翌週彼らの配属が正式に通知され、即日各配属先に出頭することになった。
もっとも『うさ』と『あつた』に配属された隼太と箕田はともかく、既に哨戒訓練に出港していた『かすが』と『たかちほ』に配属された清次と河勝は、両艦が帰投して来る迄は構内雑用を命じられて凹んでいた。
接岸している『うさ』に向かって歩く隼太の目が、舷梯の前で腕組みしながら立っている厳つい中年の下士官の姿をとらえる。
(えっ、まさか……)
その下士官が彼を待っている事を直感したので、慌てて駆け足で近寄るとその目の前で敬礼しつつ大声を出す。
「敷島一等海士、只今出頭致しました!」
それを聞いた男は矢鱈に迫力のある団栗眼をカッと見開き、ギロリと隼太を睨み付ける。
「貴様が敷島か、我が艦の五十田を追い掛けて軍に入ったというのは本当か?」
(ええっ⁈ いきなり――で、でもまぁその通りだしな……)
「はい、間違いありません!」
「ほう、随分あっさりと認めたな。だが貴様、それだけの覚悟はあっての事だろうな?」
「どのような覚悟でしょうか」
「そんなもの決まっとる、敵の弾には一切何の温情もない。いつ何時、貴様の目の前で五十田が吹き飛ぶかも知れんし、その逆に貴様が五十田の目の前で吹き飛ぶか知れん。それだけの覚悟は出来ているのかと聞いとるんだ!」
「覚悟はしておりません!」
「なんだと⁈」
男が今にも火を吐きそうな形相で睨みつけたので思わず身体の奥で何かが縮み上がるが、ここが正念場だと思ってグッと腹に力を入れなおす。
「自分は共に戦う為に入隊致しました。ですから、どちらかが死ぬ事を覚悟はしておりません。生きるも死ぬも一緒だという覚悟はしている積もりですが、それでも易々と死ぬ積もりはありません。石に噛り付いてでも共に生き残る積もりです!」
その場の勢いとは言え、さすがにとんでもない啖呵を切ってしまったと後悔したものの、今更言葉を引っ込める訳にもいかず言うだけ言ってしまって口を噤む。
と、件の下士官はなおも彼を食い殺さんばかりの迫力で睨みつけていたが、やがてふっとそのオーラを畳み込んだ。
「分かった、では貴様が意地と覚悟だけでどれだけ生き残れるのか俺が見届けてやろう。しかし、言っておくが海の上には貴様が噛り付く石なぞ何処にも無いからよく覚えておけ」
「はい!」
「その代わりに貴様が噛り付く仕事をくれてやろう、四六時中好きなだけ噛り付いていられるだけのな。ついて来い!」
「はい!」
結局、その下士官は名乗りもせずに隼太を引き連れて『うさ』の艦内を駆けずり回り、彼がこれから勤務し、場合によっては命を預ける事になる場所と、そこで彼がなすべき事を徹底的に詰め込んだ。
途中で隼太は脳味噌も膝もパンパンになってしまい、最後は何をやっているのか分からなくなってしまったが、それでも日暮れに解放される前に分かったのは、その下士官は彼がこれから所属する『うさ』の艦娘支援班の班長だという事であり、艦長である斑駒の最も信頼の篤い乗員の一人だという事だ。
「いいか、艦長は隊の副長も兼務しておられるんだ。一々こまごました事で艦長を煩わせる訳には行かん。我々乗員は艦長が必要とされる事を必要な形で何時でも提出出来る様にするんだ、完璧な形でな」
「はい!」
「返事だけは一人前だな、1秒でも早く中身もそれについて来れるぐらいにしろ。命令じゃないぞ、それが出来なければ死ぬだけだ。貴様だけじゃ無く俺達全員がな」
「はい!」
「明日は0800に離岸だ。貴様が良いと思う時間に来い、分かったな?」
「はい!」
「では、とっとと風呂に入って飯を食って寝ろ、解散だ」
「有難うございました!」
とにかく勢いだけでそう挨拶して艦を後にするが、舷梯を渡って岸壁に降り立った途端に膝が嗤ってその場に崩れ落ちそうになる。
何くそと力を振り絞ってそれに耐え、よたよたと歩き始めると幾らも行かない内に同じ様によたついた人影に追い付く。
誰かと思えば、それはやはり今し方『あつた』から解放されたらしい箕田だった。
「お、お疲れ」
「あ、ああ敷島か――お疲れ」
「どう? しっかり頭に入った?」
「最初はいけてる積もりだったんだがな……途中からどんどん抜けていくんだよ――気がついたらほとんど抜けていった気がする」
「へ~、人が違っても結果は同じかぁ」
「下らない事感心してる場合じゃ無いぞ? 明日からどうしたらいいんだか……」
「明日はそっちも0800に離岸かな?」
「ああ、0700迄に来いって言われたよ」
「え、俺は何時に来いとは言われなかったなぁ」
「そんな訳無いだろ、聞き逃してるだけじゃないのか?」
「いや、『お前がいいと思う時間に出て来い』って言われた」
「何だいそりゃ、随分変わった上官だな」
「まぁいいや、どうせだから俺も同じ時間に行くよ」
あまり深くは考えずに結論を出した隼太は、班長の言葉通りにサッサと風呂に入って夕食を摂る。
余談になるが、彼らが最初その不味さに辟易して「エサ」だの「口から打つ点滴」だの悪態をついていた隊の食事も、毎日の様に食べている内にいつの間にか慣れてしまっていた。
もっとも、彼らの間では「食事ではなく作業」だという認識で意見が一致していたのだが。
食事を終えた彼が宿舎に戻って日課の掃除や洗濯をしている所に、如何にもげっそりした様子の清次が戻ってくる。
彼らはそれぞれ『かすが』と『たかちほ』が帰港したのでそちらに出頭していたのだが、大方隼太や箕田と同じ洗礼を受けて来たのだろう。
「おい、お前も詰め込まれて来たのか?」
「ダメだ、もう全部忘れちまったよ、最低だ俺は……」
「ハハハ、俺も似た様なもんだぜ」
「つってもよ、何だかんだでお前ぇは乗り切っちまうんだろ」
「なに言ってんだよ、明日俺はぶっつけ本番なんだぜ? お前は明日一日復習出来んだからまだいいだろ」
「まぁそうだな、仕方ねえから明日が初めての積もりでやるしかねぇか」
珍しく前向きな事を口にした彼は、軽く笑顔すら浮かべて大嫌いな筈の日課に取り掛かる。
(何だよ、随分やる気出してんだなお前♪)
心の中でそう突っ込んだ隼太も、何時もより少し念入りに日課を終えて床に就く。
まだ短い経験ではあるが、こういう時にこそ台風がやって来るものだという事は何となく予感がする様になっていた。
翌朝、起床ラッパより少し早目に起き出すと、まだいびきをかいている清次を尻目に身支度を整える。
同じく少し早目に顔を出した箕田と共に食事を済ませると、0700より僅かに早目に『うさ』に駆けつける。
が、舷梯の前では昨日と全く同じ態勢で班長が腕組みをしており、隼太の顔を見るなり
「遅い!」
と一喝する。
「申し訳ありません!」
何も言わずにいきなり謝った彼に向かって班長はまたしても団栗眼をカッと見開き、禅問答の様な言葉を投げつける。
「今申し訳ないと言ったな? そう思うならどうしてもっと早く来ないんだ?」
「班長が遅いと仰ったので申し訳ありませんと申し上げました! 自分はこの時間で良いと思っておりましたので、早く来ようとは思っておりませんでした」
「なんだと? 貴様はどれだけ優秀な積もりなんだ? 離岸前にやっておくべき事を済ませるのにこれだけあれば十分だってのか?」
「いえ! どんな事をどれだけすれば良いのか頭に入っておりませんので、時間の見積もりが出来ませんでした! ですから1時間の根拠はありません!」
「何でもはっきり言やあ良いってもんじゃねえぞ、この馬鹿野郎! じゃあ今からもう一回叩き込んでやる、来い!」
「はい! よろしくお願い致します!」
この珍妙な遣り取りはもちろん周り中に聞こえており、早足で舷梯を渡る隼太の耳にもWave達がクスクス笑う声が聞こえている。
しかし逆にそれで肩の力が抜けた彼は、昨日と同じく怒涛の勢いで言葉と命令を流し込んで来る班長の勢いに逆らう事なく無心で向き合うことが出来た。
(なんか昨日よりも少しは分かる気がするな~)
とは言うものの、どうも彼の理解力や吸収力が向上した訳では無さそうだ。
少なくとも離岸する迄の間に隼太が理解したことは『とにかく雑用は全部やる』という事に収束したのだった。
「隼太君! やっぱりうちの艦に来たんだね!」
いぶきの明るい声が響き、振り返った彼の目に艦娘専用スーツにプロテクタージャケットを身につけた彼女と穂波が舷梯を渡ってくるのが映る。
「これから一緒に頑張ろうね! 困った事があったら、先輩に何でも相談しなさい♪」
そう言って自分の胸を叩いて見せるいぶきの朗らかさはおよそ軍の雰囲気には似つかわしくなく、一瞬ここは斯波中なのではないかと錯覚するほどだ。
「頑張ってね隼太君……」
穂波が大人しいのは良く分かっている積もりだが、それにしても彼女のどことなく素っ気ない言葉や態度は、只大人しいという言葉では片付けられない微妙なニュアンスが漂っている。
(穂波ちゃん、どうしたんだろう)
と思い掛けたものの、それをゆっくり掘り下げるどころか返事をする余裕すら無かった。
「敷島ぁ! 鼻の下伸ばしとる場合か!」
「はいっ、申し訳ありません!」
別に本当に鼻の下を伸ばしていた訳でもないし、返事をしたり手を振った訳でも無いのに随分理不尽な話だとは思ったのだが、まさかそんな事を言う訳にもいかないので謝っておく。
どちらにせよ、穂波達艦娘に直接接触する様な作業は原則として全てWaveが行う事になっており、彼をはじめとする男達は、例え上級士官であっても緊急事態でもない限り彼女達に物理的に接触する事は禁止されていた。
「お早うございます、本日もよろしくお願い致します!」
数ヶ月ぶりに耳にした綾瀬の声には、随分落ち着いたというか現場の雰囲気に良くなじんだ響きがある。
先程怒鳴られたばかりなので、他の乗員達にあわせて『おはようございま―す!』とやるだけにしておきたかったのだが、目敏く隼太を見つけた彼女はわざわざすぐ傍までやって来ると、
「お久し振りです先輩! これからは訓練の時はご一緒出来るんですね♪ よろしくお願いします!」
と親し気に挨拶してくれる。
「あ、うん、よろしく」
また班長に怒鳴られると思って身構えながら出来るだけ愛想のない返事をするが、次の瞬間ハッと悟る。
(そうか! そういう事か――そうだった……)
先週末の面談時の光景が甦ってくる。
多くの兵達にとって艦娘が関心の的なのは何も勤務外だけに限った事ではなく、この艦上に於いても同じ事なのだ。
配属されたばかりの新入りがその艦娘達と個人的な知り合いであり、親し気に声を掛けて貰っているというだけでもひどく悪目立ちしているだろう事は容易に想像出来る。
ましてその新入りが彼女達と馴れ馴れしく雑談などし始めようものなら、どれだけ反感を買う事になるか想像するだけで背筋が寒くなる。
(だから班長はわざわざ怒鳴ったのか――それに多分、穂波ちゃんも気遣ってくれたんだ……)
にわかに彼らの振る舞いが肚に落ちた隼太は、次に何がやって来るのかを予想する事が出来た。
「敷島ぁ! ボサッとするな、これを運べ!」
「はいっ!」
少し腰を浮かせて待っていた彼は、班長の怒声に間髪を入れずに反応して脱兎のごとく飛び出す。
(うん、うん、気をつけろ⁈ こんな事で躓いてられないぞ、俺!)
そう自らに言い聞かせながら身体を動かす事に集中する彼の耳に離岸を告げる鐘が鳴り響く。
いよいよ艦上勤務が始まろうとしていた。