しばふ村より   作:Y.E.H

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【第四章・第三節】

 つくづく軍というのはままならないとでも言うのか、予想が付かないことが事が起こるものらしい。

数日前に延期の通告を受けた穂波との外出許可について、隼太が改めて希望の日程を申請するべく総務課の窓口を訪れたところ、一体どうしたことか延期の取り消しを言い渡されたのだ。

「え? 如何いう事でしょうか?」

「詳しい説明は当課からは出来ない。兎に角当初の許可通り、24日は所定の時間に集合する様に」

「え……あ、はい分かりました、有難うございます……」

そう言って引き下がったものの、喜びというよりも釈然としない気持ちの方が大きかった。

 

(当課からは説明出来ないとか、おかしな事言うなぁ)

 

そう思いながら、先日の事もあるので班のWave達にその事を報告して礼を言う。

「そうか、そいつぁ良かったじゃねぇか、精々楽しんで来な♪」

「本当に有難うございます、先輩方のお陰です」

「ハハハ、感謝しろよ! っと言いたいとこだが、多分関係ねぇだろうなぁ」

「え、そうなんですか?」

「まぁ実際の所は蓋を開けてみなけりゃ分からねぇけどさ」

「そうだぜ、曲がりなりにもここは海軍だからな、一度出したものをそう易々と引っ込めたりはしねぇよ」

「じゃあ一体――」

「中身は分からねぇけどよ、こいつはイレギュラーってやつさ」

「イレギュラーですか……」

「ああ、普通はめったに起こらねぇこった」

「でも、近頃のうちの隊じゃあ結構な確率で起きる様な気はするぜ」

「それってやっぱり渡来司令と斑駒副長の――」

「貴様ら、休みの事は休みにしやがれ! 今は勤務中だぞ!」

隼太の言葉を遮って班長の怒鳴り声が響く。

「はいっ! 申し訳ありません」

「了解っしたー」

「おーし、安全装備点検すっぞ~」

「へいへい」

まるで最初からそう言う予定だったかの様にさっさと持ち場へと散って行く彼女達と共に、彼もプール脇に戻ると穂波がチラリと視線を合わせて来る。

(よく分からないけど――でも、良かったね♪)

(うん、やっぱり嬉しい♪)

声には出さなくても目と口の動きだけで十分に意思を通じ合えることが、僅かに感じていた違和感を自然に拭い去ってくれる。

 

(まっ、事情はさておき折角元通りの予定に戻ったんだからな♪)

 

ときめく気持ちが少しずつ膨らみ始めるのを感じて、思わず笑みが零れていた。

 

 そして瞬く間に24日がやって来る。

緊張しながら正門近くの所定位置に赴くが、そこには穂波だけではなく、ある意味当然の事なのだが今日外出許可を得た他の兵士達も集合していた。

 

(うわぁ……これはキツイなぁ)

 

隼太と穂波の指定場所は一番端なのだが、そのせいで逆に良く目立つ。

言う迄も無く、男女が1対1で外出を許可されるのは初めてなので、居並ぶ兵士達からの様々な意図が籠った視線にイヤと言う程晒される。

頬を赤らめて俯いている穂波の盾になる様に立った隼太は、それこそ必死で平静を装い続けなければならなかった。

そうして何とか耐え忍んでいる内に点呼が始まり、服装点検が終了した者から順に正門へと消えていく。

ところが、どれだけ待っても2人の付き添い担当が姿を見せない。

「どうしたんだろ? 実はやっぱり間違いでしたとか無いよね?」

「分かんないけど――でも、ここ迄来てるし……」

「まぁ、業務の関係で遅れてるのかな」

「うん……」

そう言いながら更に2人は待ったが、とうとう彼ら以外の全員が正門に向かってしまってもまだ誰も姿を見せない。

 

(ええ――どういう事だよ……)

 

さすがに確認せねばと思った隼太の所に、点呼担当の総務課員が近づいて来る。

「敷島海士、五十田穂波、点検用意」

「あ、はい!」

「よろしくお願いします」

そして型通りの点検が終了すると、その課員は何事も無かった様に告げる。

「ではこれより外出を許可するが、帰隊時刻を含めた外出時規則を厳守のうえ、節度ある行いを常に心掛ける様厳命しておく。以上だ」

「あの、付き添いの方は――」

「正門に行け。行けば分かる」

それだけを言って課員はさっさと立ち去ってしまう。

「何だかなぁ~、とにかく行こうかぁ」

「うん、行って見ようね」

そう言い躱した彼らが正門に向かうと、警衛所前にひときわ異彩を放つ姿を認める。

 

(うわわ、長門さんだ!)

 

横に穂波が居るというのに、思わず心中でテンションが上がってしまう。

隼太よりもわずかに背が高いであろうその姿は、確かに平均的な日本女性よりも長身ではあるが、衆目を集める程桁外れな訳ではない。

だが、彼女の圧倒的な迄の美しさやその身からごく自然に放たれる鮮烈なオーラは、存在感の塊そのものだ。

しかも今日の彼女は軍服ではなく私服姿である。

ただし、暗灰色のニットの上に鉄紺色のPコートを羽織り、栗皮色のパンツに黒い飾り気のないブーツという軍服とさして変わりない様なコーディネートではあるが。

 

(でも――でも、それがいい!)

 

こんな服装に身を包んで居ながらも、彼女の魅力は全く色褪せないばかりかますます光輝いて見える。

以前河勝が評した『人類史上最高レベル』という言葉が全く大袈裟に聞こえないのだ。

と、すっかり当初の目的を忘れて目前の光景にのめり込んでいた隼太の脇腹に刺すような痛みが走る。

「痛っ!」

思わず声が出しまうが、とっさに顧みたその目に穂波の責める様な眼差しが突き刺さる。

「あっ、穂波ちゃん――」

そう言ったのだが彼女は全く反応せず、彼の瞳から視線を外さない。

もちろん先程の脇腹の痛みは穂波に抓られたからなのだが、今もその場所がヒリヒリしている事からしても、どうやら全く手加減無しに思い切り抓られた様だ。

「ご、ごめんね、もう絶対にしないよ、約束する」

真顔でそう言った隼太に、やっと穂波は表情を和らげると拗ねたように言葉を繰り返す。

「約束だよ?」

「うん、約束だよ」

彼がそう応じると、改めてその瞳を見つめた彼女はフッと視線を逸らして俯くと小さな声を出す。

隼太君は――わたしだけの隼太君でいて欲しいの――わたしだけの……

5年前に感じたあの感覚が鮮やかに蘇って来る。

胸の中に泉が湧き出る様に喜びが満ちていくのがはっきりと分かった。

彼女は初めて隼太を独り占めしたいと言ってくれたのだ。

それは歳月と距離とを超えて穂波を追い続けた彼にとって、女神の与えた祝福にも等しいものだ。

「約束するよ、君だけの俺になるから」

しっかりと口に出すと、頬を染めた彼女が小さく応じる。

「うん――信じてるよ」

 

(穂波ちゃん……)

 

気持ちが昂って来た彼は、今この場で彼女に愛を告げたいという情熱が抑えられなくなってくる。

しかし、そんな前後の見境も無い行動に出そうな彼の手綱を引く必要があると感じたのだろうか、いつの間にか長門が歩み寄っていた。

「こらこらお前達、ここはまだ営内だぞ♪」

この言葉で一瞬のうちに血が冷えた隼太は、焦って頭を下げる。

「あっ、はい、申し訳ありません――」

「長門さん、お早うございます」

「お、お早うございます」

5年前と変わりなく、余り慌てない穂波がきちんと挨拶をするので彼も何とか一緒に挨拶する。

「ああ、お早う。それにしても、恋仲にある男女と言うのは何処に居ても簡単に2人だけの世界に入り込めるものの様だな♪」

「どうも済みません……」

「お見苦しいところをお見せしてしまいました」

「なに、そればかりは何時になっても誰であっても同じだ、お前達だけが特別という訳ではないよ♪」

そう言った長門の瞳が、一瞬どこか遠くを見つめる様に宙に向けられる。

思わずその視線の先を追いそうになった隼太が沈黙する横で穂波が会話を繋いでくれる。

「あの、長門さんも今日はどこかへお出掛けでしょうか?」

その問いに、視線を彼らに戻した長門は意味有り気な微笑を浮かべると、驚くべき答えを返す。

「ああ、そうだ。――お前達と一緒にな」

「えっ⁉……」

「――す、すみません、どういう事でしょうか?」

何を言っているのか理解出来ない2人に向かって、彼女は全く事も無げに応じる。

「如何という程の事ではないよ。偶然お前達の外出許可が延期される事情というのを聞いたのでな、それなら私が付き添ってやると言った迄だ」

「そ、そんな事を――まさか――」

「――長門さんにお願いできる様な事なんでしょうか?」

余りにも彼女が平然と応じるもので、呆気にとられた2人がそう言葉を連ねるが、長門は相変わらず楽しそうに微笑したままだ。

「何を言っている、お願いなどされてはおらんぞ。これは私が自ら申し出たことであって、私自身の息抜きも兼ねているのだからな。それも含めて司令が承認したことなのだ、問題なぞあろう筈がない。そうではないか?」

「あ、はい……」

「でも――本当によろしいんでしょうか……」

申し訳無さそうな穂波の言葉に、微笑を苦笑に切り替えた長門は殊更に張りのある声を出す。

「よろしいに決まっているではないか♪ さあ、そんな事より何時まで此処に立ち止まっている積もりなのだ? 時間を無駄遣いしてはならんと言うのは海軍精神の重要な柱の筈だぞ!」

「はい! 仰る通りです」

「どうかよろしくお願い致します!」

その勢いに連られた2人がきびきびと応じると、満足気な顔をして見せた彼女は先に立って歩哨に身分証を提示し、大股に歩き始める。

慌ててその後を追った2人だったが、その胸中はいつの間にか弾む様な期待に満たされていた。

 

(何だろう、凄く楽しい1日になりそうな気がするよ♪)

 

そう思って傍らの穂波に目を落とすと、彼女がにっこりと微笑み返してくる。

聖夜に笑いさざめく街が、5年振りに2人の時間を過ごす彼らを待っていた。

 

 

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