Fate/Librarian   作:いんしゃーく

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初投稿です。


プロローグ

 図書館(としょかん)

 

 人生を変えうる本を手に入れるために、数多のゲストが足を踏み入れた場所。

 

 数多のゲストを接待し、遂には都市の不純物として放逐された場所。

 

 魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する『外郭』内においても、異様な存在感を放って鎮座しているその場所で。

 

「この本は翼についての評論だから……この棚か」

 

 総記の階(ケテル)指定司書、『ローラン』はせっせと図書館での勤務に励んでいるのであった。

 

「ううっ、昨日の酒が微妙に抜けてないな」

 

 昨日の夜、芸術の階(ネツァク)指定司書『ネツァク』の元に行きビール缶やワイン等のアルコール類を摂取したことが響いている。思いの外どれも味が好みであり、ついつい飲み過ぎてしまっていた。ネツァクが光の使い方を習熟したのか、自分の舌が肥えたのかは分からない。

 

 男二人で飲んだくれて存分に語り明かした後に待っていたのは、図書館長『アンジェラ』による懇々(こんこん)としたお説教であった。

 

 それはもうこっぴどく怒られてしまった、声色は微妙に優しさがこもっているような気がしたが。

 

 かけがえのない友達から、真摯(しんし)に怒られたとあっては応えないわけにはいかない。

 

 どこか懐かしい感覚がよみがえる。誰よりも行動を優先し、先走りがちだった自分を諫めてくれた無二の親友。

 

 彼は都市の中で無事に目覚めただろうか。

 

 一緒に笑い合い、悲しみ、怒り、そして支え合ったあの頃のこと。今はもう遠い過去だが、確かに息づいている思い出だ。

 

「それもこれで、これもそれだよな」

 

 よしっ、と気合を入れて本の整理作業に戻る。

 

 順調に作業が進み、未分類の本を半数程整理した時の事だった。

 

 ──背中に妙な違和感を覚えた。

 

 冷たく、こちらを切りつけるような──殺気(さっき)に近い。

 

 俺は素早くスーツの内ポケットから()()()()を取り出し、装着する。

 

 それは都市を支配する大企業『翼』が誇る特異点を応用したモノであり、別次元上に槍・大剣・長剣・槌・斧・メイス・ナイフ・ガントレット・銃・刀といった己の使用する武器を格納している。

 

 瞬時に状況に対応した武器を取り出せるよう、俺は身構えながら背後を振り返った。

 

「……何だ?」

 

 背後にあったモノは、自分の予想とは全く違っていた。

 

 ──赤い装丁(そうてい)に包まれた一冊の本が、地面にぽつんと置かれているだけだった。

 

 先ほど感じた、凍るような殺気は全く感じられない。

 

 (いぶか)しみつつも、しゃがみ込んで手に取り確認する。

 

 その本の表紙には──。

 

「『聖杯戦争』?」

 

 戦争、その単語を見た瞬間俺の脳裏でフラッシュバックが起こる。

 

 翼の間で起こったあのクソッタレな戦争。白くどぎつい煙が巣全体を覆い尽くし、大勢の人々が巻き込まれて死んでいった戦争。

 

 戦争に参加した者は巣の移住権を手に出来るという甘言(かんげん)に、俺含め多くのフィクサーが踊らされた。その戦争の最中で白い煙の根源を見てしまったが、記憶処理を受けて何を見たかは今でも思い出せない。

 

 そして、戦争が終結すると翼は手のひらを返すように言うことを変えた。

 

『煙戦争の参加者は巣に移住することはできない』電話越しの人間は極めて機械的にそう答えるだけだった。

 

 あの時のやるせなさは今でも鮮明に思い出せる。同時に世界に対する視野が広がったような感覚を抱いたのも事実だ。

 

 大方、錯覚であるだろうけれど。

 

 俺は本の中身が気になってしまった。煙戦争とは違うだろうが、この本に書かれている『戦争』にはどのような真実が書かれているのか、どんな理不尽が待ち受けているのか、なぜ争いが起こっているのか。たとえそれらがどれほど醜悪でも、目に刻むべきだと考えた。

 

「どれどれ……」

 

 俺は表紙に手をかけて、本をめくった。

 

 ──開いた本の()()に、左手から肘まで吸い込まれた。

 

「うおっ──!?」

 

 あまりに突然の事に面喰らう。どういうわけか本は手放してもひとりでに浮遊して、吸い込む勢いを緩めない。

 

 両足で地面に踏ん張りをきかせ、左腕を右腕で本の内部から引き戻そうとする。が、開かれた本のページに左腕が凄まじい力で吸い込まれる。

 

(本の中に吸い込まれる──まだ解放していない幻想体がいるのか!?)

 

 図書館に眠る幻想体──旧L社ではアブノ―マリティーと呼ばれていた存在は、全て解放したはずだ。少なくともアンジェラはそう言っていた。

 ──本が左腕を吸い込む力はむしろ強くなり、俺をひっきりなしに吸い込まんとしている。

 引っ張られている左腕がミシミシと嫌な音を立て始めた──クソッ。

 

(覚悟を決めるか……)

 

 この図書館で起きた事の経験上、──本の中に入るケースは幻想体との戦闘。俺一人の力で幻想体を無事鎮圧し、解放できるかは分からないが。

 

(もし幻想体に敗れても、図書館でまた目覚めるだけだしな──!)

 

 半ば諦めの境地に達した俺は、踏ん張っていた両足をそのまま浮遊する本に向かって思いっきり地面を蹴って勢いをつけ、前傾姿勢で思い切り突っ込んだ。

 

 ──世界が暗転する。

 

 暗く、どこまでも暗く。

 

 果てしのない闇のような空間で、誰のものかも分からない情景や声が通り過ぎ去っていく。

 

 一瞬とも、あるいは永遠とも言えるような時間。

 

 やがて遠くに、かすかな光の瞬きが見える。

 

 闇の中に見えたわずかな光に、自らの手を伸ばす。

 

 手が届く──この手が届く。

 

 左手を、伸ばす──。

 

 

 * * * * *

 

「──! ────!」

 

 誰かの声のようなものが聞こえる、内容は聞き取れない。声の調子からして驚いたようにも聞こえる。

 

「──。──どうやら────ようね」

 

 また声が聞こえる、今度は冷静な調子で。だが声が少し上擦っており明らかに興奮している様子だ。

 

 俺は朦朧とした意識で、紐を再びたぐり寄せる。もう一度──もう一度、とめどなく。

 

「何がどうなってるんだ……」

 

 声は絞り出せた、次は目を開ける事に集中する。瞼に力を入れて見開くように。全身がなぜかズキズキと痛む、まるで何かに打ち付けたような痛みだ──。

 

 目を見開き、幾度か瞬きをすると──人がこちらを覗き込んでいた。赤い外套を纏った少女が、華奢な顎に手を当てながら俺をまじまじと見つめている。

 

 身体の各部位が次第に言う事を聞くようになっていく、そして確認するようにもう一度声を出す。

 

「君は誰だ? ここは一体?」

 

 すると、彼女はうんざりしたかのように目を閉じてため息をついた。

 

「あのねぇ、アンタ人の家の屋根をぶち破っておいて開口一番それ!?」

「ちょっと待て、俺も何が何だか良く分かってないんだよ……君は幻想体(げんそうたい)なのか?」

「幻想体? 幻獣の近縁種? 聞いたことも無いけど、私は正真正銘人間よ」

「変だな。今までのパターンだと本の中に入ったら大体訳のわからないバケモノが有無を言わさず襲い掛かってくるんだが──」

「本の中? 訳が分からないのはこっちよ。召喚儀式中に凄い音がしたと思ったら、居間は滅茶苦茶になってるわ知らない男の人が倒れてるわ──」

 

 目の前の少女は、視線をそらして何やらぶつぶつと「ただでさえ金欠なのにいくら修繕費に回せばいいのかしら、居間の扉蹴破っちゃってるし」とか「そもそもサーヴァント……? それにしては魔力の気配が薄いわね、でも召喚に成功したことは間違いないし」とか呟いている。

 まだ多少痛む身体を起こして立ち上がると、パラパラと音を立ててホコリが宙に舞う。

 まずは状況を確認する必要がある。

 

「ごほん────あー、聞こえていますでしょうか。よろしければ貴女の名前をお伺いしても?」

「──────」

 無言の強圧、目がそれを語っている。

「……(わたくし)めの名前はローランです」

「遠坂凜よ──で、確認するけど貴方は私のサーヴァントで間違いない?」

「サーヴァント? 何だそれ────」

 

 疑問を呈そうとしたその時、閃光のようなビジョンが浮かんだ。聖杯戦争に関する知識、冬木市に関する知識、この世界における一般常識や魔術的知識。

 それら知識が自分の脳内に流し込まれる事を感じた。記憶処理手順に似通っていて、しかしどこか優しさのようなものが感じられる不思議な感覚だった。俺が経験し、歩んできた世界とは根本的に違うようでどこか似通っている世界の事を咀嚼し、理解する。────否応なく。

 目の前の少女──遠坂凜は先ほど見せていた狼狽は微塵も感じさせず、ただ毅然とした態度で答えを待っていた。

 

「それでローラン? 貴方は私のサーヴァントなのよね? 主従関係はきっっっっっちりさせておきたいから、手短に答えて」

「ああ──どうやらそういう事で間違いないみたいだ」

「ず、随分あっさり従ってくれるのね……いいわ、よろしくね。ローラン」

「よろしく~、いやぁしかし話の分かる(マスター)で助かったよ。また四肢を切り落とされるんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだぜ?」

「ええ!? 四肢を切り落とすなんてスプラッタ映画じゃあるまいし、第一出来ないわよ!」

「これが本当にやられたんだよなぁ、巡り巡って今やその人――とは友達だけど」

「アンタの人間関係、血に塗れてそうね……」

「まぁ──それもこれで、これもそれだからな」

「『それもこれで、これもそれ』? 『それはそれで、これはこれ』じゃないの? 変な言い方だけど──でも、嫌いじゃないわね」

 

 マスターと俺はお互いに微笑を浮かべ──心なしかマスターの笑みはどこか小悪魔的なものを連想させたが──俺はすいと手を差し伸べる。

 沈黙が5秒。

 ややあって彼女の方も意図に気付いたのか右手をゆっくりと差し伸べた手に合わせて、すわ固い握手かと思われたが──。

 

 

 ────ドガシャンッ!!!!!!!!!!! 

 

 背後で轟音が鳴り響く。続いて軽い振動。屋根の崩落と居間に置かれてある調度品が奇跡的なバランスで積み上がっていた山は、脆くも崩れ去ってしまった。

 何とも言い難い微妙な空気が辺りを満たす。

 

「取り敢えず、ここを離れましょうか……」

「そうしよう、後処理は──」

「アンタがやるに決まってるじゃない! 掃除用具は一通り揃ってるわ」

「とほほ……前途多難だなぁ」

 

 そう呟きながらマスターと共に蹴破られたドアを踏み越えつつ、遠坂邸の廃墟同然と化した居間を後にした。

 

 

 

 第2話に続く

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