Fate/Librarian   作:いんしゃーく

3 / 4
聖杯戦争Ⅱ

世界を磔にする、四方の地平線

 

 公園を離れた後、凜は開き直ったのか新都の主立った施設や店などを巡り「ついでに夕食もすませるわよ!」と、かなり羽目を外しているようだった。

 

 そんな奔放(ほんぽう)なマスターに振り回されつつ歩き回り、時刻は午後7時すぎ。

 凜は新都で一際目立つ高層ビルの方角に向けて歩き出した。曰く、今日の締めに相応しい場所へ案内するとのことだ。しばらく歩いて件の高層ビルの正面入口の前に到着する。ガラス張りである自動ドアの向こう側には常駐している警備員がしっかりと目を光らせていたが、凜は意に介さない様子で堂々と正面入口からビルに進入する。

 

「──おい、勝手に入って大丈夫なのか?」

「平気よ、認識阻害の魔術なら既にかけてあるから」

「便利なもんだなぁ~」

 

 事実、警備員は自動ドアにこそ反応した素振りを見せたものの、凜や俺に対しては全く反応しなかった。二人でビルのエレベータに乗り込み、最上階へのボタンを押す。

 しばらくして到着を知らせるアナウンスが響き、エレベータの扉がひとりでに開く。そこから更に階段を使って昇ると、屋上に通じる扉が目の前に現れる。

 

 ──扉を開けるやいなや、強烈な風が吹き付ける。お先にどうぞ、と凜に目で促す。軽やかな足取りで扉の先に進む凜。俺も後を追いかけて、ビルの屋上に躍り出る。

 

 そこには新都で一番高いビルの屋上から見下ろす景色が広がっていた──眼下に広がる煌々(こうこう)と町を照らす明かり、(せわ)しなく行き交う人々の喧騒、車やバイクのエンジン音。構成される要素一つ一つ。それらが連鎖して、一つの巨大な力となっている事を感じる。

 ふと、横で風を浴びながら気持ちよさそうに立っていた凜が話しかけてくる。

 

「良い景色でしょう? アーチャー。見通しも良いし、戦場の把握には最適な場所じゃない?」

「ああ、しっかしシンプルな町だ。歩いているだけでも町の大体の構造は掴めたが──俯瞰(ふかん)して見ると更に精度が増すな」

「そうなの? 近代建築は機能性と合理性がウリだって言うけど──それでも私には雑多(ざった)な町並みに見えるわ」

「……裏路地の雑多さを見たら、マスターはきっと驚くだろうな」

「裏路地?」

「────何でもない、忘れてくれマスター」

 

 久しぶりに高所からの景色を眺めて浮足(うきあし)立っていたのか、うっかり口を滑らせてしまった。どうも都市(あちら)側の常識で考えるクセが抜けていないと自覚する。適当に誤魔化したが、幸い凜はそれ以上追及してこなかった。沈黙しながら、引き続き町の作りの把握に(つと)める。──しばらく経った後、こちらの側を離れてビルの端に立っていた凜が言う。

 

「────少なくとも、新都に本拠地があるマスターが一人いる」

 

 聖杯戦争に参加しているマスターは七人。どのようなマスターが、どんなサーヴァントを引き連れているかは全く不明。だが先刻の出来事で、七人中一人のマスターの大まかな居場所は絞り込めた。心の中で静かに凜に同意しつつ、目を凝らして見える限りのあらゆる情報を頭に叩き込む。

 ――背後にいる人物の気配が変わる。振り向いて見ると、凜は微かに眉をひそめながら地上の一点を凝視していた。

 

「──マスター。敵を見つけたのか?」

「……ただの知り合い。日々を平和に生きている、ただの一般人よ」

 

 素っ気ない口調で突き放すように凜が言う。疑問に思い、凜が見つめていた方向を見ると、こちらを呆然と見上げながら道の真ん中に突っ立っている人影を見つけた。──確かに遠目から見る限り何の特徴もない男子学生といった風体(ふうてい)だった。だと言うのに、その人物から目が離せない。

 ……何故だ? 

 

「行くわよ、アーチャー。今日の偵察はここまでにしましょう」

「了解だ」

 

 背後からかけられた凜の言葉に首肯(しゅこう)しつつ、俺は後ろ髪を引かれる思いでビルの屋上を立ち去った。

 

 * * * * *

 

 深山町に戻ってくる頃になると、時刻は午後9時を過ぎようとしていた。夜の間も喧騒に包まれていた新都と違い、こちらの町は出歩く人影もなくシンと静まりかえっている。交差点に着くころに、隣を歩いている凜が話しかけてきた。

 

「どう? 町の作りはだいたい判った?」

「ん? ……ああ町の作りは大体把握できたな、後はぼちぼちってところか」

「それなら良かった。私もまだ本調子にはほど遠いし、そろそろ家に戻って休みましょう」

 

 遠坂邸に続くゆるやかな坂道を行く。……と。なにやら前を行く人影が見える。しかも制服を着ているところを見ると、どうやら学生のようだ。凜は前の人影の姿を見るやいなや、素早く物陰に隠れた。

 突然の事に軽く驚きつつ、凜に尋ねる。

 

「急にどうした?」

「シーッ……声のボリューム落として。──あそこにいる学生、知り合いなのよ。今日は学校休んじゃったし、あんまり顔を合わせたくないっていうか……」

 

 と言いつつ、凜は物陰からじっと前を歩く人物を観察している。俺もそれに(なら)って、隠れながら周囲に気を配りつつ同じ方向を見る。

 坂道の先、そこに居る人物。一人は女子学生、もう一人は────。

 

「……ッ!!!」

 

 絞り出されようとした声を必死に抑える。嘘だろ、と心の中で呟く。体内の動悸が激しくなるのが分かる。全身から冷や汗がじっとりと流れ、微かに震えが走る。

 今まさに女子高生に話しかけている人物。見間違う筈もない、あの長身痩躯(ちょうしんそうく)のシルエットは────()()()! 

 幸か不幸か、凜はこちらの異変には気づいていないようだった。俺は努めて心の平静を保ちつつ──凜に問いかける。

 

「……マスター。知り合いって学生の方だよな?」

「ええ──もう一人の方は外国人? この辺りは洋館が多いし、観光にでも来たのかしらね」

「────」

「……アーチャー。あの人、人間?」

「──少なくとも、サーヴァントじゃないな」

 

 しばらくすると話が終わったのか、学生の方は坂を上っていく。紫の涙(イオリ)本人と思われる人物は──俺たちが来た方角の坂道を下っていった。

 彼女が隠れている俺たちのそばを通り過ぎる直前、錯覚であってほしいが──毒蛇に睨まれたようなイメージが脳内に駆け巡った。

 

 * * * * *

 

 ────その後。凜と俺は何事もなく遠坂邸に辿り着いた。柱時計は午後10時半を指しており、変わらず一定のリズムを刻んでいる。

 

「それじゃ──貴方の使う場所はここね。私はもう眠るけど、何か質問はある?」

「今のところ取り立てて重要な疑問はないな。今日は色々と教えてくれてありがとう、マスターはゆっくり休んで魔力の回復に努めてくれ」

「ええ。明日も引き続きよろしくね」

 

 そう言って凜は二階にある自分の部屋に引っ込んでいった。俺も軽く身の回りの整理を済ませつつ、置かれてあるソファに身体を沈めて今日の振り返りを行う。

 冬木市の地理や現代の常識については、ある程度解像度を高められた。少なくとも──ここでは道を歩いているだけで命を奪われるような事は、全くといってないという程に平和だ。聖杯戦争なんて物騒なものが起ころうとしているが、魔術の神秘や秘蹟(ひせき)を徹底的に隠したがる魔術師の特性上……一般人に知られるなどというケースはまず起こり得ない。

 ここ二日間で、マスターの方針や考え方も段々と理解が深まりつつある。凜は魔術師としての誇りや自覚──そういったものを大事にしているようには見えるが、非情になりきれない人物であろうと考える。──サーヴァントという存在になって理解したが、人間が食事を取って栄養を補給するように、『霊体』は『魂』や『精神』といった概念を喰らうことで魔力を補給できるようだ。基本的な能力(スペック)の上昇は見込めないが、魔力で肉体が構成されている関係上『魂』や『精神』を喰えば喰うほどタフになっていく。──つまりサーヴァントの実力が他のサーヴァントより劣るのであれば、人間を大量に殺して魔力を摂取すると、その分手っ取り早く強くなれるというワケだ。

 凜という人物は、勝ち負けには拘るが──そういった公正(フェア)ではない行いは絶対にしないタイプだ。これは良い兆候か……本の中の出来事とはいえ、無駄な殺しをしなくて済むならありがたい。

 そして今日最大の懸念(けねん)事項が一つ、紫の涙と思われる人物の存在。彼女がなぜこの冬木市──もとい聖杯戦争の本の中に存在するのか。──翼の特異点実験に巻き込まれた次元移動者。失われたかけがえのないモノを求めながら、数多の世界を渡り歩く存在。曲がりなりにも知り合いである俺が、断言に近い形で推察できる事が一つ。

 

「何かしらの悪巧(わるだく)みはしているだろうな……」

 

 人を腹黒小僧(はらぐろこぞう)なんてあだ名で呼ぶが、俺からしたら紫の涙の方がよっぽど腹黒だ。都市で彼女が関わった数々の事件が、「実は紫の涙が裏で糸を引いていて……」なんてパターンがザラだった事を思い出して嘆息(たんそく)する。その腕前や情報は十分に信用するに値するが、信頼関係だけは金輪際(こんりんざい)築けないであろう人物。

 

「────ン」

「……?」

 

 目を閉じながら考え事をしていると、誰かの声が聞こえた気がした。

 

「──ラン。ローラン」

「────」

「ローラン? 聞こえているの?」

「────む」

 

 最初は気のせいだと思って無視していたが、明らかに誰かが俺の名前を呼んでいる。目を開けて何度か瞬きしつつ、意識を現実に引き戻す。

 ぼんやりとした月明りに照らされる部屋の中──そこには信じられない人物が佇んでいた。

 蒼白色(そうはくしょく)の髪、金色に輝く瞳、小脇に抱える分厚い本、胸に輝く琥珀色のブローチ。

 黒い(はね)が舞い散る幻影を見る──苦痛の連鎖を断ち切り、罪を(そそ)ぎ、赦し合い、分かち合った天使の翅。

 ────目の前のテーブルには()()()()()()()小さいアンジェラが立っていた。小さいアンジェラはとてとてとテーブルの端に歩いていき、ぴょんとジャンプして俺の左膝から飛び移ってきた。

 ずしっ、と。……絶妙に重い。加えてオリジナルのアンジェラと同じハイヒールを履いているらしく、アンジェラが動くたびにヒール部分が太ももの肉に食い込むように刺さって地味に痛い。

 

「ここに居たのね、ローラン。探すのに手間取ったわ」

「これは何だ? 悪い夢でも見せられているのか──って痛い。痛い! 本の角で殴らないでくれ!」

「────」

 

 俺の太もも辺りに乗り、むくれた表情で無言のまま手にした本の角でドスドスと殴ってくる小さいアンジェラ。内出血を起こしそうなパワーだ、流石は図書館長様。この唐突に襲い来る理不尽さ──間違いない、アンジェラ本人だ。しばらく殴り続けて気がすんだのか、ふうと一息つきながら改めて小さいアンジェラ──『小アンジェラ(仮称)』はこちらを見上げて口を開いた。

 

「ローラン……大丈夫?」

「──ああ、心配してくれてありがとうな。アンジェラ」

 

 良かった、と心底ほっとした表情で胸を撫で下ろす小アンジェラ。

 ────誰かに心配してもらえる、という事の有難みを噛み締めながら俺は湧き出た疑問を口にする。

 

「それにしても、なんでそんなに身体が小さくなってるんだ?」

「……はじめに、貴方が吸い込まれた(くだん)の『聖杯戦争の本』に入ろうとしたのだけれど──貴方が本の中から出られなくなったように、図書館長である私でさえ本の中に取り込まれる可能性があったわ。そこで『子機』のようなものを本の中に送ることを思いついたの、『親機』である私の完全なコピーってところね。この方法なら貴方のように本の中に閉じ込められてしまっても、リスクを回避できると考えたの……で、図書館の力でわたしを『複製』して本の中に入る所までは上手くいったんだけど」

「けど?」

「本の力が予想以上に強くてね。気が付いたらこの有様よ。幻想体の力自体は本の中から引き出せるけど──私自身の戦闘能力は皆無に等しいでしょうね」

「そういうことか……」

「……案の定『子機』も貴方と同じように、本の中から出られなくなってるみたい──面目ないわ」

「図書館長が本の中から帰ってこないんじゃ、今頃図書館はてんやわんやの大騒ぎになってないか?」

「それに関しては心配無用よ、『子機』の意識と『親機』の意識──それぞれの思考は並列処理されているから。機械の体に戻ったから出来る芸当ね。『親機』の私はいつも通り巨大な本棚に囲まれながら、読書に(ふけ)っているわ」

「はは……左様(さよう)で」

 

 苦笑いを浮かべる。いつも通りに安楽椅子(アームチェア)に腰かけながら、面白そうに本をパラパラとめくるアンジェラの姿がありありと目に浮かんだ。

 小アンジェラはくるりと踵を返し、俺の太ももから(かろ)やかにジャンプを決めて再びテーブルの上に降り立った。そして神妙な声色(こわいろ)で、再び問いかける。

 

「──ローラン、この本の中で分かった事……どんな細かい事でも良いわ、包み隠さず全て教えて」

「そうだな──」

 

 俺はアンジェラに、この2日間の出来事を大まかに話した。聖杯戦争という大規模な魔術的儀式、血なまぐさい儀式が開かれる理由、ここ冬木の地においては五度目の聖杯戦争となる事、冬木に顕現する聖杯は本物だという事、聖杯に与えられた現代の一般常識や知識、魔術師という人種の考え方や存在理由、マスターとサーヴァントの関係……。

 話し終わるころには、居間の柱時計は午前2時を指していた。

 

「ありがとう、ローラン。大体は理解できたわ……万能の願望器(せいはい)、ね」

「胡散臭いことこの上ないけどな」

「…………」

 

 それきり小アンジェラは黙りこくってしまった。しばらく観察していたが目の前で手を振ってみたり、軽くつついてみたりしても反応がない。玩具の電池が切れたように、首が垂れ下がったままだ。──向こう側からの『通信』が切れた、ということだろうか? 

 理由は分からないが──小アンジェラをそのままにしておく訳にもいかない。当人には甚だ不本意だろうと思われたが、スーツの内ポケットに『子機』を収納する。

 目を閉じ、ソファに身体をゆっくりと預けながら静かに瞑想する。昨日と同じように──意識をゆっくりと沈める。

 ……今は力を蓄えておかないとな。

 

 * * * * *

 

世界を磔にする、四方の地平線

 

 私は──黒い塊だ。

 テーブルの上には食べかけのピザ、床にはビールの缶が何本も転がっている。

 一人で過ごすには、少し広い部屋。

 傍らには小さなクマのぬいぐるみ。空っぽのベビーベッド。

 開いた窓から入り込む冷たい風が、誰も(なぐさ)める事のないベビーメリーをからからと揺らす。

 

肉を裂かれ、殺されるすべての者

 

 私は──黒い殻だ。

 無数の赤い音符を浴びた、ただ一人の人間。

 忘れがたい旋律(おんがく)。響き渡る骨の音。爆発する臓の音。裂かれる肉の音。

 やめてくれ。

 ああ、どこにもいない。ほら、どこにもいない。もう、どこにもいない。

 

足を失った人々や手を失った人々

 

 私は──黒い皮だ。

 ちっぽけな幸福を、不相応に願ってしまった。その結末がこれだ。

 足掻いて、足掻いて、足掻いて、足掻いて、足掻いて、足掻いて、足掻いて、足掻いて。

 無数の生贄によって山のように積み上がった苦痛を回し続けて。

 漸く手に入れた幸福(しあわせ)は、いとも簡単に私の手から零れ落ちた。

 

私の心の頂が天使のように項垂れた

 

 私は──黒い■■■。

 なあ、手を取ってくれないか。

 さあ踊ろう、狂人のように。

 この瞬間のために、この切望のために、この罪のために、この憎しみのために。

 私が願った、最後のダンスを──────。

 

 * * * * * 『3日目』

 

 ジリリリリリリリリ、と。設定した時刻に寸分(すんぶん)の狂いもなく作動した目覚まし時計を、寝ぼけ眼を擦りながら止める。

 じっとりとした寝汗が、全身を濡らしている感触を味わう。低血圧で寝覚めが悪いのはいつもの事だが、こうまで後味が悪い睡眠は久しぶりだ。

 原因は──やはり、寝ている間に見た夢だろう。 

 

「でも夢にしてはあまりに鮮明ね──これってもしかして、アーチャーの記憶が流れ出てるってこと……?」

 

 なんて独り言を呟きつつも、焼き付いたイメージが頭から離れない。だって、あまりに報われなさすぎる。

 いつも飄々(ひょうひょう)とした雰囲気でいるアーチャーが、あんな過去を抱えているなんて(にわ)かには信じられない。

 胸に渦巻く寂寥(せきりょう)感のような、罪人が贖罪(しょくざい)を乞うような、複雑な気持ちを表す語彙をわたしは持ち合わせなかった。

 

 閑話休題。身支度を済ませて朝食を摂った後、アーチャーに今後の方針をきっぱりと伝える。

 

「学校に行くのか?」

「ええ、何か問題ある? アーチャー」

「うーん……問題はないだろうがなぁ──」

 

 アーチャーは言葉を詰まらせはするけど、反論はしてこない。

 昨日一日で、遠坂凜という人間は一度決めた事を覆すような性格ではない──と理解したからだろう。

 言わんとしていることが何となく分かる、というか。アーチャーはそういう人の機微(きび)や感情に人一倍敏感なところがあって──こちらの意図を()みながら話すのが上手い、というか。

 要するに──聞き上手、という印象を抱いた。異を唱える時も相手を尊重した言葉を述べながら、互いに不利益にならない落とし所を探っているタイプ。

 そんな人柄(ひとがら)なので、彼と出会ってたった三日だが──わたし自身も驚くほどアーチャーを信用している。

 まあこれは直感みたいなもので、彼自身がそういう人物であるとは必ずしも限らない。

 

「マスター、率直に言うが──学校は不意の襲撃に備え辛いんじゃないのか? いくら昼の間は人目がつくとはいえ、警戒しなくて大丈夫なのか?」

「アーチャー、私はマスターになったからって今までの日常生活を変える気は無いわ。それに貴方が言ったように──昼間の学校は衆目を集める。マスター同士の戦いは人目を避けるモノでしょう? それなら、寧ろ人がいる学校に行った方が、不意打ちされる可能性は少ないんじゃない?」

「……ふむ、なるほどな。そういう話だったら従おう。……君の護衛くらいは、してもいいんだよな? まさか学校に行っている間はここに残れ、なんて言わないでくれよ?」

「当たり前じゃない。学校に限らず、外に出る時は常に私の側に居てもらうからね。頼りにしてるわ、アーチャー」

「はいはい~。期待に見合う働きはしますよ~。…………そうだ、もう一つ聞いていいかマスター。もしもの話だが、学校の関係者がマスターだった場合──どうする?」

「? 仮定の話? 学校の関係者──生徒か教師が魔術師だったらって事?」

「ああ」

「うぅうむ……それはないんじゃないかな、この町には──」

 

 わたしはアーチャーに、冬木市にある魔術師の家系は遠坂ともう一つあるという事、もう一つの家系の関係者を確かめた際にマスターではないと確認できた事を説明した。

 アーチャーは片方の眉を上げながら、なるほどといった様子で軽く頷いた。

 

「ところでマスター、そろそろ登校しなくていいのか?」

「そうね、少し早めだけど行きましょうか」

「了解~」

 

 ────で。アーチャーを連れて、我らが学舎(まなびや)たる私立穂群原(ほむらばら)学園の正門をくぐったのは良いのだが。

 

「これは、流石に驚きを隠せないわね」

「……魔力に(うと)い俺でも分かる、世の中用心するに越したことはないって実感するな」

 

 朝も早く、まだHR開始にはほど遠い時間帯。

 周りにはちらほらと脇を通り過ぎる生徒の姿が見える中、二人してしばし呆然と立ち尽くす。ややあってアーチャーが口を開いた。

 

「何というか……空気が()()()としてるな」

「──大方、結界かその類でしょうね。完全では無いけど、準備は着々と進めてるってところかしら」

「魔術師は己が神秘を秘匿(ひとく)する、じゃなかったか?」

「そうよ……他人に異常を感じさせる時点でとんでもない素人か、隠す気は無いっていう意思表明なのか。どちらにせよ、わたしのテリトリーでこんなモノ仕掛けるなんて──良い度胸してるじゃない」

 

 知らず、声のトーンが一段階下がる。キレイごとを口にするつもりは無いが、この下衆(げす)な結界を張った輩には制裁を加えないと気が済まない。

 きっ、と決意を顕わにしながら校庭を通り抜けようとした時。アーチャーが思い出したように後ろから呼び止めてきた。

 

「……そういやマスター。しれっと学校の中には入れたが、校舎の中まで付き添うのは流石に(まず)いんじゃないのか?」

「あ────」

 

 私としたことが、ここ三日間で色々な事がありすぎて気が抜けていたのか初歩的な事をすっかり失念していた。

 そうだった、このサーヴァント霊体になれないんだった……。

 確かにアーチャーの言う通り、校舎の中で全身黒ずくめの男が居たら何事か、と皆怪訝(けげん)に思うだろう。

 何とかアーチャーが怪しまれず、校舎の中で護衛してもらう手段は無いものか。

 ──────閃いた。我ながら妙案である。心の中で小さくガッツポーズをしながら振り返ってアーチャーに提案する。

 

「わたしの執事(バトラー)、っていうのは? 貴方のその恰好なら怪しまれないと思うんだけど、どう?」

「何となくそんな予感はしていたよ──分かった、じゃあ遠坂家の執事って線で話を合わせれば良いんだな?」

 

 アーチャーはやれやれと肩をすくめつつも、満更(まんざら)でもないような様子である。

 わたしは頷きつつ、改めて校庭を通って自分の教室を目指した──。

 

 * * * * *

 

 二時限目の終了を知らせるチャイムが鳴る。教室を出ていく生徒達に合わせて、わたしも席を立ち音楽室から退室する。

 音楽室の入口からちょっと離れたところで手持ち無沙汰にしていたアーチャーに目で合図し、授業の用意等を持ってもらう。

 一応、わたしの執事って(てい)なんだし。

 アーチャーは基本的に教室の外に居てもらい、必要になったら室内に来てもらう、というスタイルで付き添ってもらっている。

 周りの生徒達や教員も最初は驚いていたが、人間慣れる生き物のようで奇異(きい)の目で見られることは時間が経つにつれ無くなっていった。

『まあ遠坂だし……』といった感じで受け入れられていることが大半のようだが。

 英語教諭の藤村先生なんか授業の終わり、教室から出るなりアーチャーに話しかけて色々質問していた程だ。

 …………と。廊下を頼りない足取りで歩いている一年生を見つけた。何かの資料を運んでいるのか、見るからに大変そうだ。

 考えるより先に、声が出ていた。

 

「──手伝うわ、桜」

「え? あ──遠坂、先輩──」

「何? ああ世界史のプリントね。うちの担任──葛木(くずき)のヤツ女生徒に使いをさせるなんて何考えてんだか。ほら、半分貸して。そっちにいる真っ黒い人にも」

「あ……ありがとうございます、遠坂先輩」

「いいっていいって。それじゃコレ、桜のクラスまで?」

「……ううん、葛木先生のところです。誤字があったから回収するようにって。あ──そちらの方も、ありがとうございます。えっと……」

「──ああ、隣にいるのはわたしの執事よ。お父さんの知り合いでね、外国から来てもらってるの」

「そうだったんですね──ありがとうございます。遠坂先輩の執事さん」

 

 桜はアーチャーに向かってぺこりとお辞儀をする。アーチャーは執事という役に入り込んでいるのか、歩きながらも器用に上品さを感じさせる仕草で返礼した。

 

「しっかし、誤字があっただけで回収か……葛木らしいわ。ひとつ誤字があったくらいで、試験を中止させるようなヤツだもんね。……そんな事より、桜。ちょっと訊きたいことがあるんだけど、良い?」

「? ……なんですか、先輩」

「昨日の話なんだけどね。桜、見かけない外国人と話してなかった?」

「…………み、見てたんですね、先輩」

「帰りがけにたまたま。それであの背が高い人、何だったの? 桜の知り合い?」

「……いいえ。知り合いじゃないです。あの人、道に迷ってたみたいで……色々と訊かれたんですけど、何を言っているのか分からなくて……その」

 

 なるほど、それで逃げてしまった、と。

 

「そっか、ごめんなさい。少しだけ気になったから」

「……いえ、構いません。──その、ここまででいいです先輩。後は届けるだけですから」

「分かったわ。それじゃまたね」

 

 持っていたプリントの束を桜に返す。そのままアーチャーを連れ、教室に戻ろうとして──少しだけ立ち止まる。

 

「桜、最近はどう?」

「ぁ……大丈夫です、先輩。元気です、わたし」

「──そう。慎二がまた何かやらかしたら言いなさい。あいつは物事の度ってモノを知らないから、黙っていると悪化する一方よ」

「……大丈夫です、心配いりませんよ先輩。兄さん、最近は優しいんですから」

 

 ……笑顔でそう言われては、こちらも返す言葉を失ってしまう。

 もう一度お別れを言って、顔見知りの後輩に背を向けた。

 

 * * * * *

 

 ────放課後。一日が終わろうとしている。

 教室から生徒達の姿が減っていく。茜色の光が差し込む校舎は刻一刻と(くら)(かげ)っていく。

 じきに日が沈む。夜になれば、学校に残る人間は一人としていないだろう。

 背後に控えるアーチャーが声をかけてきた。

 

「……そろそろ始めようか、マスター」

「ええ、まずは結界の下調べからね。どんな結界が張られているか、それが分かってから消すか残すかを決めましょう」

 

 アーチャーが無言で首肯する。

 ──結界とは、地形魔術の一種である。魔力で編んだ網を土地に張り、その内部に手を加えるモノだ。

 結界内での効用は、文字通り千差万別。結界を張った一帯から人を()()モノ、認識を遮断するモノ、結界内での魔術使用に制限を掛けるモノ……。

 そして、最も攻撃的とされる結界が。

 

「結界内の生命活動を圧迫するモノ、かぁ……」

「そ、けどそんなモノ。魔術師には効果がないわ。体内に魔力を循環している限り──わたしという強い電流に、大気を漂う程度の弱い電流は弾かれるだけ」

 

 ────この結界を張ったヤツの意図は他にあると言えよう。少なくとも、マスターを倒すことではない。

 で、あるならば──学校中の人間を標的にしている可能性が高い。

 高い、のだが…………。

 

「………………何よコレ」

「俺には出来の悪い落書きにしか見えないな」

 

 魔力痕跡を探ったところ、校舎の屋上から一階、果ては校庭に至るまで(あと)を感じ取れた。

 ────結界は起点となる『(しるし)』が存在する。……結界とは、究極を言えば区切った()()()()を向こう側とは違う環境にするモノだ。

 当然、世界を区切るためにはそのための『線引き』が無ければ、結界は成立しない。

 ────(ゆえ)に。結界を無力化ないし消滅させるには、内部と外部の『線引き』となる『印』を探ればよい。

 手始めに屋上に登り、件の『印』を探してみたところあっさりと見つかった。

 で、ここからが問題。

 見つけた『印』には、刻印の上に殴り書きのような文字で『ライダー参上(さんじょう)!!!』と刻まれていたのだ。

 

「あったまきた……コレ、仕掛けたヤツにおちょくられてるとしか思えない」

 

 この結界を張ったヤツは何も考えていない。だが、落書きを除いて『印』自体は桁違いの技術でくくられていた。

 一時的に無力化することは可能だが、結界そのものを撤去させるのは難しい。

 仕掛けた術者が魔力を通せば、結界は活性化してしまうだろう。

 その事実が、無意識にわたしを苛立たせる。そんな気配を察してか、気遣うような声でアーチャーが感想を述べた。

 

「こいつは相当性格悪いなぁ~。しかもわざわざ目立つように書かれてるぜ、コレ」

「────アーチャー。あんたこの結界の正体に気付いてる?」

「……さっき言ってたような、攻撃的な結界じゃないってコトは何となく分かるな」

「その通りよ──わたしはてっきり学校中の生徒から魔力を吸いあげる、みたいなモノを想像してたんだけど…………」

「けど?」

「コレ──軽い不幸が結界内の人間に降りかかるだけよ。例えば……歩いている途中で転んだり、手に持ってる物が滑り落ちたり、備品がいきなり壊れたり、とか」

「なるほどな──つまり……()()()()()()()、か?」

「ええ……不可解だけど。でもそうとしか言えない。何のつもりでこんな……とにかく、印を消すわ。無駄だろうけど邪魔くらいにはなるからね」

 

 屋上の地面に描かれている、巫山戯(ふざけ)たデザインの印に左腕を差し出す。

 左腕に刻まれている複雑な幾何学(きかがく)模様は、遠坂の家系が代々伝える『魔術刻印』だ。

 ────意識のスイッチを入れる。魔術刻印に魔力を通す。心臓をナイフで刺すイメージ。

 結界消去が記されている一節を読み込み、後は発動させるだけ。

 

Abzug(消去)Bedienung(摘出手術)Mittelstnda(第二節)

 

 一気に魔力を押し流す。印から色が失われる。……とりあえずはこれでよし。肩越しに興味深げに見ていたアーチャーに振り返らず、声をかける。

 

「──さて、残りもこの調子で『()()()()』していきましょう」

「……思ったんだが、マスターも大概性格悪くないか?」

「え? 何か言ったアーチャー?」

「何でもございません、すみませんでした」

 

 失言が聞こえた気がするが、追及はしない。

 西の方角に見えていた赤い日はすっかり見えなくなり、夜の(とばり)が降りようとしていた。

 

 * * * * *

 

 ────繰り返し。

 刻まれた印に左手を当て、一息に魔力を流す。──無力化自体は簡単な部類だ、校庭にあったこれで七つ目。

 

「こんなところね……」

「────」

「アーチャー?」

「──マスター、離れていろ」

 

 アーチャーがそう言い放った瞬間。唐突に。

 

「おや、気付かれましたか。残念ですね」

 

 見知らぬ第三者の声が校庭に響き渡る。涼やかに。だが優雅さとを兼ね備えたような。

 咄嗟に立ち上がり、振り返る。

 ────夜の闇の中、わたしは天使を見た錯覚を抱いた。

 

「────!!!」

 

 だだっ広いグラウンドの真ん中に。十メートル以上の距離を隔てた状態でそいつは直立していた。輝くような銀色の長髪。それと対になるかのような真っ黒い外装。

 宝石にも似た、蒼白の双眸(そうぼう)は──わたしたちを真っ直ぐ見据えたまま動かない。

 目だけではない──まるで仮面を付けているかのように、そいつには一切の表情変化が見て取れない。

 その顔は微笑をたたえているのに、構成するパーツからは全く感情が読み取れない。

 両手にはまるで獣の爪のようなガントレットを付けており──その右手には銀色の、およそ二メートル以上はあろうかという(ランス)があった。

 ()して、何よりも凄まじいのが。──そいつが発している膨大な魔力、立っているだけで周囲の景色が()()()()()()()。なんて出鱈目(でたらめ)

 ……耳鳴りがする。胸の動悸が激しくなるのが分かる。どう動くべきか、何が最善なのかは判断できない。だが本能が告げている。──アレは間違いなく、()()()()()()だと! 

 

「────アンジェリカ」

 

 わたしの前に立っていたアーチャーが、やっとの思いで絞り出したように呟いた。それは安らぎにも、親愛にも、慟哭にも似たような。そんな響きをたたえる声だった。

 

 第4話へ続く




――サーヴァントの情報が開示されました――
○ランサー
---プロフィール
真名:???
クラス:ランサー
身長:???
体重:???
イメージカラー:銀
属性:秩序・中庸
特技:筆記体、絶対音感
好きなもの:特になし
苦手なもの:特になし
嫌いなもの:いと高きものども、無神論、不正な契約

---パラメータ
筋力:B
耐久:C
敏捷:B
魔力:A++
幸運:C
宝具:A

---クラス別スキル
-【対魔力】:A
Aランク以下の魔術を完全に無効化する。事実上、現代の魔術師では、魔術で傷をつけることは出来ない。

---保有スキル
-【魔力放出】:D
武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、
瞬間的に放出する事によって能力を向上させる。
本来ならばA+ランク相当だが、とある事情によって大幅にランクダウンしている。

-【啓示】:B
"直感"と同等のスキル。直感は戦闘における第六感だが、"啓示"は目標の達成に関する事象全て(例えば旅の途中で最適の道を選ぶ)に適応する。ランサーの場合、???による助言を意識的に受け取っているもの。

-【契約履行りこう】:D
自身に課せられた契約を遵守じゅんしゅする。
聖杯戦争においては、マスターとサーヴァント間の契約を『より破り難い』強固なものにする。
また、法を無視する、悪質な言葉遊びを利用した等の不正な契約が結ばれた場合、一方的に破棄する事が可能。
本来ならば『契約』という概念そのものに干渉するスキルのため、他マスターの令呪等といったものを意のままに操れるのだが、とある事情によって大幅にランクダウンしている。

---固有装備
-【ランス】
ランク:B

ローランが所有する【アラス工房のランス】に酷似した槍。
シャフトの部位が長くかつ太い事が特徴的な、片手持ちで扱う事を想定されたランス。
最大の特徴として護拳バンプレートに"加速機構"が搭載されている。
この加速機構はアラス工房製の武器によく見られるモノであり、インパクトの瞬間に作動させる事によって武器本来が持つ威力を底上げする。
また、あちらには無い特徴として"変形機構"が搭載されており、任意で握りグリップ部分が伸長、全長2m程度の両手持ちに適した槍に変形する。

---宝具

???:???

???:???
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。