絡繰は不死の逆旅にして、記憶は百代の過客なり   作:山石 悠

1 / 1
遺産と関送り


 真っ暗な部屋の中で、スチュワードの首元に付けられたパイロットランプが点灯した。朝五時だった。

 外は僅かに白み始めていたが、まだ盆地であるこの町を囲う山の端から顔を出すことはできていなかった。暗い部屋の中は、スチュワードから漏れ出る緑色の光がぼんやりと無地の白い壁に色を添えていた。充電・メンテナンス用のケースに収まったスチュワードはさながら棺に納められた死体か、箱に収められた人形のようだったが、中は装飾もなく簡素で、数本のケーブルがつるりとした乳白色のプラスチックベッドに横たわる裸体へと繋がっていた。

 ケースがハムノイズのアラートを鳴らしながら、白く部屋を照らした。スチュワードの体に繋げられたケーブルが自動的に切断、収納されて、駆動部に電流を得たスチュワードは静かに目を開いた。

 

 充電は完了していた。ゆっくりと腕を上げてケースの扉を開きながら、リソースの一部を起動時プロセスに明け渡した。人工知能搭載機械人形(ガラテア)には“寝ぼける”という事象は起こり得ないが、複数処理を実行してほんの僅かに動きが鈍るこのタイミングは、ある意味でぼんやりしているのかもしれなかった。朝の実行プロセスはボディの動作診断プログラムであったり、今日一日の行動スケジューリングであったりするが、それらは別に毎日実行する必要も、朝に実行する必要もなかった。ただ、朝の起動シークエンスとして全て実行するのが効率的という評価に従っているだけだった。

 

 スチュワードは静かに立ち上がった。部屋の中はスチュワードとケースから漏れ出る光しかなかったが、視覚は問題なく機能していた。

 電力はいまや貴重な資源の一つである。特にスチュワードが動作するのに必要なエネルギーが電力である以上、視界を確保するためだけに照明をつける意味は存在しなかった。

 

 ケースの扉を閉める。部屋は非常に殺風景だった。ケース以外には机とイスしか存在しなかった。

 机の隅には花瓶に収められた造花が飾ってある。かつて、主人に飾り気のない部屋の様子を指摘された際に用意したものだった。スチュワードは庭園の管理をしている都合上、生花の取り扱いに関するパッケージもインストール済みだったが、自室に置く植物に対して手入れが必要なのはデメリットと評価した。スチュワードは自分に対する費用を極力抑えようとするきらいがあった。

 

 裸体のまま、傍に掛けてあった服を手に取る。

 購入されて以来、ずっと同じデザインのスーツを着ている。スーツの中では伸縮性も高く動きやすいタイプだった。幼かった主人を追いかけることが多かったスチュワードにとって理想的な服で、何種類か用意されたスーツの中でも最も使用頻度の多かった一着だった。主人が屋敷を抜け出さなくなってからは動きやすさを考慮する必要も無くなったが、主人の意向で同じものを使い続けている。

 

 起動時の処理が終わると静かに部屋を出て厨房に向かう。廊下も照明がついていなかったが、移動には何も支障はなかった。

 今日のスケジューリングは先ほどの起動時の処理で既に終了している。この生活が始まって今日でちょうど一年になることは理解してたが、それがどういう意味を持っているか、スチュワードはそれを言葉の意味としてしか認識していなかった。

 

 スチュワードは食事をする必要がない。稼働するには電気が通っていれば問題なく、この屋敷にはスチュワード以外は誰もいなかった。しかし、冷蔵庫にある食材のリストも、今日作るべき料理のリストも既に決まっている。後はそれを実行するだけ。

 その行為にスチュワード自身、資源の無駄であるというデメリットを承知していたが、それは主人の世話をするというスチュワードの最優先目標を止めるほどのものではなかった。

 

 今日の料理はいつもより品数と彩りにこだわったものだ。そこにスチュワードの意思が介在しているわけではなく、周年や記念日等には料理を豪華にする傾向があったため、今回も同じようにふるまっているに過ぎなかった。

 

 毎朝の料理は、料理長が主人の息子についていって以来ずっと続けてきたルーチンであったが、今日の料理を褒めてくれる主人はもういなかった。

 スチュワードは主人に褒めてもらうプロセスに必要性を認識していなかったし、そのプロセスが欠落したことに対して何かが変化するとは考えもしなかった。

 

 厨房に入り、作業を開始する。淡々と決まった道筋をなぞるように迷いなく手を動かすスチュワードは、特に思考をしていなかった。カレンダーの予定にもこの料理の運び先にも、何の感慨も抱くことはない。それはただ単に、スチュワードにそれを気にするという機能が備わっていないからに過ぎなかった。

 コンロの設定表示用デジタルライトとスチュワードのパイロットランプが、調理しているスペースをほのかに照らしていた。スチュワードの靴が乾いた音を鳴らす度、光は踊るように揺れていた。

 

 七月十六日。一年前、スチュワードの生活が一変した。

 それは、スチュワードがこの屋敷で一人になった日。生まれたその時からずっと傍にいた主人と初めて共に過ごすことがなくなった日。

 

──今日は主人の一周忌だった。

 

 

 

 

 

 料理は和食で統一した。屋敷のカトラリーは洋食用のそれが多かったが、和食用も一通り揃っていた。スチュワードはそれを主人とその妻の二人前用意して、一人前ずつ屋敷唯一の和室に設置された仏壇へと供えた。

 昨日供えた分の食事は食堂へと持ち帰り、スチュワードが自分で食べた。食事は不要だが、人工皮膚への補給等の一部メンテナンスに代用できた。主人が残した貯蓄があるとはいえ、資源は無限ではない。ただ捨てるだけであるのなら、こうして少しでも何かに使う方が効率的だった。

 

 食事も終えて片付けまで済ませると、時刻は既に七時を回っていた。洗い物で濡れた手を拭いたスチュワードは、庭園の方へと足を向ける。朝食が終われば、今度は庭園の手入れが待っている。

 主人の息子が一人立ちする際、主人はその資産のほとんどを息子へと生前贈与していた。主人が自らの手元に残したのは、移民艦に乗せることができない屋敷と、生まれた時から傍にいたスチュワードの二つだけだった。金も、様々な権利も、使用人も。あらゆる財産は息子の方へと譲り渡し、それまで主人の身の回りの雑務の手伝いをしていたスチュワードは一通りの家事から庭園の世話まで行うこととなった。

 

 庭園は屋敷の正面にあった。正門と屋敷の玄関をつなぐ大きな通路を挟んで左右に分かれており、それぞれの上には大きく透明なガラス製の天井が設けられていた。弧を描く天井に対し東の空から少し強めに光が差し込んで、庭園にある植物の葉がそれを白く照り返していた。

 大気や水質は大戦の影響で汚染され切っている。この町は戦場にならなかったが、地球全体の汚染はゆるやかに町の環境に影響を与えていた。植物が綺麗な花を咲かせるために必要な手間はそれまでの比ではなかった。かつては山頂で遮られることもなく慈雨や陽光を受けることができた花々も、屋根越しに管理された環境で育てられていた。

 

 スチュワードは屋敷の右手から外に出て、用具を置いている小屋に入った。小屋は機械や肥料等も置かれており、中は独り暮らし向けのアパート程度の広さがあった。荷物は几帳面に整理されており、それはスチュワードの作業効率が上がるように配されていた。

 スチュワードは中で靴だけを履き替えた。作業する予定はあったが、まず最初に見回りをするため特に何も持たなかった。

 

 庭園は目と鼻の先にあった。その周囲は金属の柵に定家葛がカーテンのように張り巡らされ、終わりを見せつつある白く小さな花がまだまばらに咲いていた。甘い香りがスチュワードの嗅覚を刺激したが、彼はそれに全く頓着せず、その蔓の様子を見ながら手を入れる必要があるかどうかだけ確認していた。

 軽く外から様子を確認すると、そのまま小屋から庭園に入れるよう用意されたアーチを抜けて庭園の中へと足を踏み入れた。

 

 屋敷の庭園は英国式であった。周囲を囲う定家葛を始め、様々な植物が植えられていた。屋敷の敷地や庭園の周囲には背の高い種類も多く、山の上に建てられているにも関わらず、麓にある町も見えないようになっていた。それは異国めいた趣で、訪れた者を日常とは切り離された感覚に陥らせたが、主人やその妻以外がこの庭園を見たのは、六年も前が最後だった。

 

 石畳が敷かれた道を歩きながら、スチュワードは庭園右区画の中心にある噴水前に着いた。噴水周辺は背の高い植物はなく視界が開けていた。植わっているのは高くても腰の高さ程度で、少し離れた場所にはオークのガゼボがあった。今は人もなくスチュワードの足音が響くばかりだったが、かつては主人や客人が、スチュワードの用意した茶と菓子を片手に過ごすことも多かった。

 笑い声は遠く離れていても、菓子を運ぶスチュワードの聴覚まで届くほどだった。客人が来なくなってからは主人とその妻の穏やかな声が、その妻が亡くなってからは静かに微笑む主人の姿がスチュワードのストレージに保存されていた。

 長い月日での様子は覚えていたが、それでもスチュワードは特に感傷に浸ることもなかった。丁寧に歩き回りながら手入れが必要ではないかと確認していく。

 

 噴水周りではクレマチスの開花が終わってその葉を茂らせていた。今は、噴水を挟んで反対側にあるガイラルディアが黄色から褐色のグラデーションを鮮烈に見せている。この区画は噴水を中心にどの季節でも必ずどれかは花を咲かせているようにしていた。足元には石畳と花壇の隙間を覆うようにエボルブルスが顔をのぞかせている。

 しかし、スチュワードは花の色や香りを楽しむこともなかった。スチュワードの中に好きな花も、色も、香りもなかった。それらは全て主人達のものであり、ここにスチュワードの判断を介在させることはしなかった。

 

 スチュワードは葉や花の様子を確認しながら、病気や虫がいないか確認を続ける。気候が変化していく中で既存のデータ通りではいかなくなっていた。絶えずデータを蓄積し、選ぶ花は主人達の反応を見ながら評価点を更新し続けていた。

 移民艦が星の海へと漕ぎ出し、国家がその機能を失ってからは新しい植物を仕入れることもできなくなったため、庭に植える種類を変えることはできなくなっている。一年草は種の収穫ができなければ、二度と育てることはできない。

 庭園を見る者はもう誰もいはしなかったが、スチュワードは主人の愛した庭園が自らの職務の怠慢によって失われることをよしとはしなかった。それはある種の強迫観念のように見えたが、スチュワードにとってはただ主人からの命令を忠実に実行しているだけに過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 日が西側へと移り、スチュワードは五時間以上休むことなく作業を続けていた。充電はまだ問題なく、それ以外の休息は不要だった。

 

 正門側に植えていた定家葛の確認を終えて庭園の左区画へ向かおうと振り返ると、スチュワードに警備システムからの通知が届いた。警備システムの圏内に侵入者が現れたらしかった。警備システムは絶えず無線でスチュワードと接続しており、屋敷の敷地中であれば監視カメラの映像まで確認することができた。

 スチュワードは警備システムへ、現在の映像を要求し、システムを動かしているサーバが監視カメラの映像を送信した。

 

 リアルタイムで送信された映像は、屋敷へと続く私道からだった。

 道の脇を、和服を着た少女らしき人物が歩いていた。スチュワードの記録の中では和服を着る主人の妻などは、かなり動きにくそうにしていたが、少女は慣れているらしく迷いなくアスファルトの上を軽快に歩いていた。

 手荷物はほとんどないらしく手ぶらで、その顔を過去に出会った人物と照会したが特に一致する対象もいなかった。屋敷に来たことがない人物であるらしかった。

 久しい来客であったが、スチュワードは戸惑うこともなかった。来客の手続きは全て一連の手順として記憶済みであり、人と違って機械のみであるが故に色あせることもなかった。

 

 スチュワードは急ぎ足で小屋へと戻った。靴を履き替えて正装にする必要があった。

 少女の様子を映像で確認しながら、彼女が屋敷の正門に辿り着く前にスチュワードがそこで待っている必要があった。少女の到達時間を計算しながら、あまり推奨されないが靴をしまわずに小屋を飛び出した。

 走りながら身なりを簡単に整えていく。いくら急いでも息が上がることはないため、スチュワードは出せる限りのスピードを出して正門の前へと到着した。

 

 改めて身なりを整えて門の脇で少女の様子を確認していると、視覚で少女の姿が映った。少女はスチュワードの姿を認めると、強く結ばれていた口元を僅かに緩めた。先ほどよりも早い足取りでスチュワードの前に辿り着くと、スチュワードは少女に恭しく頭を下げた。

 

「久城邸へ、ようこそいらっしゃいました、お客様」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。