しばふ村より   作:Y.E.H

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第三章・第一節を投稿します。
高校を卒業した隼太は故郷しばふ村を離れ、穂波のいる横須賀へと旅立ちます。
新章も引き続きよろしくお願いします。


第三章
【第三章・第一節】


 車窓を流れていく田園地帯にはまだ緑は少なく、ところどころで代掻きが行われている。

この地で桜が咲く迄にはもう少し季節が進む必要があるが、それを見ることはこの先当分は出来ないだろう。

それでも彼の心には翳り一つすら無く、これから始まる新たな日々を思うと心躍る思いに満ち溢れていた。

 

(やっぱり早いな……)

 

自費であれば飛行船を使うところだが、この度の旅費は軍が支給してくれる事もあり、遠慮なく新幹線を利用させて貰ったのだ。

 

「敷島先輩って無口なんですね、意外でした♪」

唐突に声を掛けられた隼太は、物思いから引き戻される。

「昔はよぉ、そうでもなかったんだぜ、まぁ今でも別に無口って程じゃねえけどなぁ」

声を掛けられたのは彼の筈なのに、何故か清次がそれに応じるのは相変わらずだった。

昔は声を掛けてくるのがいぶきだからだと思っていたのだが、実は相手が女子なら誰であってもそうするのではないかと近頃は思っている。

「わたし、別に木俣先輩には聞いてませんよ、でも何となくだけど分かっちゃいました。実は敷島先輩が特に無口だっていう訳じゃないみたいですね♪」

人気者としての自覚があったいぶきは、周囲の男子達に対して辛い物言いをすることは無かったが、綾瀬真奈美(あやせまなみ)はそうでは無い様だ。

「ひでぇ、これでも付き添いなんだからよぉ、も少し優しくしてくれたっていいんじゃねえのかぁ?」

「仕方ねえだろ、聞かれて無いのに応えてんのは事実なんだし」

「そうです、それにちゃんと付き添い感謝申し上げてますよ、ねえ浪江ちゃん♪」

「えっ、あっ、あ~うん、そうね」

話を振られた浪江が、いかにも不得要領な曖昧な返事を返す。

「うふふ、浪江ちゃんも敷島先輩とおんなじ♪ さっきから外ばっかり見てるのね」

綾瀬の言葉通り、隼太の横に座った浪江は先程からひたすら窓の外の景色ばかり、それこそ食い入るように見つめていた。

 

(それにしても、まさかこんな事になるとはなぁ)

 

 4年――いや、4年半前のあの適性検査の衝撃は、海軍はもとより政府をも動かしてしまい、斯波府村には軍や政府機関による調査や視察が何度も行われていた。

そのため村は酷くざわめき、学校や村役場の関係者達は振り回されて右往左往し、あまりの心労に斯波中の校長が体調不良を訴えて引退してしまう始末だった。

その後も適性検査は実施され、再び新たな候補者が見つかる状況は続いたが、軍が統制していたのかニュースなどでそういう事柄が報道されることは無かった。

言うまでもなく、本来艦娘の適性があるという情報はもちろんのこと、その当人が実際に志願したのか否かという類のことは個人情報に直結するデリケートな事柄でもあったし、海軍としても大切な艦娘の候補者を供給してくれるかも知れない村や地域に無用な波風が立つことは避けたかったのだろう。

 

そんな環境の中で浪江も成長して斯波中に入学し、かつての隼太達と同じ中学2年生の秋に適性検査を受けたところ、なんと艦娘の適性があることが判明し(てしまっ)たのだ。

予ねてより艦娘に対する憧れを抱いていた彼女にとっては正に天恵そのものだったわけだが、これまた予ねてから浪江の希望に反対していた義姉は当然猛反対し、両者は全くの決裂状態となり、板挟みとなった兄が何とか取りなそうにも全く歩み寄りは見られなかった。

しかし浪江の意思は非常に固く、このまま喧嘩別れとなってでも艦娘になりたいという主張を頑として曲げなかった為に、結局翌春に隼太が海軍に入隊する時まで待つという事で義姉が渋々折れたのだ。

巻き込まれた彼としては良い迷惑であり、義姉からは恨みがましい視線を浴びせられ、浪江からは「隼兄ぃ(いつの頃からか浪江は彼をこう呼ぶようになっていた)がちゃっちゃど入隊しでくれねがらおれがうざねはぐ」と可愛げの欠片もない物言いをされる始末だった。

 

 そのうえ、更に隼太の肩に余計な荷物を載せる者迄いたのだから堪ったものではない。

てっきり冗談だろうと思っていた位に何の緊張感もなく高校生活をのほほんと過ごしていた清次が、高2の夏休み前に実施された進路希望に海軍と書いて提出したのだ。

それも只の任期制海士でも目指すならともかく下士官候補生に応募すると言い出したのだから、身の程知らずとしか言いようがない。

穂波とともに戦うために海軍を目指している隼太は、そもそも艦娘と行動を共にすることが目的なので任用先希望が出来なければ意味が無いものの、士官候補生を目指すには国防大学を卒業するか一般の大学を卒業してからでなければ実質的には応募出来ないので、高校卒業の時点では下士官候補生の選択しかなかった。

来るべきその日のためにせっせと勉強と体作りに励んでいた彼としては、それが決して簡単なものでは無い事も実感していたので一応軽く窘めたところ、『おめぇが居るんだから何も心配してねぇ』とさも当然の如く言い放たれて呆れかえってしまう。

 

(ダメだ――こいつやっぱり本物のバカかも知れん……)

 

改めて白石と村越が正しかった事を思い知らされた隼太だったが、結局最後の最後まで彼の尻を叩き続ける破目になってしまった。

その甲斐あってか清次は超低空飛行ながらなんとか合格し、こうして今彼と浪江、そして浪江の同級生でありやはり艦娘の適性ありと判定された綾瀬とともに一路横須賀へと向かっていた。

 

(それにしても、ちょっと意外だよなぁ)

 

中学の頃、あれほど寝ても覚めてもいぶきの周りを取り巻いていた男子達の中で、海軍に入ったのは清次だけなのだ。

ひょっとすると引越して行ったり他の高校に進学したごく少数の生徒の中に誰かいるのかも知れないが、少なくとも合格者向けのオリエンテーションの場には知った顔はいなかった。

当時の隼太の目から見れば、いぶきに対して清次よりも遥かに強く入れ込んでいたとも見える者が少なからずいた訳で、それを思えば彼らの情熱と言うのは中学の頃の一過性のものに過ぎなかったのだろうか。

 

(まぁ、お前のその気持ちがいぶきちゃんに伝わればいいけどな)

 

清次がこれ程真面目にいぶきを想っていたのは確かに意外ではあったが、隼太としてはその気持ちが実れば良いと思うだけで特に他意は無く、強いて言うなら『そこ迄想ってたんだったらもう少し自分で努力しろよ!』と声を大にして突っ込みたい。

何様、穂波と共に戦うために努力していた彼ですら、そのモチベーションを維持するだけで必死だったのに、人の尻馬に乗って自分の想いを果たそうとはなんと調子の良いことかとつい思ってしまう。

 

 今やすっかり遠くなってしまった別れのあの日、斑駒と名乗ったあの海軍士官が言ったことは全く掛け値なしに本当だった。

この4年半の間、彼は愛しい穂波に会うことはもちろん電話すらも出来ず、年に2度面会のために上京する彼女の両親に手紙を託し、それに対する返事を持ち帰って貰うという一体何時の時代なのだと呆れるほどの細々としたコミュニケーションしか出来なかったのだ。

確かに思春期の女子を戦場に出すという事自体が艦娘登場以前にはあり得なかったし、彼女達が不用意に外部と接触することで起きるかもしれないトラブルの芽を徹底的に摘む必要があると海軍は考えたのだろうが、傍目に見れば世の中から隔離されて監禁されている様にも見えてしまう。

言うまでもなく、穂波がくれた手紙にはそうではない実情が書かれていたのでそれなりには安心していられたのだが、そうでもなければ重大な人権侵害だと騒ぐ家族がいてもおかしくない程の徹底ぶりだった。

 

(いや、何だかんだ言ってよく頑張ったよ俺♪ 本当に良くここまで来れたよな)

 

穂波がくれた10通にも満たないその手紙の存在だけを心の支えにして今日の日迄たどり着いた隼太にとっては、出来ることなら誰にも邪魔されずにたった一人でその感慨に浸りたい気分なのだが、彼におんぶに抱っこの厄介な連れ(厳密にいえば綾瀬は違うが)達が許してくれなかった。

 

「でもよぉ、なんで艦娘になりたいんだぁ? 戦場に出りゃ敵は手加減してくれねぇんだぜ? 怖くねぇのかぁ?」

清次が投げかけた質問に対して、綾瀬はちょっと考える様な顔をした後でそれに応じる。

「うーん、わたしは別に戦場に出てみたいと思ってる訳じゃないですね。ただ、艦娘になれるってすごく特別なことですし、自分にどんなことが出来るのか試してみたいなぁっていう程度ですよ」

「だからよぉ、それが分からねぇんだって。試すだけの積もりが弾に当たって死んじまったら元も子もねぇんじゃねぇのかぁ?」

「最初からいきなり実戦に出るとかだったら断わったと思いますけど、教育期間中と一般修学施設の在学中は実戦は無いって聞いてますし――、それに、自分に向いてないなって思ったら辞める積もりですから」

「何だよそりゃあ♪ 随分割り切ってんだなぁ、まぁそう都合よく行きゃあいいけどよぉ」

 

今日の清次は柄にもなくまともな事を言う。

更に言うなら、それが分かっているという事は彼もまたその覚悟で軍人になろうとしている筈なのだ。

 

「けど、浪江ちゃんはそうじゃないのよね」

「へぇ~、そうなのかぁ?」

またしても窓外を飛び去って行く景色に釘付けとなっていた浪江は、義姉の前で見せていた強硬な態度は一体どこの誰だったのかと疑いたくなるほど覚束ない様子で、振られたその問いに言葉少なに応じる。

「う、うん、そうなんだけど――」

「なんだよ、全然そんな風に聞こえねぇぞぉ」

「浪江、お前ひょっとして不安になったのか?」

これまでの浪江であれば、隼太がこんな聞き方をすれば間違いなく『なに言ってんの⁈ そんな訳ないじゃん!』とむきになる所だが、今日の彼女はやはり何時もと違っている。

「不安って言う訳じゃないんだけどさ、でも、今になって思っちゃうんだ。何でこんなに艦娘になりたかったんだろうって……」

「おいおいマジかよ、まさか今からやっぱり止めますってかぁ?」

「浪江ちゃん、どうしちゃったの? 敷島先輩の言う通り、不安になっちゃったんじゃない?」

突っ込み半分、そしてかなり真面目な心配半分で問い返した二人に対して、再び外の眺めに視線を戻した浪江は、どこか冷めた様な返事を返す。

 

「いやその――ちゃんと艦娘になる積もりだけどさぁ、――初めて艦娘の話し聞いた時からずーっと艦娘になりたいって思って来て、もうすぐその通りになるって実感が湧いてきたら――急によく分かんなくなっちゃって――別に戦争したくて仕様がない訳じゃないし、自分の力を試したいって思ってる訳でもないのに……」

さすがに返答に困ったらしい二人は思わず口を噤んでしまったが、隼太にはいくらか腹に落ちるものがあった。

 

(そうか、お前もいぶきちゃんと同じだったのか)

 

浪江にとって艦娘というのは、まだ見ぬ広い世界の象徴だったのかも知れない。

だからこそ今、自分がなぜその衝動に突き動かされていたのかよく分からなくなってしまったのではないか。

 

「浪江、お前村で艦娘になれるんだったら艦娘になったか?」

「えっ⁈」

「いや、例えばだけどさ、村に港があって海軍基地もあってそこで艦娘になれるんだったら、お前やっぱり艦娘になって見たいって思ったか?」

「あっ――う、う~ん……」

彼女はいくらか俯き加減で逡巡したのち、これで何度目になるのか、改めて窓外に眼差しを向けながら口を開く。

 

「そんなに必死にはならなかったと思う――多分だけど――」

「なんだ、それじゃぁよぉ、ただ村から出たかっただけだってのかよ?」

「そういう単純な事じゃねぇんだよ、たださ、自分がまだ知らない村の外の世界にはさ、ひょっとしたら今とは違う自分の居場所があるんじゃないかって思っちまうんだよ。だから今、その答えが見えそうになってきたんで、本当に自分が望んできた答えなのかどうかちょっと掴みどころが無くなっちまった――って事なんじゃねぇかな」

 

隼太がそうまとめて見せると期せずしてその場は静まり返ってしまうが、やがて当の浪江が少々不服そうに口を尖らせて呟く。

「なんか、そうなのかも知れないけどさぁ――隼兄ぃに言われるとちょっとムカつく――」

「え~でもすごく納得したんだけど! やっぱり先輩は違いますねぇ、すごいわぁ♪」

両手を胸の上に軽くあてた綾瀬が少々上目遣いに彼を見ながらそう言うと、清次が自棄気味に声を上げる。

「チキショウ、だから隼太と一緒はやだったんだよ! 全部おめーが一人で持ってっちまうからよぉ~」

「ナニ言ってんだ、それはこっちの台詞だよ、俺は別に自分一人だって海軍に入る積もりだったのに、なんでお前の面倒まで見なくちゃならねえんだっての!」

「んなの仕方ねーだろ? おめーが手伝ってくれなきゃどうにもならなかったんだからよぉ」

「木俣先輩、なんか言ってること滅茶苦茶ですよ?」

「うん、何つーか隼兄ぃが大分マシに見えてきた気がする」

「ひでぇな二人とも! くっそ気に入らねぇ~、俺ぁもうフテ寝すっからな! 起こすんじゃねぇぞ⁈」

「分かった分かった、ちゃんと東京に着いてもそっとしといてやるからよ」

「いや、そこは起こせよ!」

清次が突っ込むと、それを聞いた二人がケラケラと楽しそうに笑う。

 

(やっと笑ったな、浪江)

 

彼にとって横須賀へのこの旅は、長い長い忍耐の日々に終わりを告げる晴れやかなものの筈なのに、仏頂面をして微妙な空気のまま何時間も揺られていくのは勘弁して欲しかった。

とにもかくにもここまで辿り着いたのだから、今更余計な重荷を載せられた事に恨み言を言う積もりも無いので、彼らとの道行が楽しいものであった方が良いに決まっている。

 

(どうせ俺達は、これから戦争に行くんだからな……)

 

こればかりは先程清次が(柄にもなく)看破した通りで、戦場に立つ限り次の瞬間には己の命が消し飛んでいるかも知れないのだ。

だがそれは他ならぬ彼自身が――更に言うなら今ここにいる4人全員が、たとえ覚悟があろうがなかろうが己の意思で選択した道であることに間違いはない。

 

(それでも俺は行く、穂波ちゃんが待っているその戦場に)

 

胸の奥の昂ぶりが、徐々に隼太の全身を満たしていった。

 

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