翌朝、在港時点検の為に何時もの様に出頭した隼太は早速雑用に精を出すが、幾許もしない内に班長から声が掛かる。
「貴様、昨日は勉強になったそうだがどうだ、本当に勉強になったか?」
「はい!」
「ほう、一体どんな事が分かったんだ?」
「はい、その――自分には練度と適性だけでは説明出来ないことがあるという事が分かりました」
彼がそう答えると、班長は例によって口元を歪めて見せる(くどい様だが多分ニヤリと笑っている積もりなのだろう)とさも面白そうに言葉を繋ぐ。
「成程な、貴様も思ったよりは飲み込めて来た様だな。だが、まだ大事な点を見逃がしているぞ」
「大事な点――どんな事でしょうか?」
「貴様は説明出来ない事があると言ったが、練度と適性でちゃんと説明が付くんだ、残念ながらな」
「えっ――でもお言葉ですが――」
「適性が高い筈なのに何故機動に問題があるのか説明出来ない――と言いたいのか?」
「問題があると迄は思っていませんが――」
「そら分かっとる、端的にそう言った迄だ」
「あ、はい……」
「フン――いいか、貴様が言っているのは艦娘としての適性と練度の話だ、しかし軍人としてはどうだ?」
「あっ! ……」
思わず隼太が声を上げると班長は一つ咳払いをして腕組みをし、水平線を見詰めながら改めて口を開く。
「貴様の同級生達4人の中で艦娘としての適性が最も高いのは、貴様も知っての通り吹輪だ。練度も決して高いとは言えんがまぁ標準的なレベルだろう。それに対して白石、村越、五十田はやや適性は低いが練度は高い、どうしてか分かるか?」
「その――訓練の熱心さとかでしょうか?」
「そんな事位で差がつく程、貴様が知っている吹輪は不真面目な奴だったのか?」
「――いえ、違います……」
「まぁ当たり前の事だ。そんなにサボったり手抜きをする奴が生き残れる程実戦は甘くない。事実、実戦で吹輪は敵を撃沈するなどしてちゃんと戦果も上げとる。しかしな、現実には練度の差が少しずつだが見えて来とるんだ」
「それが――軍人としての適性によるんですか」
「そうだ、昨日貴様もその一端を見たんじゃないのか?」
「――自信はありませんが――見たと思います。凄い強メンタルだなと感じましたから」
「吹輪が本当にメンタルが強いのかどうか、俺は専門家ではないので分からん。だがな、あの性格があるからこそ精神的に追い詰められても高い能力を発揮出来るとも言えるが、逆に言えばその所為で反省や葛藤から何かを掴み取って己の糧としていく力が弱いとも言える」
「では彼女は――」
「そうだな、今のままではもう伸び代がほとんど無いだろうな」
「――やはりその――大井さんはそれを分かっているからなんでしょうか?」
「それは俺にも分からんな。ただ、五十田などと指導の仕方を変えている辺りを見ていると、わざと過剰な接し方をする事で本人に気付かせ様としているのかも知れんし、そんな事は考えとらんかも知れん」
「……」
「ただな、一つ確実に言える事は、最初は皆厳しく指導されて涙を流していたんだ。だがその段階を高い適性によって乗り切った者と、歯を食いしばってひたすら練度を高めて乗り切った者とが居たという事だ」
「では、他の3人は――これからも更に練度を高めて行けるんでしょうか?」
「自ずと限度はあるがな、それ位は貴様も想像が付くだろう?」
「はい、何となくですが……」
「前にも言った通り、練度は所詮精度を高めてくれるものに過ぎん。10発撃って3発当てる能力のある奴が、どんな時でも確実に3発当てられる様になるだけであって、それが5発も6発も当てられる様になる訳じゃ無い。だからあいつらが元々持っている適性からくる能力以上に強くなることは無理な話だ」
「それが正確さですか」
「そうだ、それこそが適性がもたらしてくれる恩恵だ」
「そう言う事ですか、それ程の恩恵があるのにそれを十分に生かせないとしたら――」
隼太がそう言い掛けると、班長は腕組みをしたままこちらを顧みて(今度ははっきりと)ニヤリと笑って見せる。
「どうだ? 貴様らが一体何を期待されているのか少しは見当がついたか?」
(――そうか――そう言う事なのか……)
やはり配慮はあったのだ。
無論、配慮されたのはあくまでも貴重な戦力である艦娘を有効に活用する為であって、彼らの個人的な感情のためでは無かったが……。
「我が付属艦隊に所属している艦娘は『うさ』『かすが』『あつた』『たかちほ』に各2人ずつの8人だが、その半分が貴様の村の出身な訳だ。残る4人の内2人も貴様らの村の近隣の出身者だ。東北のあの辺りに一体何があるのかは知らんが、貴様の姪達の様にこれからも同郷の候補者は出て来るんだろう。貴様らの様な同郷の兵士を工夫して運用すれば、決して潤沢とは言えん戦力をより活かす事が期待出来るかも知れんのだから、試して見ようというのはごく自然な事だ。そうは思わんか?」
「はい、そう思います」
その返事を聞いた班長は再び水平線を睨み付けるとフンと鼻息を漏らす。
「いいか、最初に注意した事は勿論忘れてはならん、しかし貴様に期待されている事は彼女らとのコミュニケーションでもある。どうにかしてそいつを両立させろ、分かったか?」
「はい、やって見ます!」
「見ますでは無い、やれ!」
「はい!」
「明日からはコンソール係の横に付いて、何をやっとるのか全部頭に叩き込め。特別に1週間やろう」
「あっ、有難うございます……」
「そりゃあそうだろう、俺は優しいからな」
それは班長にとって格別に気の利いたジョークだったのだろうか、僅かに小鼻を膨らませながらくるっと向きを変えるとそのままスタスタと艦橋に向かって歩み去る。
暫しその背中を見送った隼太の胸中に様々な感情が湧き上がってくる。
(いよいよだ――いよいよだよ穂波ちゃん、でも――ちょっと無理難題だよなぁ……)
幾ら5年の歳月が流れたとはいえ、いぶきに対する苦手意識迄も都合よく流れ去った訳ではない。
「敷島ァ! こっち来て手ェ貸しなよ!」
例によってWave達から声が掛かる。
(――悩んでる暇なんてないか、なる様にしかならないんだしな♪)
「はい! 今行きます!」
出来るだけ大声を張り上げた隼太は、甲板規則に触れないギリギリの駆け足で走り出した。
「なる程なぁ、そう言われると確かに納得できるよ」
「まぁそやなぁ、但し若干1名除くやけども♪」
「煩ぇよ、所属の艦娘がガキっぽいとか文句垂れてる奴には言われたかねぇな」
「そない言うからには自覚がある訳やなぁ♪」
河勝の切り返しに思わず清次が口を噤むと、彼以外の3人から笑いが漏れる。
「これでも、思ってたよりは上手くやってる見たいでちょっとホッとしてるんだぜ?」
「さすがにそろそろ管理監督役は卒業してもいいんじゃないか♪」
隼太が一応フォローすると、箕田が後を続ける。
「それは教育期間中だけの話だろうがよ!」
口を尖らせた清次がそう返すと、改めて笑いが起きる。
「でもさ、俺達がそうだって事は2人だって似た様な事を期待されてるって事なんじゃねぇのかな」
「そらそやろ、なんせこれ程の気配りの達人を活用せえへんのは海軍の損失やしな♪」
「自分で言ってりゃ世話ねーよ」
「そうだなぁ、それに『眼が怖い』とか言われてるらしいしな」
「ちょ、ちょっと勉ちゃん人聞きの悪い事言わんとってんか! 第一そんなん誰が言うん?」
「俺も聞いたぜ? 浦波ちゃん薄雲ちゃんだけじゃ無くてWaveからも言われてるってな」
「おいおい、隼太迄一緒なってこんな好青年を陥れ様ってかぁ~、何とも世も末やのぉ……」
「一体どこの世の話だよ」
清次の突っ込みに再び場が湧いた後で、箕田が少し真面目な調子で口を開く。
「しかしこれ迄の数年間、艦娘との直接的な意思疎通の役割はWaveに期待されて来た訳だろ。ここに来てその方針を転換するんだから、考え様によっては非常に重要なターニングポイントなのに、こんな所でひっそりとしかも我々が――って言うのはどんなものだろう」
「どんな事でも最初はこんな感じと違うんかな? それに若干1名は兎も角として――」
「しつけぇよ」
「話の腰を揉みな! ――って、少なくとも海軍公認の実例が一つ出来た言うんは間違い無い訳やし、そのタイミングがたまたま今やっただけと違うか?」
さすがに『海軍公認』等と言われてしまうと落ち着かない気分になるが、河勝の言う事はもっともな話だ。
単に同郷者を採用する程度の事ならば軍は計画的にやってのけるだろうが、元々知人や友人であると迄ハードルを上げてしまうとそうおいそれとはいかないだろう。
しかも、効果が立証出来ていない様な段階からそれらを計画的に実行するのが容易でない事位は、隼太にも想像が付く。
「成程ぉ、以前から計画されていた訳じゃ無くて、今回の採用時点で初めて判明した事実を上手く生かそうとした結果だっていう解釈か。そう考えれば妥当な所なのかな」
「いや寧ろかなり柔軟な気がするなぁ。良く分かってる訳じゃねえけど、軍ってもっと腰が重くて融通が利かないって印象だろ? そう思えば尋常じゃ無い位素早い対応なんじゃねえのか」
「確かにな、ひょっとしたらその辺の柔軟さが今の司令や副長の手腕言うか持ち味なんかも知れへんで」
「そいつが詰まりアレかぁ、オリジナルからの信頼が篤いっていう例の噂の元ってかぁ?」
「そんな単純な話だけでは無いだろう、多分以前からの色々な経緯はまたあるんだろうと思うな」
おそらく箕田の言う通りなのだろうが、それについては何か確証のある話を聞いた訳でもない。
だが、少なくとも隼太はあの日渡来の瞳を見ていた。
あの哀しみを湛えた眼差しは一体何を見て来たのだろうか?
ひょっとすると、想像したくもないが隼太が穂波を喪う様な、そんな残酷な別離をも目の当たりにして来たのだろうか?
(もし俺にそんな事が起こったら……やっぱりあんな目になっちまうんだろうか?)
一瞬そんな想像を仕掛けた隼太だったが、忽ち激しい震えに襲われそうになったので急いで脳内からそれを追い出す。
「どうしたんだよ、隼太ぁ」
内心の動揺が表に出ていたのか、清次に気を遣われる。
「いや、ちょっと縁起でもない事考えちまっただけだよ」
「そっかぁ、ま~そんな事考えちまうのは仕方ねえけどよぉ、考え始めたらキリがねぇぞぉ」
「アレなんちゃうか、いっその事彼女説得してさっさと除隊して地元に戻る事考えた方がええんと違うか?」
「おいおい、それじゃあ我々に期待されてる事と全く真逆だろう」
「そうは言うけどな勉ちゃん、それはそれこれはこれってヤツやで」
「有難う、そう言ってくれて有難いけど、実はその辺はもう5年前に一度通って来た道なんだよ」
「なんやそうかいな、もう既に色々あった後か」
「ああ、でもこっちに来てから一度も2人切りで話した事が無いんで、たった今はどういう気持ちでどんな状況なのかは分からねえんだけどさ」
「ほうか、何にしても出来るだけ早よに話合うた方がええと思うで」
「こらこら程々にしとけよ。あまりそういう事を熱心に勧めるのはどうかと思うぞ」
「ご心配なく、外出許可申請とかしてるけどさ、きっちり付き添い有りでしか許可出来ないって言われてるよ♪」
「なんだよ、総務課ってのは余っ程暇なんだなぁ」
「アホか、暇やから付き添うんとちゃうがな、それが仕事やからやで」
「うん、艦娘との交際厳禁の原則は今も別に変ってないから、事実は事実としてルールは曲げないんだろうな。それは仕方ないだろう」
「それでも良いんだよ、付き添い有りだろうが許可申請は取り下げないし」
「そうだぜ、それがいい」
他の事はいざ知らず、穂波との事について言えば清次は全面的な支持者であるのだが、意外な程河勝も理解を示してくれているのは有難かった。
とは言え今もやや堅いことを言っている箕田にしても、先日は長門の美しさに我を忘れるほど魅入られていた位なので、まぁそれ程偉そうな事を言えた義理でも無さそうである。
(俺の気持ちはあの時から何も変わってはいない――でも――それでもやっぱり、一日でも早く穂波ちゃんと2人だけで俺達の未来の事、話がしたいんだ……)
彼女の傍で一緒に戦う――その場所にやっと辿り着いた隼太にとって、2人の未来図はまだまだ靄の向こうで遠く朧げなままだった。
これで第三章は完結です。少し時間を頂きますが、次回からは第四章を投稿予定です。引き続き、どうぞよろしくお願いします。