しばふ村より   作:Y.E.H

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【第三章・第七節】

 結局その後も、訓練が終了するまで穂波は哨戒の主軸から外れることは無かった。

『うさ』が反転して帰路についたその途上では、プールから出て数百メートル程離れた海上で戦闘機動訓練が行われたのだが、訓練生である綾瀬の教導役を務めたのはまたもいぶきだった。

穂波はと言えば、相変わらず艦橋からの指示に応答して訓練の開始や終了をコントロールするものの、訓練そのものは全ていぶき任せで、自身は最初から最後までずっと哨戒態勢のままだった。

 

(穂波ちゃん、本当に哨戒担当なのか……)

 

そう思うと少々複雑な気分になる。

戦闘機動訓練に従事するいぶきは非常に生き生きとして見え、無線から響いてくる彼女の声も溌溂としていた。

ただ、同時に少々驚いたのは訓練生である綾瀬の落ち着き振りだ。

2人の遣り取りは逐一無線で支援班のもとに聞こえているし、それと共に海上を自在に駆け回る彼女達の姿を目で追う事が出来るため、それこそ何時迄でも見ていられる位に飽きないものだが、ずっと見ている内に細かな違いが分かり始めるようになる。

いぶきはとにかく行動が速く、穂波の指示が出ると同時に動き始めており、動きながら命令の復唱をしている程だが、それに対して綾瀬は復唱が終わるまで動き出さない。

しかし決してのんびりしている訳では無く、動き始めるとその動きには非常にキレがあって鋭くかつ正確だ。

一度などはいぶきが動き始めた後に綾瀬が指示に対して独自に確認を行った為に、教導役と訓練生が違う動きをしそうになった(さすがにいぶきが自身の機動を修正したが……)位だ。

思わずそれに見入っていた隼太は時間が経つのを全く忘れており、気が付くと訓練は終了していた。

3人が艤装を外して控室に引っ込んでしまうと、支援班は終了後のチェックと後始末に入る。

訓練中余りやる事が無かった彼にもたくさんの雑用が回ってきたが、どれも捌き切れない程ではなかった。

そうこうするうちに水平線の彼方に艦影が見え始め、間もなくそれが『あつた』である事が分かる様になる頃には前方に再び城ケ島を望むことが出来るようになり、航海の終わりが近付いているのを知らせてくれる。

 

「どうだ」

支援班全体が概ね待機状態になった所で、班長が何の前置きもなしに短い問いを投げ掛けてくる。

「はい! 初めて見る事ばかりでしたが、とても勉強になりました!」

「分かった分かった、その余所行きの返事はまぁともかくとしてだ、どう思ったんだ?」

さすがに一瞬躊躇ったのだが、班長には誤魔化しなど通用しないだろう。

正直でいるに越した事はなさそうだ。

「――指示や命令を確認する前から行動に移すのは良い事なんでしょうか?」

「戦闘中などで一瞬を争う様な時と場合にはな」

「つまり、それ以外は――」

「軍規に触れると迄は言わんが、まぁそういう事だ」

「そうですか……」

「それだけか?」

「その――なんて言って良いのか分かりませんが、経験と素質みたいなものが――どの位関係するんでしょうか?」

「ほう、面白い事を言うな。それを言うなら練度と適性だな」

「練度と適性ですか……」

「そうだ、貴様はどう思ったんだ?」

「練度と適性はどちらの影響がより大きいんでしょうか? 自分には良く分かりませんが」

「当たり前だ、今日いきなり貴様に分かられたら俺達は立つ瀬がないだろうが」

「あ、はい」

「だがな、教えておいてやろう。いいか、練度とは詰まるところ精度を上げることだ。しかし適性は違うものだ」

「違うものですか――」

「そうだ、練度に対して適性とは正確さを引き上げてくれるものだ。この二つは似ている様だが全く違うものだ」

「そうですか……」

「いいか、そいつが理解出来るまで黙って目を皿の様にして見ていろ。その内見えて来る筈だ。貴様が使いものになる奴ならな」

「はい、分かりました!」

隼太の返事を聞いた班長は例によってシニカルに口許を歪めて見せ、スタスタと歩み去る。

 

(なんか分かった様な分からない様な複雑な気分だよ、穂波ちゃん……)

 

彼女と2人切りで話す事が出来たらどれ程簡単だろうと思うが、少なくとも当分そんなチャンスは巡って来そうになかった。

 

 こうして最初の訓練航海兼日帰り哨戒は終わり、この日を皮切りに概ね1日おきの訓練航海が始まった。

班長の指示通り、彼は常に穴の空く程訓練の様子を見つめ続け、その合間に甲板上で発生するあらゆる雑用に駆け回り、そしてWave達の肴になり続けた。

その甲斐あってか、彼はまず『うさ』のWave達に仲間として受け入れられると共に、どうなる事かと思っていた男の兵士達からもどうやら受け入れられた様だ。

但しそれはかなり偏った事情からで、とある古参の海曹曰く『お前が来てくれたお陰で俺達への風当たりがおさまった』からだそうである。

 

(そんなに困ってたとは知らなかったな♪)

 

とは言うものの多少肚落ちするところはある。

隼太が直接面識のない『あつた』や『たかちほ』乗組みの艦娘達も含めて確かに皆可愛いことは認めるのだが、やや男達の関心は度が過ぎている様にも思える。

今のところ彼自身咎められてはいないものの、本来は艦娘との交際は原則として禁止されており、どれだけ男達がちやほやしたかろうが出来ない相談なのにも関わらずである。

しかも彼女達は実年齢に比較してかなり若い(幼い)外見をしているので、それこそ彼や清次の様な事情でも無い限りは少々特殊性癖と見られても仕方ないことも含めてなのだ。

そんな彼らのいささか行き過ぎた艦娘への関心は、同性であるWave達から見れば不愉快なのは間違いないだろうし、日常的な当たりがきつくなるのも止むを得ない様な気がする。

ただ幸いにも彼女達はその憤懣を艦娘達にぶつける様な理不尽な事はしていないため、これ迄のところ穂波達がとばっちりをくらった様な実害は発生していないようだ。

兎にも角にも無事に『うさ』の一員として認められた事で、彼はより穂波らの訓練にのめり込める様になった。

それと同時に清次や箕田、河勝を通じて、白石らや他の艦娘達の様子についても情報が入って来る様になり、少しずつだが教育隊付属艦隊の全体像が見えて来るようになった。

『かすが』所属の白石と村越(但し『うさ』とは違って駆逐艦『白雪』『叢雲』呼びされる事が多いそうだ)は、穂波といぶきとは違って哨戒も教導もほとんど平等らしい。

清次曰く2人の訓練振りに目に見える程の差はなく、僅かに白石の方が教導が上手い様に見える程度だそうだが、誤差範囲の様にも思うとも言っている。

箕田が乗組む『あつた』所属の艦娘は初雪と深雪だが、この2人はどうやら穂波といぶきの様にはっきりタイプが異なるらしく、哨戒に専念する事が多い初雪と教導を務める深雪とに分かれていると言う。

穂波達と少々違うのは、能力や適性の違いというより初雪と深雪の性格の相違による所が大きそうだというのが箕田の感想だ。

そして一番不満たらたらな河勝が配属された『たかちほ』に所属しているのが浦波と薄雲だ。

この2人は仲も良くチームワークも良好と聞こえてくるが、河勝に言わせると『見た目おもきし田舎の子やで?』だそうである。

もちろん実際の年齢が見た目通りで無いのは彼女達も同じなのだが、外見が余りに素朴過ぎて彼のストライクゾーンには全く掠りもしないらしい。

 

(そもそもストライクゾーンだとしたってどう仕様もないだろ!)

 

河勝は穂波といぶきを追いかけてきた隼太や清次を事ある毎に揶揄している位なのだから、もとより交際が禁じられている艦娘達が幼くても何の関係もないだろうに、結局のところ彼もまた少なからず艦娘に個人的な関心があるという事なのだろう。

 

(まぁ、特殊な能力で戦う女性って考えれば、結局男が関心持つのは仕方ないのかな)

 

彼にとっては艦娘の入口がいきなり穂波なので、基本的に河勝らとは彼女達に対する意識が違い過ぎて何とも言えないが、おそらくはそうなのだろうと思う。

しかしそんな関心の高さとはまるで反比例するかの様に、海軍が彼女達の処遇その他に大変な注意を払っているのをひしひしと感じる。

なにせ隼太達の様な一般の兵員は、ある程度配属の希望を聞いて貰えるとは言っても、いざ配属されてしまえばどんな仕事をするのも全て命令通りにするのが当たり前だ。

それに比べれば、穂波達は適性はもちろん性格の違い迄配慮されて任務に当たっている。

更に言うなら、班長の言葉を借りれば軍規に抵触する程では無いとはいえ、多少問題のある行動であっても見逃がされる位に気を使われているのを見ても、軍がいかに艦娘達を重要視しているか良く分かるというものだろう。

 

(なんか、今更だけど納得したよ穂波ちゃん)

 

軍に入隊するまでの数年間、彼は一般人として艦娘に特別な関心を寄せてきた積もりだったが、ごく普通のニュースメディアなどで彼女達の実際の姿を目にした事など数える程しかなかった。

そのうえ穂波と連絡を取りあう事すらさせて貰えなかったのは、全て海軍が彼女達の取り扱いに極めて神経質になっていた結果だったのだ。

斯波中で過ごした遠いあの日、担任の教師が言った言葉を思い出す。

『艦娘のなり手がおらん様になったら、じきに船を出す事すら出来ん様になってしまう』

この言葉がどこ迄真実なのかは分からないが、少なくとも海軍はそう考えている。

穂波達は海軍の――いや、日本にとっての虎の子であり命綱なのだ。

 

(何だかちょっと雲の上の存在みたいに思っちゃうよ……でも、例えそうだとしても俺はその雲の上迄追い掛けていくからね)

 

それは、配属された最初のひと月弱の内に隼太が感じ取り、そして同時に決意したことだった。

 

 

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