がお早い。さらには、遠路はるばる来られたと思えぬほどの迅速さには驚くばかりです。
さすがは、龍神の右腕と呼ばれるお人だけありますね」
「たまたま近くにおりましたから。幸運でした」
しらじらしいやりとりは、転移魔法陣の存在は大国の上層部にとって公然の秘密だからだ。
「ルーデウス殿にはわざわざお越しいただきましたが、そのことに関して、貴殿のお力を借りる場面はないと思っているのですよ。
わたくしたちと、神子をはじめとした枢機卿派の人たちとで意見が異なっておりましてね。
いわば、内輪での些細な揉めごとにすぎません」
「差し支えない範囲で、ご事情を伺えますか?」
そこでようやく椅子を勧められた。
「先方のラビリア王国は、北方大地における重要な布教拠点でもあるのです。
ミリス神聖国と、敬虔なミリス教徒であられるラビリア王家との繋がりは、もう何代にもわたって続いておりましてね。
そこの姫君が5年ほど前から体調を崩され、不安定な状態になっていらっしゃるのですよ。
お国元で手を尽くしても原因が判明せず、こちらまで、治療法を求めてわざわざ旅して来られたというわけです。
そのお気持ちに、わたくしどもも全力でお応えしなければなりません。
我が国最高の医師団や教団の治癒魔術師たちの見立てでは、神撃魔術が有効だろうということでした」
「神撃魔術……ですか」
単なる身体面での病気というわけではなさそうだ。
「ところが神子がその治療に反対し、枢機卿も神子の考えを支持されたため、意見が割れているのです。
姫君はすでに20歳を過ぎられ、現国王陛下も心配しておられるようなので、早く治療を試みたいと考えているのですが」
……それっておそらく、無理にすすめちゃアカンやつだ。
オルステッドは治癒と解毒の魔術と言っていたけれど、情報不足か歴史が変わったか。
どちらにしろ慎重にやらないと、姫君が落命し、国際問題に発展しかねない。
「教皇猊下、私は、類似のケースで患者を死なせてしまった例を知っています。
万が一にでも姫君の身になにかが起これば、ミリス神聖国と北方の国々との関係にひびが入りかねません。
どうか、魔術による治療をいったん中断して、しばらく私にお預け願えますか?」