しばふ村より   作:Y.E.H

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【第三章・第二節】

 東京で在来線に乗り換えて更にもう一度乗り換えた後、彼ら4人は横須賀に予定通り到着した。

その足で総監部に出頭した彼らは、本人確認の書類提出とともに入隊手続き諸々を済ませるとはや夕方となり、翌朝の出頭時間を指示されてから放免され、市内のビジネスホテルで1泊する。

こんな体験が初めての浪江と綾瀬は大はしゃぎで、夕食後もなかなか宿に戻りたがら無かったが、こんな所で何かトラブルでも起こしては元も子もないので程々にして宿に戻る。

何より保護者面をしている隼太と清次にしたところで、こんな経験は精々2,3度目に過ぎないのであって、経験豊富な案内役を演じること自体が不可能だったからなのだが。

そして翌朝、指定された時間に再度総監部に出頭した彼らは、一旦下士官候補生の二人と艦娘候補の二人とに引き離される。

会議室の様な所で、同じ下士官候補生達数十名に交じって訓示と今後の予定を聞いた隼太と清次は、教育隊に所属する旨の辞令を受け取った後に間もなく総監部前に横付けされたバスに乗り込むが、横では浪江と綾瀬、それに見知らぬ女子2名が濃紺色のワンボックスカーに乗り込むのが見える。

 

(あの娘達も艦娘候補なんだな――それにしてもやっぱり少ないな……)

 

咄嗟の事だったので他にも居るのかどうかまで確かめられなかったが、たった4人のうち2人が斯波府村出身者なわけで、比率で考えれば確かにあり得ない様な割合だ。

とは言えここ横須賀にやってくる艦娘候補生は、原則として18歳未満のいわゆる修学年齢の者に限られており、それよりも上の年齢の候補生は他の教育隊などでも受け入れているため、総数としてはもっと多いはずだった。

 

(でなきゃ継戦能力なんて維持出来ないよな、誰も戦死したり戦闘不能になったりしないなんてあり得ないんだし)

 

何気なくそう考えるが、それは想像するだに怖ろしいことでもあった。

彼らや彼女ら自身にとって、命とはたった一つの掛け替えのないものの筈だが、軍にとって(国にとってと言い換えても同じことだが)は数多くあるその中の一つにしか過ぎないのだ。

無論軍や国が殊更に非情なわけではなく、敵が或いは戦争そのものが非情なだけだ。

今日ここに辿り着くまでの間、彼の心の中には常に拭い難い不安の影がさしていた。

ある日突然穂波が戦死したという報せが飛び込んで来るのではないか、いや、たとえ命は助かっても二度と目覚める可能性の無い昏睡状態に陥った姿を目の当たりにするのではないか――そんなゾッとする様な報せが入らない事だけを彼はひたすら祈り続けていたし、やはり娘のことを心配する彼女らの両親達に交じって村越の父に祈祷をして貰ったりしていたのだ。

 

(でも、やっと間に合った――これからはもう何処か知らない所で穂波ちゃんが恐ろしい目に遭ってる――そんな心配をしなくても良いんだ!)

 

言うまでもなく、それは少々ご都合主義に過ぎるのかも知れない。

隼太が来たと言うことは、同時に穂波達も教育隊内の修学施設を卒業すると言う事であり、それは取りも直さず容赦の無い実戦に晒されると言う事だ。

それでも己の全く知りえない何処かで、不可抗力と言う名の悲劇的な運命に穂波が襲われることを恐れ続けていた彼が、同じ場所に立ったという安堵感に思わず浸ってしまうのは無理からぬことだった。

 

 そんな彼を乗せたバスは、1時間足らずで海辺の基地に到着する。

ここがつまり、彼らがこれから少なくとも半年間所属する教育隊と言うわけだが、彼にとってはそれより遥かに重要な意味のある場所――即ち穂波と再会できる場所だった。

抑え切れない興奮を力尽くで捻じ伏せながら、とある建物の前で停車したバスから降りた彼は、いつの間にか浪江らを乗せた車がいなくなっていることに気付く。

もちろん、彼らの様な普通の兵員と艦娘候補生達の教育施設は別々のため、基地内の別の場所に行ってしまったのだろう。

 

(浪江達は、まずは一般修学施設に入るんだよな……)

 

おそらく二人は、其処で彼よりも一足先に穂波達と再会する筈であり、彼にとってはいわば露払い役の様なものだ。

 

「こらぁ! さっさとせんか!」

いきなり大きな怒声が響いて現実に引き戻された隼太は、慌てて目の前の建物に入ると前に演壇が設えられた大きめの部屋で整列するが、その間も今にも鉄拳が飛んできそうな勢いで叱責され続けていた。

間もなく数名の士官が折り目正しく制服に身を固めて入ってくると、正面の演壇を挟んで左右に整列するが、演壇のすぐ横に立ったのは紛れもなくあの日彼の名を訪ねた斑駒だった。

あの日と同じように彼女が演壇に立って話をするのだろうかと思っていると、斑駒は演壇の横に控えるように立って誰かの到着を待つ様だ。

間もなく「気を付け!」という号令がかかると共に後方から誰かが入ってくる気配がして、寸分の隙もなく軍装を整えた士官が一名ツカツカと横を通り過ぎて演壇に近づく。

そのまま流れるように演壇に立ったその士官は、あまり軍人らしからぬ――言い方は悪いが何だか頼りなさそうな空気を漂わせていたが、進行役と思しき見るからに厳つい士官が大声を張り上げたので、その人物こそが当教育隊の司令だとわかる。

「只今より、横須賀教育隊渡来司令よりお言葉を頂く、全員傾聴!」

 

(司令ってことは大佐なんだよな……)

 

にも関わらず、演壇に立って挨拶を述べる渡来の言葉は随分優し気で、なおかつ司令というにはかなり若く見える。

うっかりすると隼太の兄よりも若いのではないかと勘違いするほどで、横に控えた斑駒の方が年嵩に見えた。

だがその若々しい外見と優しげな物言いのせいか候補生達の間に少々弛緩した様な空気感が漂い、それに気を緩めたのか隣の清次が小声で耳打ちしてくる。

なんかよぉ、いい感じの司令だよなぁ

 

(バカ! 何考えてんだ、ここは学校とは違うんだぞ⁈)

 

咄嗟に制止しようとしたが、百戦錬磨の軍人たちがそんな不届き者を見逃す訳が無かった。

次の瞬間には演壇の渡来は既に口を噤んでおり、進行役の士官が雷鳴の様な怒声を発する。

貴様ナニをやっとる! 前へ出ろ!

 

その威力たるや大したもので、雷に打たれた様に硬直した清次はそのまま故障寸前の二足歩行ロボットよろしくぎくしゃくした動きで列から出ると、素直に演壇の前に進んで気を付けする。

 

(はぁ……)

 

心中深く溜息を吐いた隼太は、一瞬だけ躊躇った後に出来るだけ素早くしかし走りはせずに清次の横に立つ。

「貴様は関係ない! 列に戻れ!」

再び怒声が飛んだが、彼は既に腹を括っていた。

「申し訳ありません、しかしながら彼は私の友人であり私に話し掛けて来ましたので、この場に一緒に立つことをどうか許可して下さい」

出来るだけ冷静にそう申告すると、その士官は一瞬演壇に立った渡来に視線を投げかけるが、彼が軽く頷いて見せるとやや普通の声を出す。

「では、特に許可する!」

「有難うございます」

一礼した隼太は頭を巡らせて司令の方に向き直るが、その時一瞬斑駒の視線をかすめる。

 

(やっぱり来たわね)

 

明らかに彼女の眼差しがそう言っていた。

束の間、胸の奥で記憶が巻き戻されあの日の情景が蘇る。

4年半と言う時間を超えて、彼は穂波との誓いを果たすことの出来る場所へと辿り着いたのだ。

その思いに包み込まれた彼は何故か突然肚が太くなり、たとえこの場で鉄拳制裁位の目に会おうが易々と乗り切れる様な気がしていた。

「名乗りたまえ、君からだ」

先程来と特に変わらない調子で渡来が清次に命じる。

「き、木俣清次であります!」

さっきはいい感じだなどと余裕を見せていた筈の彼は、すっかりガチガチになっている。

それとは対照的に、渡来は全く表情を変えることなく視線を隼太に向けたので、彼もまたキビキビと名乗る。

「昨日、下士官候補生の辞令を頂きました敷島隼太です」

「よろしい、では木俣候補生、先程敷島候補生になんと言って声を掛けたのか」

「そ、それはその……」

内容が内容だけに清次は言い淀むが、全く表情も口調も変えない渡来はさらに命じる。

「答えなさい」

「は、はい! い、いい感じの司令だと話し掛けました!」

途端に居並ぶ候補生達から笑いが漏れ掛けるが、

「静かにせんか貴様ら!」

と再び雷が落ち、一瞬で辺りは静まり返る。

その静寂の中で、やはり表情も声も一切変えない渡来が淡々と言葉を続ける。

「敷島候補生、間違いないか」

「はい、間違いありません」

「そうか、では君達を含めた全員にはっきり言っておこう、君達はとても不幸なのだ。私と言う『いい感じ』の司令のもとで軍務を開始することで、君達は死と言う逃れ難い恐怖がこの先に存在することを忘れてしまうからだ。だが、死はいつも君達の目と鼻の先にあり一切の手加減をしてくれない。戦場に出たその瞬間から死は君達のすぐ背後にいて、一瞬で君達を彼岸へと連れ去ってしまう。それこそのんびりと『いい感じだ』などと感想を言っている間にだ。分かるか?」

先程まで『いい感じ』に見えていた渡来が、今はもう既にに全く違う印象へと変わってしまった事に隼太は気付く。

当たり前のことだが彼の姿形は何一つ変わっていないのに、二人を見下ろした眼差しを覗き込んだその一瞬、その心の内が垣間見えたように感じたからだ。

渡来の瞳には奇妙な冷えがあり、その奥には数多の別離を見つめて来たであろう哀しみが湛えられていた。

「は、はい!」

相変わらずギクシャクとした清次が声をあげたので、隼太も続いて返答する。

「肝に銘じておきます」

「よろしい、では敷島候補生、教育期間を通じて木俣候補生の管理監督を命じる。怠りなく務めるように」

「はい!」

「では列に戻れ」

「はい!」

駆け足で二人が列に戻ると渡来は何事も無かったかの様に訓示を再開するが、一旦弛緩しかけた候補生達の空気はすっかり吹き飛ばされており、全員が息を殺しているかの様だった。

その後、候補生達は教育隊の中を駆け足で引き摺り回され、どこに何がありどの様にして此処で過ごしていくのかを叩きこまれ、生まれてこの方食べたことも無い様な不味い食事を摂らされ、居室を割り当てられ、着替えさせられ、入浴させられ――そして眠った。

言うまでもない事だが隼太と清次は夕食の前にグラウンドに引き出され、鬼の様な下士官に追い回されながら全力疾走させられた。

まるで短距離走の様な勢いでみっちり走らされた二人は今にも吐きそうになりながらどうにかそれを終えたものの、へたり込む暇も与えられず食堂に追い立てられて再び不味い食事を出された。

とは言え一口も食べられる気がせず、結局彼らはその夜空腹に悩まされながら固いベッドに横たわる羽目になった。

 

「隼太、済まねえ」

消灯前のわずかな時間に清次が頭を下げる。

「この位覚悟してたに決まってんだろ」

「そっか、じゃあこれからも管理監督よろしく頼むわ」

「遠慮なくダメだしすっからな」

「ひでぇな! ちょっとぐらい大目に見てくれよ」

「そしたら俺も連帯責任になっちまうだろ! ガタガタ言わずにきちっとやれよ」

「しょうがねぇなぁ――ま、やるしかねぇか」

「当たり前だ、それで給料貰うんだからな」

 

こうして教育隊の最初の一日は過ぎて行った。

明日はどうか今日よりもいい日であります様にと心中祈りながら隼太は床に就き、夢の無い眠りに落ちて行った。

 

 ブラインドの隙間からすっかり暗くなった外を見つめていた斑駒は、たった今初めて気が付いたかのように、デスクで眉間に皺を寄せながら画面を見つめている渡来を振り返る。

「どう、なかなかいい面構えじゃなかった?」

「まぁそれは認めますけどね……」

話を振られた彼は、画面に視線を据えたまま余り気乗りしない様子で返事を返す。

「けど――なによ」

「動機が少々頂けませんよ」

その言葉にフッと笑みを漏らした彼女は心なしか艶めいた仕草で歩み寄ると、これ見よがしにデスクに尻を半分方のせてみせる。

「確かにそうよね、オリジナルの皆の願いを叶えるためとか、父親に反発してだとかいう理由に比べたら随分不純な動機かも知れないわね♪」

「そんな事を言う積もりはありませんよ、動機が不純だろうが清純だろうが、良い兵士の条件には関係ないでしょう」

そう応じた彼が殊更に画面を凝視しようとしているのを見て取った斑駒は、更に片腿を軽くデスクにかけたような大胆な姿勢をとってみせる。

デスクサイドの小さな照明だけに照らし出される薄暗い室内では、露になった内腿の白さがやたらに際立つ。

「あら、じゃあどういう意味?」

「彼は大切な誰かを――五十田穂波を追いかけて軍にやって来たわけです。だから、彼女がもし戦場を去ることがあれば、彼もまた軍を去ってしまうという事ですし、その逆も起こり得るという事ですよ」

「さすがは司令ね♪ つまり、あの2人のどちらかを喪えば2人とも喪ったのと同じ事になってしまうからってことね」

「何も戦死すると迄は言ってませんよ」

「ナニ言ってるのよ、もう散々思い知らされて来たくせに」

あくまでも無視し続けようとする渡来の様子に業を煮やしたのか、彼女は画面の前に片手をつき、グッと顔を近づけてその瞳を覗き込もうとする。

「ここは営内ですよ」

「でも、とっくに勤務時間外だわ」

「だからと言って規則に抵触しない訳じゃありませんよ、隊の司令と副長が堂々とやっていいことじゃ無い筈です」

「あの子達を見てたらウズウズしてきちゃったのよ♪ それとも、今更まだあいつに義理立てする積もりなの?」

「そういう言い方はやめてくれませんか、葉月は――」

そこまで言いかけた時、唐突にデスク上の小さな端末から電子音が響いて来訪者を告げる。

「誰か」

間髪を入れずに端末に向かって声を掛けた渡来を、ムッとした彼女が不機嫌そうに睨みつける。

『私だ』

響いてきたのは長門の声だ。

「どうぞ」

言いながら素早く端末に触れようとするその手を斑駒がギュッと抓ったものの、僅かに顔をしかめた彼はそのままドアロックを解除する。

ガチャッと扉を開けて大股に室内に踏み込んできた長門は、こんな光景をあらかじめ予想していたのか、この場に似つかわしくない不謹慎な体勢のまま抗議の視線を投げかける斑駒の存在を無視するかのように口を開く。

「帰宅する前に相談がある、少し良いか?」

「どんなことです?」

「今後のオリジナルの配置についてだ。教育訓練担当を大幅に入れ替えるのに伴って、長期的にはかなり考え方を変えて臨む必要があるのではないかと思うが」

「そんなに至急の要件には思えないん――」

「分かりました、行きましょう」

横から口をはさんだ斑駒を遮る様に声を上げた彼は躊躇うことなくサッと席を立ち、コートハンガーに手を伸ばして制帽を取るとドアを一動作で引き開けて室外に消える。

その後ろをすぐに追い掛けると見えた長門だったが、ドアを潜る直前に立ち止まり、背を向けたまま声を出す。

「副長殿」

「なにかしら?」

「しっかり戸締りをお願いする。今日に限った事では無いがな」

それだけを言って素早く室外に出た彼女の背後でバタンとドアが閉まり、薄暗い室内に一人取り残された斑駒は、

「随分目端の利くお目付け役だこと」

と忌々し気に吐き捨てると、緩めかけた衣服を整えてからわざと乱暴にドアを閉めて立ち去った。

 

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