【無職転生】ミリシオン出張記〜姫ものがたり〜   作:麓63

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※あとがき部分に拙い挿絵を1枚付けています。
 イメージが壊れたり、限定される恐れもありますので、好まれない方はご注意を。





ミリシオン出張記〜姫ものがたり〜5

⑴

(エリナリーゼ視点)

ルーデウスは良き夫、良き父親だと思いますわ。

 

妻を3人娶るなどと、ミリス教徒が助走をつけてブン殴ってきそうなことをしながらも、家庭は至極円満。

情の深い男性にありがちな、惚れっぽい浮気性かと思えばそうでもなく、エリスのあとは浮いた話ひとつ聞きませんもの。

パウロと違って、そういう方面には不器用にも感じますわね。

さらに相手が増えるだろうと、シルフィは覚悟していたようですけれど、そんなことにはならないでしょう。

 

ルーデウスは問題を抱え込んで、自分ひとりで解決しようとするところがある。

そして、誰かを守らねばならない時に、自分の身を顧みない捨て身の強さを発揮するのだと。

それが怖い、といつかシルフィがわたくしにこぼしていましたわ。

妻たちは同じ思いで、それぞれ自分にできる形で夫を支えているのでしょうね。

 

家庭では妻の尻に敷かれた夫に見えるし、子どもとの距離に悩む、ちょっと残念な父親にも見えてしまいますけれど。

夫の強さも弱さもよく理解した上で、余計なことで煩わせないで済むようにと、皆が気を遣った結果ではないですかしらね。

 

愛されていますわね、ルーデウス!

 

今回はルーシーに甘すぎ……と思う場面もあるものの、忙しくて構ってやれなかった父親と素直に甘えられなかった幼い娘、これくらいでちょうど良いようにも思えますわ。

クリフとクライブにも、ふれあいの機会がもっとあればと感じますけれど、父と息子の場合は少し事情が違うかもしれませんわね。

父親が頑張る背中を見せる、というのも立派な教育ですもの。

 

 

⑵

アスラ王国大使館前でルーデウスたちと別れたエリナリーゼは、息子とひ孫を連れてミリス観光に勤しんでいた。

美しい都市だと思うけれども、宗教関連の施設が多いため、子どもには少々退屈かもしれない。

昼食後は、冒険者ギルドにでも連れて行ってみようかしら。

などと考えながら到着したのは、教団本部にほど近い聖ミリス公園。

 

礼拝堂や集会所も備えた大きな公園で、散策できる小道や池もあるので、子どもが遊ぶにはうってつけだ。

「お母さん、なんてかいてあるのですか?」

そこには朽ちかけた石造りの建造物があった。案内板が付けられている。

 

「ええと……『第一次人魔大戦終結後間もなくミリス教団が立ち上げられ、最初の聖堂がこの地に建造された。その後改修が加えられながら第二次人魔大戦・ラプラス戦役を経て、甲龍暦元年に大聖堂が新設されるまで信仰の中心地となっていた……』

ってウソッ、6千年前ですって? すごいですわね。よくそんなものが……本物ですかしら?」

祭壇のような建物は角が磨耗し、表面を飾っていたであろうレリーフは、風化して形はほとんどわからない。

 

「あっ!」

奥のほうで、なにかを覗き込んでいたルーシーが声をあげた。

なにごとかとエリナリーゼが駆け寄ると、ルーシーはすでに半ベソだった。

「どうしよう……ペンダントが……おちちゃった」

 

半分崩れた石壁を上から覗くと、懺悔室を思わせるような狭く区分されたスペース。

石壁の出っ張りかなにかに、ペンダントの鎖が引っかかって切れてしまったのか。

 

「ちょっとおどきなさい」

床の部分は同じく石で組まれており、経年劣化のせいか歪んで隙間があいている。ちょうどそこに落ちたらしい。

残念ながら腕が入るほど広くはないうえに、それなりに深そうだ。

 

「せっかくパパから もらったのに……」

泣き出したルーシーの背中を、クライブが困った顔をしながらヨシヨシとなでている。

エリナリーゼの脳裏に、ペンダントを首に掛けてもらった時のひ孫娘の花咲くような笑顔が浮かんだ。

 

「ひいおばあちゃんにお任せなさいな。なんたって、腕っこきの冒険者ですからね!」

この場所から動かないようキッチリ言い付けたあと、クライブにルーシーを託して冒険者区へと走る。

あそこなら必要なものが、あらかた手に入るのだ。

 

息を切らして最速で戻ると、石垣に腰掛けるふたりの姿があった。

クライブが一生懸命話しかけ、ルーシーはなんとか泣きやんだようだ。

「なかなかやりますわね、クライブ。さすがはクリフの息子ですわ。

さて、取り掛かりますわよ」

 

灯りをクライブに持たせ、トリモチを仕掛けた糸を側面にくっつかないように慎重に下ろしていく。

2〜3メートルほど伸ばしたところで底についた。思ったよりも深い。

ゆっくり動かすうちに、かすかな金属音がした。

よし! あとは気をつけて引き上げるだけだ。

糸をソロソロ巻き取っていくと、ペンダントが光を受けてキラリと輝く。

ルーシーとクライブが歓声をあげた。

 

「あら? よけいなものも釣れましたわね」

ペンダントと歴史ありげな小石や砂つぶ、そして、銀の指輪がくっ付いていた。

 

 

⑶

「ルーデウス君、来たな。神子様が首を長くして待っておられるよ」

 

謁見の間の前まで迎えに来ていたテレーズは、俺の後ろのエリスに気付いて笑みを大きくした。

「エリス様! 今日はまた、いちだんと凛々しいですね」

「ええ。いざという時に動きづらいと困るもの。ドレスより、こっちのほうがいいわ!

でも、剣を取り上げられたのは、ちょっとね」

「本部内では神殿騎士以外は武装解除、魔術も使えないようになってるんです。

お帰りの際にはきちんとお返しできますので、それまでは辛抱してください」

 

 

スラリとした立ち姿の男装の麗人と女性騎士、絵になる組み合わせだ。

美女たちと並び立って調和を乱すこともあるまい。

 

俺は一歩下がり、ミコさんの護衛〝聖墳墓の守り人(アナスタシア・キープ)〟のムサイ面々とひと塊りになって付いていった。

うん、ここなら馴染む。

 

とはいえ、こいつらイヤ〜な目線を送ってくるよな。以前のことをまだ根に持っているのか。

服装を見ればわかるだろうけど、今日の俺は完全に丸腰だ。

あんたたちも、ミリス神聖国が誇る神殿騎士の最強軍団でしょうに。

もうちょっと器をデカくしないと、ミコさんからモテないんじゃないの?

 

控えの間に騎士たちを残し、俺たちだけで貴賓室の重厚な扉をくぐる。

広い部屋の中央に天蓋付きのベッドがしつらえてあるが、中は空っぽ。

壁際に立っているのは、おそらく姫君付きの侍女たちだろう。

窓辺に置かれた小さなテーブルセットに、妙齢の女性がふたり腰掛けていた。

お茶の時間だったらしい。

 

そのうちのひとりが、すぐに立ち上がった。

「ルーデウス様っ! エリス様も! よくおいでくださいました〜!!」

エリス並みの大きな声だ。ただ、その声色はホワンと間延びして柔らかい。

 

「ミコ様……なんか印象が変わられましたね」

女性に外見の話は失礼かもしれないが、うっかり口を突いて出るほど変わっていた。

10キロくらい減量した?ってレベルでシュッとしている。

ミコさんは、キャハッと声をあげて

「わかりますぅ?」と頰を染めた。

ああ、そういうところはぜんぜん変わっていませんよね。

 

バサッ。

どこからともなく大きな銀色のフクロウが飛んできて、ミコさんの肩に乗っかった。

けっこうな重量を受けて一瞬ヨロける彼女を、背中に手を添えて支える。

 

彼女がオルステッドの傘下に入った際に召喚した、守護魔獣〝ナース〟。

生意気にも〝おかしなマネすんじゃねーぞ〟って、まん丸の目で牽制してきやがる。

仕事熱心、おおいに結構。だがな、俺はお前の名付け親だぞ。

 

「エリス様から教わったとおり、あれからずっと鍛錬を続けているんですよ。

ナースのお散歩も兼ねて、おかげさまで、中庭には毎日出られるようになりました。

それはそうと、エリス様のお姿、すごくカッコいいですわっ!」

大げさに両手を合わせて、キラキラと効果音が聞こえそうな瞳でエリスを見つめるミコさん。

 

なかなか紹介してもらえそうにないので、俺はもうひとり、座っている女性に向かってひざまずいた。

「本日は、お目にかかれて光栄に存じます。

龍神オルステッドが配下、ルーデウス・グレイラットと申します」

初対面の姫君は、腰ほどの長さでゆるく波打つ赤みがかった茶色の髪、モスグリーンのビロード地のドレスをまとってゆったりと微笑んでいる。

 

「神子様より伺っておりますわ、ルーデウス様。

まさか、こんなに早くご到着なされるとは思っておりませんでした。

なにか不思議な魔術でもお使いになられたのでしょうか?」

「偶然近くに滞在している時に、神子様からのご連絡を受けたんですよ。

お加減が悪いと聞き及んでおりますが、ベッドにおられなくて大丈夫なのですか?」

 

柔らかい笑みを浮かべて、姫君は言葉を続けた。

「ラビリア王国第二王女、ナリス・ロータス・ラビリアでございます。

お心遣い、感謝いたしますわ。でも、体調のほうはご心配いりませんの。

もともと、寝ていて回復するような病ではないのですから」

アリエルのような、ザ・お姫様という華やかなタイプではない。清楚な美人だが、優しげで控えめな雰囲気だ。

 

それにしても、ナリス姫に、聖獣ナース、剣王エリス……ちなみにここはミリス。

なんだかややこしいな。

 

「あの……お連れの凛々しい方も、ご紹介いただけますか……?」

ほんのり頰を染めた姫君は、チラリと向こうに視線を投げて、はにかんでいる。

 

またかよ。

今日は顔を合わせる女性すべて、エリスに持っていかれている。

確かに自分も見惚れたし格好良いのは認めるが、俺の夫だからな。誰にも渡さん!

 

 

⑷

椅子を持ってきてもらって、姫君の対面に腰掛ける。

エリスにも勧めたが、彼女は首を横に振った。

「私はルーデウスの護衛で来ているのよ。立っているわ!」

本物の姫君を差し置いて、男の姫(俺)を守るという頼もしい王子様は、テレーズと並んで戸口付近で腕を組んで仁王立ちだ。

 

「大まかなお話は、先ほど教皇よりお聞かせいただきました。

ただ、俺は治癒関連の魔術は専門ではありません。

なにか、お力になれればと思ってはいるのですが……」

できても、せいぜい教皇側の意見とミコさんの考えをすり合わせる手伝いくらいか。

それすら教団内の権力争いの側面が大きいし、介入は難しそうだ。

って、俺はなにしに来たんだろう?

 

「神子様より、とても頼りになる方だと伺っておりますわ。

恥の多いお話になるのですが……不明なところがございましたら、お尋ねくださいね」

姫君は、静かな口調で話しはじめた。

 

ミコさんがその表情を、いや、瞳の奥をじっと見つめている。

〝記憶の神子〟と呼ばれる彼女は、目を合わせることにより相手の記憶を読み取ることができる。

すべて見透かしてしまうため、教団から重用されるとともに、顔を合わせることを忌避する者も多い。

ただし心の病を抱えるナリス姫の場合は、その能力が治療の手がかりになるかもしれない。

 

ナリス姫はラビリア王国の現国王の末子、第四子として誕生した。

上の3人はすでに婚姻を済ませており、彼女も成人を迎えた15歳の時に、近隣国の王子との縁談が持ちあがった。

異変はその頃から始まった。

 

「初めての顔合わせの際、晩餐の席で、突然わけもなく悲しみが込みあげてきたのです。

泣きながらテーブルの上をひっくり返していました。

気が付いたらお料理は台無し、先方の王子様はスープ皿を帽子のように頭に乗せてビショビショに……さすがに先方もお怒りで、すぐに破談となりました。

それから何度か、同じようなことが起こりましたわ。

自分が保てなくなるような状態に、陥るようになってしまいましたの」

 

王女の乱心とあって、医師はもちろん、魔法三大国の魔術師ギルドから魔術師たちを招いて診察させた。

しかし原因はわからず、症状もおさまらない。

ポツポツあった縁談もやがて来なくなり、姫君は周りから腫れ物扱いをされるようになったという。

 

「ひとりで、本ばかり読んで過ごしていました。

取り立てて特徴のないわたくしどもの国ですが、学問立国を目指して、識字率向上に取り組んでおりますの。

城内にも、世界中から新旧さまざまな書物を集めた書庫がありましてね。

その中に評判の高かった『世界を歩く』を見つけて読んでいるうちに、ミリス神聖国にどうしても行ってみたいと……

いえ、生きているうちに絶対に行かなければならないと思ったのです」

 

「『……尊厳と調和。ふたつを併せ持つ、この世界で最も美しい都市である……』」

昔読んだフレーズを口ずさむ。

見た目は美しくても、その長い歴史の淀みと、権勢に群がる人々のドロドロした思惑が渦巻く都市だ。

 

「まあ、ルーデウス様もご存知なんですね。読んでいて、ワクワクしましたわ」

姫君は微笑んだ。

「病気の治療というのは、正直なところ、ミリスにやって来るための口実に過ぎなかったのかもしれません。

2年以上もかけて念願の地を踏んだのに、ほとんど部屋から出られないのは残念なのですが」

上品な口元に、しばらく陽に当たっていないような白い手を添えてフフッと笑う。

 

その左中指の指輪が、俺はさっきから気になっていた。

無意識なのかもしれないが、姫君はことあるごとに指輪に触れる。

反対の手の指の腹で、いかにも大切なものであるように撫でさするのだ。

 

……ただの癖か? 普通の銀の指輪だよな。

ほかにもキラキラしたのを身につけているので、ただの装飾品のひとつなんだろうが。

 

話が途切れたところで、それまで黙って聞いていたミコさんが口を開いた。

「姫様の中に一瞬よぎる記憶が、違う人のもののような気がしてなりません。

そしてそれがご本人のものと絡まっている、というか、むしろ癒着しているかのように私には見えます。

無理に分離させると姫様ご自身が壊れてしまうのでは……と思えて、神撃魔術の使用に反対していたのです。

それでも、これまで確信には至っておりませんでした。でも」

そこでひと呼吸置くと、やがて心を決めたようにキッパリと言った。

 

「今、隣でご様子を拝見していて、はっきりとわかりました。

ナリス姫様の中には、ご自身のこれまでの記憶のほかに、別人の記憶が存在しています」

 

きっぱりと言い切ったミコさんの言葉に目を見張った姫君は、それからゆっくりと瞼を落としていった。

完全に目を閉じて一度ビクリと細い肩を上下させると、それきりパタリと動きが止まる。

 

「……ナリス姫?」

いや、動かないのではない。唇が震えた。なにかつぶやいている。

やけに低い声だ。まるで男のような……

 

なにを言ってるんだ?

 

聞き取ろうと顔をわずかに寄せた時、姫君は突然立ちあがって身を乗り出し、小さなテーブル越しに俺の首に手を回した。

呆気にとられる俺をよそに、深窓の姫君とは思えない強い力で引き寄せて。

 

噛みつくように、俺に口づけた。

 

 

 

 

 





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オスカル様風エリス。
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