しばふ村より   作:Y.E.H

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【第二章・第二節】

 3日後の朝、学校前に純白の車体に大きな赤十字マークを描いたバスが横付けし、引率の教員らとともに整列した女生徒全員を乗せると検査場となる近隣の大学病院へと走り去った。

後に残された隼太ら男子生徒達は、半日の間自習という事になって本来は羽を伸ばせるはずだったのだが、どうしたことか全くそんな気分にはならなかった。

穂波のことが心配な隼太はともかくとして、男子全員がそんな空気になっているのは少々不思議なことでもあったが、なんだかんだ言っても女子がいない教室はなんとも張り合いのない場だったようだ。

そのうえ、午後には戻ってくるはずだった彼女たちは検査が長引いたものか結局放課後まで戻ってこず、ほぼ丸一日に渡って退屈な自習を続ける羽目になる。

その後彼らはいつもの通り部活の練習をはじめたものの、隼太を筆頭に女子のことが気になって身が入らず、学校前の道路ばかりちらちら見ている有様であった。

結局再び赤十字マークのバスが戻ってきたのは日が西に傾く頃であり、校庭からその様子を見つめている男子達の期待も空しく、女子達はそのまま解散して全員帰宅してしまう。

それを見届けてすっかりやる気の失せた彼らは間もなく早々と練習を切り上げてしまい、みな不機嫌そうに黙りこくって家路についた。

 

 その夜、端末に向かって入れた穂波へのメッセージに対して彼女はすぐに返事を返してくれたものの、なにやらもの言いたげな歯切れの悪いもので、今日の出来事に対する不安や迷いが透けて見えるようだった。

もちろんそのことが気になって仕方ないのは隼太も同じだったので、思い切って

(穂波ちゃん、明日出掛けられるかな?)

と誘ってみる。

すると間髪を入れずに

(隼太君は大丈夫なの?)

と返事が返ってくるので、彼女は会って話したいのだと確信する。

(もちろん大丈夫だよ! でも、サイクリングになっちゃうけどね)

(ううん、全然へいきだよ♪ 隼太君ありがとう、会って話がしたかったの……聞いてくれる?)

(うん、何でも聞くよ! それに話したくないことがあったらそれは言わなくてもいいからね)

(ありがとう♪ 隼太君がいてくれて良かった)

 

もうこの時点で彼は、ついさっきまで言いようの無い不安に苛まれていたのが嘘のようにテンションが上がっている。

頼りにされているというそのことだけで、それこそ天井知らずに有頂天になるほど彼女の虜になっていたからであるが、それが自覚できるほど隼太は自己分析が出来る性質ではなかった。

とにかく二人は明日の待ち合わせ場所と時間を手早く決めてしまうと、その夜はそれぞれの思いを抱いて眠った。

明くる朝母に出かける旨を伝えると、例によってしっかり飯を食っていけと言われる。

すでにその有難味を経験した隼太はそれこそ夜までもたせる勢いで腹を満たし、またしても置いてきぼりにされることを知って、恨めし気な上目遣いで彼を睨んでいる浪江の頭をポンポンと叩いておいてから家を出た。

安直な待ち合わせ場所を選んでしまったためにあっさりもろバレしてしまった苦い経験から、今度は少々集落から離れた場所でおち合った彼らは、先日とは反対方向である花巻に向かって自転車をこぐ。

あちらこちらで刈り取りが進みつつある田園地帯を縫って走る二人は、時折とりとめのない言葉を交わしながら北上川沿いを南へと向かい、小一時間ほどで周囲を田圃に囲まれた小さな空港へとやってくる。

自転車を止めてターミナルビルに入った二人は展望デッキに上がり、眼前に伸びる滑走路を眺めるが、実のところこの滑走路を飛行機が発着することはほぼ無くなっていた。

石油系の燃料を大量に消費する飛行機は、10年以上前から一般市民が利用する国内の交通に使用されなくなっており、その代わりに今ではソーラーパネルから得られた電力で推進する飛行船が使用されている。

各地にあった海辺の飛行場は安全のために使用されなくなっているが、ここ花巻空港の様な内陸部の飛行場はほとんどが飛行船の発着場として利用されていた。

そのため以前は広々として遮るもののなかった滑走路の周辺には特大サイズの体育館のような格納庫が立ち並んでおり、時折そこからずんぐりとした葉巻状の飛行船がゆっくりと引き出されてくると少数の乗客を飲み込んではゆったりと空へ舞い上がっていく。

「穂波ちゃんは乗ったことある?」

「うん、1回だけ」

「俺も1回だけあるなぁ」

「なんかふわーっとしててすごく楽しかったの覚えてる、時間が長いなぁって思ったけど」

「そうだよね新幹線より大分遅いよねぇ、飛行船の方が安いらしいけどね」

「伯父さんが言ってたけど、九州くらいまで行ったら新幹線でも10時間近くかかっちゃうし飛行船の2倍くらい料金かかるから、長距離は飛行船の方がいいんだって」

「でも、本当だったらリニアモーターカーっていうの作るはずだったんだよね」

「それが出来てたら、九州まで新幹線の半分の時間で行けるようになってたはずなんだって聞いたけど――中止されちゃったし――」

「やっぱり戦争かぁ……」

「うん……」

 

そう言った切り沈黙してしまった二人だが、そもそも今日は穂波の話したいことを聞くのが目的だったので、隼太は少々気を使いながら話を切りだしてみる。

「昨日のこと、話せる?」

「うん、どうしようかなって……」

俯き加減でそう応じた穂波は、チラチラと左右に視線を走らせる。

彼らのいる展望デッキは、賑わっていると言うほどでは無いものの他の客の姿が絶えることはなく、彼女はそれが気になる様だ。

「だったらさ、あそこに行く? 賢治の丘。あそこなら人もあんまり多くないんじゃない?」

「うん、ありがとう隼太君、そうしてもいい?」

「もちろんだよ! んじゃ行く前にちょっと下も見て行こうか」

「うん♪」

にっこりと笑いあった彼らはターミナルビル内の売店や飲食店を見て回ったが、空港というところは中学生の財布にはそぐわないところであることを再確認しただけであった。

「あのソフトクリームがこの値段なんだ……」

「うん、ちょっと無理って感じ」

「お腹空いてない?」

「全然大丈夫だよぉ朝ご飯しっかり食べてきたから」

「へへへ俺も♪」

そう言い交わすと、結局二人はビル内を一通り見て回っただけで空港を後にする。

彼らが次に目指すのは、そこから少し東にある丘陵地帯だ。

とある児童文学の作家を記念する公園は、無料で利用できる施設も多く彼らの様な中学生には敷居が低い。

最後の坂道は自転車を押して上がった隼太と穂波は、予想通り人影がまばらな公園の一角でベンチに腰を下ろす。

「ここなら大丈夫?」

「うん、聞いてくれる?」

「もちろんだよ! 話したいこと全部話してくれたらいいよ」

そう言うと穂波は嬉し気な笑みを浮かべた後、少し躊躇いながらも話し始める。

「あのね、検査結果とかは後日また連絡するって言われて帰ってきたんだけどね」

「うん」

「だけど、検査の結果が出るのに時間がかかるっていうわけじゃなさそうだったの」

「へぇ、なのにやっぱりすぐには知らせないんだ――どうしてかな?」

「――どうもね、意外な結果が出てたみたいなの」

「えっ、もしかしてそれで帰りが遅くなったの?」

「はっきりとはそう言われなかったんだけど、検査終わったのに少し待たされたからひょっとしたら関係あったのかも……」

「……でも――意外なってどういうこと?」

「うん――なんだかね、検査している人達とかの様子が変だったの」

「どんな風におかしかったの?」

「あのね――みんな、なんだかすごく興奮してる感じでね――」

「興奮って――どういう事?」

「よくは分からないんだけど、あり得ないようなすごい結果が出てたみたいだよ」

「えっ――それはつまりすごい結果を出した子が誰かいたってこと?」

「ううん、そうじゃないみたい」

「じゃあ一体……」

「うん……あたし、聞いちゃったの」

「…………何を?」

「検査が終わってね、控室に戻る途中で、偶然検査室の裏のドアが開くときに前を通りかかったの。そしたらね、中から聞こえてきたの」

「……」

「『こんなに見つかるなんてあり得ない!』って言ってたのよ」

「えっ…………」

 

先日穂波から話を聞いたあとで彼がネットで調べてみたところ、やはり彼女の言った通り検査で見つかる艦娘候補者というのはせいぜい1000人に1人くらいだとされていた。

その数字通りであれば、斯波中の女子全員の中から候補者が見つからなくても全く不思議ではないし、むしろ見つからなくて当たり前といったところだろう。

しかし、もし穂波の聞いたことが勘違いなどでなければ、それは候補者が見つかったことを示しているはずだ。

ただ、『こんなに』という言葉をたった一人に対して使ったりするだろうか?

こんな時に白石でもいてくれたなら『普通は対象が複数でなければそんな表現を使ったりしないはずよ?』とでも言い切ってくれただろうが、今この場には彼と穂波だけであった。

 

(まさか……ほんとにまさかだよな……)

 

隼太の心に過った不安は、どうやら穂波の抱いている不安そのもののようだ。

 

「もし、適性があったら――」

「ま、まさか、それこそあり得ないよ!」

「うん――でもみんなあわせても30人なのに、その中で2人以上に適性があったってことでしょ? だったら15分の1以上の確立だもん」

「それはそうかも知れないけど――でも、そういう選ばれた素質ってもっとずば抜けた様な人のことじゃないの?」

「適性とね、例えば運動能力だとか他の能力とかとの関係って今のところ全く見つかってないんだって、検査の時に説明されたの――それに活発とか大人しいとかの性格みたいなものとも関係ないって……」

「で、でもさ、もし万が一適性があったとしても艦娘になるのは強制じゃないんだよね?」

「だけど、適性があるのに断った人ってほとんどいないらしいの。病気だとか小さな子供がいるお母さんだったとか、特別な事情じゃなかったらみんななるらしいって……」

「えぇ……けどさぁ、穂波ちゃんもみんなも中学生なんだよ? 義務教育なんだから、それをほったらかして艦娘になるのは無理なんじゃないの?」

「それがね――軍の人がお願いに来た時に説明があったんだって。横須賀にはちゃんと学校があって、艦娘になるっていってもそこに通いながら少しずつ訓練とかをして行くように今はなってるからって――」

「そんなことになってるんだ……」

 

話が袋小路に入ってしまったようで、俯いた穂波が黙り込むと彼も次に何を言えばいいのかわからなくなり、思わず一緒に黙り込んでしまう。

 

(やっぱり海軍は候補者集めに必死なんだ……)

 

隼太達が実際の戦いそのものを目にすることがないのはもちろん、ネットやニュースなどでその様な映像が流れることもほとんどなかったことから、これまで彼はこの戦争の成り行きにあまり関心を持ったことは無かった。

だが、現実には民間船が外洋を航行する場合は必ず海軍の護衛が必要とされ、護衛無しで航行できるのは沿岸から目視できる範囲――具体的には4㎞以内――と決められていたし、その沿岸部に住む一般市民には、深海棲艦の攻撃があった場合に備えて年1回以上の避難・救助訓練の実施が義務付けられていた(白石に注意されたのでネットで調べてみたのだ)。

戦争が始まる前にはフェリーや連絡船が国内やあちこちの離島の間を定期的に運航していたが、いまや定期船が運航しているのは瀬戸内海のみであり、航空機の離発着ができない離島の中には住民が去って無人島になるところも出てくるなど市民生活に大きな影響が出ているにもかかわらず、海から離れた内陸部にある斯波府村においては、せいぜい国の帰農奨励策により転入者が増えているくらいしか実感できることは無かった。

しかしそれは昨日までのことであって、彼にとってはこの戦争が急に現実を伴って目の前に立ちふさがったようなものだった。

 

(もしも――もしも本当に穂波ちゃんが艦娘になったら……)

 

体育の時間に見ている限り穂波は決して運動音痴なわけではないが、だからと言って得意そうには見えないし、何よりも大人しくて前に出たがらない性格のせいなのだろうが、球技などではしばしばついていくだけで精一杯のように見える。

そんな彼女が命の危険に直にさらされる戦場に立って、あまつさえ(人間でないとはいえ)敵を倒すために戦うことなどできるのだろうか?

 

(いくらなんでも無茶だよ――そんなこと)

 

だからと言って彼には何ができるのだろう?

彼女を説得して艦娘になるのを辞退させるべきか?

そう思って顔を上げると、彼女の心細げな瞳が見つめていた。

「穂波ちゃん、俺、考えるよ」

「えっ?」

「今はまだ思いつかないんだけど――でも、もし万一穂波ちゃんが艦娘になるかもしれないんだったら、俺に何ができるのか考えるから」

「隼太君……」

「大したことは出来ないかも知れないんだけど、でも穂波ちゃんのために俺ができることは何でもするから、必死で考えるから……」

「……ありがとう隼太君――とっても嬉しいよ」

そう言って、彼女はこの日初めて彼の好きなあの笑顔を見せてくれた。

 

(穂波ちゃん……)

 

改めて彼女が傍にいてくれることの大切さを感じた隼太は、やはり穂波のために自分ができることを真剣に考えなければと心に誓うが、いつまでも思い詰めていると穂波の気持ちも沈んできそうなので意識して他愛もないことを口にする。

そんな彼の気持ちを理解しているのか穂波も楽し気に笑顔で応えてくれ、やっと二人の間には和やかな空気が戻ってくる。

彼女の手を引いて立ち上がった隼太は公園内をぶらぶらと歩き、記念館の展示を眺めたり売店の店先をのぞいたりしながら束の間艦娘のことは忘れて二人の時間を楽しむ。

しばらくしてそれにも飽いた二人は、この丘陵地帯の頂上付近にある神社の参道を上る。

境内まで上がるとそこからの眺望は格別で、広大な田園地帯の中をうねる北上川の緩やかな流れが一望できた。つい1週間ほど前、互いになんとなく好きだと言い交わしたその景色を見下ろす二人は、再びどちらからともなく手をつなぐとそのまま無言で眼前に広がる故郷の景色を見つめ続ける。

 

「やっぱりここがいいよね……」

 

「うん、そうだね……」

 

「……」

 

「……」

 

「ずっと――ここに居れば良いよ」

「でも、みんなが行くって言ったら自分ひとりだけ断れないよ……」

「だけど、どうしても嫌だったらそう言った方が良いよ――だって戦争なんだよ?」

「うん――やっぱり怖い――怖いけど、でも――ひとりだけ断るのはもっと憂鬱……」

「けど――みんなもやっぱり嫌なんじゃないかなぁ、穂波ちゃんだけが嫌なわけじゃないと思うんだけど――。だからみんなで嫌だって言えば何とかなるような気がするんだけどな」

 

「……」

 

「どうしたの?」

「あのね――」

「うん」

「そうじゃないみたいなの」

「えっ⁉」

「いぶきちゃんはね『もし艦娘になったら頑張って活躍しちゃう』って言ってたよ」

「吹輪さんが?」

「うん、それにね、雪乃ちゃんも『今は戦争なんだし、現に命がけで戦っている人達がいるんだからわたし達がもし選ばれたなら進んで協力するべきだわ』って言ってたの」

「白石さん――なんか堅いなぁ……」

「美空望ちゃんは『戦争は嫌だし誰かが死ぬのも嫌だけど、でも自分達が戦わなきゃどうにもならないって言われたら正直迷うわね』って……」

「なんか――――らしい言い方だな」

「だからもしみんなに艦娘の適性があったらね、みんな断らないんじゃないかと思うの……」

 

さすがに隼太も返す言葉がない。

なにより彼女らの積極的とでもいうのか前向きな姿勢に驚かされる。

 

(やっぱり、女の子って強いのかな)

 

だが現に目の前にいる穂波は悩んでいるし、彼としては何としてでもそのどうにもならない悩みを一緒に受け止めたかった。

「みんなと話してみたいな」

「えっ?」

「そこまで言ってるんだったらそう簡単に気持ちを変えてくれるとは思わないけど、でも……一度は話してみたいよ。全員が全員戦争に行かなきゃならないなんてやっぱり納得いかないよ……」

 

「……ありがとう、隼太君」

 

そう言って彼女は少し俯くが、つないだ手にはギュッと力がこもる。

一瞬ドキリとした隼太も同じように穂波の手を強く握り返すと、彼女の顔が少し上がる。

急に緊張感が襲ってきて思わず動きがぎこちなくなってしまうが、それでもたいへんな努力をして穂波に向き直ると、彼女もまた桜色に頬を染めて目だけを動かして隼太を見つめる。

周囲の音が聞こえなくなり、ただ自分の心臓の音だけがドクンドクンと頭の中に響き渡るなか、彼は錆びついてしまったような自身の体を全力で動かし、とても少しずつ彼女との距離を縮めようと奮闘する。

彼の必死の努力を見て取った穂波は次におこることを脳裏に思い描いたのか、刹那真っ赤な顔になり視線を落とすが、それでも再びそのまなざしを隼太に向けると恐る恐るといった態で目を閉じる。

 

(ほっ、ほっ、穂波ちゃん! 穂波ちゃん!)

 

心の中で絶叫している隼太は、今や田植え前の田の泥の様にまとわりついてくる空気をかき分けかき分けしながら、それが彼の人生のゴールでもあるかのように穂波の唇にたどり着こうともがく。

 

(そ、そういえば俺はいつ目をつぶれば良いんだろう?)

 

そんなくだらない疑問が脳裏をよぎるがすでにネットで調べることも出来ないので、もうここまで来たら間違えないだろうというほどに彼女の顔に近づいてからギュッと目をつぶり唇を突き出す(きっと、とんでもなく見苦しい顔になっていただろう……)。

そしてこれまでの人生よりもはるかに長い長い時間が流れたのちに、とうとう彼の唇に信じられないくらいに柔らかく、温かく、そして艶めかしく濡れた、味わったことのないほど甘く濃厚な何かが触れたその瞬間、突然ガヤガヤとした賑やかな声が風に乗って彼らの耳に届く。

 

「あっ!」

「あっ!」

 

同時に短く声を上げた二人は咄嗟に1歩後じさり、お互いに視線が絡み合う。

心臓が何度か拍つ間、隼太は驚きで目を見開いたまま、穂波は真っ赤な顔で彼を上目遣いに見つめたままだったが、拝殿の向こうからガヤガヤとした喧噪の当人たちの集団が現れると突然金縛りが解けた二人は、思わずくるりと半回転してまた横並びの体勢に戻る。

 

「ご、ご、ごめんね穂波ちゃん……」

「い、いいの、別に、その……」

 

それからあとはもう何を言っていいのか分からず、二人は黙ったままだった。

それでも日が西に傾きだすころ、二人は再び自転車にまたがって丘をあとにする。

夕暮れが辺りを燈色に染めはじめる中、別れ際の二人は、

「そ、それじゃ、また月曜日ね」

「う、うん、それじゃあね」

とだけやっとの思いで口に出すと相変わらず頬に軽い火照りを覚えながらそのまま家路についたが、今朝までとは全く違う何かが互いの間にできたような感覚を味わっていた。

 

(で、でも、もうちょっと長くしたかったな……)

 

ほんの一瞬だけしか味わうことが出来なかった彼女の甘い唇の感触は、その夜隼太をいつまでも寝付かせなかった。

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