しばふ村より   作:Y.E.H

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【第二章・第七節】

 隼太が帰宅すると、母が待ちかねたように小走って出迎えてくれる。

そのまま居間に向かった彼は田を兄に任せて待っていた父と母に対座すると、穂波は戦争に行きたくないとは思っているものの、誰かが断ることで戦場に向かうことになる友達をより危険な目に遭わせてしまうかも知れない、行くなら4人一緒の方が少しでも助け合って危険を乗り切れるかもしれない――と考えていることを話し、それ故に自分は説得をあきらめると告げた。

「なんたら、穂波ちゃんはほにいい子だなぁ」

母は余程感動したのか、手で目頭を拭っている。

「隼太」

「あ、はい」

父が改まった声を出すので、彼も少し居住まいを正す。

「おめも覚悟決めたんだな」

「うん、そのつもりだ」

「だったら、おめはこれがら五十田さんのために何がでぎっがよぉぐ考えろ」

「わがった、考えてみる」

それを聞いた父はそのまま無言で立ちあがり、何事もなかったかのように玄関の方に向かって歩き去ってしまう。

 

「さっぎなぁ」

「うん」

「あぎらめるつったべ」

「うん」

「穂波ちゃんのこどもあぎらめるつもりかぁ」

「ほんでね、俺はあぎらめね」

隼太がきっぱりそう言い切ると、母は如何にも嬉しげな笑顔になる。

「んだなぁ、あぎらめちゃなんねぞぉ」

「うん」

とは言ったものの彼はまだ何も思いついたわけではなかったし、それどころか穂波達が艦娘になるのかどうかすらまだ本当に決まったわけではなかった。

それでも母はしきりにウンウンと頷きながら、立ち上がる隼太を目を細めて見つめていた。

 

 翌日登校すると、クラスの雰囲気はまるで葬式のようだった。

4人が艦娘になって村を去ってしまうことは決定したわけではないものの、どうやら全員に雰囲気は伝わっているらしい。

いぶき派の男子達は皆泣きそうな顔で黙りこくっており、いつもは何やかやと声を掛けてくる清次もぶすっとしたまま窓の外ばかり眺めている。

そんな中にあって一人隼太の雰囲気だけは少々違って見えているらしく、休憩時間になると女子達が話しかけてくる。

「敷島君、何かあったの?」

「そうだよねぇ、会って話とかしたんでしょ?」

と言いかけた彼女はちらっと他の男子達に視線を投げかけて見せ、その誰かの名前を出さずに問いかける。

「いやぁダメだった」

「えっ、そうなの?」

「うん、やっぱり艦娘になってみたいんだってさ」

と言いながら、彼は自分の口からスラスラと無難な答えが出るのを不思議に感じていた。

「え~敷島君でも駄目だったんだ」

「それじゃあやっぱりもう無理なんだねぇ」

ひょっとするとクラスの一部の女子にとっては、いぶきが彼に好意を持っているというのは周知のことだったのだろうか?

直接聞いてみたいという衝動を懸命に抑え込んで、もう少しだけ話をつなぐ。

「みんなも説得してみたの?」

「うん、でもダメって感じ~」

「美空望ちゃんはまだ迷ってる感じだけどね~」

「それよりさぁ――」

そう意味ありげに口にした彼女達は声を低くして顔を近づけてくる。

「穂波のことどうするの? 全力で引き留めちゃうの?」

「そうだよー、敷島君どうするのかな~ってぇ」

「あのさ、無理には引き留めないことにしたんだ」

「えーっ!」

彼女達が声を揃えて大きな声を出したので、一瞬クラス中の視線が集まってしまう。

慌てた隼太は彼女らに目配せして教室の外に出る。

「ちょーっと、大声は勘弁してよ~」

「ごめんね~、でもさぁ――」

「さすがにびっくりしちゃったんだもん、まさか穂波のことあきらめちゃうなんてぇ……」

「いや、あきらめたりしないよ」

「えっ」

「なになに、どーゆーこと?」

「うん、正直言ってまだどうすればいいのか思いついてないんだけどさ、でも引き留めないっていうだけだよ。なんか彼女のために俺に出来ることがあるはずだって思うから――だからそれを見つけ出して何とかするつもりだよ、絶対に」

「え~、何その純愛っぽい言い方ぁ~」

「そうだよぉ~、なーんか悔しい! 妬ける―」

「なんでだよ!」

「だってぇ――」

「ねー」

そう言いながら、彼女らは互いにアイコンタクトを交わすと意味ありげな視線を隼太に投げかける。

 

(えっ……なに? どーゆーこと?)

 

しかし、ちょうどその時廊下の向こうから教師が近づいてきたために話はそこで終わってしまい、なにやら釈然としない思いを抱えたまま隼太は席に戻った。

 

 それから間もなく、彼女ら4人が両親ともども集まって話し合うことになったと穂波から知らせが入る。

さすがに急転直下全員が断ることになる様な大逆転など起こるはずもなかったが、それでも結果が分かるまで隼太は落ち着かない時間を過ごす。

そして当日の夜、穂波からはほぼ予想通りの結果になったと連絡があった。

4人全員が海軍の依頼に応じて艦娘候補となるべく横須賀に行くことになったという訥々としたそのメッセージを見て、そのそっけなさにかえって彼女の気持ちを感じ取った彼は、本人達の気持ちはどうだったのかと聞いてみたところ、どっと堰を切った様に返信がかえってくる。

曰く、村越の意見はまるで打ち合わせたかのように穂波と全く同じで、全員で断れるものなら断りたいが、誰かが行くと希望するなら自分も行くということだったが、彼の予想通り白石の意見もやや控えめなもので、行きたいという希望はあるものの、もし全員で断るということであれば自分もそれに同意するというものだった。

そんな彼女達の中でやはりいぶきの意見は際立っており、他人がどうあれ自分は艦娘になってみたいと明言したという。

最後は本人たちを除いた親同士での話し合いになったが、いぶきの両親は相当申し訳なさそうな苦し気な様子だったらしい。

 

(いぶきちゃん――やっぱり村から出てみたかったんだな……)

 

あの日、いぶきが彼に出した交換条件は果たしてどこまで本気だったのだろうか?

結局彼女は隼太の気持ちを試してみたかっただけで、本当に彼と付き合おうとはそれほど思っていなかったのではないのか――。

そう思いかけた次の瞬間、彼はある可能性に思い至ってハッとする。

もしそうだったのならば、隼太が彼女の条件を断ったがために、いぶきにとっては艦娘になるという以外の選択肢がなくなったのではないか。

彼女もまた、艦娘になってみたいという思いとその希望が友達を巻き込むことになるという思いとの間で葛藤しており、夢を諦めるための理由を求めて、あのような大胆な条件を持ち出したのではないのかと。

 

(もし――もしそうだったとしたら……)

 

だとしたら、たとえあの時隼太が条件を飲んだとしても、ただ揶揄ってみただけだと笑い飛ばして終わりにしてしまったのではないか。

彼がにべもなく断ってしまったがために、かえっていぶきの背中を押してしまったのではないだろうか……。

 

『隼太君?』

思わず脳内の迷路に入り込んでいた彼は、穂波の書き込みにビクッとすると慌てて反応する。

『ゴメンちょっとボーっとしてて……で、なに?』

『あのね、わたしは別に後悔してないからね。確かにすごく怖いけど……でも誰かのせいでこうなったとか恨んだりするつもりもないからね』

 

(穂波ちゃん……)

 

彼がいぶきと会って話し合ったことを無論彼女は知らないし、クラスの女子も彼の頼みを違えてまで真相を告げたりはしていないだろう。

それでも穂波は彼が何かをしたことに気付いている様で、しかもそのことと4人が艦娘になることとは関係がないからと言ってくれている。

『ありがとう穂波ちゃん。あのさ、俺ほんとはね――』

『待って!』

隼太が書き込みかけたのを彼女が遮る。

『何? どうしたの?』

『言わないで隼太君。なんにも、なんにも言わなくていいの』

『でもさ――』

『お願い、何も言わないで欲しいの。もし何か聞いちゃったら我慢できなくなるから……このままずっと隼太君の傍にいたい、この村で隼太君と一緒に暮らしたいって思っちゃうから……決心できなくなっちゃうから……』

 

急に目の前に彼女の顔が浮かんでくる。

それは初めて言葉を交わしたあの日のままの、どこか少し不安げでおどおどとした穂波だった。

 

『穂波ちゃん、俺、何も言わないよ。何も言わずに穂波ちゃんのことだけ考えるよ、たとえ遠くにいても会うこともこんな風に話することも出来なくても、それでもずっと穂波ちゃんのことだけ考えてるよ、穂波ちゃんがどこにいても変わらないよ、ずっとずっと一緒だよ』

 

長い間が空いた。

にもかかわらず、彼はそれをじっと待つことができた。

 

『ありがとう、隼太君……会いたいよ、すごく会いたいよ』

『俺も会いたいよ、でも――準備とかいっぱいあるよね、だから我慢するよ』

『あのね、来週美空望ちゃん家のお祭りあるよね』

『うん』

『夜神楽――見たいの』

『一緒に行ける?』

『うん、行きたい』

『行こう、一緒に』

 

『うん……』

 

『隼太君』

 

『なに?』

 

『大好きだよ』

 

『俺もだよ、大好きだよ』

 

小さなスクリーン上に表示されたその文字は、まるで濡れたように滲んで見えた。

 

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