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⑴
「えー……ま、まあとにかく、この指輪をご覧ください」
気を取り直して、ルーシーから預かった銀の指輪を取り出した。
「これは……」
指輪を嵌めた姫君が手をかざして比較すると、大小サイズの違いはあるものの、彫り込まれた文様はまったく同じだった。
やはり、夢でに出てきた一対の指輪の現物だと考えてもいいんだろうか。
「それは、昨日我々がこうしてお話をしていたのと同じ頃、聖ミリス公園内の遺跡から見つかったものなんです。
おそらく、なんらかのマジック・アイテムだと思います。
姫様が今付けられている指輪は、どういった経緯でお手元に?」
「確か、15歳の誕生日の贈り物のひとつだったと……」
言いかけて小首をかしげ、やがてハッとしたように顔を上げた。
「いえ、違います。今思い出しました。
ちょうどその年齢の頃、書庫で……外国から届いたという書物に紛れているのを見つけたのでしたわ。
なぜだかとても心惹かれたのです。それで、そのまま……」
途中で言葉を詰まらせ、姫君は唐突にハラハラと涙をこぼした。
なんの涙だ?
不思議に思いつつも、俺はポケットからハンカチを渡した。
昨日から入れっぱなしの、アスラ大使館製だがね。
「……ありがとうございます。変ね、どうして涙が出るのかしら。
この指輪、もらったものだと思い込んでおりましたけれど……申しわけないことをしてしまいました。
本来の持ち主がいらっしゃるということですよね?」
「いや、それは……」
改めて見てみると、夢の中のお姫様の姿かたち、声や雰囲気までがナリス姫に似ている。
偶然か、夢のお姫様が憑依しているという証拠なのか、それとも生まれ変わり……とか?
「ミコ様、ちょっとご意見を聞かせてください。
俺が眠っている間にみた夢なんですが……」
俺はミコさんに向き合い、あの時の夢での体験を想起した。
彼女はじっと俺の目を見つめる。
数分が経った。
「……ああ。なんてむごい……」と目を覆う。
そうか、便利だけれど、この能力ってひどく疲れるんだったよな。
俺が半日以上かけてみせられたものを、強制ダウンロードだ。疲れて当然だ。
情報過多になるだろうし、内容も重たいし。
だが俺としては、自分ですら半信半疑でいるところに、第三者的意見をもらえるのはとてもありがたい。
「ルーデウス様がみられたのは、通常の夢ではありません。記憶の輪郭が鮮明すぎますもの」
そう言って俺に向き直ったミコさんは、ミリス教団の至宝〝記憶の神子〟の顔をしていた。
「教義的に認めがたいところではあるのですが、ナリス姫様は、その嫁いで来られたお姫様だと言えるのかもしれません。
この国においでになったのも、気の毒な騎士さんから呼ばれたか、ミリス様のお導きがあったのでしょう」
俺たちのやり取りを黙って見守っていたナリス姫は、わからないなりにも感じるところがあったのか〝ミリス様のお導き〟という言葉に小さく頷いた。
ミコさんはこれ以上詳しいことは、なにも言わなかった。本人みずからが思い出さなければ、あまり意味がないのだろう。
遺跡から出てきた指輪は、ナリス姫の希望で彼女が持っていることになった。
サイズが大きすぎるため、ルーシーがやっていたように鎖に通して首にかける。
この指輪はふたつでひとつ、確かに引きあったわけだ。
これからしばらくは、ミコさんが付きっきりで姫君の記憶を解きほぐしていくという。
ナリス姫の中のもうひとつの記憶が前世からのもので、緑髪の騎士の悲恋の相手だったのかは、その過程で少しずつ明らかになるだろう。
姫君の病を治すという、当初の目的にもつながるはずだ。
そこで教皇からの呼び出しがあったので、明日また顔を出すことを約束して、部屋を辞した。
⑵
「お騒がせすることになってしまい、申しわけありませんでした」
今日は、さっきから謝ってばかりだ。
「いやいや、ルーデウス殿が目覚められて良かったですよ」
教皇は穏やかに微笑んでいる。
「クリフからの報告を受けて、ナリス姫様の件はしばらく様子見ということになりました。
姫様の御身に危険があるかもしれないのなら、性急に進めるわけにもまいりませんので。
ただ、神撃魔術で解決するだろうという私どもの見解は変わらないのですが……
貴殿はどうお考えなのでしょうね」
「外部から一時的に悪霊的ななにかが取り憑いたというのなら、神撃魔術は確かに有効でしょう。
しかし私自身、昨日同じような状況を体験したのです。
その間、自他の区別がないほど憑依相手と繋がっていました。
姫君の場合は、もともとご自分の中に別の人生の記憶が深く根付いていたようですから、その結びつきは私の場合と比べようもないくらい強いはずです」
教皇は考え深そうに、俺の言葉に耳を傾けている。
「施す魔術が強力であればあるほど、姫君ご自身の心まで害していた可能性が高かったのではないでしょうか。
多少時間がかかっても、このまま神子様にお任せするのが得策だと私は考えます」
俺はちょっと思い付いて、疑問を投げかけてみた。
「ところで、ミリス教では、死後のことはどのように教えているのですか?」
「教えをまっとうして聖人に至れば、聖ミリスと同じ世界へ。
大多数の普通の人々は泉の1滴に戻って、自我のない大きな共同の一部になります。
罪を犯した人間は、救いがあるまで、呪われた魂としてさまよいつづけることとなりますよ」
「生まれ変わり、転生というものは認めていますか?」
「個々が溶け合い、ひとつになったものから新しい命が生まれるので、同じ意識を持って生まれてくることはありません」
教皇はキッパリと断じた。
なるほど、ミコさんの意見がとおらないわけだ。
ついでに言えば、転生者の俺は呪われた魂だったりするんだよな。
死後さまよいつづけるのは、あんまり嬉しくない。
そうだ、もっと大事なことがあった。
どう切り出そうか一瞬迷い、結局はストレートにぶつけてみた。
「もうひとつ教えてください。この下に、大きな地下施設がありますよね?」
シラを切られても、カマをかけるくらいにはなるだろう。
「……ルーデウス殿は、昨日こちらでお話ししてから今まで、ほとんどの時間を眠っておられたと聞いています。
そんなことを、どうやってお知りになったのでしょうね」
否定しなかった代わりに、教皇の笑顔に剣呑な色がよぎった。
「ただ、これは幹部しか知らないこと。他言無用ですよ。
おっしゃるとおり、ここから聖ミリス公園あたりまでの広い範囲に、地下迷宮が存在しています。
第二次人魔大戦時には、この辺りも人族と魔族の戦いの場となりました。
戦後、荒廃した町並みが新しく整備されていく過程で、大きく陥没したため地下に取り残された部分が迷宮化したと言われています」
「迷宮……」
「もともとミリス国内は、迷宮が自然発生するほど魔力濃度の高い土地ではありません。
その上、もうずいぶんと昔に強力な結界も施されましたので、外部への影響は心配せずとも大丈夫です。
ここ数百年といいますか、ラプラス戦役以降、入り込んだ人間はおそらくいないはずですよ」
「……そうなんですね。
ああ、それから、こちらの資料室で少々調べ物をさせてもらってもいいですか?」
「本来、部外者は入室を許可されません。
けれども、ほかならぬルーデウス殿のお頼みなら、多少の便宜は図りましょう。
中にいる司書に命じてください。ご覧になっても差し支えのないもののみ、資料を出させるように伝えます。
ただ、あまり土足で踏み込むようなことは、ね?」
最後は目が笑っていなかった。
⑶
神殿騎士の人事は極秘だ。
〝
ただし100年以上前ならば、すでに古文書扱いということで見せてもらうことができた。
名前はわからないし、髪色なんて記載はもちろんない。
配属先として、ラビリア王国を中心に北方大地の小国をあたるが、なにせあの辺は政情不安定で国名も国境もいろいろ変わっている。
数時間カビ臭い書類と格闘して、ようやくそれらしいのを発見した。
その神殿騎士は、ラビリア王国駐在3年目に王族警護任務へと異動、2年ほどかけてミリス本国に帰還。その後生死不明と記されている。
200年近く前の記録だ。
そして古地図によると、教団本部裏手の礼拝堂は同時期によそへ移されたらしい。ということは、あれは移築直前の出来事だったのだ。
ひょっとすると、あの時のことを緑髪の騎士の存在ごと隠蔽するために取り壊されたのかもしれない。
ちなみに、地下迷宮についての資料はない。
幹部しか知らないって言ってたもんな。あったとしても、見せてはもらえないか。
とりあえず、俺がみた夢の内容の裏付けは取れたんじゃないだろうか。
だから、あれは夢ではない。
誰かの、過去にあった出来事の〝記憶〟だ。
外へ出たら、もう薄暗かった。そろそろ1日が終わる。
宿に1泊、教団本部に1泊、それと今晩で……3泊4日。
子どもたちはシャリーアに帰す頃合いだ。
俺たちも、ミコさんの相談に乗るっていうだけなら、もう帰るべきなのかもしれない。
しかし、件の騎士の最期を肌で味わった身としては、せめてもうちょっとという欲も出る。
姫君の病状が落ち着くのを確認して、できれば不運の騎士の想いが昇華したと感じられるまで見届けたい。
宿に戻る前に、ルード傭兵団に出向くことにした。
通信石板に新たな指令が届いていないことを確認したうえで、滞在延長の旨を連絡。
傭兵団にちょっとした依頼もしておいた。もっとも、杞憂で済むなら、それが一番なんだが。
明日は、子どもたちをシャリーアに帰したあとミコさんに会って、それから例の遺跡を調査してみよう。
よし、とりあえずの方針が決まった。
そこでようやく、やたらと腹が減っていることを思い出した。
そういや昨日の朝食以来、なんも食ってない。ミコさんたちとお茶飲んで、茶菓子を少しつまんだくらいか。
倒れて目覚めて、そのままだ。
忘れてたとはいえ、よく今までもったと思う。しかしいったん自覚すると、もうダメだった。
⑷
「た……ただいま……」
ヨロヨロと部屋に戻ると、エリスが飛んできた。
「どうしたの? 大丈夫? しっかりして! だから私が付いて行くって……!」
「腹が減って……死にそう……」
「……え?」
拍子抜けのような顔をしながらも、子どものおやつの残りをくれた。
「クリフが来たら、みんなでお食事に出かけますわよ」
呆れたようなエリナリーゼの言葉にクライブがうんうんと頷き、ルーシーも俺を上目でキッと見た。
「パパ、ごはんのまえは おかしたべちゃいけないって! 白ママにしかられるよ。
ごはんがおいしくなくなったら つくってくれた人に しつれいでしょ」
子どもたちがよくシルフィから言われている言葉だ。
「そうだな……(もぐもぐ)……でもね、パパ、よく考えたら(ポリポリ)昨日の朝以来、なにも食べて……なかったんだよ(ごっくん)」
ビスケットに口の中の水分持っていかれて、なんともしゃべりづらい。
確かに教育に良くないよな……と肩身を狭めつつ小さいママに言い訳をすると、同情したのか、頭を撫で撫でしてもらった。
「死ぬほど空腹ならば、遠慮なく食べなさい!」とエリスがミルクを注いでくれる。
赤ママは優しいなあ。腹筋は引き締まっているのに、太っ腹だ。
ビスケットと一緒に家族の優しさを噛み締めつつ、動ける程度にカロリーを摂取したあたりでクリフが登場、場所を移した。
「わたくしたち、明日シャリーアに帰ることにしましたわ。
クリフにも会えましたし、見るべきところはあらかた回りましたもの」
「ここの見どころは、宗教関連施設がほとんどだからな。
確かに、子ども連れで何日も過ごすのは大変かもしれない。……そうか、帰るのか」
あっけらかんと言うエリナリーゼに対して、クリフがしんみりしている。
「いや、なんというか……夕べは貴重な時間を邪魔することになってしまって……」
ふたりで過ごす夜を台無しにした俺としては、ひたすらに申しわけない。
「あら、大丈夫ですわ。夜は長〜いですわよ、ねえ?」
「あ、ああ……」
クリフは喜んでいるのか、おののいているのか、泣き笑いの表情だ。
どうぞ朝までご存分に。たっぷり搾り取られてください。
「では、明日午前中に傭兵団アジトに送りましょう。
俺のほうは、もう数日ここで事態を見守ろうと思ってます。
エリスは、俺に付き合ってもらえるかな?」
「当然よ。オルステッドにも言われてるもの。お姫様を頼むって!」
「……あ!!」
エリナリーゼがニタァと笑った。
「あれって、ルーデウスのことでしたのね。……なるほどねぇ。
そうそう、聞きましたわよ、教団本部での伝説のお姫様だっこ!
テレーズさんがボヤいていましたわ。〝あんなのを見せつけられちゃたまんない、私も相手が欲しい〟って」
テレーズさん……それ、いちばん拡散してくれそうな人に言っちゃいましたか。
家に帰ったら、嬉々として皆に報告するんだろうな……
「彼女を見ていたら、若い頃のゼニスを思い出しましたのよ。
元気に動いて、くるくる表情を変えて……。懐かしいですわね……」
エリナリーゼは遠い目をした。
⑸
(おまけ)
「さ、ルーシー。ルーデウスに頼まれたお仕事をすませていらっしゃいな」
ミリス滞在延長を決めたルーデウスは別れぎわ、中間報告書をルーシーに預けた。
「とっても大切な書類なんだ。
ルーシーなら立派に役目を果たしてくれると、パパは信じている!」
大人が見れば芝居掛かったルーデウスの態度にも、幼い少女は、緊張感にピンと背筋を伸ばしながら封筒を受け取った。
シャリーアの地下転移魔法陣に戻ってきたルーシーは、キリリと顔を引き締めてオルステッドのもとへ向かう。
「オルステッドさま、ただいまもどりました。わたしと ひいおばあちゃんとクライブです。
パパと赤ママはまだミリスにいます。だいじなしょるいを もってきました、どうぞっ」
事前に言うことを決めてきたのだろう。
ひと息に告げられた棒読み気味のセリフと真面目くさった表情に、オルステッドの口元が微かにほころんだ。
「そうか。では、あとで読ませてもらおう。
……ミリスは楽しかったか?」
無事に任務をやり遂げて、ルーシーはようやく肩の力を抜いた。
「これ、かってもらいました!」と、嬉しそうに胸のペンダントを示す。
「おとしてかなしかったけど、ゆびわといっしょに つりあげてもらったの」
「……う、うむ?」
「そしたらパパが目をさまさなくなってて、朝になったらおきたからよかったです。
ルーシーのおかげよって、赤ママがないちゃった」
「む、それは…………よく頑張ったな」
「はいっ!」
誇らしげな笑顔だった。
きっと、自信を深める体験をしたのだろう、とオルステッドは思う。
「じゃあ、かえります。さようなら」
「ああ、気を付けてな」
あっさり踵を返すと、パタパタと軽い足音が遠ざかっていった。
なにがあったのか、報告書を読めば大体わかるだろう。
少女がどんな経験をし、なにを感じたのかまでは書かれていないだろうが。
「俺もよく言葉が足りないと言われるが……
そうか、聞かされるほうは、こんな感覚なのだな……」
なんとも言いがたい表情を浮かべ、手に持った書類を眺める龍神の姿があった。