しばふ村より   作:Y.E.H

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【第三章・第九節】

「ちょっと! 無駄な動きが多過ぎるわよ⁉ 一体どこ迄行く積もりなの⁉」

「はい!」

「さっきから返事ばっかりでちっとも実行が伴わないじゃない! ただ闇雲に駆け回れば良いってもんじゃ無いわよ⁉ 分かってるの?」

「はい!」

「ほらまた言ってる傍から! なんでそう雑な事しか出来無いのかしら⁉」

「申し訳ありません!」

 

(だ、ダメだ、もう見てられないよ……)

 

昼食前に宣言した通り、哨戒コースの折り返し点を過ぎてからの戦闘機動訓練は、大井といぶき達のマンツーマン形式で開始されていた。

最初に選ばれたのは候補生の綾瀬だったが、大井は彼女に対してかなり手厳しい指摘をしたものの、物言いは意外な程穏やかだった。

普段の訓練を見ていた隼太はあれ程綾瀬の動きに切れの良さを感じていたのに、確かに大井が指摘した通り、彼女と一緒に戦闘機動をしているのを見ると話しにならない程ギクシャクとしてスムーズさに欠けて見える。

 

(やっぱり桁違いなんだな――オリジナルって凄いんだなぁ)

 

特に違いを感じるのは動きの制御だ。

高速で移動している場面から急減速して出来るだけ小さな旋回半径で回頭する様な挙動をすると、同じ位の速度に迄落ちている筈なのに大井の旋回半径は綾瀬の半分程しかなく、しかも立ち上がりの加速は段違いだ。

そのうえ、綾瀬は強い遠心力を出来るだけ吸収する為に非常に大きな動作で体を傾けており、立ち上がりに元の姿勢を取り戻す迄にどうしても一瞬の間が空くのに対して、同じ挙動をしている大井は相変わらず胸の前で軽く腕組みをしたままで、流れる様に姿勢を変えつつも彼女達に対して指示を飛ばし続けている。

とにかくその異次元の動きに見とれていた隼太は、綾瀬と交代したいぶきの訓練も同じ様に見ていられるものと安易に思い込んでいたのだ。

 

「謝ってる暇があるんだったらもう少し動きを修正しなさい! あなたの体じゃないの⁉」

「はい、分かりました!」

「って、ちっとも分かって無いじゃない! 速度を落としすぎよ! 中てて下さいってお願いしてる積もりなの⁉」

「すみません!」

 

(頼むよ、早く終わってくれ……)

 

綾瀬の時とは打って変わって、一体いぶきの何が憎いのかと疑いたくなる程大井の言葉は辛辣だった。

確かに普段から彼女はややオーバーアクション気味だとは感じていたが、それでも綾瀬と並んで動いている時のいぶきは非常に豪快で勢いを感じさせてくれた。

班長の言った『練度と適性』を常に考える様になっていた隼太にとって、いぶきの戦闘機動は明らかに『適性』を感じさせてくれるものだった筈だ。

実際、清次や箕田達が仕入れて来た噂話や同僚のWave達の評判などを聞いている限りでも、どうやらいぶきは艦娘の適性が高いらしく、穂波達4人の中では最も高い能力値を叩き出している(ただ、それらのデータを知る事が出来るのは厳格に士官以上に限定されていたので、実際には確認出来無いのだが)様なのだ。

にも関わらず、今目の前でいぶきは大井にこれでもかと言うほどに罵倒されまくっている。

しかも何が辛いと言って、大井はただ罵倒している訳ではなくその指摘がほぼ全て的を射ているのだ。

 

(でも――そりゃ大井さんと比較したら、幾らなんでも酷だよ……)

 

彼女の完璧な迄に制御された機動と並べてしまえば、いぶきが見劣りしてしまうのは如何し様も無いのではないか。

隼太の目には、大井が余りにも高い次元を求め過ぎており、そのためにいぶきに対して半ばいじめにも等しい事をやっている様に見えてならない。

そんな訳で、先程からこの耐え難い時間が一刻も早く終わって欲しいとひたすら祈り続けていた。

 

「時間も限られてるんだからこの位にしとくわよ! 今言ったこと、忘れないで一つ一つ直していくのよ、分かった⁉」

「はい、分かりました! 有難うございます!」

 

(やっとだ――やっと終わった……)

 

ホッとした次の瞬間、彼は自分の馬鹿さ加減に途方にくれる。

「それじゃ最後、五十田さんよ!」

「はい! よろしくお願いします」

 

(――――あ、当たり前だろ! 何油断してんだよ俺! ああ――バカだバカだ――俺は大バカだ……)

 

普段、穂波が機動訓練に参加しない事に慣れ切っていた彼は、ちゃんと昼前に大井が『全員一通り』と宣言していたのを完全に忘れていた。

 

(どうしよう――もし穂波ちゃんがあんな風に苛め倒されたら――最後まで我慢出来るのかよ俺は⁉)

 

緊張の余り体が震え出しそうだ――いや、本当に震えていたのかも知れない。

そうでなければ、こんな風に声が掛かる事など無かっただろう。

「そんなに心配すんなって♪」

「えっ――」

 

最初の日に彼にセクハラ行為を働いたあのWaveから声が掛かり、反射的に顧みた彼に向かってニヤッと笑ってみせる。

「お前の彼女なんだろ? ちったぁ信用してやんなよ」

「あ、はい……」

 

取り敢えずそう返事はしたものの安心出来る筈も無く、両手を硬く握り締めたまま、固唾を呑んで来るべき怖ろしい光景を待ち構えるばかりだった。

 

ところが――である。

 

「だめよ、もう少しブレを抑えなさい!」

「はい!」

「そこは滑らかさを意識し過ぎだわ、もっとメリハリを付けなさい!」

「はい!」

「急減速し過ぎよ、射撃姿勢を崩さない様に加減して!」

「はい!」

 

(あれ……何だか……)

 

大井の厳しい物言いは相変わらずなのだが、明らかに指示の内容が違っている。

いぶきに対しては徹底的にダメ出しをし続けていたのに、穂波に対してはかなり具体的な指導が多く、頭ごなしの否定がほとんど無い。

 

(さっきとは随分違うぞ? 一体……)

 

だが、間もなくその自問も必要のないものになって来る。

そんな事は考える迄も無く、穂波の機動を見ているだけでどんどんその理由が分かって来たからだ。

緊張から解放された落ち着いた目で見ていると、穂波の動きは綾瀬ともいぶきとも明らかに違っていた。

2人に較べれば派手さの全く無い地味な動きの様に見えていたが、次第にそれが極めて無駄の無い合理的な機動である事に気付き始める。

 

(どうしてだろう、安心して見てられるよ穂波ちゃん……)

 

大井から指示が出る度にそれを一言一句間違いなく復唱し、1ミリの無駄も無く指示通りの機動をこなしていく穂波は、何と言うのだろうか抜群の安定感を感じさせる。

「そうよ、そこはもっと一気に加速していいわ、思い切ってやりなさい」

「はい!」

「前回注意した様に修正出来てるわね、後もう少し蛇行を抑えるのよ」

「はい!」

 

(すごい――凄いよ穂波ちゃん!)

 

もちろん大井の完璧な迄の機動とは比較にならないものの、穂波は急な機動の際にも余り姿勢が崩れず、急減速急旋回といったどうしても負荷の掛かりそうな挙動も小さく纏めている。

手足がバタつかず無駄な体重移動が無いからなのか、うっかりするとまるでフィギュアスケート選手の演技を見ている様な錯覚に陥りそうだ。

 

「な♪ だから言っただろ」

「あ、はい!」

 

先程のWaveが心なしかドヤ顔でそう言うのに対して、今度は隼太も余裕を持って応える事が出来た。

 

「あたしらはさ、航海が無い時の閉水路訓練も見てるからね。それを見てりゃ一目瞭然さ、お前の彼女は本当に頭が下がるくらい訓練にゃ熱心だよ。大したもんだ」

「そうだったんですね……」

 

教育隊の岸壁の横には護岸で仕切られた訓連用の閉水路が設けられているが、その周囲は全て目の細かなネット状の仕切によって外から目隠しされており、特別な際でない限りは基本的に男子禁制のゾーンである。

航海が無い日にはしばしばここで自主的な訓練を行なう事が認められており、その際にはWave達は在港時点検よりもこちらのサポートが優先とされていた。

穂波もまた以前は大井から罵倒紛いの指導をされていたかも知れないが、それらを次第に訓練の中で吸収し、克服していったのだろうか。

大井の言葉尻からは、そこはかとなくその過程が読み取れるように感じる。

 

「それじゃあ、この辺でお開きにしましょ。五十田さん、今日注意した所、次回また見せて貰うわよ」

「分かりました、どうも有り難うございました!」

 

思わず穂波に向かって拍手したくなるのを必死で我慢した隼太は、再び優雅に艤装を外して歩いて来る大井を敬礼しながら迎える。

「お疲れ様でした! 控え室でお休み下さい」

「はいはい、言われなくてもそうするわよ、それと――」

「はい、何でしょうか?」

「鼻の下伸ばすなって注意したわよね⁉」

「えっ――」

つい咄嗟に顔に手をやってしまう彼を流し見た大井は、如何にも仕方ないヤツと言った風情で溜息を吐き、

「下らない事でいちいち一喜一憂してるんじゃないわよ! あんたはもっと必死にならないとあの娘に一生追いつけないわよ⁉」

「はい、分かりました!」

「全く――何が分かったのかしらね」

そう言い捨てて彼女は控え室に消え、今度は話し相手になれと言われずに済んだ彼は、外からそっと扉を閉める。

色々とホッとしながら改めてプールの方を見やると、先程徹底的に罵倒されたいぶきがいつも通り明るく朗らかに振舞っているのを見て感心してしまう。

 

(いぶきちゃん、凄い強メンタルだな~。俺だったらもうどん底になってるよ……)

 

穂波もまたいつも通り淡々と振舞っているが、綾瀬は何やら少々落ち込んでいる様にも見える。

大井から指摘された事が応えたのだろうか、そこ迄キツく言われていた様にも感じなかったのだが……。

そうこうするうちに、間もなくいつも通りに「うさ」は「あつた」とランデブーして隊に帰投する。

隼太が控室の脇で待機していると、穂波ら3人がやって来て同じ様に控える。

そのタイミングを計っていたかの様にハンドルが動くので、そっと扉を引き開けると物憂げな大井が姿を見せる。

「お疲れ様でした! 下船準備完了しております」

「いつも思うんだけど、途中で下りて自分の足で帰った方がずっと早いのよね」

「申し訳ありませんが、どうかそれはお控え下さい!」

「そんなの判ってるわよ、だからちゃんと大人しく待ってるでしょ」

「はい! 有難うございます」

そう馬鹿正直に応じると、彼女はこれ見よがしにハァッと溜息を吐く。

 

「大井さん、本日はご指導有難うございました!」

 

その間隙を縫う様に、一瞬出来た空白を捉えて3人が声を揃える。

「ええ、あなた達もお疲れ様」

先程の訓練で言うべき事は言い尽くしてしまったのだろうか、大井は淡白にそれだけを返し、さっさと岸壁に渡された舷梯に向かって歩き出すので隼太も彼女の艤装を抱えて後に続く。

岸壁では既に坂巻が台車の傍らに立って待ち受けており、さながら大井の当番兵か何かの様だ。

「大井さん、お疲れ様でした」

彼がサッと敬礼しながら声を掛けたにも関わらず、大井は見事な迄に全く無視してその脇を通り過ぎ、真っ直ぐに『あつた』に掛けられた舷梯に向かう。

 

「お疲れさんだねぇ~、大井っち~」

例によって緊張感の無い調子で声を掛けながら北上が下船して来る。

「北上さん! 北上さんこそ本当にお疲れ様だわ、何事も無かったかしら?」

「いや~変わった事は無かったよ~、ただちょっと艤装外す時にしくじっちゃってね~」

「どうしたの! まさか怪我でもしたのかしら⁉」

そう言って血相を変えた大井は『あつた』の班員達に向かって金切り声をあげる。

「あんた達! 北上さんに怪我なんかさせてどういう積もりなの⁉ 班長を出しなさい、班長を!」

「ちょっと大袈裟だよ大井っち~、ほんのちょっと擦り剥いただけだしさぁ~」

「程度の問題じゃ無いわ! 北上さんに怪我をさせて知らん顔してる事が問題なのよ!」

「まぁそんなに目くじら立てないでさぁ~、それにあたし、結構お腹空いてんだよね~」

「ああ、御免なさいねあたしったら――あんた達! 感謝しなさいよ⁈ じゃあ行きましょ、本当にお疲れ様♪」

「それじゃみんな、お疲れさんでした~」

軽く『あつた』を振り返って声を掛けた北上は、舷梯の脇で少々蒼褪めた顔で直立不動の箕田に向かって軽くウィンクして見せる。

その瞬間彼はホッとした様な顔になり、その場に崩れ落ちそうになるが、何とか持ち堪えると北上の艤装を載せた台車をガラガラと押し始める。

 

(あいつも接待係だったんだな♪ まぁでも北上さんだしなぁ)

 

いつものほほんとしてマイペースな彼女は概ね一般兵達に対しても鷹揚であり、そのコケティッシュな容姿も相まって隊内では人気がある。

何より彼女は『艦娘』なので、隼太達と同じ人間である事もあって大井の様に恐れられたり腫物に触る様な扱いはされていない。

そんな事を考えていた隼太に、坂巻が声を掛けてくれる。

「一日中付きっ切りでお疲れさんでした」

「あ、いえ! とても勉強になりました、有難うございます!」

そう言って彼が押して来た台車に大井の艤装を置き、立ち上がってサッと敬礼すると彼もまた答礼する。

「彼女は真剣だっただろう?」

「はい! 少し怖ろしい位でした」

そう応じると坂巻は笑顔になり、

「僕もまだ怖いよ、大分慣れたけどね♪」

と言い残すとくるりと背を向けて、そのまま朝と同じ様にカラカラと台車を押しながら去って行く。

 

(なんか不思議な関係だな……)

 

配属初日のあの『しもべ』呼ばわりの印象が強烈な彼にとっては、坂巻がそれに対して特段の不満を示す様子のない事が理解出来ずにいる。

 

「敷島! 何ボサッとしとる、まだ仕事は終わっとらんぞ!」

デッキから班長の怒鳴り声が響く。

「はい!」

大声で返事をしながら、隼太はデッキに駆け戻った。

 

 

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