しばふ村より   作:Y.E.H

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【第三章・第三節】

 それからの数ヶ月間は、隼太にとって文字通り地獄のような日々だった。

基礎訓練や座学をはじめとする教育内容自体は全て覚悟していたものばかりであり、キツく無いとまでは言わないもののまあ耐えられる範囲だったが、ここでも彼は清次の面倒を見続けねばならなかったのだ。

とは言えさすがの清次も1、2ヶ月ほど経つと隼太の手を煩わせる事も滅多に無くなってきたので、強いて言うならそれも目を瞑れる範疇だと言えた。

結局のところ、何が辛いと言って目と鼻の先にいる筈の穂波に会うことは勿論、声を聞くことも姿を見ることも全く出来ないままに毎日が過ぎていく以上のことは存在しなかった。

幾ら何でもオフの日にちょっと会うことが出来るだとか何か位はある筈だと思っていたのに、彼ら候補生の教育ゾーンと艦娘達のゾーンの間には正しく鉄のカーテンが存在するかの様で、僅か数百メートルのその隔たりは、故郷の斯波府村と横須賀の間より遠いのではないかと思う程だった。

 そんなのたうち回る程のもどかしさと焦りの中で過ごした日々が、とうとう終わりを告げたのはつい昨日の事だ。

「にしてもよぉ」

話しかける清次の声にもウキウキとした響きを感じる。

「まさか本当に教育隊に配属されるとは思わなかったよなぁ、ちょっと出来過ぎだぜ」

「全くそう思うよ、普通、軍では近親者同士が同じ隊に配属される様な事ことはあり得ないんだがな」

そう応じたのは隼太らと共に教育隊配属となった箕田勉(みのだつとむ)だ。

大卒である彼は隼太らよりも年上で、もともと士官候補生を目指していた(が、本人曰く『己の力不足を痛感した』との事で、一旦下士官となってから改めて士官を目指す事にしたそうだ)だけあって、候補生達の中でも一際優秀だった。

「けど、それは『近親者』の話しやろ、同郷者とはまた別なんちゃうの? ――まぁ知らんけど」

「知らねえのに随分自信ありそうな言い方じゃねぇか♪」

「それこそ知らんがな、ヒトの口癖いちいち揚げ足取りな! 難儀なやっちゃなほんまに……」

今でこそ関東在住だがもともとは関西出身の河勝龍一(かわかつりゅういち)は、性格的に清次とウマが合うのかこういう掛け合いの様な会話になりがちだ。

もっとも地方出身の隼太や清次に較べれば彼は随分社交的で要領もよく、いかにも世渡り上手と言った印象だった。

 

(確かに出来過ぎてるよな――ひょっとして本当に配慮があったとか……さすがにそれは無いか)

 

清次の言う『出来過ぎ』には二重の意味があった。

実は教育隊所属のオリジナルや艦娘達の異動について直前に隊内公表があったのだが、なんと穂波ら4名を含む数名の艦娘が、教育隊所属として一般修学施設に在籍中の艦娘候補生達の教育指導を担当することになったからだ。

聞くところによれば、増加する一方の艦娘候補生の教育体制の見直しの結果、これまでオリジナルが多く受け持っていたところを候補生と同じ人間である艦娘が主な教育指導をする体制に置き換えて、より円滑な指導を図るとともにオリジナルを少しでも多く前線に配置するためであるらしい。

 

(つまり人間の艦娘はあくまでも防衛用の戦力にするんだな)

 

それは戦力としての可用性からしても合理的な方針ではある。

これといった補助手段を必要とせずに特殊な能力を発揮出来る(とは言え、能力強化のための装備は一応しているが)オリジナルは、航空機やヘリなどで戦場に移動してそのまま海上に降下して戦闘することも可能だが、特殊な装備を身につけなければ能力を発揮できない人間の艦娘は、陸上基地や艦艇からでなければ出撃出来ない。

しかも外部からの電力供給が無い場合、彼女達の戦闘継続時間は精々2時間程度であり、長時間にわたる作戦行動は実質的に不可能なので計画的な運用が求められる。

柔軟な運用と素早い展開が可能なオリジナルを一人でも多く前線に配置するために人間の艦娘と入れ替えるのは大きなメリットがある。

 

(でも、『運用』なんて言ったらいけないよな、あくまでも『協力』なんだもんな♪)

 

日本国政府、或いは海軍にとって人間の艦娘を保有戦力と考えるのは何ら問題はないが、オリジナル達はあくまでも自由意志によって協力しているだけなのだ。

確かに報酬が支払われてはいるが、彼女達にとってそれは別に協力すべき理由でも何でもない。

現代の世界には深海棲艦と戦う術を持たない国が多数あり、その様な国々にしてみれば、もし彼女達オリジナルを雇用出来るのなら破格の好待遇を提供しても構わないと考えるのは自明のことだ。

彼女達が望みさえすれば幾らでもその様な待遇を得ることは可能な訳だが、そうしたオリジナルが今日迄一人も居ないのは、彼女達が自分の母国に愛着を持ってくれており、国(軍)もまたその愛着に応え、信頼を損なわない様に注意を払っているからに他ならない。

その現状に関連して教育期間に聞き及んだ話の中でも最も興味深い(と同時に余りはっきりしない)ことは、そのオリジナルとの信頼関係を維持するうえで、隊の司令である渡来大佐が果たしている役割が非常に大きいという事だ。

 

(なんなんだろう? どんな事情なのかちょっと想像つかないよなぁ)

 

そんな事を考えながら隼太は3人と一緒に司令部建屋に入り、指定された会議室に入るとそこでは隊の副長である斑駒と三曹の階級章を付けた下士官が待ち受けていた。

素早く入室した彼らは駆け足で二人の前に横一列で整列して挙手の礼をする。

2人がそれにキビキビと応じたのを見計らって、彼ら4名の代表として箕田が声を出す。

「箕田二等海士、河勝二等海士、敷島二等海士、木俣二等海士、命により只今出頭致しました!」

「本日は渡来司令が軍務で不在なので、私が代理であなた達に辞令を交付するわ。それから後のことはこちらの坂巻(さかまき)三曹からレクチャーを受けて頂戴ね。本日只今よりあなた達は正規兵です、常に全力をもって任務に精励する様に」

「はいっ!」

彼らが揃って返事をすると、斑駒は満足した様子で箕田から順に一人ずつ辞令と一等海士の階級章を手渡していく。

隼太は何か言われるのだろうかと思っていたが、曲がりなりにも上級士官であり副長でもある彼女がそう易々と他人の前で誰かを特別扱いする様な事はしなかった。

とは言うものの正面に来た斑駒はしっかりと目を合わせてきたし、(期待しているわよ?)と脳裏に声が響いたような気がした。

ともあれ、一通り全員に交付し終えた彼女は改めて短い訓示を述べた後で、最初の言葉通り坂巻三曹を残して退出していく。

「さて、それでは改めて当隊配属に当たっての諸注意を伝達するので、しっかり頭に叩き込んで欲しい。メモすべきことはメモして、分からない事は直ちに確認する様に」

4人を着席させた坂巻はそう前置きして喋り始めるが、どことなく司令である渡来と似ている様な印象を受ける。

教育期間を通じて彼らを扱き倒した下士官達に比べると、かなり優し気な物腰なのだ。

「――つまり当隊付属の艦隊には常時4隻の艦艇が在籍しており、各艦に指導役兼正規配備艦娘2名と、艦娘候補生1または2名が乗り組むことになった。昨年度までは各艦に1名ずつのオリジナルが――」

彼の話は分かり易くしかも丁寧だったので、彼らの中にはこれからの勤務に対する安堵感や坂巻に対する信頼感が徐々に膨らんで居たのだが、突然それらを一気にぶち壊すような事態が起きる。

会議室の扉が突然ノックもなく乱暴に引き開けられると二人の女性が――厳密に言うと一人のしかめ面をした女性が、もう一人のややのほほんとした女性を従えて――いきなり室内に踏み込んでくる。

「済みません、只今彼らの受け入れ教育を――」

「そんな事位よく分かってるわよ!」

口を開き掛けた坂巻をあっさり一喝して黙らせてしまったその女性は、見たところ隼太達と同年配にしか見えなかったが、酷く高飛車な物言いをする。

 

(それにしても美人だな……)

 

やや目が小さく丸顔だがその顔立ちは絶妙なバランスを保っており、裾が軽く跳ねた栗色の長い髪がそれをより一層引き立てている。

こんなに怖そうなしかめ面ではなくにっこり笑ったら、それだけで悶絶する男が続出しそうだ。

にもかかわらず、残念な事に彼女はその表情を全く変えないままで彼らをちらりと一瞥し、

「あなた達、少しだけそのまま待っててちょうだい、すぐ終わるから」

と愛想のかけらもなく一方的に申し渡す(一応断りを入れてくれたと思っていいのだろうか?)。

「何か至急の御用ですか大井さん?」

 

(あっ、これが大井さんか!)

 

隼太だけでなくおそらく4人全員がそう思ったであろう。

彼女は桁外れに強く、そして神経質でとても怖いオリジナル――つまり人間そっくりだが人間ではない――として隊内では知られていたが、実際に顔と名前が一致した状態で見るのは初めてだ。

「至急もクソもないわよ! あんた、あたしの艤装の予備バッテリー、全部満タンにしとくって言ったわよね⁈」

「ええ、しておきましたけど……」

「だったら、なぜ№2が92%になってるのよ!」

「もう放電してましたか、やはり少々――」

「もうじゃないわよ! 劣化してるんだったらちゃんと交換しとくのがあんたの役目でしょ⁈」

「いや、それはそうなんですけど、今艤装用のバッテリーは供給不足なんで、予備まで全部――」

「なんなの⁈ 下僕(しもべ)の癖にあたしの命令が聞けないわけ⁈」

「いや、これは下僕(しもべ)どうこうとはまた別じゃ――」

「口応えするんじゃないわよ! 明日までにちゃんと点検して交換しておきなさいよ! いいわね⁈」

彼女は坂巻の言い分には全く耳を貸さずにぴしゃりと言い渡すと、

「あんた達、邪魔したわねっ!」

とついでの様に言い捨てて大股に部屋を出ていく。

「そいじゃお邪魔さ~ん、ちょっと待ってよ~大井っち~」

部屋の後ろで突っ立っていた黒髪お下げの女性が、見た目そのままの緊張感のない物言いをしながらその後を追って出ていくと急に室内は静かになる。

ハァっと溜め息を吐いた坂巻が歩いて行き、ドアを閉めて再び戻ってくると苦笑しながら何事も無かった様にレクチャーを再開したのだが、最前迄の良い雰囲気はすっかり一掃されてしまった後であった。

 

「なんや先が思いやられるわほんま……強烈やったなぁ」

「てか、下僕(しもべ)ってなんだよ下僕(しもべ)って――まさか俺達もあんな扱いされんのかぁ?」

「さすがにそれは無いだろう、単なる言葉の綾じゃないか?」

幾らなんでも言葉の綾で『下僕(しもべ)』は無いだろうと思うが、少々箕田の地頭が良かろうとも彼女のあの立ち居振る舞いを擁護するのはさすがに難しそうだ。

兎にも角にも1日目のレクチャーが終了し、4人は食堂で夕食を摂りながら感想を言い合っていたのだが、どうしても話題は大井に集中してしまう。

「ほんでも大井さん言うたら、オリジナルん中でも上から数えた方が早い位の強さやとは聞くしなぁ――少々好き勝手言われても、教育隊に居てくれるだけましやからこらえてんと違うか?」

「いや、強さだけが理由じゃないだろう。実戦的な教育指導が上手いからとは聞いたぞ?」

「マジか、教わる奴が鬱になりそうだったぞぉ?」

「あの勢いでやられたら、ドロップアウト続出しそうやな♪」

「まさかずっとあんな調子じゃないだろう、第一、それじゃ本人もストレス溜まりそうだしな」

「まぁ、そらそやなぁ」

箕田のいう事が本当であれば、彼女のあの態度はあくまでも勤務外(とは言え今日は明らかに勤務中ではあったが…)のものであって、通常の指導現場などではきちんと使い分けているのかも知れない。

少なくとも隼太としては、坂巻への当たりがきつかったのは事実としても横に居た自分達にはそう言う接し方をした訳ではなく、なんとなく一定の弁えがある様な印象を持っていた。

「ひょっとしたら、あれは気安い相手に対する態度だったんじゃないのかな」

「えぇ、どういうことだよ」

「気安い言うんとは程遠かったで?」

「いや、確信がある訳じゃねえけど、大井さんが本気で腹たてて怒鳴り込んで来たんだったら、俺達にもきつく当たってたんじゃねえかなと思ってさ。なんか、言い方はきついけどちゃんと線引きはしてる様な感じだったからな」

「よく見ているな」

 

突然背後から全く違う声が響いたので驚いて――隼太だけではなく他の3人も一緒にだ――振り返ると、そこには長い黒髪を湛えた長身の女性が立っていた。

ところが、その形容し難いほどの美しさが彼らの常識をひっくり返してしまうほどの域に達していたが為に、全員揃って声を失ってしまう。

均整の取れた卵型の顔に散りばめられた目・鼻・口といった夫々のパーツは、これ以上はあり得ないという程の精妙な形と大きさで相互に引き立てあう様に配されており、敢えて表現するなら最高の芸術家と最高の技術者との共同作品とでも言えばいいだろうか。

しかもただ美しいというだけでなく、涼しげでありながら強い意志を湛えた輝く瞳やきりっと引き締まった口許は凛々しい武人を思わせる精悍さだ。

そのうえ体の線などほとんど出ない筈の軍服にも関わらず、まるでギリシャ彫刻の様な完成されたそのプロポーションはこうして間近に居るだけで動悸が激しくなってくる。

 

(信じられない――この世にこんな綺麗な人が居るなんて……)

 

こうして4人が呆けたように彼女を凝視していると、件の女性は口許を緩めて苦笑し、改めて口を開く。

「今日配属になった新兵のようだな。一応言っておくと、大井は口は悪いが軍務を疎かにする様な奴ではないし、誰彼構わず尊厳を傷つける様な非常識な奴でもないぞ。覚えておくことだ」

そう言った後で彼女は隼太に視線を落とし、

「名は何という?」

と問いかける。

この言葉で呪縛が解けた彼は、サッと立ち上がると出来るだけ落ち着いて名乗る。

「本日教育隊に配属されました、敷島1等海士です」

「そうか、長門だ、期待しているぞ」

そう短く口にした彼女――長門はサッと髪を翻すと、凡そ無駄を感じさせないしなやかな動きで歩き去っていく。

残された4人は更にもう少しの間絶句したままその後姿を見送っていたが、彼女が食堂の扉の向こうに姿を消すと全員が期せずして大きな溜め息を吐く。

「あれが長門さんかぁ~、なんか凄ぇもん見ちまったって感じだなぁ」

「ほんまやでぇ――あれはちょっとあり得へんわ、人類史上最高のレベルやて……」

「うん、あんな美人が存在するなんてまだちょっと信じられねえよ」

「しかもお前、おもきし名前聞かれとったがな! クソ羨ましいゆーか腹立つやっちゃのぉ♪」

「こいつは昔っからそうなんだよ、み~んな持ってっちまうんだぜ?」

「おるおるそういう奴♪ ……って、勉ちゃんどないしてんな、黙ってしもて」

「そうだよ、なんか目の焦点あってねえぞ?」

清次と河勝が突っ込んでも箕田は反応せず、魂が抜けた様に虚空を見つめたまま固まっている。

「どうしたんだよ、まさか長門さんに妙な気起こしたんじゃないだろうな」

隼太がそう言うと、残る二人も代わる代わる窘める。

「えぇっ! 勉ちゃんそれはあかんて、誰がどう考えてもあの人だけは絶対無理やで」

「そうだぜ、幾らなんでも現実離れし過ぎってもんだ」

しかし彼は3人の言葉が耳に届いているのかいないのか、放心状態のままで独り言の様な声を上げる。

「――美しい……」

「おいおいマジかいな~、大概にしときやぁ?」

それでもやはり反応せずに口を半開きにしたまま宙を見つめている箕田の様子には、さすがの彼らもお手上げだった。

「ダメだこりゃ」

「うん、完全にイカれちゃってるよな」

結局彼らはその後、無理矢理箕田を立たせて下膳を済ませると彼を引き擦って宿舎に戻る羽目になった。

 

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