月曜日のホームルームで、明日4人が登校して全校集会で話をすると知らされる。
既に何が話されるかを知っている隼太にとって特にリアクションすべきことは何も無かったが、クラス中のざわめきは中々収まる気配もなく、皆の動揺がひしひしと伝わってくる。
「なぁ、おめーは知ってんだろ?」
放課後、着替えてグラウンドに出る途中に清次が話しかけてくる。
「ああ、一応な」
「結局どうなったんだよ」
「言ってもいいけど、俺の口から今聞く方が良いか?」
そう言うと彼は黙ってしまい、しばらくの間無言で立ち尽くす。
グラウンドでは三々五々練習が始まってはいるが、お世辞にも真剣味が感じられず、村越がここにいたら一刀両断にされそうなくらいに集中力を欠いている。
「しょうがねぇなぁ……明日直に聞くかぁ」
「それがいいぞ、一日早く聞いたってなんの得にもならねえからな」
「隼太ぁ、なんか落ち着いてんなぁ」
「今更じたばたしたってしょうがねえからだよ、別に落ち着いてはねえよ」
「じゃあ、それまではじたばたしてたのかぁ?」
「してた、――まぁほとんど無駄だったけどな……」
「そっかー、そうなんかぁ……」
「ああ……」
「……」
「てことはよぉ」
「うん」
「明日の話しってのはそう言うことだよなぁ」
「お前だって想像ついてただろ?」
「まぁなあ~、なんせ全校集会で話すってんだからよぉ」
「そりゃそうだ、わざわざ集会で話すんだからそう言うことだよ」
「そうだよなぁ……」
「うん……」
「……」
「そうか、じたばたしてたのかぁ……」
「ああ、でも――」
「でもなんだよ」
「これからも、じたばたじゃねえ事を何かする積もりだけどさ」
「何するんだよ」
「まだちゃんと思いつかねぇ」
「そうか――もし思いついたらよぉ」
「うん」
「教えてくれるかぁ」
「別にいいぜ」
「そっか、済まねえけど頼むわ」
「なんだよ、珍しいな」
「別に――珍しかねぇよ!」
ここで会話を続けるのが急に億劫になったらしい清次は、殊更に空元気を振り絞ってグラウンドに飛び出していく。
(いや、やっぱり珍しいだろ!)
心の中でそう突っ込んだ隼太も、その後を追って勢いよく飛び出していった。
翌日、朝の短いホームルームの後で体育館に他の生徒ら共々移動した隼太は、舞台の上で緊張した面持ちで座る穂波ら4人とその家族の姿を見て、いよいよこの時が来たのを改めて実感する。
校長が一頻り経緯を説明したのち、4人が海軍の要望に応えて全員が艦娘となるために横須賀に赴くこと、そしてその出発は2週間後であることを告げる。
「ええーっ!」
「そんなに早く――」
「ありえないよぉ~」
「信じらんない――」
「急すぎるよ!」
生徒達から一斉に様々な声が上がり、そのどよめきはいつまでも続く。
とは言え、さすがに何時までもそのままにしておく訳にもいかずに教頭が大声で制止するとすぅっとそれは小さくなり、そのタイミングをとらえて校長が4人に話を振る。
それをうけていぶきを先頭に立ちあがった彼女らは、一人ずつ校長が場所を譲ったマイクの前に立ち、挨拶の言葉を口にする。
「みんな! こんなお知らせになってしまってごめんなさい。でも、やっぱり自分にその才能があるって分かったら我慢は出来ませんでした。だから――わたしは艦娘になろうと思います!」
いぶきのよく通る声が生徒達の頭上に響き渡り、全員の視線が彼女に集まる。
そのまま言葉を繋ぐかに見えたいぶきは、何かを言おうとして喉を痞えさせると、不意にその瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「今日まで――本当に――ありがとうございます。――斯波中のこと――いつまでも忘れません――みんなのために――精一杯頑張ってきます!」
それだけ何とか口にした彼女は一歩下がってマイクの前を空けるが、いぶき派の男子達を中心にすすり泣きが漏れ始め、次第に重苦しい雰囲気になっていく。
(いぶきちゃん……俺は間違えたのかな――君になんて答えたら良かったんだろう……)
彼が今更取り戻し様もないことに思いを馳せているうちに、続いてマイクに向かった村越は、不思議に淡々とした様子で口を開く。
「結果を知らされてからこの結論を出す迄に随分迷いましたが、4人一緒に行く方が良いと思い、艦娘になることにしました。斯波中を卒業する迄待ってからとも思ったんですが、少しでも早くから始める方が経験を積めるからいいのかなと考えました。これからどんな未来が待っているのか分かりませんが、無事に役目を果たせる様に皆さんに祈って貰えたら嬉しいです」
いぶきと違って淀みなく発せられたその言葉にはどこか感情がこもっておらず、しかも彼女の視線は目の前にいる生徒達ではなく、体育館の壁を突き抜けてどこか遠くに向けられていた。
言い終わった彼女はぴょこんと一礼してそのまま引き下がったが、多くの生徒たちはそれを見ていたのかいなかったのか、相変わらずすすり泣くばかりだ。
「あ、あの――」
マイクに向かった穂波は、いつも彼が見ていた大人しくてちょっとおどおどとした穂波そのものに戻っていた。
「こ、こんなわたしが艦娘になるとか――まだ全然実感が湧かないんですけど――4人が一緒だったらきっと助け合えると思って決めました。戦争に行くのは正直とても怖いです。でも――誰かの役に立てるかも知れないことだから、出来る限り頑張ってみたいと思います。そして――いつか必ずまた村に戻ってくる積もりです」
その時穂波の視線が下がり、隼太と真っすぐに見つめあう形になる。
(穂波ちゃん!)
口に出す訳にいかなかったので心の中で大声を出し、胸の前でグッと拳を握って見せる。
その声はどうやら彼女の心の中にも届いたようで、表情に一瞬澄みが出るとともに顔が上がり、しっかりとした声が出る。
「だから、無事に戻ってこられるようにどうか応援してください、よろしくお願いします!」
思わずと言った様子で教師たちからパラパラと拍手が沸き、女生徒達の中からも
「穂波!」
「頑張って穂波!」
と声が上がる。
胸が熱くなってきた隼太は、声を掛けてくれた彼女達と一緒になって大声を出したかったが、まだ多くの生徒はすすり泣いている状況なので、そんなことをしたら浮きまくるのは目に見えていた。
そんなわけで握り拳にぐっと力を込めて我慢していると、穂波が引き下がって白石がマイクに向かう。
「お願いです皆さん、どうか泣かないでください」
凛とした声が響き渡り、生徒達だけでなくその場にいた全員の顔が上がるとともに視線が集中するが、それを受け止めた彼女はぐっと胸を張って言葉を続ける。
「私も最後まで迷いましたが、こうして行くことを決めた以上は村の代表として戦場に赴くつもりです。もちろんわたし如きにどれ程の働きが出来るのかすら定かではありませんが、それでも決してこの村と皆さんに恥じないように精いっぱい努力する積もりです。ですから、私達4人が胸を張って戦場に赴けるように力強く送り出して頂きたいんです。どうかよろしくお願いします!」
信念のこもった力強い言葉にうたれた一同は一瞬沈黙して彼女を見つめるが、マイクから一歩後ろに下がった白石が深々と礼をすると、目が覚めたかのように拍手が沸き起こる。
(すごい! 白石さんやっぱりすごいな)
そう思った隼太も力一杯拍手をしたが、その割れんばかりの拍手の中で清次が
「なに格好つけてんだよチキショウ――知らねえぞ……」
と吐き捨てるように呟くのが聞こえてしまう。
(いや、思ってても口に出すなよ……)
注意してやろうかと思いかけたものの、清次はそれだけ言って黙ってしまったので、とりあえずそのまま見逃すことにした。
なにより隼太だけではなく周りの生徒達にもそれが聞こえてしまっており、彼の前にいたクラスの女子は露骨に顔をしかめていた位なので、今更言っても仕方のないことではあった。
そのあと、さすがに校長は万歳三唱しようなどとは言い出さず、改めて教師や生徒達が全員で拍手をする中、4人とその家族は彼らの横を通り過ぎてそのまま体育館を後にする。
残った生徒達には、例の最寄駅から彼女達は出立する予定なので、詳しい日時等が決まり次第別途連絡があるとの説明があり、見送りを希望する者はそれに合わせて集合するようにとだけ告げられて解散となる。
教室に戻ってからも、興奮が冷めやらぬクラスメイト達はざわざわと落ち着きがなかったが、その中にあって一人清次は不機嫌そうに不貞腐れていた。
(気持ちは分かるけど、白石さんにあたるのは筋違いだろ)
もっとも、普段からあれほど白石のことを『堅物』呼ばわりしていたいぶき派の男子達までもが一斉に拍手していたことからすれば、そこは随分ブレずに徹底しているともいえる。
(まぁ、そこはどっちかっていうとブレるとこだけどさ)
清次がどう思おうが、白石の態度が立派だったことは間違いない。
彼女や穂波、村越ら3人は結論を出すまでにとても苦しんだことだろうし、途中から前のめりに決意を固めていったいぶきですら深く葛藤していたことは、先程のあの涙を見ても分かる。
それでも行くと決めた以上は彼女達を全力で支えることが隼太たちの役目だというのは、確かにあの日担任が言った通りなのかも知れない。
(俺は――どうするんだ? どうやって穂波ちゃんを支えるんだ?)
心の中で思うだけというのではどうにも納得できないが、だからと言って彼女と一緒に行くことが出来るわけでもない。
戦争で親を喪った家庭を支援する募金活動やボランティアは見掛けたこともあるが、それに協力するというのは余りにも間接的すぎる気もするし、艦娘を直接支援する募金やボランティアがあるとも思えなかった。
(なんか違うんだよなぁ……俺は――俺はそんな事をしたいんじゃないんだ、もっとストレートに穂波ちゃんを支えたいんだ)
彼に出来ることで直接穂波を支えるにはどうすれば良いのか。
もちろん今すぐそれが出来ない事は既にはっきりとしている。
ならばどうするのか――脳裏にはぼんやりとした絵が浮かび始めてはいるのだが、この時の隼太はまだ己の迷いを十分に振っ切れてはいなかった。