しばふ村より   作:Y.E.H

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【第四章・第二節】

 12月も半ば近くなり、時にはかなり冷たい風に晒されることも多くなる。

こうなって来ると、艦娘達も長時間に渡って屋外の閉水路訓練を行うのはやはり体力的にも厳しくなってくるらしい。

かといって屋内のプールではさすがに狭すぎて満足な訓練は出来ないので、それ以外の活動に従事することも多くなってくる。

そんな訳で、今日は朝から穂波といぶきが『うさ』にやって来て、艤装との接続チェックなどを実施していた。

新米のコンソール係である隼太にとって在港時は貴重な復習の機会でもあり、そんな折に穂波が来てくれるのは実務的にもモチベーション的にも二重の意味で有難い。

 

「こっち、メインスイッチ入れたよぉ」

「了解、それじゃマスターリンク起動――」

「駄目だよぉ、最初の通信環境チェック忘れてるよ」

「あっ、そうかゴメン。通信環境チェック開始、平均転送速度――24.2Gbps、エラーチェック正常――通信環境チェックよし!」

「艤装側も良好だよ♪」

「うん、それじゃ改めてマスターリンク起動」

「――艤装側、シンクロ開始確認、OKだよ」

「同期確認――よし! 電力供給――よし! 現在値1.98」

「もう少し下げて、信号電力だけのチェックモード動作にした方が良いよぉ」

「うん、電流値下げ――現在値0.41」

「それ位で良いよぉ♪ 回路負荷が全然違うからね」

「有難う、メモしとくよ――それじゃシステムチェック開始するね」

「うん」

「えーっと、艤装動作確認――現在チェックモード動作中――サンプリングシステム正常、信号増幅システム正常、フィードバックシステム正常、ビーコン正常、非常用バッテリーチェッカー正常、緊急フロート起爆回路正常――」

「全機能、正常同期中だよ」

「有難う、艤装全システム動作確認――よし!」

「次はバイタルだね――えっと――艤装側リンク正常だよ」

「うん、それじゃバイタルチェック開始――心拍数、正常範囲内――血圧、正常範囲内――現在体温――あれ?」

「な、なに?」

「穂波ちゃん、ちょっと体温高いみたいだけど――大丈夫?」

「あっ――やっぱり……あ、あのね――」

「うん」

「隼太君がバイタル読み上げるとね――ちょっと恥ずかしいの……」

「あっ……ご、ごめんね」

「う、うん……」

もう駄目っ! 2人ともイチャイチャし過ぎっ!

突然いぶきが割って入って来た為に、すっかり2人の世界に没入していた隼太と穂波は飛び上がる。

 

「言っとくけど勤務中なんだよ! なのに2人ともさっきからず―っとイチャイチャしてばっかり!」

「いや――決してそんな積もりじゃ……」

「ご、ごめんねいぶきちゃん……」

「穂波ちゃんの分の起動時点検は終わったんでしょ⁉ だからもう交代! 隼太君、あたしの起動点検してよ!」

「いや、そんな無茶だよ~」

「そ、そうだよ、いぶきちゃんのコンソール係は曽根さんなんだから――」

「違うよ! これは隼太君の訓練のためだよ⁉ 数をこなした方が練習になるでしょ!」

「そんな訳に行かないよ~」

「ハハハ、良いじゃねぇか、少し位は大目に見てやりなよ」

横からWaveが助け舟を出してくれるが、やはりいぶきはそう簡単に引き下がらない。

「そんなの駄目ですよ! だって元々交際厳禁だったのに特例として認められてるだけなんですから! ねぇそうですよね班長⁉」

しかし、どうやら自分に飛び火する可能性が高いと踏んでいたのか、班長は既にこちらに背を向けて急な用事でも思い出したかの様にそそくさと立ち去る所だった。

 

(班長、良い勘してるなぁ……さすがベテランは違うよ)

 

とは言え、そんな事に感心している場合では無い。

こういう時のいぶきはひたすらグイグイ押してくるので、如何にかして矛先を逸らさなければ……。

「敷島ァ、直に飯だぞ。リンクの立ち下げしときな!」

「あ、はい!」

非常に有難い事に再びWaveが助け舟を出してくれるので、取り敢えず昼休み時間はどうやら乗り切れそうだ。

しかしその後の事は彼が何とかしなければならないだろう。

「隼太君! じゃあ午後はあたしの起動点検だよ♪」

「いや、お願いだからそれはちょっと待ってよ。また後で話しよ?」

「え~、もうっ! それじゃお昼食べてからね!」

 

(はぁ~――いぶきちゃん、相変わらず押しが強いなぁ……)

 

しかし今のポジションで勤務する以上、彼女に対する苦手意識を克服する必要がある。

彼としては当面の最重要課題だった。

思わず溜め息を吐くと、穂波が気遣ってくれる。

「大丈夫? もう立ち下げ出来る?」

「あっ、うん大丈夫だよ。立ち下げしちゃおう」

「分かったよぉ♪ それじゃあまずチェック履歴の同期からだよ」

「了解、チェックログ同期確認――」

 

 どうにか午前の作業を終えた隼太は、例によってWave達と一緒に(と言うよりも半ば既成事実として半強制的に)昼食を摂っていた。

「お前、吹輪のこと苦手なんだろ?」

「えっ、分かりますか?」

「たりめーだろ、見てりゃすぐ分かるよ」

「いやぁ~駄目なんですよね、どうも」

「そうか、吹輪みたいなタイプは嫌いなのか?」

「まさか、嫌いな男の方が珍しいんじゃないですか」

「まぁそりゃそうか、吹輪はさぞモテたんだろうなあ」

「そうですね、うちの中学のナンバーワンでした」

「やれやれ、どこに行っても男って奴ぁ代わり映えしねぇな」

彼女の言葉通り、ここでもいぶきは可愛いとの評判が男の兵達の間で定着していた。

斯波中と違うのは、ここ海軍においては可愛いかろうが何だろうがそもそもちやほやする事すら禁じられていると言う点だ。

「まぁ、あたしらとは対極の人生歩んで来たってぇことさ♪」

「いや、さすがに対極は言い過ぎですよ」

「へへへ、有難よ♪ でもなぁ、やっぱり男は華奢で可憐な少女のが好みなのさ」

それが真実かどうかは兎も角として、ここにいるWave達が皆がっしりとして体格に恵まれた者ばかりなのは事実だ。

「まぁでも、お前も苦手だなんて言ってられねーんだろ?」

「ええ、正直ちょっと気が重いんですけど」

「仕様がねぇだろな、何せ艦長殿と司令の肝煎りなんだろ?」

「そうだよ、間違っても出来ませんなんて言ってられねぇぞ」

「プレッシャー掛けないで下さいよ~、一応悩んでるんですから」

「一応かよ、大した事ぁねぇな♪」

一斉に笑いが起きる。

何時もながら彼女達の勢いは大したもので、こうして一緒に昼飯を摂っているだけで何だか元気が貰える様な気がする。

「またお前らは長々と飯食ってやがるな、いい加減にしろ!」

丁度トレーを持った給養班長が通り掛かり、これも毎度の如く怒声を上げるが、今日は艦上ではないせいか彼女達もゆったり構えている。

「今日は厚生(食堂)なんすから良いじゃないですかぁ」

「そうすよ、大目に見て下さいよ」

「ったく――敷島! 貴様がいちいちご丁寧に相手してやるからこいつらが長っ尻になるんだぞ⁉ 少しは無愛想にしろ!」

「済みません! 努力はしますが、さすがに無愛想には出来ません! 申し訳ありません」

「ハハハ、そりゃあそうだろ」

「分かったよ、お前の顔も立ててやらなきゃな♪ さぁ皆とっとと食っちまえよ!」

「うーい」

「了解っす」

そう応じながら彼女らは食事の残りを平らげに掛かり、給養班長もそれ以上の説教は諦めて立ち去る。

もちろん隼太も彼女らと一緒に食事の残りに専念する事にしたのだが、内心では感謝していた。

 

(いや、まさかこんな風になるとは思って無かったけどさ――でも、有難いよ本当に)

 

一旦仲間として受け容れてくれた後の彼女達はとても義理堅く、何かにつけて彼を助けてくれる。

彼女達に認められていることで、艦娘達と少々親し気に接していてもまぁ仕方が無いと他の兵士達からは受け止められており、一種の免罪符の様な効果もあった。

とは言え、彼はほとんど毎日の様に彼女達の昼食に同席を要求され(本人達は強制などしていないと言うのだろうが)る事が定着してしまっており、他の兵士達と食事時の雑談が出来ないという難はあるのだが。

 

 昼食を終えて『うさ』に戻ってくると、まだ穂波といぶきは戻っていなかった。

軽くプール周辺のモップ掛けなどしながら、一体どうやっていぶきの押しを躱すか考えるものの、そんな上手い言い訳などある筈も無い。

結局は正面から彼女を説得して分かって貰うか、諦めて彼女の起動点検に付き合い、コンソール係の曽根に詫びを入れるしか無いのではないかという結論に辿り着き掛けた頃、穂波といぶきが戻って来るのが見える。

「隼太くーん♪」

わざわざ遠くから名を呼んで手を振る彼女を見ていると、緊張が高まって来るのを感じる。

「本当に大したもんだよな~」

「あれじゃまるで、五十田じゃなくて吹輪の方が彼女みたいじゃねーか♪」

Wave達が半ば呆れ、半ば面白そうに寸評するが、残念ながら一緒に笑える程の余裕は彼にはない。

そうこうする内に2人が舷梯を渡って乗船してくるが、その時別の人影がちらっと視界の端に映る。

「おや~? ありゃ総務課の涌井じゃねぇか?」

「何だい、うちらに用事かぁ?」

彼女達が当て推量を口にする中、その総務課員は舷梯の前で立ち止まると声を張り上げる。

「敷島海士! 敷島海士は何処か!」

「あ、はい! ここです!」

反射的に応じて早足で近付くと、何かを感じたのだろうか穂波も一緒になって近寄って来る。

舷梯を渡り、総務課員の前に立ってサッと敬礼を交わすと、前置き抜きで彼女は事務的に口を開く。

「先般申請のあった外出許可の件だが、隊内の業務都合により当月24日の付き添いが困難になった。従って許可日程を次月以降に延期するが、延期後の日程については追って連絡する」

 

(えっ……)

 

いきなりの事で反応出来ずに固まってしまうが、その総務課員(確かに『涌井』と言う名札は着けていた様だが……)は全く頓着せずにクルリと背を向けて立ち去ろうとする。

しかし呆気に取られている隼太(と穂波)の代わりに、『うさ』のWave達が口々に抗議してくれる。

「おいおい、それで終わりかよ」

「折角こいつらが楽しみにしてたってのに、そりゃねえだろ」

「もっともらしい理由付けてっけど、自分達がパーッとやりたいだけじゃねえのか?」

さすがにこれには反論する必要があると思ったのか、彼女は振り返ると若干気色ばみながら固い声を出す。

「これは地域護衛隊群司令部の要請によるものだ。何ら問題はない」

そう言い切ってしまってから、彼女は『しまった』とでも言う様に顔をしかめる。

本来ならば隼太や同僚のWave達に伝える謂れのない筈のことだが、どうやらつい口を滑らせてしまった様だ。

もちろん、古参のWave達がそんな動揺を見逃す訳もない。

「へぇ~、そんなお偉いさん方がクリスマスに一体何のご用なんだぁ?」

「総務課の綺麗どころは総動員だってか?」

「え? 綺麗どころ? その綺麗どころって奴ぁどこすかぁ?」

このあからさまな揶揄に彼女達は爆笑し、この騒ぎを面白がって見物していた『うさ』や岸壁の反対側にいる『あつた』の乗員達も釣られて笑い出す。

これには、いわば嗤いものにされた態の総務課員も収まりが付かず、顔を赤らめて大声を出す。

「いい加減にしろ! この件は司令に報告するぞ⁈」

だがその恫喝も明らかに逆効果だった様だ。

ピタッと笑いを収めた『うさ』のWave達が急に迫力のある声でそれに応じる。

「いい加減にするのはそっちだろうがよ」

「そうだぜ、偉いさんの都合優先で下っ端はプライベートも捻じ曲げられて当然ってか?」

「つまりはあたしらだって同じ扱いってこったろうが、そうじゃねえのか?」

この言い分には『うさ』と『あつた』の艦上からもそうだそうだと言う声が上がる。

いかに教育隊付属の艦隊とは言え、艦上勤務の兵達にとっては命の保証など無い前線に身を晒しているわけで、そのことに強烈な自負を抱いているのだ。

それだけに、如何に高官相手とは言え自分達が蔑ろにされる様な事に対する反発は当然だろう。

この真っ当な言い分に対しては反論も難しかろうし、強圧的に出れば益々事態は悪化するばかりだ。

どうするのだろうと思って見ていると、その課員は意を決した様に顔を上げ、此方を振り返って真っ直ぐに隼太のところへ戻ってくる。

「敷島海士」

「はい」

「延期は避けられないが、何か要望する事はあるか」

「あ、はい、延期後の日程について希望を聞いて貰えますか?」

「分かった、再申請という形で希望の日程を申し出る様に。可能な限り応じる様に考慮する」

「有難うございます、よろしくお願いします」

この遣り取りとともにサッと敬礼を交わした彼女は、今度こそ振り返らずに大股で歩き去って行く。

「いいぞ、思いっ切り恩着せてやれよ!」

「そうだぞ、付き添い無しで外出させろ位言ってやれ♪」

「この際だ、外泊許可申請に切り替えちまえ!」

Wave達から威勢の良い声が掛かり、『あつた』からもやれやれと囃し立てられる。

「すいません、本当に有難うございました!」

隼太(といつの間にか横に来ていた穂波)が『うさ』と『あつた』両方に向かって頭を下げて礼を言うと、期せずしてバラバラと拍手が起こり声援が飛ぶ。

 

(うわ、嬉しいけど恥ずかしいな……)

 

横で穂波が真っ赤な顔をしているのでひと先ず舷梯を渡って艦上に戻るが、居合わせた兵士や下士官達に肩と言わず背中と言わずバシバシ引っ叩かれる。

彼らにペコペコ頭を下げながらどうにかプール脇に戻ると、如何にも極まりの悪そうな顔でいぶきが待っていた。

「隼太君、穂波ちゃん――なんかゴメンね」

「いや、いぶきちゃんが謝る事じゃ無いよ」

「そうだよぉ、謝らないで」

「いや、だってね――この間3人で色々と言っちゃったでしょ? 何か関係ありそうな気がしちゃって……」

「まさか、今も聞いたけどずっと上の方の事情だって言うんだから関係ないよ」

「うん、だから気にしないでね」

「うん分かった――けど、残念だったね」

「まぁね、がっかりはしてるけど――」

「でも、こんなに皆に応援して貰えたし――それでいいかなぁって」

「あ~あ、やっぱり公認っていいなぁ~」

「その公認ってやめてよー」

「うん、凄く恥ずかしい……」

「なんで⁈ 凄~く羨ましいよ! あたしも公認目指して頑張っちゃうからね!」

 

(いや、もうちょっと別の事頑張ろうよ……)

 

と、口に出して言わなければならないのだが、その言葉が心の中で止まってしまう。

これからも、こんな一言を要所要所で口に出せるようになる迄悪戦苦闘しなければならないのだろうか。

 

(仕方ないな――それに、これで当分は凌げるだろうしなぁ)

 

と自分を納得させてみたものの、さすがにいぶきの押しを躱す代償に失うのが穂波と過ごすクリスマスというのは、少々犠牲が大き過ぎると思わずにはいられなかった。

 

 

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